釣りだ!キャンプだ!湖のヌシを釣り上げろ!
夜の東京を、三人の男達が歩いていた。
一人は身長一九〇センチ程の、くたびれたスーツを着た長身痩躯の男だ。年齢は四十代半ばほどだろうか。かなり整った顔をした中年男性だが、徹夜続きのせいか目の下には隈が出来ており、折角の美形が台無しになっている。彼の名は四葉煌夜。VRMMORPG【アルカディア】の開発者であり、フルダイブ技術を使ったVRゲームの第一人者でもある。
もう一人は白い肌に、金髪碧眼の男性だ。こちらも煌夜と同じくらいの長身で、シャツとジーンズというラフな格好の上に、白衣を羽織っている。彼の名はアイザック・フォークナー。アメリカ人の科学者であり、フルダイブ技術を開発し、実用化させた男である。科学技術の進歩を一人で五〇年早めたと言われる正真正銘の天才だ。そして彼は、アルカディア内ではアナスタシアという名で活動している忍者少女、現実世界では謎のおっさんこと不破恭志郎の家に下宿している留学生、マリア・フォークナーの父親でもある。
そして最後の一人はぼさぼさの黒髪に無精髭の、凶悪な目つきが特徴的な男だ。服装はいつものツナギではなく、上半身はタンクトップの上にレザージャケットを羽織り、下はレザーパンツにブーツという恰好だ。身長は煌夜やアイザックに比べると僅かに低い一八四センチだが、日本人としては十分、背が高い方に入るだろう。何より鍛え上げられた筋肉に覆われた屈強な肉体と圧倒的な存在感が、実物以上に彼を大きく見せている。彼の名は不破恭志郎。皆様ご存知、この物語の主人公である謎のおっさんの、現実世界での姿である。
彼ら三人は十代の頃からの友人同士であり、大人になった今でもこうして時々、三人で遊び歩く仲であった。
尤も恭志郎と煌夜は口を開けば互いを罵り合い、顔を合わせれば殴り合うような、悪友や喧嘩友達と呼ぶような関係だったが。その二人をアイザックや、恭志郎の姉であり煌夜の妻である四葉桜が上手く宥めて、取り持つのが昔から続く、彼らの関係だった。
「それにしても……これがVRとはなぁ。本物の東京そっくりじゃねぇの」
恭志郎が周囲の、東京の夜景を見渡して呟いた。そう、彼が言った通り、彼らが現在居るこの場所は現実世界の東京ではない。この街並みはVR空間内に、本物そっくりに作られた物だ。
フルダイブ技術が世に出回る前にも、このように現実の街を仮想世界の中に再現する試みはあったが、今彼らが居るのは自らの五感をフルに使って歩き、触り、遊ぶ事が出来る、第二の現実と呼べる場所であった。
「くっくっく。これが現在鋭意開発中の、現実世界の街をVR空間内にトレースした物だ。今はまだ東京だけだが、いずれ世界中の主要都市をVR空間内に持ってきてやるさ。そうすれば、誰でも気軽に旅行や、遠く離れた人に会う事が出来る」
煌夜が楽しそうにそう言った。アルカディア・ネットワーク・エンターテイメント社ではVRMMORPG・アルカディアの開発・運営の他に、この一大プロジェクトも進行中だった。煌夜はこちらでも辣腕を振るっており、おかげで家に帰るどころか寝る暇すらない有り様だ。
「素晴らしいよ煌夜。おかげで僕も、デトロイトに居ながら二人と遊べているしね。まあ欲を言えばマリアにも会いたかったけどね。それに桜や、一夜と杏子にも久しぶりに会いたいな」
「おっ、そうだな。今度連れてきてやるよ。いいだろ煌夜」
「まあ、な。あいつらなら構わねぇさ」
そうして話をしながら歩いて行き、三人は目的の場所へと到着した。
「ここが映画館か……」
「ああ。ちなみに店員はNPCで、ここに限らず料金はユーザー登録の時に登録したカードから自動で引き落としされる。今日は俺のオゴリだから安心しな」
