そして、新たな冒険の始まり
クローズドβテスト。倍率数十倍の抽選に見事当選した、選ばれし千人のプレイヤーが参加した、このゲームのテストプレイ期間。それは約一ヶ月に渡って実施された。
この後半の二週間で、運営チームはとあるイベントを開催した。そのイベントについて、とあるβテスターはこう語ったという。
「その話はやめてくれ。思い出したくもない」
また、ある者はこう語った。
「まさに地獄だった。二度とごめんだ」
彼らのこの反応だけで、そのイベントが大変過酷な物だった事は想像に難くないだろう。
そのイベント名であり、その舞台となった場所の名を、【試練の塔】という。
試練の塔。それは全部で六〇階層で構築されたダンジョンである。各階層では現れるモンスターを倒し、迷宮を踏破する必要があるのは当然だが、それに加えて設定された条件を満たさなければ先に進めないという制限もあった。
その条件は例えば、
「一度もダメージを受けずにモンスターを二〇匹倒せ」
「50コンボ以上した状態でボスにトドメを刺せ」
「モンスターAを一匹も倒さずに、モンスターBを全滅させろ」
「敵に見つからずにゴールまで辿り着け。攻撃及び【ハイディング】の使用禁止」
等といった内容だ。そして当然のように、上の階層に進むにつれて出現するモンスターやトラップはより凶悪になり、クリア条件も難しくなっていく。
クリアどころか折り返し地点の三〇階まで進めた者は参加者の半数に満たず、五〇階まで到達した者は二十六人しか居なかった。
βテスター達はこの塔をクソタワーと呼び、今も忌み嫌っている。
そして最上階の六〇階に至り、この塔とイベントをクリア出来た者は、僅か七人。その七名こそが【七英傑】と呼ばれるプレイヤーである。ただ強いからという理由だけではなく、この超難関イベントを完全攻略したからこそ、彼らはそう呼ばれて畏怖されているのだ。
「まさか、またコイツを登る羽目になるとはな……」
おっさんは、その塔を見上げてそう呟いた。口に煙草を咥えながら塔を見上げるその顔は、実にうんざりした表情だ。
流石のおっさんもここまで嫌そうな顔で回想するとは、そのイベントは余程のクソ難易度だったのだろう。
そして、おっさんが塔を見上げているという事は、その塔はイベントが終了し、正式サービスが開始された今になっても、まだゲーム内に存在しているという事に他ならない。
そう、試練の塔は今なお、アルカディアのゲーム内に確かに存在している。
それだけではなく、このゲームをプレイした事があるプレイヤーは、全員がその塔を見た事がある筈だ。
何故ならば、その塔が存在する場所は、城塞都市ダナンの中央広場であるからだ。
広場の真ん中にそびえ立っている時計塔。それこそが試練の塔その物だった。その高さはおよそ、八〇~九〇メートル程か。
この城塞都市の中で最も背の高い建築物だけあって非常に高く立派な塔だが、それでもどう見ても、とても六〇階もあるとは思えない。だが実際に、中は六〇階建ての迷宮になっている。外観と中身が明らかに釣り合っていないこの塔には、とある秘密が隠されていた。
実はこの塔の内部は、時間と空間に歪みが生じた異界と化しているのだ。その為、中は外観からは想像できないほどに広大なダンジョンエリアが広がっている。そんな危険な代物が、こんな街のド真ん中にそびえ立っている事にも、理由は当然ある。
つい先日、火霊窟を攻略した時の事だ。カズヤはおっさんに、女神に出会い、四つの宝珠を集めるように言われた事を明かした。それと同時に彼によって、女神の居場所もまた、おっさんに伝えられたのだった。
「創世の女神イリア。彼女は、試練の塔の六一階に居る」
それが、カズヤが明かした事実だった。
「クソタワーの……六一階……だと?」
馬鹿な、あそこは六〇階までしか無かった筈。そう言いかけたところで、おっさんは気付いた。
「そうか……正式サービス後に追加しやがったのか!」
「ああ、そうだ。あの場所の秘密を知っているのはβテスターのみ。ましてや攻略出来たのは、俺達七人だけだ。そしてあのイベントの時のような、クリア特典はもう無い。そんな場所に、誰が好き好んで行きたがる?」
βテスターにとっては、かつて散々トラウマを植え付けられた忌むべき場所だ。中には中央広場に近付く事すら嫌がる者も居るほどである。
正式サービス後にゲームを始めた者は、その大多数が中に入れる事も、中身が恐るべき大迷宮である事も知らないだろう。散りばめられた僅かなヒントから真実に気付き、塔の内部に入る方法を見つけた者も僅かながら居るが、それでも未熟な新人が踏破出来るほど甘いダンジョンではない。
ゆえに、現状でそこに辿り着けるのは七英傑のみ。だが彼らにとってもその場所は、一度クリアして報酬を受け取った場所だ。わざわざ好き好んでもう一度行こうとは思わないだろう。
そう考えれば、その場所は絶妙な隠し場所だったと言える。下手をすれば何ヶ月もの間、いや年単位で誰にも見つけられない可能性すらあった。正式サービスが開始されてからの僅かな期間で彼女と出会うプレイヤーが現れたのは奇跡といって言いだろう。運営チームにとっても誤算であった。
「しかしお前、よくあんな所に行こうと思ったな。ヒントでもあったのか?」
「いや……他の候補は全部潰して、残ったのがあそこしか無かったんだ」
カズヤはこのゲームが始まって以来、この世界に隠された秘密を解き明かすべく、数多くのクエストを攻略し、文献を読み漁り、各地のエリアを探索していた。
それによって隠しエリアを発見したり、世界に一つだけしか存在しないユニークアイテムを獲得したりと多くの物を得たが、結界を解く鍵となる女神の居場所だけは、どこを探しても見つけられなかった。
(まさか未実装か?いや、結界を解く方法がある事、女神がどこかに居る事は示唆されていた。ならば、必ずどこかに居る筈だ。あの親父が中途半端な状態でゲームを世に出すはずがない)
カズヤは父親の四葉煌夜をロクデナシのクソ野郎だと思っており、事実その通りだが、彼のゲームへの愛と、ゲーム制作に対する情熱だけは信用していた。
(よく考えろ。奴ならば何処に隠す?誰にも見つからない、誰も辿り着けない場所……いや違う、そもそも行こうとすら思わないような……)
「……まさか、あそこか?あのクソイベントすら、その為の布石か……?」
まさに天啓と呼ぶに相応しい閃きが、カズヤの明晰な頭脳に走った。それに従い、カズヤはβテストの時から更に難易度が上がった試練の塔を数日かけて攻略し、遂に女神との邂逅を果たしたのだった。
その時彼が感じた物は、清々しい達成感と父親に対するドス黒い殺意であったという。
ちなみにその四葉煌夜もまた、想定していたよりも遥かに早く女神が発見された事で、息子に対する惜しみない称賛と共に憎悪を抱いていた。
「何でもう見つけてんだよ、早すぎんだろ!くそがっ、こうなったらグランドクエストの開始を前倒しで進めるぞ!次の大型アプデに捻じ込む!よって、これより死の行進を始める!」
「「「まただよ(笑)」」」
この親子に巻き込まれた開発チームの面々も思わず苦笑いであった。
*
そして今、おっさんは城塞都市ダナンの中央時計塔……いや、試練の塔の前に立っていた。おっさんはアイテムストレージから重要アイテム【試練の塔の鍵】を取り出し、塔の扉を開く。
「……行ってみるか。女神に会いに」
こうしておっさんは、再び全六〇階層の塔へと足を踏み入れるのだった。




