謎のおっさん大暴れ!俺に刃向かう奴は許さねえ!
「ハァ、ハァ……流石に逃げ切ったか……?」
「ここまで来れば、もう大丈夫だろう……」
城塞都市ダナンの一角、入り組んだ路地裏にて息を潜め、小声で話し合うは四人の男達。
彼らは前回、おっさんに喧嘩を売って返り討ちに合った少年達だ。リーダー格のモヒカン頭の少年はおっさんの手にかかり亡き者になったが、彼ら四人は必死に逃走した結果、おっさんを撒く事に成功し、こうして路地裏に隠れていた。
ようやく一息ついた所で、これからどう動くかを考える余裕が出来た少年達であったが、彼らにとっての地獄はむしろ、ここから始まるのであった。
「見つけたぞガキ共!」
路地裏に響くは低く渋い中年男性の声。あの男、謎のおっさんの声だ!少年達は己の記憶に恐怖と共に刻まれたその声を、聴き間違える筈も無かった。
見つかった!その事実を認識すると共に、彼らは一斉に走り出した。
身を隠すために入ったこの路地裏は、一度見つかってしまえば一転して逃げ場の無い袋小路、死地に転ずる。本能的にそれを察知した少年達は、迷う事なく走り出した。
その判断は正しい。もしもその場で悠長におっさんの姿を探すような真似をしていれば、彼らはその場で死んでいただろう。
少年達が走り出した直後、おっさんが路地裏に降り立った。おっさんは建物の上から彼らの様子を伺っており、逃げ切ったと油断していた彼らをいつでも始末する事が出来た。
だがおっさんは、襲撃する前にわざと彼らに声をかけた。わざわざそんな事をした、その理由とは。
「良い判断だ、まだまだ楽しめそうだな。よーし、次はどの手でいこうか」
おっさんがニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべる。そう、その理由とは、あの少年達をトコトン追い詰めて遊ぶためであった。とんだサディストである。
どうやらプランは決まったようだ。おっさんの姿が音も無くその場からかき消える。
一方その頃、路地裏を脱出した四人のプレイヤー達は大通りを走っていた。隠れるのが無理ならば、いっそ人混みに紛れてしまおうという魂胆だ。
「どけどけぇ!どきやがれぇ!」
「邪魔だてめえら、消毒すっぞ!」
街中で武器を抜き、でたらめに振り回しながら大通りを爆走する珍妙な髪型とファッションの男達に、プレイヤー達は脅えたりドン引きしながら思わず道を開けてしまう。
彼らプレイヤーの多くは平和な日本に暮らす、荒事とは無縁な若者達だ。咄嗟にこの暴漢達から逃げ出そうとしてしまう彼らを責めるのは酷というものだろう。
だがこの騒ぎの中、暴れる世紀末野郎共の事も、逃げ惑う一般プレイヤー達の事も意に介さず、まるで目に入っていないかのように振る舞う人物が、一人だけ存在した。
「うおおおおお!邪魔だジジイ!道を開けろォ!」
その人物は老人であった。周囲の騒ぎに気付いていない様子で、杖をつきながらゆっくりとした歩みで、悠々と通りを横切ろうとしている。
「クソが!あのジジイ聞こえてねえぞ!」
「畜生、構うこたぁ無ぇ、やっちまえ!」
邪魔な老人を力づくで排除しようと、先頭を走っていたリーゼントが武器を装備する。彼の持つ武器は長い両手槍だ。彼は突撃しながら敵を吹き飛ばす槍用アーツ【ランスチャージ】を発動し、道を遮る老人に向かって突撃する。数秒後には無力な老人が哀れにも暴漢の手にかかり、無残に散るであろう事は想像に難くない。誰もがそう思った事だろう。
だが次の瞬間、その場に居た全員が己の目を疑った。
「何だと!?」
次の瞬間、老人はその手に持った杖で、リーゼントの槍突撃を止めていた。何という奇妙な光景!腰が曲がり、満足に歩く事すら困難と見られる老人が、片手に持った杖で軽々と、両手槍を持った男の突撃を止めているではないか!
