開発チームの殺意!卑劣な罠を打ち破れ!(1)
薄暗い迷宮を進む、二つの人影があった。一人はツナギ姿の中年男性。身長は184cmで体格はがっしりしている。それなりに整った顔をしているが、ろくに手入れしていない髪と無精髭、そして凶悪な目つきがそれを台無しにしている。手には全長1メートルを超える、ブレード付きの黒い巨大な拳銃もどきを二つ持っている。
もう一人は長身の青年だ。背は隣の中年男性よりも僅かに高く、非常に端正な顔立ちの美丈夫だ。年齢は二十歳を少し過ぎた程度だろうか。派手さはないが高価な鱗の軽鎧を身に着け、その上に外套を着用している。そしてその背中には、二振りの長剣を×字に交差させて背負っていた。
彼ら、謎のおっさんとカズヤはパーティーを組み、ダンジョンの入り口に居た。
「それじゃあ、入場するぞ」
「おう、頼むぜ」
カズヤと、彼との勝負に敗北した事で協力する事になったおっさんの目的は、最高難易度であるインフェルノ・モードの攻略だ。その為、カズヤはダンジョン入口のメニューを開き、難易度設定からインフェルノ・モードを選択しようとするが……
『特定の条件を満たしたパーティーを確認した為、難易度を【ファイナル・インフェルノ・モード】に設定いたします』
「……なんだと?」
「おい、どういう事だ?」
突然、謎のシステムメッセージが流れると共に、難易度が【ファイナル・インフェルノ・モード】なる、名前からしてヤバそうな物へと変更された。同時に強制的にダンジョン内への転送が始まる。
転送は一瞬で終わり、二人はダンジョン内に移動したのだが……
「馬鹿かてめえ、ふざけんな!」
おっさんが誰かに向かってそう叫んだ。彼らの状況を知れば、おっさんがそう言いたくなる理由も分かるだろう。
おっさんとカズヤの二人は確かにダンジョンに入場した。だが移動した先の小部屋で、突然天井が轟音と共に落下してきたのだ。おまけに天井にはびっしりと棘が生えており、明らかに狙ってこっちを殺しにかかっている。
開幕早々の悪意あるデストラップに怒りを覚えながら、おっさんは素早く周囲を観察し、部屋の壁に一つだけ存在する扉を発見した。
「【リムーブトラップ】!」
「【アンロック】!」
おっさんが罠解除のアビリティを発動して、扉にかかった罠を解除する。直後にカズヤが開錠の魔法で扉の鍵を開け、同時に扉を蹴り開く。
二人が扉を開けた先の通路に飛び込み、その僅か一秒後に吊り天井が部屋の床に落下した。
「くそが、いきなり殺す気か……」
まさか開幕早々に即死トラップが襲ってくるとは思ってもいなかったおっさんとカズヤだったが、彼らは機転と連携でどうにか危機を乗り越えた。
だが罠はそれで終わりではなかった。次の瞬間、通路の壁にびっしりと開いた小さな穴から、大量の矢が一斉に発射された。
「おっさん、走れ!」
「チッ!今度は矢か!」
彼らは両手に持った武器で矢を切り払いながら、通路の奥に向かって走った。その彼らを更なる罠が襲う。
壁からは常に矢が発射され続け、床に地雷が埋まっていたかと思えば天井からはギロチンが落下し、挙句の果てには背後から大岩が転がってくる有様だ。
更に鎧を着て剣と盾を持ったアンデッド型モンスター、防御力の高いスケルトンナイトの群れが出現し、彼らを足止めしようとする徹底ぶりだ。
「邪魔だゴミ共!」
「失せろ……!」
だがおっさんとカズヤは防御力に定評のあるスケルトンナイト達を一刀の下に斬り捨てながら必死に走り、無数の罠を突破する。そうして長い通路を抜けた二人は、その先にある部屋へと転がり込んだ。
「くそが、いきなり殺す気マンマンか。このゲーム作った奴は絶対ろくでもねえ奴だな」
「……ああ、全くもって同感だ」
息を切らせながら部屋に罠が仕掛けられていない事を確認し、二人はようやく心身を休めるのだった。
*
「チッ、あいつら生きてんじゃねーか。つまんねぇの」
同じ頃、モニターに映るおっさんとカズヤの姿を観察して、そう呟く男が居た。
その男は四十過ぎくらいの痩せた男性で、椅子に座ってパソコンのモニターを眺めている。その目の前に置かれた机には、キーボードとコーヒーが入ったマグカップが置かれていた。
それらの物が示す通り、その男が居る場所はゲーム内ではなく現実世界である。彼はこの場所で、VRMMORPG「アルカディア」の内部の様子を観察していた。
株式会社アルカディア・ネットワーク・エンターテイメント。通称ANE社。それがこのゲーム、アルカディアの開発と運営を行なっている企業の名称であり、この男が居る場所でもある。
この痩せた中年男性の名は、四葉煌夜。有名なゲームクリエイターであり、アルカディアの生みの親だ。現在はここ、ANE社の第一開発室の室長を務めている。
コーヒーを口に運びながら、煌夜がