モヒカンズ出撃!謎のおっさんを追え!
創世の女神イリアは、試練の塔の六十一階に居る。
その情報をカズヤから得たおっさんは、城塞都市ダナンの中央広場にそびえ立つ時計塔……そこに隠されたダンジョン、試練の塔へと足を踏み入れた。
問題はその様子を中央広場に居た、多人数のプレイヤーが目にしていた事だ。
良くも悪くもおっさんは有名人である。特徴的な見た目と奇妙なキャラクターネームで悪目立ちするのは勿論、彼の武勇伝や英雄的なエピソード、および奇行・蛮行の数々はプレイヤー達に知れ渡っていた。
その目立つ有名人のおっさんが、多くのプレイヤーが集まる中央広場で、多くのプレイヤーが進入不可能な唯のオブジェだと思い込んでいた時計塔の扉を開けて、中に入って行った。
時間帯が週末の夜で普段よりも多くのプレイヤーが集まっていた事もあって、その場ではちょっとした騒ぎが起こっていた。
「おい、今のおっさんだよな?」
「ああ。見間違えるはずも無い。確かにおっさんだった」
「時計塔に入って行ったぞ……あそこ入れたのか……」
「あの扉、俺が開けようとした時は開かなかったぞ。何か条件があるのか……?」
「いったい、あの中には何が……」
その場に居たプレイヤー達は思い思いに、おっさんの行動に対する疑問を口にした。その中の一人が、隣にいたβテスト経験者の友人に話しかけた時だった。彼はその友人の異変に気付く。
「なあ、お前確かβテスターだよな?何か知らないか……って、おい!どうした!?」
おっさんが入っていった時計塔の扉を虚ろな目で見つめながら、ガタガタと体を震えさせるβテスターの男性は、うわごとのように呟く。
「ば、馬鹿な……あの場所が、まだ消えていなかったと言うのか……」
「お、おい、大丈夫か?めっちゃ震えてるぞお前、いったい何があったんだ……!?」
明らかに彼は何かに恐怖していた。そして、そのような反応を示している者は他にも居た。その者達は全員、βテストを経験したプレイヤーである。
その時だった。ある人物が音も無くその場に現れて、恐怖に囚われているβテスター達に代わって説明を行なったのは。
「あのクロックタワーはイミテーション、すなわち仮の姿デス。あの中にあるのは【試練の塔】という名前のダンジョンなのデスよ。βテスター達の間ではクソタワーと呼ばれ、クリア出来たのはワタシを含めて、僅か七人だけのベリーベリーハードなダンジョンなのデス」
「あ……貴女はアナスタシアさん!」
そう、彼女こそはβ時代に、この試練の塔をクリアした七名のプレイヤー、【七英傑】の一人、アナスタシアである。童顔で背は低いが女性らしく豊満な体型は忍装束に包まれており、セミロングの金髪からは犬耳が、形の良い大きなお尻からは犬の尻尾が生えている。
「何らかの方法で鍵を手に入れれば、あの中に入る事が出来るデスが……さっきも言った通り、かなり難しいダンジョンデスので、入るならば覚悟する事デース」
そう言い残して、アナスタシアはおっさんを追いかけるように、時計塔の扉を開いて中に入っていくのだった。
「どうする?」
「どうするって言われてもな……βテスターがビビるくらいの難易度みたいだし、俺らにはまだ早いんじゃねーかな?」
「ま、そうだな……。一応、鍵の入手方法とかの情報は集めとくかな……」
プレイヤー達の反応を見る限り、すぐに挑戦するつもりは無さそうな様子だった。
だが物事には例外というものが付き物だ。それはこの場、この状況においても同様である。
「聞いたか?」
「ああ」
「確かに聞いた」
そう話し、頷き合う者達。彼等は五人の少年達である。その少年達はモヒカンやリーゼントといった派手な髪型をして、棘付き肩パッドの付いたデニムジャケットを素肌の上に羽織っている。奇妙な髪型、奇妙な服装、そして奇妙なキャラクターネームと、おっさんと同レベルの不審人物の集団だ。彼等は最強を目指して強者達に喧嘩を売り、打倒おっさんを目指す愚連隊、その名も【世威奇抹喪非漢頭】と名乗る一団である。
「あの扉の先には超高難易度のダンジョンがある……って事は、当然それ相応のお宝もあるって事だ。そうに違いねぇ」
「おっさんもあの先に居る。リベンジするチャンスでもある」
「行くか」
「行くしかあるまい!」
「よし、ならば行くぞォ!」
「「「「応ッ!」」」」
そう叫び、意気揚々と時計塔の扉に走り寄って手をかけるモヒカン達だったが……
「しまった!扉が開かねェぞ!?」
「この扉を開けるには、鍵がいるのか!」
「ちくしょう、鍵はどこにあるんだ!」
だが彼らは、その先に進むための鍵を所持していなかった。そもそもつい先程に、アナスタシアがそれを説明したばかりだと言うのに、一体彼らは何を聞いていたのか。それとも鶏のように、少し歩いただけで忘れてしまったのか。いくらモヒカンの髪型が鶏冠に似ているからといって、そんな所まで真似しなくても良いだろうに。
と、そんな風に時計塔の前、すなわち中央広場のド真ん中で騒いでいた彼らは、当然のように注目を集めていた。すると……
「むっ……貴様等、犯罪者だな!そこで何をしている!」
騒ぎを聞いて駆け付けた、NPCの衛兵に発見されてしまう。
モヒカン達のように、名声値に対して悪名値が著しく高いプレイヤーは犯罪者と呼ばれ、衛兵に見つかった場合は攻撃されて、敗北すれば監獄に入れられる事になる。
「げっ、衛兵が来やがった!」
「ずらかるぞ!」
ぐずぐずしていると、すぐに応援が駆けつけて来て包囲されるだろう。ここはすぐに逃げるべきだと判断した彼らは逃走を図ろうとするが……
「いや待て。折角だし、ここはアイツから情報を聞き出そうじゃねぇか」
そう言って逃げようとする仲間を止めたのは、集団のリーダーであるモヒカン頭の少年だった。
「ヒャッハー!」
「貴様、抵抗する気か……ぐわっ!」
戦斧を左右それぞれの手に握り、モヒカンは猛然と衛兵に襲い掛かった。咄嗟に剣を抜き、その攻撃を防御しようとする衛兵だったが、右の斧による重い一撃で剣を弾き飛ばされ、次の瞬間には左の斧で胴を袈裟斬りに叩き斬られる。
「おいテメェ!この塔に入る為の鍵はどこにある!大人しく吐けば命だけは助けてやるぞ」
ダメージを受けて倒れた衛兵の胸倉を掴み、モヒカンが恫喝する。
「くっ、殺せ!犯罪者に教える事など無い!」
だが衛兵は、毅然とした態度でそれを拒否した。
「なら死にやがれ!」
どうあっても犯罪者には屈さず、職務に殉じようとする衛兵の覚悟を見たモヒカンは、手に持った斧を衛兵の頭に向かって振り下ろそうとする。
正直モヒカンも、ちょっと脅すだけで殺すつもりまでは無かったが、ここまで言われて大人しく引き下がっては面子が潰れるゆえ、もはや致し方無し。男同士が命懸けで意地を張り合えば、どちらかが死ぬまで止まる事は出来ないのだ。
だが、その斧の刃が衛兵の頭を叩き割る事は無かった。
「そこまでだ!」
寸前で差し出された盾により、ジャストガードのメッセージが表示されると共に斧が防がれる。モヒカンはその盾の持ち主を忌々しげに睨み付け、その名を口にする。
「てめえは……シリウス!」
その人物は中性的で整った顔をした、騎士鎧とマントを着用し、左手には体全体をカバー出来る程の大型の盾を、右手には刺々しいデザインの黒い片手剣を装備した少年だった。
「これ以上この場で暴れると言うなら、僕が相手になろう」
盾を振るってモヒカンを弾き飛ばしつつ、シリウスはそう言い放った。それと同時に衛兵の増援がこの場に到着し、モヒカン達は包囲されてしまった。
だがその絶体絶命の状況においても、モヒカン達は不敵に笑って武器を構え直す。
「上等だ……!てめえら、こいつは俺がやる!衛兵共の相手を頼んだぞ!」
「「「「おう!」」」」
戦闘開始と同時に動いたのは、魔導銃使いのアフロだ。彼は以前おっさんと戦った時にはライフルを使用していたが、今回彼が持っていたのは別の銃だ。
(俺にはおっさんのように、早撃ちで百発百中なんて真似は出来ねぇ。普通の銃を使ったんじゃあ、どうしても狙いを付けてから撃つまでに時間がかかっちまう。それじゃおっさん達のようなトッププレイヤーには通用しない。だったら……)
その弱点を補うために、彼は自ら【魔法工学】スキルを習得し、プレイヤーの中で最もそのスキルに精通している魔導技師、ジークに頭を下げて教えを乞い、銃の開発に没頭した。
そして、遂にそれは完成した。新兵器を開発したのは、何もおっさんだけではない。この男もまた、新たな銃を創造していたのだ。
「こいつはどうだぁ!」
アフロが取り出したのは、銃身が上下に二つ並んだ散弾銃だった。それを左右の手に一つずつ装備した二挺散弾銃だ。彼はそれをめちゃくちゃに振り回しながら、衛兵の群れの中に突撃した。
そう、狙いをつけずに命中させたいならば、至近距離で広範囲を攻撃可能な散弾をバラ撒けば良いという考えだ。
「あっぶねぇ!おい、こっちに飛ばすんじゃねえ!」
「わりぃ!なるべく気を付けるわ!」
流れ弾がリーゼントの頭を掠めた。出鱈目に銃弾を撒き散らしているため、時々味方のほうにも弾が飛ぶのが問題だった。だがそんな欠点があったとしても、この武器は強力だった。
「なんだこいつの武器は!?大量の小さい弾が同時に幾つも飛び出してくるぞ!」
「避けられん!誰かこいつを止めろ!」
普通のライフルや拳銃型の魔導銃しか見た事が無い衛兵達は、至近距離で連射される散弾銃の威力と攻撃範囲に混乱し、恐怖している。
「どうだ、思い知ったか!こいつが俺様の二挺散弾銃だ!たまに味方を撃っちまうのと、弾代が普通の魔導銃以上にバカ高ぇのが問題だがな!」
「どっちも大問題だ!さっさと何とかしろバカヤロウ!」
「俺らも行くぞ!新兵器の力を見せてやろうぜ!」
次に飛び出したのは、大剣使いのリーゼントと、槍使いの逆毛だ。彼らの武器も、以前とは様変わりしていた。リーゼントの持つ大剣は、まるで回転鋸のような刃が騒音を鳴り響かせながら高速回転しており、逆毛の持つ槍は先端がドリルのような螺旋型になっており、こちらも同様に駆動音と共に回転している。
「神をもバラバラに引き裂いた伝説の武器、チェーンソーブレイドを食らえ!」
「ドリルは男の浪漫だぜぇ!」
これらはモヒカンの鍛冶スキルと、アフロの魔法工学スキルを組み合わせて作られた機械仕掛けの武器であった。似たような物を鍛冶師のテツヲと魔導技師のジークが既に完成させており、彼らの指導・監修を受けて創造した物だ。
「きょ、距離を取れ!あんな物をまともに受けては、ただでは済まんぞ!」