「ば、馬鹿な……」
唖然とするリーゼントとその仲間達。だが驚くのはまだ早い。
「キエエエエエエエエエエィッ!」
猿叫と共に、目にも止まらぬ速さで老人が杖を振るう。否、正確には彼が手にしているのは杖ではない。その正体は刀が内蔵された、仕込み杖だ。
抜刀、一閃。振るわれた刃はリーゼントの持つ両手槍を、その持ち主ごと両断していた。
「あ、あわわわわ……」
「ひぃっ……な、何だこのジジイ……」
武器ごと両断されたリーゼントの死体を前に、残った三人は恐怖した。そんな彼らに、刀を納めた老人が話しかける。
「若者達よ、そんなに急いで何処へ行こうというのかね」
温厚そうな老人の声に、僅かに正気を取り戻した彼らは震える声で答える。
「お、俺達、妙なおっさんに追われてて……」
「逃げるのに必死だったんです!許してください!」
「見逃してください!お願いします!」
目の前の老人もまた、あのおっさんのような理不尽な強さだったが、こちらはまだ話が通じそうだと判断した彼らは、必死に赦しを乞う。この爺さんなら謝れば許してくれるだろう。場合によってはおっさんから俺達を助けてくれるかもしれない。そんな淡い期待を込めて。
彼らの必死の弁明を受けて、老人は深く二度、頷いた。
「そうかそうか。そりゃあ大変じゃったのう。ところで、そのおっさんと言うのは……」
そこまで言った所で、老人は自身の皺だらけの顔に手をかけた。そして、腕に力を込めてその顔を強く引っ張ると、なんと顔がビリビリと音を立てて剥がれていくではないか。
「この俺の事かああああああああああ!」
何と、剥がれた老人の顔の下から現れたのは、謎のおっさんの凶悪なツラだった。続けて老人が着ていた服がバリバリと破れ、その下から屈強な肉体と、それを包む白いツナギが現れる。
驚愕の事実!この老人の正体は、変装したおっさんであった!わざわざ先回りして一見無害そうな老人に変装するという、無駄に手間をかけたトラップが見事に炸裂した。
「ぎゃあああああああ!出たあああああああああ!」
「ぴぎゃあああああああああああ!」
「あびゃあああああああああああ!」
助かった。そう思った直後に襲いかかる恐怖と絶望!まさに上げて落とす!あまりのショックに言語中枢が機能不全に陥った男達は、我を忘れて遁走しようとするが……しかし既に、彼らは完全に包囲されていた。
「どこへ行こうというのかね」
「言ったはずだ、どこへも逃げられんとな」
「観念しろ、今なら楽に殺してやる」
そう口にしながら彼らを囲むのは、無数に分裂したおっさんであった。一体いかなる手段によるものかは分からぬが、十人を超えるおっさんの姿が見える。
「増えたああああああ!?」
「ぶ、分身?忍者!?」
それに囲まれる者達の恐怖はどれ程のものか。彼らが絶望的な状況に諦め顔になった、その時。
彼らを囲むおっさんの群れを、更に包囲する者達が現れた。
「そこまでだ!」
「大人しく投降しろ!」
その者達は統一された鎧や兜を装備した一団だ。装備している剣や盾も全て同じ品であり、手にしたそれを油断なくおっさんに向けている。その正体は
「そこまでだ!」
「大人しく投降しろ!」
その者達は統一された鎧や兜を装備した一団だ。装備している剣や盾も全て同じ品であり、手にしたそれを油断なくおっさんに向けている。その正体はNPCの衛兵である。衛兵は街の中に数多く配置されているNPCのうちの一種で、街を巡回し、犯罪者を取り締まる役目を持つ。
基本的に彼らは【悪名値】のパラメータが【名声値】と比較して極端に高い犯罪者プレイヤーを発見した時か、街の中での殺人や窃盗、器物破損などの現行犯を発見した時に敵対フラグが立ち、犯罪者を逮捕するべく襲い掛かってくる。今回、おっさんは後者に引っかかった形になる。
「殺人の現行犯で逮捕する!総員、犯罪者を確保せよ!」
