女神降臨?その姿はいったい何だ!?
謎のおっさんは試練の塔を制覇し、その六十一階へと辿り着いた。階段を上り切った先にあるのは、床に描かれた二つの魔法陣のみであった。
「こっちは入口に戻るヤツだな。となると、あっちが女神様の所に行く為の転送陣か」
左右に二つ並んだ魔法陣のうち、左側のものにおっさんが乗ると、一階に戻るか確認するメッセージと選択肢が表示された。こちらは今までにあったものと同じで、塔の入口と行き来をする為の転送陣のようだ。
となれば、残った右側の転送陣が女神の下へ行く為の物である事は疑いようがない。おっさんはそのまま、右側の魔法陣へと飛び乗った。
『この転送陣は別のエリアへ移動する為の物です。転送を行ないますか?』
そのメッセージと共に表示されたYES/NOの選択肢のうち、おっさんは迷う事なくYESを選択した。すると、すぐに別エリアへの転送が開始される。
そして数秒後に転送が終了した時、おっさんの視界にはこれまでの塔の内部とは全く違う景色が映っていた。
その場所は広さが十畳ほど、高さが三メートル程度の、人が一人で住むには十分な広さはあるものの、女神の住居としては少々物足りない印象を受ける四角い部屋であった。
その部屋に扉は存在せず、たった今おっさんが入ってきた、床に描かれた転送陣が唯一の出入口なのだろう。四方を囲む白い壁には、小さな窓が一つずつ開いているのみだ。そのカーテンも付いていない、閉じられた窓の外には青い空が広がり、所々に白い雲が浮かんでいる。どうやらこの部屋は、どういう原理によるものかは不明だが空中に浮かんでいるようだ。
何も無い部屋だ。ここに初めて入った者の殆どは、そのような印象を抱くだろう。何しろこの部屋には前述した窓と、床に描かれた転送陣と、それから小さな祭壇しか存在しないのだから。その祭壇の上には、一人の女性が座っていた。
おっさんが部屋に入って来たのを見たその女性NPCが、音も無く静かに立ち上がり、おっさんに向かって微笑みかけた。
彼女こそ創世の女神イリア。太陽のように輝く金色の長い髪と海のような蒼い瞳、先が尖った長い耳を持ち、その背中には二枚の、純白の翼が生えている。纏う衣の色もその翼と同じ、汚れ一つ無い白色だ。
「よく来ましたね、強き冒険者よ。私の名はイリア。貴方が来るのを待っていました」
イリアは最初に挨拶として、おっさんにそう話しかけた。彼女は続けて何かを言おうとするが、その前におっさんがそれを止めた。
「すまん、ちょっと待ってくれ」
「あら?何でしょう」
突然会話を遮った彼の行動に首を傾げるイリアに、おっさんは言った。
「その姿はいったい何だああああ!?」
ビシッ!とイリアを指差しながら、おっさんが大声で叫んだ。この世界を造ったと言われる女神を相手に無礼極まりない態度だが、おっさんは誰が相手でもこんなもんである。
おっさんは素早くWebブラウザを開いて操作すると、アルカディアの公式サイトからNPC紹介ページを開き、そのページ内にある一枚のイラストを表示させた。
「俺はよぉ……創世の女神イリアってのは、こんな感じの大人の女だと聞いてたんだが……こいつは一体全体どういう事だ?」
おっさんが表示させたのは創世の女神イリアのイメージイラストだった。そこに描かれているのは長い金髪に蒼い瞳の、背中に八枚の白い翼を持つ優しい笑みを浮かべた女神だ。身長は百七十センチを少し超える程度の長身で、起伏に富んだ女性らしい体型の母性的な美女で、おっさん的にはかなり好みのタイプ……どころか、イリアの容姿はおっさんのストライクゾーンのド真ん中である。そういった理由で、おっさんはその姿を生で見るのを非常に楽しみにしていたのだが……
「ああ……この姿の事ですか」
おっさんの言葉を聞き、納得がいった様子の女神の容姿は、そのイラストやゲーム内の各地に残る女神像の姿とはかけ離れたものだった。髪型や瞳の色こそ同じだが、本来であれば八枚ある筈の背中に生えた翼は、二枚しか存在していなかった。だがそれくらいの差であれば、まだ誤差の範囲内だと言えるだろう。おっさんもその程度でわざわざ騒ぎ立てたりはしない。