そう言った煌夜が三人分の料金を支払い、彼らは映画館の奥へと案内された。だがその先で、彼らは恐るべき物を目にするのだった。
「B級……祭り……?」
「クソ映画フェア……開催中……だと?」
館内に大きく設置された、そのド派手な看板を見てアイザックと恭志郎が呟き、大仰な動きで振り返る。彼らの視線の先では、煌夜がニヤリと性悪そうな笑みを浮かべていた。
ちなみにクソ映画と呼ぶと言葉は悪いが、これは決してそう呼ばれる映画を貶している訳ではないと、注釈を付けておこう。
低予算で作られたチープな映像と荒唐無稽なストーリー、支離滅裂で意味不明な言動を繰り返す登場人物に、ご都合主義的なラストシーン。それらが織り成す独特の世界が、一周回って観る者の腹筋を破壊する大爆笑をもたらすのだ。そんな愛すべきクソ、独特な味わいを持つ笑える怪作。それらをかき集めたのが、このB級祭りであった。
「おい煌夜よぉ……こいつは何の真似だ……?」
「ククク……いや何、ちょいと新しいモンスターのアイディアが欲しくて、ネタ集めの為に映画でも観るかと思ったら、こんなイベントをやってたモンでなぁ。こういうのは一人で見てもつまらねぇが、ダチ同士で集まってゲラゲラ笑いながら観れば意外と面白ぇモンだろ?だからお前らも巻き込ませて貰ったワケよ!」
「てめえ!」
悪びれもせずに言う煌夜に対し、恭志郎が仮に素人が受けたならば何が起きたかわからないまま即死するようなレベルの上段回し蹴りを放つ。だが、
「おっと危ねぇ!」
煌夜はその鋭い蹴りを、上体を逸らして紙一重で躱しつつ、不安定な姿勢のまま恭志郎の軸足にローキックで反撃をする。恭志郎はそれを片脚で跳躍して回避しつつ、煌夜の頭に手刀を振り下ろす。煌夜はそれを左腕で受けつつ、右拳で恭志郎の鳩尾を狙う。そして恭志郎は煌夜の拳を肘で迎撃する。そんな一進一退の攻防が繰り広げられる。
「チッ……腕は鈍ってねぇようだな、煌夜!」
「当然だ。てめぇは逆に弱くなったんじゃねぇのか、恭志郎!」
「ぬかしやがれ。俺はまだ本気の一割も出してねぇぞ」
「ハッ、吹くじゃねぇか。だったらギアを上げるぞ、付いてこい!」
「上等だ、てめぇの方こそ付いてきやがれ!」
互いに目にも止まらぬラッシュを繰り出し、ガチの殴り合いを始める恭志郎と煌夜だったが、決着は思わぬところで付いた。
「二人とも、ストップだ」
突如、二人の間に割り込んだアイザックが両腕を大きく左右に広げ、両掌でそれぞれ恭志郎と煌夜の鳩尾に強烈な掌打を放ったのだ。
「ちぃっ!」
「ぬおっ!」
咄嗟に防御する両者だったが完全に威力を殺しきる事は出来ず、二人は大きく弾き飛ばされた。
「ここは公共の場だ。僕達以外に人が居ないとは言っても、暴れるのはノーだよ。僕の顔に免じて、ここは引き分けって事にしてくれないかな」
大の男を二人まとめて吹き飛ばすような攻撃を放った直後とは思えぬ程の、涼しげな表情と声でアイザックがそう言った。
「チッ……仕方ねぇな。お前がそう言うなら従うさ」
「オーケー、ザック。騒がしくして悪かったな」
友人の静止に渋々ながら従う二人は、最後に至近距離で睨み合う。
「運が良かったな煌夜。アイザックに感謝するんだな」
「何言ってやがる。あのまま続けてたら間違いなく俺が勝ってたね」
「あ?」
「お?」
「二人とも……?」
なおも火花を散らし合う二人だったが、凄味を感じる笑顔で拳の骨をボキボキと鳴らしながらアイザックが迫ると、ようやく彼らは大人しくなった。
そんな騒動の末に、彼らはシアター内に入場し、映画のチケットとポップコーン、コーラを購入した。……そして、クソ映画祭りが始まった!
*
それから一夜明けて次の日。VRMMORPG「アルカディア」にログインしたおっさんは、城塞都市ダナンの北にある湖へと向かっていた。その周りにはナナとアーニャ、シンクとその仲間達といったプレイヤー達の姿もある。
以前、彼らがまだゲームを始めたばかりの初心者だった頃、おっさんは彼らに指導をしたり、装備の製作や強化をしてやったり、また彼らを率いて強大なボスモンスターと戦ったりしていた。
そんな経験によって、初心者を卒業したと言って良いくらいに成長したプレイヤー達を引き連れているおっさんの目的は、彼らの指導……という訳ではない。おっさんの目的、それは……
「さあ着いたぞ!それじゃ、【野営】アビリティで拠点を作ったら食材集めだ!それから木工スキル持ちは薪の準備を頼むぜ。後でキャンプファイアーをするからよ!」
「「「「「はーい!」」」」」
そう、キャンプである。
十代から二十代前半の若者達を引き連れてテントやポータブルキッチンの準備をするおっさんの姿は、まるで保護者か引率の先生のようだ。
何故おっさんは彼らを連れてキャンプに来ているのか。その理由は大きく分けて二つある。
一つは、攻略やスキル上げで戦闘ばかりをやっていると飽きが来るので、気分転換の為だ。おっさんはカズヤと共に、たった二人で火霊窟のファイナル・インフェルノモードをクリアし、その直後に試練の塔を三十階までノンストップでソロ攻略するという、ハイペースで激闘を続けてきたばかりである。
強敵との戦闘や、自らを鍛えるのは良い。だが折角色んな事が出来るゲームなのに、そればかりでは単調になり、いずれは飽きるだろう。ゆえに、時々このように戦闘や経験値稼ぎ、熟練度上げとは全く関係の無い、のんびりとする時間を作るのが大切だと、おっさんは考えていた。ナナ達を誘ったのも、彼ら若いプレイヤーにそれを教えようと思ったからだ。
それから昨日の話になるが、おっさんは古くからの友人二人と共に六時間ほどノンストップでB級映画のオンパレードを体験してきたところだ。
つまり端的に言って、おっさんは精神的に疲れていた。流石のおっさんと言えども、もうすぐ四十歳になる中年男性にとって、深夜遅くまでのクソ映画ラッシュは応えた。その為おっさんにとって、リフレッシュは急務であったのだ。
「そうそう、これだよ。こういうので良いんだよ」
湖畔の豊かな自然と、子供達のはしゃぐ声に、おっさんの疲弊した精神が急速に癒されていく。おっさんは厳つい見た目で逆らう者には容赦が無い苛烈な性格をしているが、子供には優しかった。基準は中学生くらいで、それ以下の子供に対しては甘い傾向にある。
「よーし、それじゃ釣りをするぞ!釣りスキルは覚えたな?釣竿と餌は多めに持ってきたから、持ってねぇ奴は取りに来な!」
集まってきたプレイヤー達に、木工スキルで作った釣竿と料理スキルで作った餌をトレードで手渡して、おっさんは彼らを連れて湖のそばに向かった。
「適当に投げてもいいが、できるだけ魚が集まってる所を狙うといいぜ。索敵や眼力スキルを上げてる奴は、アビリティを使って水中をよく見てみな」
そう指示しつつ、おっさんもアビリティ【サーチアイ】を使用して水中を観察し始める。すると、おっさんは水中に幾つもの魚の影を発見した。
「デカいのは……あれだな!」
おっさんが釣竿を振りかぶって、大物の影を狙って餌を投げる。狙い違わず水面に落ちた餌が、徐々に水中に沈んでいき、そして……
「よし、かかったぜ!」
釣竿が強く引かれる。確かな手応えに大物がかかった事を確信したおっさんは、慎重に、時に大胆に魚を引き寄せていき、およそ一分後には一メートル超え級の大魚を手にしていた。
『【ラージ・レイクフィッシュ(118cm)】を釣り上げました』
いきなりの大物に、周囲のプレイヤー達が喝采を上げ、自分も続けと勢いよく釣竿に手をかける。それを見ながら、おっさんは再び魚を探して水中を探査する。今度はアビリティに頼らず、自らの五感や勘をフルに活用しての気配察知だ。おっさんの人間離れした鋭い感覚は、システムの補助に頼らなくても広範囲の気配を察知する事が可能なのである。
「ん?……気のせいか?」
「おっさん……?何かあったんですか?」
魚の気配を探していたおっさんが、違和感を感じて首を傾げる。それを目敏く見つけた赤毛の短剣使い、シンクがおっさんに近付き、話しかける。
「いや、な。何か一瞬、妙にデカい気配を感じたんでな……今はもう、何も感じねぇんだが」
そう言ったおっさんは改めて水中を探るものの、特別変わった気配を感じる事は無かった。
「やっぱ気のせいかね。疲れてるせいか……?」
おっさんは先程感じた違和感を、精神的疲労による誤認という事にして、釣りを再開した。他のプレイヤー達もそれぞれ釣りを楽しみつつ、釣りスキルの熟練度を上昇させている。大物を手にする者、小魚を多く釣り上げる者、運悪くなかなか釣れない者と様々だ。
「おっちゃーん!なんか宝箱が釣れた!」
そんな中で、ボロボロになった宝箱を釣り上げたプレイヤーが一人いた。動きやすい軽装と、太陽に照らされた橙色のショートヘアが活発な印象を見る者に与える、その少女の名はナナ。彼女は釣り上げた宝箱を持ち上げ、誇らしげに見せびらかしている。
喜び勇んで宝箱の蓋に手をかけ、開けようとするナナだったが……
「よーし、早速開けて……へぶっ!」
ナナが宝箱の蓋を開けた瞬間、中から強烈な突風が噴き出して、ナナを空高く吹き飛ばした。どうやら宝箱に仕掛けられていた罠が発動したようだ。
「ちょっ、わああああああああああ!」
そして当然、上空へと吹き飛ばされたナナはそのまま重力に従って落下する。その先にあるのは湖であり、ナナは派手に水柱を上げて水中に落下した。仮にこれが地面に落ちていれば、落下ダメージによって大ダメージを受けていただろう。その点に関しては湖に落ちた事は運が良かったと言えるが、湖に落ちたという事は同時に、溺れる危険性も発生する。このゲームでは水中を泳いで行動する事も可能だが、地上に比べると大幅に速度が低下し、また長い間水中に潜った状態でいるとHPが徐々に減っていき、最後には溺れて死んでしまうのだ。
「な、ナナちゃーん!?」
親友を襲った悲劇に修道服を着た少女、アーニャが悲鳴を上げる。
「お、おじさん、ナナちゃんを助けないと……!」
泣きそうな声ですがるアーニャの頭を乱暴に撫でて、おっさんはやれやれと溜め息を吐いた。
「ったく、次から箱開ける時は罠探知くらいしろよ!」
そういっておっさんは、釣竿を鋭く振って針を飛ばし、水面を目指して必死に泳いでいるナナの衣服、その襟首に引っ掛けた。
「そらよっ!」
おっさんがナナを釣り上げ、飛んできた彼女を片腕で受け止めた。
「し、死ぬかと思った……」
恐怖の表情を浮かべて、ナナがその場にへたり込む。アーニャがその背中を優しくさすっているのを見つつ、おっさんがその場に居る全員に聞こえるように言う。
「お前ら、水中に入る時は気をつけろよ!水泳スキル持ってねぇとすぐ溺れたり、水中のモンスターに殺されたりするからな!」
「このゲーム、そんなスキルまであるんですか……?」
「使い道、あんまり無さそう……」
「いやいや、意外と便利なんだぜ?極めりゃ水中で地上よりも速く動けるようになるし、槍の先から流水をビームみたいに撃ち出せたりも出来るようになる」
「マジかよ、水泳パねぇな……」
そんな話をしていたおっさんのツナギの袖口が、弱々しく引っ張られる。それに気付いたおっさんがそちらを見ると、そこには怯えた表情をしたナナの姿があった。
「どうした、怖かったか?もう大丈夫だぜ。また落ちても助けてやるからよ」
おっさんはナナが、溺れかけた事で恐怖を感じているのだと考え、珍しく優しい言葉をかけながら頭を撫でた。だが彼女は首を横に振り、こう口にした。
「お、おっちゃん……湖の中に、なんかやばいのが居た……!」
「……やばいの?」
「なんかね、よく見えなかったけど、物凄くでっかくて強そうな感じがした!」
その言葉を聞いて、おっさんは先程感じた異様な気配を思い出す。あれは錯覚ではなく、やはり何かが居るのだろうか。そう考え、おっさんは真剣な表情になる。
「おい、お前ら。少し湖から離れてろ」
おっさんの表情と声に気圧され、プレイヤー達は一斉にその場を離れ、遠巻きにおっさんの姿を見守った。彼らの視線を背に受けながら、おっさんは屈んで両掌を水面に付けた。
「破ァッ!」
そして気合の入った掛け声と共に、おっさんが両手に集めたオーラを殺気と共に、水面に叩き付ける。すると水面が大きく波打ち、周囲に居た魚が一斉に逃げ出した。
「……やっぱり、何か居やがるな」
先程の攻撃に反応したのか、水中から濃密な殺気じみた気配を感じたおっさんは、そこに何者かが居る事を確信した。
おっさんは立ち上がり、釣竿を手にすると、それが居ると思われる場所に向かって餌を付けた釣り針を投げ、沈んでいくのを待つ。そうして十数秒ほど待った時だ。針に何かが食い付いた。
「来たか……うおっ!?」
凄まじく重い手応えを感じて、おっさんの体勢が崩れそうになる。慌てて下半身に力を入れ、おっさんは竿を強く引いた。
「くっそ……こいつは相当デカいな……!」
釣竿が大きく曲がり、軋む音が聞こえる。糸もピンと張って、今にも千切れそうだ。厳選された素材を使い、おっさんが丁寧に作った釣竿だからこそ持ち堪えられているが、これが普通の竿であれば、とっくに獲物に逃げられている事だろう。そしておっさんのパワーと強靭な足腰、優れたバランス感覚によって拮抗した状態を保ててはいるものの、敵も相当の重量とパワーを持っているのか、なかなか引き上げる事が出来ないでいる。戦況は完全な膠着状態に陥っていた。
「皆、こうしている場合じゃないぞ!僕達がおっさんを助けるんだ!」
だがその時、シンクがおっさんに駆け寄りつつ、仲間達に指示を出した。そして彼はおっさんが持つ竿に手をかけ、一緒に引っ張ろうとする。
「僕も手伝います!」
「ふっ……助かるぜ坊主!」
シンクの手助けにより、戦局は少しだけおっさんに傾いた。
「よし、俺達も行くぞ!」
「リーダーに続け!」
「おっさんに恩を返すチャンスだぞ!気合入れろぉ!」
その姿に触発されて、他のプレイヤーも一斉に動き出した。竿を一緒に引っ張る者や、そうした者の体を支える者。そして、そんな彼らを支援する者もいる。
「支援魔法をかけます!頑張って下さい!」
「あんた達、おっさんの前で情けない所見せるんじゃないわよ!」
「俺の力をお前達に預けるぞ!負けるな!」
アーニャを中心に、【支援魔法】や【指揮】、【戦術】等の仲間を支援する為のスキルを持つ者達が、それらを使って前衛を強化する。
「見えたぞ、でけぇ!」
「何だありゃあ!?いったい何メートルあるんだ!?」
彼らの活躍によって、徐々にその巨大な何かが水面に向かって浮き上がってくると、やがて巨大な魚影らしき物が全員の視界に飛び込んできた。
「姿が見えるならこっちのモンだ!……おっさん!」
「何だ!?」
「後で材料渡すから、新しい槍作ってくれ!うおおおおおおおッ!ジャベリィィィィィン!」
大柄な槍使いの男は大声でそう叫び、背負っていた槍を振りかぶって、全力で投擲を行なった。
彼が使ったアーツは【ジャベリン・スロウ】。槍と投擲の二つのスキルを鍛える事で習得可能なそのアーツは、その名の通りに装備している槍を投げつける技だ。
このゲームでは、投げナイフや手裏剣のような投擲武器は、一度使えば消滅する使い捨ての武器だ。そしてこのジャベリン・スロウは、装備している槍を投擲武器として扱う効果を持つ。つまり、この技を使えば装備している槍は一発で消滅する。どれほど高品質で高額な槍だろうと、ユニークアイテムだろうと使ったが最後、二度と戻っては来ない、恐ろしくハイリスクな技だ。
しかしその対価として、命中すれば破格のダメージが約束される。そのダメージ倍率は、奥義ではない通常アーツとしては破格の1000%、通常攻撃の十倍だ。それも初期段階での話であり、熟練度を上げて経験値を注ぎ込めば更なる強化が見込める。おまけに使用者の槍および投擲スキルのレベル、使用した槍の品質や残り耐久値によって更なるダメージボーナスも付与されるという、恐るべき必殺技だ。
彼が放ったジャベリン・スロウが直撃し、水中にいる正体不明の生物に大ダメージを与える。それによって抵抗が弱まり、おっさん達は一気に引き寄せる事に成功する。
「槍投げきたあああああああ!」
「行ったあああああああ!」
その大技が発動する瞬間を目撃した、周囲のプレイヤーが喝采を上げる。おっさんもニヤリと笑って、彼の偉業を褒め称えた。
「やるじゃねぇか。良い漁師になれるぜ、おめぇ」
「どうも。それじゃ、釣りと水泳上げてみるかなぁ……」
「代わりの槍は後で作ってやるよ。……ところでさっきのアレ、槍キンリスペクトか?」
「あ、わかります?」
彼はおっさんの言葉に頷き、照れ臭そうに笑った。
彼らが口にした槍キンとはβテスターの一人であり、スピアキングという名のプレイヤーの事を指す。槍を愛し、槍に愛されたその男は全ての槍使いの希望であり、七英傑には一歩譲るものの、最前線で勇敢に戦い続けた勇者である。
その強さ、戦闘技巧は勿論の事、エンターテイナーとしても人気を誇り、槍への愛が籠もった別れの言葉の後に「ジャベリィィィィィン!」の絶叫と共に放たれる一撃必殺のジャベリン・スロウは多くの強敵と、見た者の腹筋を一撃で破壊した。動画サイトに投稿された彼のボスモンスター単独討伐動画は百万を超える再生数を叩き出し、攻略の面でもネタ的な意味でも抜群の人気を誇る。彼をリスペクトする槍使いは多く、この場に居る槍使いの男も勿論その一人である。
そしてこの時、噂のスピアキングは離れた地で、何かを感じ取っていた。
「むっ……!?」
「どうした槍キン、戦闘中に!?」
モンスターとの戦闘中に突然動きを止めて、空を見上げて動かなくなってしまったスピアキングに、彼のパーティーメンバーが慌てて声をかける。それで我に返ったかと思えば、スピアキングは慈愛に満ちた目で遠くを見つめて、こう言った。
「今、素晴らしいジャベリンの波動を感じた……!」
「お前は何を言ってるんだ……?」
スピアキングの意味不明な言動に思わずドン引きする男だったが、最早彼の言葉はスピアキングに届いてはいなかった。
「うおおおおおおおッ!俺は今猛烈に感動しているぞ!ジャベリィィィィィン!」
スピアキングが絶叫と共に彼のオリジナルアーツ【ジャベリン・キャノン】を放ち、投げつけられた槍が直線上の敵を纏めて貫通しながら進む。そして着弾と同時に大爆発を起こし、広範囲のモンスターを地形ごと纏めて吹き飛ばした。
「や、槍キン……?お前いきなり何を……」
「ハッピーバースデー、今日は新たな槍仲間の誕生日だ!」
「だめだこいつ、早くなんとかしないと……」
「諦めろ。こうなった槍キンはしばらく止まらん。いつもの事だろう」
高笑いをするスピアキングに、仲間達は諦めたように溜め息を吐くのだった。
*
一方でおっさん達はいよいよ、目的の巨大魚らしき物を追い詰めていた。必殺の槍投げを皮切りに、手の空いた者達が魚影に向かって遠距離攻撃や、麻痺などの状態異常を引き起こす魔法を放って弱らせ、その機におっさん達は最後の力を振り絞り、一気に魚を引き寄せたのだ。
「今だ!引けええええええええ!」
「「「「「うおおおおオオオオオオオオッ!」」」」」
そして遂に、彼らはそれを釣り上げる事に成功した。とてつもなく巨大なそれが、おっさん達の手によって地上に打ち上げられ、轟音と共に大地を揺らした。大きさは勿論だが、重さも相当のもののようである。
「こいつは……」
流石のおっさんも、釣り上げたそれの正体を見て唖然とした表情を浮かべた。無理もないだろう。何しろそれは、ただの魚ではなかったのだから。
「マジかよ……こいつは何の冗談だ……?」
「何で、こんな奴が湖に!?」
周囲の者達も同様だ。まさかこんな物が釣れるとは思わなかったという、驚きや混乱を隠せない表情で、それを見つめている。それくらいに非現実的な状況だった。
その生物は濃い青色の細長い体を持ち、頭の先端が尖ったシルエットをしている。口の中には何列にも並んだ、ギザギザした形の鋭い歯が並び、そして何よりも特徴的なのは、背中や胸、腹や尾に生えた、一目でその生物のものだと分かる、独特な形をしたヒレだろう。
そう、おっさん達が釣り上げた巨大魚の正体とは、
「サメ……だと……!?」
全長十メートルを優に超える、巨大なサメであった。