衛兵隊長の指示の下、衛兵達がおっさんを逮捕しようと殺到する。
彼らに捕まったプレイヤーは罪状に応じて一定期間、監獄エリアに収監される事になる。その内部でモンスター討伐、アイテム生産などの懲役が科せられ、罪を償う事で悪名値が低下し、解放される事になる。
このまま捕まってしまっては、二話目にして主人公がブタ箱送りになってしまう恐ろしい展開を迎えてしまうが……このおっさんが、大人しく捕まるわけもなく。
「遅ぇッ!」
衛兵達がおっさんに斬りかかる。まずは三人、正面と左右から剣による同時攻撃だ。それに対しておっさんは両手で手刀を繰り出し、左右から迫る衛兵の剣を叩き折りながら正面の衛兵を強烈な前蹴りで吹き飛ばす。おっさんの全力蹴りをガラ空きのボディに叩き込まれた衛兵は、体をくの字に折り曲げながら、後続を巻き込んで派手に転倒した。
おっさんは間髪入れずに両足を大きく広げ、両手の掌を左右にそれぞれ勢いよく突き出す。掌底を受けた二人の衛兵は地面と水平に数十メートル吹き飛び、民家の壁に突き刺さった。
「隙ありぃ!」
だがそこで、おっさんの背後から一人の衛兵が襲いかかった。上段からおっさんの頭に向かって、両手で持った剣が振り下ろされる。
「そんな物は無ぇ」
「!?」
だが剣を振り下ろしたその瞬間、衛兵の視界からおっさんの姿が消えた。次の瞬間、おっさんは衛兵の背後に出現し、その右手には一振りの短剣が握られていた。
おっさんが短剣を衛兵の背中に深々と突き刺し、その一撃で衛兵が重傷を負い、倒れる。おっさんが発動したのは暗殺スキルを鍛える事で習得可能な汎用アーツ、【バックスタブ】だ。敵の背中に命中した時に限り、与えるダメージとクリティカル率に大幅なプラス補正が加えられる。
「や、槍だ!槍を装備しろぉ!」
隊長の指示に、衛兵達は同時にアビリティ【クイックチェンジ】を使用し、武器を槍に換装した。勘の良い一部の読者の方は既に気付いているかもしれないが、このアビリティは手にした武器を一瞬でアイテムストレージ内の別の武器に切り換える効果を持つ。本来は時間がかかる武器交換を戦闘中に一瞬で行なえる、非常に便利なアビリティだ。
「よし!槍のリーチを活かして、奴の間合いの外から攻撃するのだ!」
やや安直ではあるが、効果的な作戦である。彼らは両手で槍を構え、慎重におっさんを包囲しようとする。対するおっさんは、この布陣にどう対抗するつもりか。
「なるほど、確かに悪くない手ではある。が……」
おっさんは言いつつ、一瞬で近くにある背の高い街灯の隣へと移動した。そして両手で街灯を掴むと、無造作にそれを引っこ抜いた。
「相手がもっと長ぇ武器を持ってたら無意味だよなぁ!」
おっさんが引き抜いた街灯を軽々と振り回し、衛兵を殴り倒す。
「がはははは!ホームランだ!」
おっさんは笑いながら長い街灯をバットのように使い、堂に入った神主打法で衛兵を五人まとめて空高くカッ飛ばし、思わず見惚れる程のバット投げまで披露する。
「あ、あれは伝説の猛牛戦士!?」
見ていたプレイヤーが思わず叫ぶ程の見事なバッティングであった。
「ええい、こうなったら弓を使うのだ!一斉に矢を放て!」
衛兵隊長が泡を食って叫ぶ。その指示に従い、残った衛兵達が弓を装備し、素早く矢を番える。
「撃てぇッ!」
号令の下、おっさんに向かって一斉に矢が放たれる。おっさんはそれに対し、腰を深く落とし、両手の掌を前に突き出した構えで応じる。
次の瞬間、放たれた矢はおっさんの指の間に挟まれ、止められていた。
「馬鹿な!あれほどの矢を全て素手で止めたというのか!?」
あまりの非現実的な状況に動揺する衛兵達。その隙を見逃すおっさんではなかった。
「おい、返すぜ!」
おっさんが両腕を鞭のように振るい、受け止めた矢を投げ返す。それらは全て、衛兵達の膝に一本ずつ突き刺さった。それも全員に、寸分違わず同じ位置にだ。
