駄女神降臨!?干物女神イリアさん(上)
「そういえば最近、おっさん見ないな?」
「フレンドリストを見る限り、ログインはしてるっぽいけどな」
「どっかのダンジョンにでも籠もってんのかね?」
城塞都市ダナンの職人通りにある工房では、今日も職人プレイヤー達が生産活動に勤しんでいた。そんな中で、作業中の者達がおっさんについて話をしていた。
「時々は顔を出してるみたいだぜ?すぐにどっか行くけど」
「ふーん……今度は何をやろうとしてるんだろうな、おっさんは」
「さあな……あの人の考える事は、いつも俺達の予想の斜め上を行くからな……」
彼らがそんな噂話をしている時、話題になっているおっさんは何をしているかというと、相変わらずイリアの家に入り浸っていた。
そしておっさんはリビングに設置した自作の炬燵に、イリアと向かい合って入っていた。そして炬燵の上には蜜柑が入った籠と、魔獣の上質な牙を素材に細工スキルで製作した、小さな四角い物体が幾つも、規則正しく並べられていた。
おっさん達の前に並べられているそれは、麻雀牌と呼ばれる物だ。言わずもがな、麻雀というテーブルゲームで遊ぶ為の道具である。
「これが麻雀牌だ。この、一萬とか二萬とか書かれているのが萬子、こっちの丸っこいのが描かれてる奴は筒子、竹が描かれてるのが索子、そして東西南北とかの文字が書いてあるのが字牌だ。おっと、こっちの何も書いてない奴も字牌の一つだ」
おっさんは炬燵の上に並べた牌を一つずつ手に取って、それを対面に座るイリアに見せながら解説を行なっていた。
「見ての通り、麻雀牌は萬子、筒子、索子がそれぞれ九種類ずつと字牌が七種類あって、合計は三十四種類になる。そして全ての牌が、それぞれ四枚ずつ使われる」
「では、ゲームで使用される牌の合計は百三十六枚ですか」
「計算早ぇな……その通りだ。まず最初にこの牌で山を作る。百三十六枚を四つの山に分ける必要があるから、十七枚を二段重ねにした山を作るんだ」
おっさんは素早く精密な指先で、一山を僅か五秒で積み上げる。イリアもおっさんを真似て、少々たどたどしい指使いで山を作った。
「ゲームが始まったら親がサイコロを振って、牌を取る位置を決めるんだ。そうやって決められた場所から各プレイヤーが順番に牌を取っていく」
四枚まとめて取るのを各プレイヤーが三回ずつ繰り返し、最後に一枚を取る。
「これで十三枚の手牌が出来た。俺達はこれを使って戦っていく事になる」
「ふむふむ……これをどのようにすれば良いのでしょう?」
「親から反時計回りに、順番に山から一枚取っていくんだ。そして一枚取ったら、合計が十四枚になった手牌から一枚を選んで捨てる。こうやって新しい牌を取りつつ、不要な牌を捨てていって、最終的なアガリを目指すわけだ」
おっさんが山から牌を一枚取り、それを手牌に入れる。そして代わりに手牌の中にあった不要牌、【北】と書かれた字牌を掴み、河と呼ばれる捨て牌置き場に置いた。
「アガリとは、どのようにすればアガリになるのです?」
「牌を組み合わせて、四つの面子と一つの雀頭を作ればアガリだ。面子ってのは同じ牌が三枚揃った【刻子】と、数牌……字牌以外の数字がある牌の事だが、こいつを使って同じ種類の牌で一二三、五六七って感じに三つ並んだ数を作る【順子】の二種類がある。そして雀頭……アタマとも呼ぶが、こいつは同じ牌を二つ揃えた物の事を指す」
「四つの面子と、一つの雀頭……面子は同じ牌が三つか、あるいは三つ並んだ数の同種の牌……なるほど、理解できました」
「残り一枚でアガリになるっていう状態を聴牌って言うんだが、その状態でアガリ牌を自分でツモればアガリになるのは当然だが、それ以外にも聴牌した状態で他の奴がアガリになる牌を捨てたら、そいつを使ってアガる事も出来る。それがロンアガリだ」
「つまり……相手が聴牌していた場合は不要な牌を捨てるだけではなく、相手のアガリ牌を出さないように気を配る必要もあるのですね」
「そういう事だ。なかなか理解が早い。他にも役とか鳴きとか色んな要素はあるんだが……ま、そこらへんは追々、やりながら教えるとしようか」