見た事もない、殺意に溢れた機械武器に恐怖し、士気を低下させる衛兵達だった。
ちなみにモヒカン達の中で一人だけ、傾奇髷の刀使いだけは普通に太刀を振るって戦っていた。逆に違和感を感じる程に、一人だけ普通である。
「ちくしょう、俺にも何か派手な武器は無ぇのかよ!」
「うるせえな、お前にはテツヲさんが打った業物があるだろうが!」
とは言え仲間のツッコミの通り、彼が振るう太刀はアルカディアで最高峰の鍛冶師であるテツヲが打った神器級の一品だ。飾り気の無い武骨な仕上がりだが、その切れ味は一級品である。彼の刀は衛兵達の剣や盾を、まるでバターでも切るかのように易々と真っ二つにする。
「おっさんやカズヤさんのような化け物達の中に居て、気が付かなかったが……」
「ああ。俺達は確実に強くなっている……!」
「それも、以前とは比べ物にならないくらいに!」
「ふははは!衛兵がまるでゴミのようだ!」
衛兵達を圧倒し、自分達が強くなった実感に酔いしれる一同。
だが、彼らの頭目であるモヒカン皇帝は……
「はぁ、はぁ……くそっ!いい加減に崩れやがれ!」
両手に持った斧を連続で振り回し、シリウスに攻撃を続けるモヒカンだったが、その攻撃は全てシリウスが持つ大盾に阻まれ、届かない。
素早くサイドステップをして横に回り込もうとしても、左右のコンビネーションで連続攻撃を仕掛けても、斧の攻撃力を最大限に発揮してアーツで全力攻撃しても、その全てが通用しない。
「それで終わりですか」
シリウスは涼しい顔で盾を巧みに操り、モヒカンの攻撃を防御する。異常に高いVIT値と、盾スキルをはじめとする防御系スキル、防御力に特化した装備、そして熟練の防御技術。
アルカディア最強……いや、最硬の壁役が本気で防御に徹すれば、生半可な攻撃は一切通用せず、おっさんやカズヤ、レッドのようなトッププレイヤーであっても、その防御を抜いて彼にダメージを与えるのは簡単な事ではない。
「では、そろそろ反撃といこうか!」
ここまで防御に徹し、モヒカンの動きを見極めたシリウスが、遂に反撃に転ずる。彼が持つ盾が一瞬だけ輝きを放つと、次の瞬間にはそれが高速で突き出される。
「ぐおっ!?」
モヒカンが、顔面に盾を打ち付けられて思わず呻く。
【シールドバッシュ】。盾による打撃攻撃を行なう、盾用のアーツにしてシリウスの十八番。彼が使うそれは大量の経験値を注ぎ込んでカスタムされた、通称チートバッシュと呼ばれる攻防一体の必殺技である。
しかもこの技の最も恐ろしい所は、これがコンボの始点に過ぎないという点だ。シリウスが使うシールドバッシュは、命中時に相手を強制的に硬直状態に陥らせる。
「【ライトニングブレイド】ッ!」
シリウスが持つ黒い魔剣、カオスジェノサイダーの刀身が雷を纏い、それが無慈悲に振るわれる。この片手剣用アーツは命中時に電撃属性の追加ダメージを与えると共に、一定確率で相手を麻痺させる効果を持つ。
そしてモヒカンは運悪く、その麻痺のバッドステータスを受けて行動不能になった。そうなれば当然、更なる追撃が待っている。
「【レイジングスラスト】!」
「ぐわああああああああっ!!」
片手剣の連続攻撃アーツが全段直撃し、最後の一撃でモヒカンが派手に吹き飛ばされて地面に転がった。
「「「「も、モヒカーン!!」」」」
リーダーがあっさりとやられた事実にモヒカンズの面々が動揺し、反対に衛兵の士気が上がる。このまま一気に制圧すべしと、衛兵達は一気に攻撃しようとするが……
「まだだッ!」
気合の入った雄叫びを上げ、モヒカンが立ち上がる。その頭上に表示されているHPバーは、瀕死である事を現す赤色に染まっており、目盛りも残り僅かである。だが彼はまだ生きている。
「おいモヒカン、大丈夫なのか!?」
「当たり前だ!俺は世威奇抹喪非漢頭の団長、モヒカン皇帝だぞ!これくらい何て事ねぇ!」
元気一杯に両手の斧を振り回して、モヒカンが吼える。
「だが、どうする気だ!?あいつ相当強ぇぞ!」
「そうだな……確かに奴は強ぇ。それは事実だ。だがな!」
鋭い眼光で真っ直ぐにシリウスを睨み付けて、モヒカンは言う。
「俺達ゃカズヤさんに鍛えられ、負け続きだがおっさんと何度もやり合ってんだ!三位のアイツごときに躓いてちゃあ、いつまでたっても追いつけやしねぇんだよ!」
モヒカンが指差しながら言った台詞に、シリウスがピクリと反応する。
βテスト当時、試練の塔をクリア出来たプレイヤーは僅か七名。七英傑と並び称される彼らだったが、その中にも序列という物は存在する。
実はβテスト後半に実施された【試練の塔】のイベントでは、最終的に突破できた階層、各フロアにおけるミッションの達成率、モンスター撃破数、宝箱の発見数、踏破スピード……それらの様々な項目によって獲得した攻略ポイントによるランキングが、βテスト終了時に公式サイトにて一般公開されていた。
そのランキングの上位七名は、
第一位、謎のおっさん。
第二位、カズヤ。
第三位、シリウス。
第四位、エンジェ。
第五位、カエデ。
第六位、レッド。
第七位、アナスタシア。
……以上の七名である。
すなわち七英傑とは、試練の塔を踏破した七人であると同時に、ランキングの上位七人でもあったのだ。