「うぎゃあああああ!膝に矢がぁっ!」
「膝に!膝に矢を受けてしまったああああああ!」
「膝があああああ!もうおしまいだああああ!」
「古傷がああああああああ!」
膝に矢を受けた衛兵達が地面に転がり、悶え苦しむ。何故かはわからないが、衛兵達は膝に対する射撃攻撃が弱点として設定されていた。おっさんは常時発動型アビリティ【弱点看破】によってそれを見抜いていた為、一切躊躇する事なく、その弱点を狙い撃ったのだった。
「ば、馬鹿な……我々衛兵隊が、ぜ、全滅めつめつめつ……」
残された衛兵隊長は戦意を喪失し、白目を剥きながらその場に力無く座りこむ。そんな彼の前に、おっさんが立つ。おっさんは衛兵隊長を見下ろし、高圧的な態度で言った。
「おい。これは正当防衛だ。そうだな?」
「えっ……?」
「俺はさっきの変な髪型のクソガキ共に襲われたから『やむを得ず』返り討ちにした。そいつを見たお前さん達が『誤解』をして襲い掛かってきたから『仕方なく』応戦した。だからこれは正当防衛だ。全ては『不幸なすれ違い』が生んだ悲劇だ。そうだよな?」
全力で威圧しながら俺は悪くないアピールをするおっさんであった。だが皆、騙されるな!この男は一見もっともらしい事を言っているように感じるかもしれないが、もし本当にそう思っているなら衛兵達を傷つけずに無力化する事くらい、おっさんは容易く出来たはずだ。間違ってもノリノリで笑いながら衛兵を場外ホームランするような真似をする筈がない!
このおっさんは単に、いきなり襲いかかってきた衛兵がムカついたからブン殴った、ただそれだけである!
勿論、衛兵隊長もそんな事はわかっている。わかっているが、
(この提案、いや、脅しを断ったら、おれは死ぬ)
この男は刃向かう相手には一切容赦しない!そして相手の身分や立場など一切考慮しない!一度敵と見れば例え相手が世界の王だろうと、神であろうとお構いなしに殴り倒す!目の前のコイツはそういう人種である!衛兵隊長は理性ではなく、本能でそれを察した。
「と言う訳で俺は悪くない。OK?」
「お、OK……」
もはや選択の余地は無かった。権力が暴力に屈した瞬間であった。おっさんは満足そうに笑うと、アイテムストレージから大量の金貨が詰まった袋を取り出した。
「不幸な誤解が解けて何よりだ。それとこいつはアンタ等に怪我させちまった分の詫びと見舞金だ。取っておいてくれ」
おっさんが大量の、衛兵隊長の年収を大幅に超える額の金貨を押し付ける。一度屈してしまった以上、それを固辞するという選択肢は隊長には無かった。賄賂、もとい慰謝料および見舞金を唯々諾々と受け取ってしまった。示談成立ッ!
多額のゴールドを押し付け、おっさんが去る。衛兵隊長はそれを成す術無く見送った。周囲を見回せば、傷付き倒れた満身創痍の部下達の姿がある。だが幸いにして、死者は一人も居ないようだった。おっさんはどうやら、ギリギリ死なない程度に手加減はしていたようだ。
衛兵隊長は考える。これからどうしようか。まずは部下達の治療をして、それが終わったらこの金を皆で分配しよう。そして、それが終わったら……
(衛兵やめて、実家に帰ろう。帰って両親と一緒に畑を耕そう。うん、それがいい……)
隊長の心は折れた。もはや衛兵としての再起は叶わないであろう。だがその結果、彼はシステムが定めた己の運命から逃れ、一人の人間として穏やかに暮らす自由を手に入れた。
こうして意図せずに一人のNPCに多大な影響を与えたおっさんは……
「おっかしいな、何か忘れてるような気がしたが……気のせいか?まあ、忘れたって事はどうせ大した事じゃねぇだろうし、まあいいか」
ひと暴れしてスッキリしたのか、ドサクサに紛れて逃走した少年達の事などすっかり忘れて、満足そうな様子で歩き去っていくのであった。