そこまで説明したところでおっさんは、イリアに牌山から牌を自模るように促す。それに従ってイリアは第一ツモとなる牌を取って図柄を確認し、こう呟いた
「あら……?捨てられる不要な牌がありませんね」
「まあ初心者のうちは、何でも必要そうに見えるのはよくある事だな。それとも、そんなに良い手牌だったのかい?」
「ええ……そうですね」
おっさんの問いにイリアは頷き、そして……手牌を全て倒した。
「これでアガリのようですね」
「なん……だと……?」
イリアが倒した彼女の手配は、一萬、四筒、八索、東の四種の牌がそれぞれ三枚ずつと、發が一枚。それにたった今自模ったばかりの發を足してアガリだ。
役は地和と四暗刻単騎待ちのダブル役満、四暗刻単騎をダブル役満扱いとするルールならばトリプル役満である。だがどちらにしても、おっさんの箱割れで終了である。
「この間のガチャの時と言い、とんでもねぇ豪運だな」
弱体化し、幼女形態になっているとは言っても、流石は創世の女神と言うべきか。彼女は時折このように、奇跡的な幸運を発揮する事があった。
もし仮に力や姿と同じように、運も弱体化されているのだとしたら、本来の姿を取り戻した時には一体どうなるのだろうか。おっさんは僅かな恐怖と共に期待を覚えた。
その後、おっさんが気を取り直して牌を積みなおそうとした時、突然彼らが居る部屋に、コンビニの入店時に鳴るものと同じチャイムが鳴り響いた。
これは来客を知らせるための物で、この家の中に誰かが入って来た時に自動的に鳴るようになっている。どうやら誰かが試練の塔を突破して来たようだ。
おっさんとイリアは炬燵の誘惑に耐えつつ立ち上がり、来客を出迎える為に部屋を出て、礼拝堂へと向かうのだった。
*
「……ど、どうしてファ〇リー〇ートの音が……!?」
「何でだろうなァ……?」
おっさんに遅れて試練の塔を突破し、やってきたのは二人のプレイヤーだった。一人は金髪碧眼の、騎士甲冑を着た少年、シリウスだ。。そしてもう一人は赤い髪の、これまた赤いローブを着た美少女、レッドである。
試練の塔の六十一階から転移した先にあったのは、長く続く廊下とその先にある扉だった。それは良いのだが、入った瞬間に鳴り響いたのは現実世界で聞きなれたコンビニ入店時に鳴る音楽だった。彼らでなくても困惑する事間違い無しの意味不明な状況だ。
二人は警戒しつつ奥へと進み、礼拝堂に続く扉の前まで辿り着いた。
「レッド。敵の気配は無いけど、一応警戒しておこう」
「そうだな。何が出てくるかわかんねーしな」
頷き合って、彼らは礼拝堂の扉を開いた。
最初に彼らの目に入ったのは、元々あったものよりも大きく、立派に作り直された祭壇だった。壁に設置された燭台の蝋燭には小さいが暖かな火が灯り、奥には立派なステンドグラスまで設置されている、立派な礼拝堂だ。
だが、そんな事は大した問題ではない。彼らが目撃したもの、それは……祭壇の上に立ち、こちらを見下ろしている……謎のおっさんの姿であった。
「よくぞここまで来たな勇者達よ!お前達が来るのを待っていたぞ。この俺と手を組むならば、世界の半分をお前にやろう!」
RPGのラスボスのような台詞を吐いて、おっさんは悪どい笑みを浮かべてシリウスとレッドを見下ろしている。それにしてもこのおっさん、ノリノリである。
思わず脱力し、がっくりと項垂れながらシリウスがおっさんに声をかける。
「何をやっているんですかおっさん……」
「チッ、ノリの悪い奴だ。この俺が何をやってんのかだと?そんな事わざわざ聞かなくても、見りゃあ分かるだろうが」
「いや、分かりませんよ……」
「分からんだとぉ?なら教えてやろう。俺はな……」
そこまで言って、おっさんは言葉を止めた。そして一拍開けた後に再び口を開き……
「……俺は一体何をやってるんだ?」
おっさんは自らにそう問いかけた。しかし当然だが、それに答える者はいない。何しろ本人すら分かっていないのだから当たり前である。
「おっさん……その場のノリと勢いだけで生きるの止めましょうよ……」
「しかも急に冷静になるの止めろよ。落差ありすぎて耳キーンてなるわ」
シリウスとレッドのツッコミを聞き流し、おっさんは後ろに下がった。そしておっさんに代わって、イリアが祭壇の上に立つ。