そしてランキングを決定するための獲得ポイントは、一位のおっさんと二位のカズヤの差は微々たる物であったが、その二人と三位以下の者達の間には大きな隔たりがあった。
その結果から、ランキングの結果を見た者達はこう判断した。
「あの二人は別格で、残りの五人はそれと比べると、一枚格が落ちる」
……と。
シリウスは思う。確かにあの二人は恐ろしく強い。カズヤは一歩間違えれば器用貧乏に成り下がるであろうバランス型のステ振りや、多彩なスキルの使い分けによる万能タイプの構成を、このゲームのシステムに対する深い理解と、卓越した判断力・思考力で見事に成立させており、付け入る隙が全く見当たらない。
だがカズヤはまだ良い。実行が無理ゲーレベルで極めて難しいとは言え理屈は分かるのだ。しかし、おっさんに至っては本気で意味不明である。まさに理不尽が服を着て歩いているような存在であり、なんであんなに強いのか理由は分からないのに、勝てるイメージが浮かばない。
……そんな二人に阻まれた、第三位の男。それがシリウスというプレイヤーの位置付けだ。
屈辱である。
ああ認めよう。確かにあの二人は強いとも。決闘での直接対決でも勝てた試しが無いし、ボス戦などで共闘しても、驚かされる事ばかりだ。自分があの二人より格下だという事実も、認めたくはないが認めようじゃないか。だが、
「嘗めるな三下ァ!だからってなぁ、お前なんかに僕が負ける訳無ぇだろうがァッ!」
激昂と咆哮。それと同時に、シリウスが振るった魔剣から衝撃波が放たれる。
「うおっ、危ねぇっ!」
モヒカンはそれを横っ飛びで回避しつつ、素早くポーションの入った瓶を取り出して飲み干し、消耗したHPを回復させる。そして空になった瓶を投げ捨てて、再び二振りの斧を構えてシリウスに向かって突撃した。
「ヒャッハッハ、図星を刺されて怒りやがったか!」
「減らず口を!すぐに黙らせてやる!」
シリウスの魔剣とモヒカンの斧が、激しくぶつかり合い、火花が散った。
モヒカンはシリウスと対峙しながら、心の中で舌打ちをする。
(チッ、怒らせて冷静さを失わせれば何とかなるかと思ったが、相変わらず防御がクソ硬ぇッ!しかもこの猛攻、このままじゃ押し切られるかもしれねぇ。クソッ!誰だよ、こいつが防御一辺倒だとか言った奴は!攻撃も十分クソ強ぇじゃねーか!)
確かにシリウスは防御に特化したキャラクターではあるが、それでもトッププレイヤーの一人である。攻撃能力も、そこらの一般プレイヤーに比べれば十分すぎる程に高い。モヒカンとは経験もキャラクタースペックも桁違いであり、そして何より、
(しかもこいつの場合、おっさんと違って一発当てても終わらねぇ!)
謎のおっさんというキャラクターは、攻撃に特化したスタイルである。最も高いのが射撃攻撃力やクリティカルヒット、弱点攻撃などに影響する他、生産にも使用するDEXであり、次に高いのが物理攻撃力や、装備可能重量に影響を及ぼすSTRと、魔法攻撃力や魔導機械の威力、MPなどに関係するMAGだ。
回避に必要なAGIや防御力、HPを上げるためのVITは最低限という尖った構成であり、本人の圧倒的な戦闘技巧によって相手の動きを見切る事で大抵の攻撃は無力化出来ているとは言え、一発デカいのを当てれば倒せるほどに、おっさんは非常に脆い。
おっさん本人の舐めプ癖もあって、ワンチャンスをモノにしてデカいのを一発当てれば勝てるかもしれない対おっさん戦とは異なり、シリウスの場合は多少ダメージを与えたところで、簡単に倒れてはくれないだろう。
何しろシリウスのHPは、他のプレイヤーとは文字通り桁が一つ違う。
「モヒカーン!頑張れえええええ!」
「そこだ!今がチャンスだ!行けええええええ!」
「気合入れろぉぉぉぉぉぉ!」
「頑張れ頑張れ出来る出来る!絶対出来る頑張れもっとやれるって!やれる気持ちの問題だ頑張れ頑張れそこだ!そこで諦めるな絶対に頑張れ積極的にポジティブに頑張る頑張る!」
苦戦するモヒカンの背中に、仲間達がエールを送る。
(あいつら……何必死な声出してやがる……!この俺がこんな女みてぇな顔した奴に負けるとでも思ってんのか!こん畜生め!)
奥歯を折れるほど強く噛みしめ、手に持った斧に力を込めるモヒカンだが、少しずつ追い詰められて防戦一方になっていく。本来ならばとっくに押し切られて敗北していてもおかしくは無かったが、カズヤからの指導やおっさんと戦った経験が彼の中で生きているのか、ギリギリの所で持ち堪えていた。だが、それも後少しで崩れるだろう。
(こうなったら、あれをやるしか無ぇッ!)
そんな状況下で、モヒカンは決断を下した。
「うおおおおおおおッ!!」
モヒカンは懐に手を入れ、掌大の丸い物体を取り出すと、それを地面へと叩き付けた。直後、その場所から爆発音と共に猛烈な勢いで煙が噴き出した。
噴き出した煙は毒々しい紫色をしており、それによって一瞬で視界が遮られる。
「なっ……!?」
突然の轟音と、煙によって周囲が見えなくなったことで僅かに動揺するシリウスだが、彼はすぐに冷静さを取り戻した。
(これは毒……ではない、か。仮に毒だったとしても僕の耐性とHPならば問題は無いが……。そして他にも、状態異常らしき物にもかかっていない。ならば、これはただの煙玉?だとすれば、目的は僕の視界を遮っての奇襲か!)
そう考えたシリウスの読み通りに、近くにモヒカンの気配は無い。どうやら煙玉を使うと同時に距離を取って、大技の準備を行なっているようだ。
「つまらない小細工を!良いだろう、どこからでもかかって来るといい!」
シリウスは盾を前面に構え、防御姿勢を取った。
敵は煙幕に乗じて奇襲を仕掛けてくるだろう。ならば、それを迎え撃って勝利するのみ。防御に自信のある彼らしい判断だと言えるだろう。
だが、それはモヒカンに時間を与えるという事に他ならない。十分な準備時間を得たモヒカンは、いよいよ奥の手を発動させた。
「いくぜぇ!こいつが俺様の、とっておきだあああああああッ!」
その宣言と同時に、モヒカンがシリウスに襲いかかる。
「どりゃあああああッ!」
突進しつつ、左右の斧による同時攻撃。それを……
「甘いッ!」
シリウスが盾の防御アビリティ【シールドガード】で受ける。
判定はジャストガード。視界が遮られた状態でも尚、シリウスは完璧なタイミングでモヒカンの攻撃を防御してみせた。
それと同時に煙が晴れる。その場に居た全員が、その様子を見てシリウスの勝利を確信した事だろう。しかしモヒカンの攻撃は、まだ終わってはいなかった。
「うおおおおおおおおッ!せいッ!うりゃッ!どりゃあッ!そらぁッ!」
「なっ!?こ、これは……!?」
モヒカンの全身と、彼の持った二振りの斧が青いオーラに包まれる。そして左右の斧を豪快に振り回しながら、超高速の連続攻撃を繰り出すモヒカン。
「あ、あれは!?」
「少しモーションは違うが……もしや……」
モヒカンの動き見た観衆がざわめく。その姿が、ある男に重なる。
「オラオラオラオラオラ!オラァーッ!」
「しまった……ッ!」
ガードの上からの、高速・高威力の連続攻撃。それによって、ある現象が引き起こされる。
『Guard Break!!』
そのシステムメッセージが表示されると同時に、シリウスの防御アビリティが強制的に解除され、その体勢が崩された。
ガードブレイク。アビリティによるガード状態で許容量を超える攻撃を受け続ける事によって、強制的にガードが解除され、大きな隙が出来てしまう状態を指す。モヒカンが放った乾坤一擲の連続攻撃が、遂にシリウスの堅牢な防御を打ち破ったのだ。
「飛べオラァ!」
モヒカンが斧を振り上げ、シリウスを上空に弾き飛ばす。それと同時にモヒカンもまた跳躍し、空中で無防備なシリウスに対して、更なる追撃を仕掛けた。
「やはり間違いない!」
「そうだ、あれは……」
「「「「「カズヤさんの【飛天龍王撃】だ!」」」」」
そう、彼らが口にしたその技こそ、モヒカンの師であるカズヤの最も得意とする二刀流の奥義。力を溜め、突進攻撃から地上での連撃、打ち上げから空中コンボへと繋ぎ、最後に敵を地上に叩き落としてから急降下して止めの一撃を放つド派手な連続攻撃である。
モヒカンはそれを、斧による二刀流で放っていた。本来は剣を使って放つ奥義のため、斧用に動きをアレンジした物であり、細部は異なるものの、基本の流れは忠実に守られている。
「くっ……まさか、ここで龍王撃とは……!」
「いいや違うな、その名前はあの人だけのモンだ。こいつは……!」
モヒカンが豪快な斧の一撃でシリウスを地面に向かって叩き落とし、止めの一撃を放つ態勢を取る。カズヤはここから空を蹴って上昇した後に、急降下しつつ両手の剣を振り下ろしていたが、モヒカンの場合は……
「これが俺のッ!【飛天喪非漢撃】だあああああああ!」
モヒカンは自慢のモヒカンヘッドを地面に倒れたシリウスに向けると、そのまま急降下してのフライング・ヘッドバットを放つ。
「嘗めるなああああああああッ!」
だがそれが命中する前に、シリウスが立ち上がり、一瞬で盾を構え直す。
「「うおおおおおおおおお!」」
モヒカンの頭とシリウスの盾、男同士の意地とプライドがぶつかり合う。激しい衝突によって衝撃波が巻き起こり、その結果……
「へっ……お前、やっぱ強ぇな……まだまだ先は長ぇや……」
シリウスは盾を構えたまま、その場に仁王立ちし、モヒカンは力尽きてその場に倒れ伏した。
これにて、勝敗は決した。
「……見事な攻撃だった。またいずれ戦おう」
シリウスは苦々しい顔で倒れたモヒカンを見下ろしていたが、そう言い残してモヒカンの手にあるアイテムを握らせると、その場を立ち去ろうとする。
「お、お待ちを!何故止めを刺されないのですか!今ならば奴等を……」
一人の衛兵が、去ろうとするシリウスを呼び止めるが、シリウスは左手に持った盾を、彼の前に差し出して見せた。その盾の中心が凹み、大きな亀裂が入っていた。
「こ、これは……!」
「あいつの意地は、僕の盾に罅を入れた。……戦いそのものには勝ったがこの勝負、僕の負けだ。敗者に出来る事など、黙って去る事だけさ」
モヒカンの奥義を食らってもなお、シリウスのHPは七割ほど残っており、対するモヒカンは最後のカウンターによって力尽き、死亡した。この戦いの勝者がシリウスで、敗者がモヒカンである事は間違いない。だが圧倒的に格下の筈のモヒカンが最後に一矢報い、最強の盾を打ち破って見せた事もまた、事実である。
意地の張り合い。その戦いに勝ったのはモヒカンであり、自分は負けたのだ。シリウスはそれを認めざるをえなかった。
「モヒカーン!大丈夫かああああ!」
「傷は浅いぞ、しっかりしろぉ!」
「リザポ使うぞ、さっさと起きろ!」
仲間達が倒れたモヒカンの下に集まり、蘇生薬を使用して彼を蘇らせる。それによって起き上がったモヒカンは手の中にある、先程シリウスが去り際に彼に握らせた物を見つけた。
「こいつは……」
そのアイテムの名は、時計塔の鍵。