ここからが最大の違いである。まずは、身長は百三十センチ程度しかない。ほとんど小学生並であり、百八十四センチあるおっさんと並んだ時には、おっさんの胸の下あたりに頭が来る。
体型も身長と同様に、まるっきり子供のそれである。胸の膨らみは皆無に近く、また顔つきも丸みを帯びた子供らしいものだった。
「実は色々あって、力を使い果たしてしまいまして。これ以上の力の消耗を抑えるために、子供の姿を取っているのです。詳しい説明をしたほうが良いですか?」
「そうだな……折角だし頼むぜ」
「わかりました。では……」
そうして始まった女神の説明によると、彼女は元々この世界とは違う、別の場所に居たらしい。そこは神々の住む世界だった。その世界は争いの無い、豊かな自然に恵まれた場所で、そこに住む者は全員が彼女のような長い耳と白い翼を持つ神だったという。イリアは、その神々の王の娘、すなわち王女として生まれた。
まさしく理想郷と呼べるその世界で、神々は穏やかに暮らしていた。だがその平和は、突然に終わりを告げた。
「ある日突然、異界から侵略者が現れ、私が生まれた世界は滅びてしまいました」
神々は必死に抵抗したが、それまで争いが発生しなかった平和な世界だった弊害か、彼らは侵略者の暴力の前に成す術なく蹂躙されてしまった。
そのまま全滅の危機に瀕した彼らは最後の力を振り絞って、王女であるイリアに生き残った者の力を託し、別の世界へと彼女を逃がした。
「そうして私は、たった一人でこの世界へとやってきました」
イリアがこの世界に来た時、そこにあったのは荒れ果てた大地と枯れた海、そして絶望的な環境の中でも必死に生きようとする人間達だった。彼らに出会ったイリアは同族から受け継いだ力を行使し、荒廃した世界を蘇らせた。
それによって世界に豊かな自然と文明が生まれ、人間達はイリアを女神と呼んで崇めた。
「私は彼らを遠くから見守りながら、時々助ける事もしてきました」
彼女がかつて住んでいた神々の世界とは異なり、この世界に住む人間達は時に争いや諍いを起こす事はあったが、力強く限られた生を謳歌していた。時に彼らが起こす問題に頭を悩まされながらも、イリアは彼らを愛し、見守ってきた。
そうして、何百年もの時が流れ……
「ある時、平穏は破られました。神々の世界を滅ぼした敵が、この世界にも侵略を開始したのです」
イリアの話に出てきた敵は、世界を渡る力を持つ強大な存在だった。幾多の世界を侵略し、あらゆる生命体を殺し、食らい尽くしてはまた別の世界へと渡る、破壊と暴力の化身。それらによって再び文明や自然は破壊され、人々は絶望の淵に立たされていた。
また、それらが世界中に撒き散らした瘴気からは魔物が自然発生するようになった。それによって数の有利も失い、人間達は次々と数を減らしていった。この世界に存在するモンスターの大部分は、そのようにして生み出された存在である。
「私や人間の戦士達も必死に抵抗しましたが、敵の力はあまりにも強大でした。徐々に追い詰められていった私達は、最後にはこの大陸の中心部にあるダナン砦……現在の城塞都市ダナンへと立て籠もり、そして……私に残されたほぼ全ての力を使い、この地を覆う結界を完成させました」
イリアが張った結界の効果は二つあった。一つは、あらゆる生物がこの結界の内外を出入りする事を禁止するというもの。そしてもう一つが結界内の瘴気をコントロールし、一定以上の強さを持つ魔物の発生を抑制するというものだ。
「こうして、何とかこの地だけは護る事が出来ましたが……その代償として私は長い間、眠りにつく事になりました」
こうして人間達に後の事を託して、力を使い果たした女神はこの何も無い部屋で眠りについた。そうして長い長い眠りから彼女が目覚めたのは、ほんの数か月前の事だったという。
目覚めた彼女は現代のダナン領主と秘密裏の話し合いの場を設け、その結果として、領主はとある作戦を決行する事を決意した。
その名は【プロジェクト・アルカディア】。