そして彼女は壇上で大仰なポーズを取り、シリウスとレッドを見下ろしながらドヤ顔でこう言ったのだった。
「よく来ましたね勇者達よ!貴方達が来るのを待っていました。この私と手を組むならば、世界の半分を貴方達に差し上げましょう!」
「天丼かよ!」
先程のおっさんと同じ台詞を発するイリアに、シリウスは思わず高速でツッコミを入れた。
「つーか誰だよこのロリ?」
一方レッドは目の前に現れた正体不明の翼が生えた幼女を訝しげに観察する。すると凝視した事によって、その頭上に【〈NPC〉創世の女神 イリア】と彼女の名前が表示された。
「おいやべーぞシリウス、あれ女神だわ」
「……マ?」
「マ。信じられねーけど事実だ」
彼らの視線の先にはイリアと、屈んで彼女に視線を合わせたおっさんの姿があった。
「どうしましょう。ウケがいまいちでした」
「うーん、もうちょっと捻ったほうが良かったかもしれねぇなぁ」
「では次はこのように……」
彼らは身を寄せ合って、小声でネタの打ち合わせをしていた。
「……あれが?おっさんの娘とか言われたほうがまだ信じられるんだけど」
「そうだな……」
しばらくおっさんと一緒に過ごすうちに、女神はすっかり毒されてしまったようだ。
「よし、お前らちょっと来い」
打ち合わせが終わったのか、おっさんはシリウスとレッドに話しかけ、彼らを家の奥へと強引に連れて行った。おっさんに連れられた二人は廊下を通り、階段を上って、リビングへと案内された。
彼らがその部屋に入ると、絨毯が敷かれた床の上に本や遊具が散乱しているのが見えた。そして部屋の中央には上に蜜柑籠と麻雀牌が乗った炬燵が鎮座している。
先に部屋に入ったおっさんとイリアは、素早く炬燵の中に滑り込み、二人を手招きした。
「丁度四人揃った事だし、打つぞ」
「どういう事なんですか……」
こうしてシリウスとレッドはわけもわからずに、おっさんの手によって強引に炬燵の中へと引きずり込まれたのだった。
そして最下位になった者がガチャを一回引いて、当たった物をトップの人にプレゼントするという過酷な罰ゲーム付きの麻雀大会が始まったのだった。
*
それから、また数日が経過した。
今日もおっさんとイリアはリビングで炬燵に入り、特に何をするでもなくダラダラしていた。おっさんは右手で週刊の漫画雑誌のページをパラパラと捲りながら、左手でハンバーガーやフライドポテトを摘んでいた。
そしてイリアは寝転がりながら、背中に羽が生えた小さな猫のような生き物の頭を撫でていた。
この生物は【フェザーライオ】というモンスターの幼体だ。成体になるとその名の通りに、翼が生えたライオンになる強力なテイミングモンスターだ。
このフェザーライオというモンスターは、通常のモンスターと違ってゲーム内に出現せず、テイミングする事が出来ないモンスターだった。
そういった特殊な入手方法を持つモンスターを使役する為の条件は幾つかあり、それはクエストの報酬やイベントの景品など様々だ。
その内の一つに、【モンスタージェム】と呼ばれるアイテム……その名の通り、モンスターが封じられている宝珠を使用する事で入手するというものが存在する。このフェザーライオは、そうやって入手するモンスターだ。
そして、その【モンスタージェム:フェザーライオ】はガチャの景品の一つである。レアリティはLRであり、景品に幾つか含まれているモンスタージェムの中では最もレア度が高い。
フェザーライオは希少さや幼体の可愛い見た目、成体の恰好良い見た目と強さから、テイマーの間ではかなりの人気を誇るモンスターであり、そのモンスタージェムは高値で取引されている。
このフェザーライオの幼体は先日イリアが引き当てたガチャの景品から出現したもので、そんな希少モンスターは現在、寝転がりながらイリアに頭を撫でられて、大きく口を開けて欠伸をしていた。元々持っていたであろう野生は完全に失われ、安心しきった表情で体を伸ばしているそのモンスターはもはや、ただの羽が生えた家猫にしか見えない。
だらけきった一人と一柱と一匹の姿は、まるで休日を家でのんびりと過ごす父親と娘、ペットの猫のようにも見える。
「次は何をしますか?」