時計塔の扉を開けて、試練の塔に挑む為のトリガーアイテムである。
「へっ……礼は言わねぇぞ。この借りは熨斗付けて返してやらぁ!」
そう言ってモヒカンは、時計塔の扉に向かってその足を進める。
「お、おいモヒカン!休まなくていいのかよ?」
「そうだぜ、激しいバトルして死んだばかりなんだ、一旦戻って……」
仲間達はそう言って、モヒカンを止めようとするが……
「馬鹿言ってんじゃねぇ!今の見ただろうが。俺達はまだまだ、奴等に比べると全然弱ぇッ!だからよぉ、立ち止まってる暇なんか無ぇんだ!」
「だ、だけどよ……」
「良いから行くぞ、ついて来い!俺はおっさんを倒すまで絶対に止まらねぇからよ……お前らも止まるんじゃねぇぞ!」
そう叫び、モヒカンは時計塔の扉に手をかける。やがて彼らの姿は、塔の中へと消えて行った。残った衛兵達は、それを黙って見送るしかなかった。
そして彼らはおっさんを追い、自らを鍛え直すために、試練の塔へと挑む。
*
一方その頃、シリウスは……
「よう、見てたぜ北斗。最後の最後で足元掬われちまったなぁ!」
「……ハァ。ゲーム内で本名で呼ぶんじゃないって、いつも言ってるだろう、椛」
「お前だって呼んでるじゃねぇかよ」
工房のある職人通りを進んでいる途中で、ある人物に話しかけられていた。それは真っ赤なローブを着て、背中に死神が使うような巨大な鎌を背負った少女だ。ローブと同じく赤い髪をした、誰もが見惚れるほどの整った顔をした絶世の美女であり、体型が出にくい、ゆったりしたローブを着てもなお、胸の膨らみが目立つグラマーな体型。
彼女の名はレッド。シリウスと同じ七英傑の一人であり、その中でも特に好戦的な事で知られる人物である。
そして彼女、レッドの現実世界での名は、鷺ノ宮椛。シリウスの相棒であるカエデこと鷺ノ宮楓の妹であり、シリウス……周防北斗とは幼馴染であり、悪友であった。
「それで、何か用?これでも僕、結構ヘコんでるんだけど」
「だから慰めてやろうと思って来たんだよ。ほれ、カモンカモン」
両腕を広げ、ご立派な胸を誇示するように揺らし、ニヤニヤと笑いながらそう言ったレッドに対し、シリウスは白い目を向ける。
「ハァ……そういうの良いから。本気で何しに来たんだよお前」
「やれやれ、つれないねぇ」
肩を竦めて呆れたような表情とポーズを取った後に、レッドは真剣な表情になって言う。
「俺もおっさんに負けたばっかりでな、ちょいと鍛え直そうと思ってた所なんだよ。そしたら丁度良く、負け犬仲間を見つけたから声をかけたのさ」
獰猛な笑みを浮かべながら、レッドは遠くに見える時計塔の天辺を指差した。
「行くんだろ?久しぶりに組もうぜ」
シリウスは悪友の、その誘いに頷いた。
「オーケー。ただし、少しだけ準備の時間を貰うよ。盾を修理しないといけないし、鍵を無くしたからクエストをもう一回受けてこないと……」
「いいだろう、三分間だけ待ってやる!」
「短すぎるだろ!?」
「良いから急げ負け犬。俺達にゃ立ち止まってる時間なんて無ぇんだよ。おら、ダッシュ!」
「うるさいよ負け犬。落ち込んでる仲間に対する優しさとかは無いわけ?」
「だから慰めて欲しいならおっぱい貸してやるって言ってんだろぉ!?優しい幼馴染サマに感謝してむせび泣け!」
「いらないと言っているサル!あと僕は楓さんのおっぱいにしか興味ないから」
「オーケー録音した。後で楓姉に聞かせてやる」
「やめろォ!それが人間のする事か!」
そうして二人は大声で騒ぎながら歩いていった。
モヒカン達や彼らのように、一度敗れた者達もまた、再び立ち上がって前に進んでいる。いずれまた、彼らは雪辱を果たす為に牙を剥くだろう。その日は恐らく、そう遠くはない。
*
そして勝者であり、彼らの挑戦を受ける立場であるおっさんは今、試練の塔を進んでいた。
現在、おっさんが居る場所は試練の塔の三十階。丁度折り返し地点である。
「さーて、ようやく半分かい。次は……三十階だからボスフロアか」
この試練の塔の、区切りとなる五の倍数の階層は強力なボスが出現し、それらを打ち破らなければ先には進めない。代わりに、このボスフロアをクリア出来れば多大な報酬が約束され、また塔の一階と繋がるワープポータルが解放される。
つまり一度塔から出ても、次回からは六階、十一階、十六階……と、ボスフロアの次の階から再スタートする事が出来るのだ。
階段を上がり、三十階に到達したおっさんは、目と鼻の先にあるボス部屋に繋がる大扉を開けた。ボスフロアはこのように、入ってすぐにボスの部屋に直行する形式になっている。
扉を開けて部屋に入ると、その大部屋の中央にはボスモンスターが立っていた。
そのモンスターは人型をしていた。身長は三メートルを超える巨人であり、刺々しいデザインの黒い金属の全身鎧を着ており、同じ素材の頭部全体を覆う兜によって顔は見えない。
その右手には幅広で厚い刃を持つ武骨な大剣が握られており、反対の手には重厚な盾を構えている。これらも鎧や兜同様に黒光りする金属……おっさんの持つブラックライトニングと同じ、ダークメタルで出来ているようだ。
装備している兜の隙間からは呻き声と共に、腐臭の混じった蒸気が噴き出している。それが示すのは、このモンスターの種族がアンデッドであるという事だ。
このボスモンスターの名は、【デスナイト】。
邪悪な儀式により複数の屍を繋ぎ合わせ、一体の巨人へと変貌させた化け物だ。全身を覆い隠す鎧と兜の下がどうなっているのかは、想像したくもないだろう。
「こいつも初めて見る奴だな……」
βテスト当時に戦ったものとは、明らかに異なる個体であった。ここまで塔の半分を踏破したおっさんは、難易度が大幅に上がっている事を既に確信していた。
ただ実際は挑戦者が正式サービス開始後にゲームを始めた一般プレイヤーの場合は、βテストの時とほぼ同じくらいの難易度であった。挑戦者のパーティーの中にβテスト経験者が居た場合は、その人数やβテストの時の成績に応じて少しずつ難易度が上昇していく仕様になっている。
そして挑戦者が七英傑、すなわちクリア経験者の場合は理不尽なレベルで難易度が上昇する仕様となっていた。
「まずは、どんな奴か見せて貰うとするか」
最初におっさんはアビリティ【アナライズ】を使用し、ボスの情報を確認しようとする。鍛え抜かれたおっさんの眼力にかかれば、ボスの情報とて丸裸である。
「……硬ぇなぁオイ」
特筆すべきは、そのHPの多さと物理防御力、そして各種物理属性や暗黒属性への耐性の高さである。その反面AGIやDEX、MAGといったステータスや魔法防御力は低く、また火炎や神聖属性には弱いようで、暗黒属性を持つダークメタル製の防具を身に付けている事もあって、神聖属性に対しては極端に弱いようだ。
ならば魔法ダメージで攻めるかと、おっさんは神聖属性が付与された魔力弾のカートリッジを、ブラックライトニングに込める。
だが、その時であった。
【Floor Mission Start!】
『フロアミッションが発生しました』
『突破条件:物理攻撃のみでデスナイトを撃破せよ』
『失敗条件:デスナイトに魔法ダメージを与える』
突然の無慈悲な宣告に水を差され、おっさんは憮然とした表情でブラックライトニングを装備解除し、アイテムストレージへと収納した。
そしておっさんはツナギの胸ポケットから煙草を咥えて火を点けると、通話アプリを起動して友人であり、このゲームの開発者である四葉煌夜へと電話をかけた。
「よう恭志郎!楽しんでるか!?」
開口一番、とても楽しそうな顔で煌夜が尋ねてきた。彼は開発室のモニターからこちらの様子を伺っているようで、おっさんが苦戦しそうな予感にワクワクしている事は想像に難くない。
「楽しいわけがあるかバカヤロウ。それより何だ、この条件は?俺ならまだ良いがよぉ、これ魔法キャラだったら詰みじゃねえのか?もうちょっと娘には優しくしてやったらどうなんでい」
おっさんの言う通り、この場に居たのがエンジェのような魔法特化型のキャラクターだった場合、クリアするのは限りなく不可能に近いだろう。
「なーに心配するな!挑戦者が魔法メインの場合、ミスリルゴーレムを魔法だけで倒すって内容になるからよ!大丈夫大丈夫!」
煌夜が口にしたミスリルゴーレムというモンスターは、ゴーレムの中では攻撃力や物理防御力はそこまで高くない方だが、その代わりに魔法防御力や各種属性耐性がべらぼうに高い、術者殺しのボスモンスターだ。
「何が大丈夫だよクソ野郎、死ね」
「死ぬのはてめーだよバーカ!さあ行けデスナイト!恭志郎を粉砕してしまえ!」
煌夜の命令に応えての事かは定かではないが、デスナイトが低い唸り声と共に動き出し、ズシン、ズシンと足音を響かせながらおっさんに接近する。
おっさんの身長を超える長さの大剣を片手で振りかざしたデスナイトは、それをおっさんの脳天目掛けて振り下ろす。しかし、そんな何の工夫も無い凡庸な攻撃がおっさんに命中する筈もなく、おっさんは僅かに後ろに退がってそれを回避した。だが虚しく空振ったかのように見えたデスナイトの攻撃は床に激しく叩き付けられると同時に、その場に衝撃波を巻き起こした。
「うおっ、危ねぇなこの野郎」
おっさんは咄嗟に左拳を振るい、迫り来る衝撃波に叩き付ける事で防御をする。不意を突かれながらも完璧なタイミングでの防御に成功し、ジャストガードの判定が出たものの、完全に防ぐ事は出来なかったようで、おっさんのHPが一割ほど減少した。
「馬鹿め、そいつの攻撃は全て範囲攻撃だ!甘く見て紙一重で回避なんてしようとするから、そうやって痛い目に合うんだ。相変わらず油断する癖が抜けねぇ奴だぜ」
そんな通話アプリ越しに聞こえる煌夜の嘲りの声を、おっさんは鼻で笑う。
「油断だぁ?違うな、こいつは余裕って言うんだ。この俺が、こんなデカいだけの雑魚に負ける訳が無ぇだろうが」
おっさんはそう言いながら、散歩でもしているかのような、ゆっくりとした無造作な動きでにデスナイトに歩み寄った。そのままおっさんは淀みない動きで、一瞬にしてデスナイトの懐に入る。
巨体の上に大型の武器を操るデスナイトはリーチが長いが、逆に密着する程に接近してしまえば攻撃がしにくくなる。そう考えての行動だろうか。
だがおっさんが範囲内に入った瞬間、デスナイトがあるアビリティを発動させた。
「アアアアアアアアア……」
「ウアアアアアアアア……」
同時に複数の、亡者達の呻き声が鎧の隙間から漏れ出ると同時に、黒いもやのような物がおっさんの体に纏わりついた。
この、デスナイトが発動させたアビリティは【テラー・クライ】。自分を中心とした範囲内の敵の動きを鈍らせる効果を持つ、一部のアンデッド系モンスターが使用する敵専用の技だ。
その効果によって、おっさんの体が重くなり、動きが著しく鈍くなってしまう。それを見た煌夜が笑いながら、デスナイトに指令を下した。
「言ってるそばからまた油断か!今だ、やれデスナイト!」
デスナイトが大剣を振りかぶる。テラー・クライの効果によって動きが鈍化した今のおっさんに、果たしてこの攻撃を防ぐ事が出来るのだろうか。
「言ったはずだぜ。余裕だってな。それに、だ……」
おっさんは、酷くゆっくりとした動作で両腕を動かし、その両掌をデスナイトの甲冑に包まれた胴体へと触れさせた。同時に、デスナイトの大剣がおっさんの脳天に振り下ろされ……