そしてその作戦の内容とは、異界より勇者を召喚し、彼らに試練を与えて強く育てて、この世界を侵略者の魔の手から取り戻させるというものだった。その異界から召喚される勇者とは、言わずもがなこのゲームのプレイヤーの事である。
こうして召喚された冒険者達は、かつての理想郷を取り戻す為に旅立つ事になったのだった。
「私の話は以上となります。長いお話に付き合っていただき、ありがとうございます」
「成る程なぁ。いや、なかなか興味深い話だったぜ。こっちこそありがとうよ」
小さく頭を下げるイリアに、おっさんも恭しく礼を返した。
「それで今は、あの……精霊窟だったか?を攻略して、宝玉を持ってくる段階だったな」
「はい。かの地には私と当時の戦士達が安置した宝玉と、それを護る守護者が配置されており、結界の起点となっています。その為、結界を解除して外界に出る為には四つの宝玉を集める必要があるのです。既に火霊窟、水霊窟は攻略され、残るは風霊窟と地霊窟です」
元々は人間達を護るために張った結界だが、逆に言えばこれがある限りは外界に出て、侵略者に反撃を行なう事も出来なくなってしまう。だが結界がある限りは、少なくとも結界の内側は平和を保つ事が出来る。
結界を保ち、内部の平和を護るべきか、それとも結界を解除し、外界へと打って出るべきか。どちらも一長一短で、簡単に決める事は出来ない。その為イリアは、試練の塔を突破して自分を見つけ出した上で、精霊窟を攻略して宝玉を全て集める事が出来たならば、冒険者達の力を認めて結界を解除する事を約束した。
現在はその為に、カズヤを筆頭とするトッププレイヤー達が精力的に精霊窟の攻略を行なっている最中であった。
「そうかい。それじゃ、そろそろ俺も本腰入れて攻略に参加してやろうかね」
無事に試練の塔を突破する事が出来たことだし、ならば次は精霊窟の攻略に参加しようと思い立ったおっさんが、イリアに背を向ける。
「邪魔したな。次は宝玉を持ってくるぜ!」
そう言って立ち去ろうとするおっさんに、イリアは淡い笑みを浮かべて別れを告げる。
「はい、その時を楽しみにお待ちしています」
そうして立ち去ろうとしたおっさんだったが、彼は転送陣に足を乗せる直前で、何故かその動きを止めて振り返った。
「……なあ、ひとつ聞いても良いかい?あんた、普段はここで何をしてるんだ?」
帰る直前に、おっさんはそんな質問をする。
「そうですね……普段は結界のメンテナンスや、外界の監視が主でしょうか。時々はダナンの街の様子を眺める事もあります」
「なん……だと……?」
イリアの返した答えに、おっさんは戦慄した。
こんな何も無い、狭くて殺風景な部屋に一人きりで、何の娯楽も無しにそんな退屈な日々を過ごしている者が居ようとは。
予想を遥かに上回る回答を前にして、おっさんは決意した。
「……止めだ」
おっさんはただ一言そう呟くと、その場に勢いよく腰を下ろした。
「えっ?」
「止めだって言ったんだ。攻略なんぞはカズ坊にでも任せときゃいいんだ。そんな事より、俺には今、ここでやらなきゃいけねぇ事が出来た」
目の前の男の真意を掴めずに困惑するイリアに、おっさんは言う。
「俺ぁな、子供共が寂しそうにしてたり、つまらなそうにしてるのが我慢ならねぇ性質なのよ。そんな訳でお前さんの退屈を、俺がブッ飛ばしてやる事に決めた」
先程おっさんが足を止めた理由……それは、去り際に聞こえたイリアの声や彼女の気配から、寂しさのような物を感じたがゆえだった。
おっさんは我が儘で気が短く、相手が誰であろうと気に入らない人間や敵対者には一切容赦しない暴力的な人間だが、例外的に子供にだけは優しい。
彼自身が生みの親の顔を知らずに育った事や、昔から寂しい思いをしている子供の相手をする機会が多かった事もあってか、おっさんは子供のそういった感情に、とても敏感だった。
「あの……私、今はこんな見た目ですが、実際はもう千年以上は生きているのですが……」
「こまけぇ事ぁいいんだよ!」
「えぇ……」
イリアが論理的な反論をするが、それを一蹴しておっさんは立ち上がった。
「何から手を付けるべきか……まずは、この殺風景な部屋から始めるか」
そう呟いて、おっさんは動き始めるのだった。