「そうだなぁ……映画も見たし、ゲームもやったし、料理に菓子作り、裁縫、木工、魔法工学と一通りの生産もやったからな……そろそろ新しい刺激が欲しいところだが」
おっさんがそう言うと、イリアは少しだけ寂しさを顔に滲ませながら、
「そろそろ、外に出ても良いのではありませんか?私は十分に楽しい事を教えていただきましたし……それに、冒険者は冒険をするものでしょう?」
そう言ったところで、おっさんの大きなごつごつした手が、イリアの頭を乱暴に撫で回した。
「アホ。ガキがいちいち気ぃ使ってんじゃねぇっての」
「ちょっ、やめっ、髪がっ!神の髪がっ!」
おっさんの手によってイリアのストレートロングの金髪が、おっさんの頭のように所々が跳ねたボサボサの髪型に変えられてしまった。
「もうっ!撫でるなとは言いませんが、せめてもう少し丁寧にするように!それから私は貴方よりもずっと年上ですから!」
「おっと、こいつはすまねぇ」
怒るイリアにおっさんは平謝りするが、その顔は薄ら笑いを浮かべている。どうやら反省の色は無いようで、暫くしたら再びやるであろう事は疑いようがない。
イリアも何日かおっさんと共に過ごした事で、おっさんのそういったいい加減な部分は分かっているようで不満顔だ。
「むむむ……こうなったら私の真の姿を解放するしかありませんね!本来の私の姿を見れば、もう子供扱いなど出来ないでしょう」
ふふん、とドヤ顔で言い張るイリアに、おっさんも悪ノリする。
「おっ、良いねぇ良いねぇ、是非見せてもらおうじゃねぇの」
「ふっ……いいでしょう、見たけりゃ見せてやります!」
「ヒューッ!」
おっさんが囃し立てると、イリアはますます調子に乗った。
「では見なさい!これが私の真の姿です!」
気合の入った掛け声と共にイリアが力を解放すると、彼女の翼が大きく広がり、同時にその体から光が溢れ出す。
「うおっ……こいつは……!」
おっさんが、イリアから感じられる力に目を見開く。
現在のイリアは本来の力を全く発揮できない状態で、姿も小さな子供のものになってはいるが、その状態でもトッププレイヤーと比べても遜色ない、いやむしろ上回る程の力を持っている。それほどに女神の力は強大なものなのだ。
その彼女が全ての力を解放すれば、それは最早人類が太刀打ち出来るようなものではない。神と人との間には、それほどの力の差があるのだ。
「はあああああああああああ……っ!」
そしてイリアの体が極光に包まれ、やがてそのシルエットが大きく膨らんでいき、大人の姿へと成長していった。
百三十センチ程度しかなかった身長は百七十センチを超える高さになり、体も先程までの幼児体型とはうってかわって、豊満な胸やお尻は女性らしい丸みを帯び、細くくびれた腰やすらりと伸びた長い脚と、非の打ち所の無い完璧なプロポーションだ。
「おおっ!」
それを見て、おっさんが思わずガッツポーズをする。
顔つきも幼い状態の時の面影を残しつつ、二十代くらいの大人の女性のものになっている。まさに人外の美しさ、傾国の美女と呼ぶに相応しい美貌である。
そして背中からは八枚の、輝く白い翼が生えていた。
「ああああああああああああ……」
だが次の瞬間、イリアは気の抜けた声と共に幼女の姿に逆戻りし、そのまま力無く床に倒れた。いや、むしろ更に幼くなっている。元々は九~十歳くらいの見た目だったのが、今では更に縮んで六歳くらいの子供の姿へと変わっていた。
「おーい、大丈夫か?」
「ち、力を使い果たしました……魔力の補給をしないと……」
まだ力を取り戻していないのに無理をした反動で、イリアは更に幼児化してしまったようだ。
「ほれ、こいつを飲みな」
おっさんはアイテムストレージから、青い色の液体が入った瓶……MPポーションを取り出して、栓を開けてイリアに手渡した。
イリアは受け取った瓶を口に当て、中身を一気に飲み干した。すると魔力が回復した事で、イリアの姿が最初の状態へと戻っていった。
「あぁ~生き返ります……ってマズっ!これマズっ!」
魔力が枯渇した状態から脱して一息つきながら、ポーションの何とも言えない苦味や酸味、渋味に苦悶の表情を浮かべるイリア。そんな彼女を見て、
「……まるで干物だな」
おっさんはぼそっと、そんな事を呟いた。