「俺にここまで接近された時点で、てめえはもう終わってるんだよ!」
その瞬間、デスナイトの体が縦方向に回転しながら宙に浮いた。
「……は?」
アルカディア・ネットワーク・エンターテイメント社の開発室にて、モニターに映るその光景を見ていた煌夜は呆気に取られていた。
「い……今起きた事をありのまま話すぜ。デスナイトがヤツに大剣で攻撃したと思ったら、いつの間にかデスナイトが回転しながら垂直に吹っ飛ばされていた。何を言っているのかわからねーと思うが、俺も何をされたのかサッパリわからねぇ……!」
うわごとのようにそう呟いた煌夜に対して、開発スタッフ達の反応は冷ややかであった。「ちょっと何言ってるのかよくわからないですね」
「四葉さん、そろそろ寝ましょう。仕事のしすぎですよ」
「なにいってだこいつ」
「室長、貴方疲れてるのよ……」
現実世界の開発室でそんなやりとりがなされている間にも、ゲーム内の世界ではおっさんとデスナイトの戦いが続いていた。
いや、それはもはや戦いと呼べるものではないだろう。この光景に名前を付けるならば、それは一方的な蹂躙というのが相応しいだろう。
吹き飛ばされたデスナイトを追いかけるように跳躍したおっさんは、デスナイトを掴んでその巨体を、いとも簡単に再び投げ飛ばし、地面に叩き付ける。
「まだまだ行くぜ!」
おっさんはデスナイトの手首を掴み、その巨体を軽々と投げる。それを何度も繰り返す事で、一方的にダメージを与え続けていた。
それにしても、おっさんは殆ど力を入れていないように見えるが、鎧や武具も含めて非常に重いデスナイトを軽々と投げ続けている。これは一体どうやっているのか。煌夜がその疑問を口にする。
「おい恭志郎、お前いったい、何をやっていやがる……?」
おっさんはその問いに、あっさりとした口調でこう答えた。
「何って、合気に決まってんだろうが。そんな事もわからんのかお前は」
「えぇ……合気ってお前、そんな物理法則を無視してポンポン投げ飛ばせるような便利な代物だったか……?おかしいだろ……」
「ふん。禅の心を持たぬお前にはわかるまい」
「お前はいったい何を言っているんだ恭志郎。まるで意味がわからんぞ……?」
一方的に会話を打ち切り、散々投げ倒されて弱ったデスナイトの体に、おっさんは拳を当てた。
「【発勁】!」
相手の防御力が高いほど威力が上昇する、壁役殺しの格闘アーツが大ダメージを与える。続けておっさんは、発勁が命中した箇所に連続で拳を叩き込んだ。
「む、無駄だ!発勁ならともかく、そんな打撃がデスナイトに通用するか!」
煌夜のその負け惜しみめいた言葉の通り、おっさんの通常攻撃ではデスナイトに対して、ほとんどダメージを与える事は出来ていない。だがおっさんは、構わずに攻撃を続行した。
「おおおおおおおおおおおッ!」
雄叫びと共に、おっさんは凄まじい速度の連撃を繰り出した。だが注目するべきはその速度だけではない。
おっさんの打撃は、全て寸分違わずに同じ場所へと命中している。しかも、それは拳によるものではない。常人離れした動体視力を持つ者がおっさんを見たならば、目にも止まらぬ速さの連撃を繰り出すおっさんの手は、人差し指を一本だけ伸ばした形になっているのが分かるだろう。そう、おっさんは指先に全ての力を込めて、それを恐るべき精密さによってデスナイトの鎧の一箇所に集中させているのだ。それによって大きな負荷がかかり、鎧が軋みを上げ始める。
「【破甲百裂拳】!」
おっさんが攻撃を集中させていた場所から、デスナイトの鎧に亀裂が走り、遂には砕ける。おっさんは破壊した鎧に開いた穴から指を突き入れ、デスナイトの体を突いた。
「これで終わりだ。この程度の敵で俺が止められるかよ」
おっさんはそう言って、デスナイトに対する興味を失ったように視線を外し、背を向けた。その直後に、デスナイトの体が内側から爆発する。これは格闘アーツ【爆砕点穴】による物だろう。
「どうやら硬ぇのは外側だけで、中身は雑魚だったようだな」
内部に対する攻撃で、あっさりとデスナイトが倒される。同時に、
【Floor Mission Complete!】
と、フロアミッション完遂の通知が表示され、ボス部屋の中央にクリア報酬の豪華な宝箱が出現し、部屋の奥には次の階へと繋がる階段が出現した。
おっさんはデスナイトのドロップ品と宝箱の中身を回収すると、そのまま階段を昇り、三一階へと足を進めた。
三一階に入ると、階段のすぐ近くの床には魔法陣が描かれており、それがうっすらと発光している。これは一階の、塔の出入口と行き来するための転送陣だ。
おっさんは、その転送陣の上に足を乗せる。すると移動のためのメニューが表示された。
「じゃあ、キリの良い所で俺は一旦帰るからよ。次はもっと歯応えのある奴を用意しとけよ」
煌夜にそう言い残して通話を切ると、おっさんは転送陣で一階へと戻るのだった。
堅固な装甲を持つ強力なボスモンスターを相手に、物理攻撃のみで戦わなければいけない縛りをもってしても、おっさんは簡単に瞬殺してのけた。
後を追うプレイヤー達も飛躍的に成長を遂げてはいるものの、やはりおっさんに追いつき、追い越すのにはまだまだ時間がかかりそうだ。そう思わせるような圧倒的な戦いぶりであった。
「チッ……まあデスナイト程度じゃ勝てないだろうとは思ってたが、まさかここまであっさりとやられるとはな……」
その一部始終を見ていた四葉煌夜は、悔しげにそう呟くと、ゆっくりと立ち上がった。
「……修正が必要だな。もっと強い敵が要る」
不穏な言葉を残し、煌夜は新たなアイディアを求めて部屋を後にするのだった。




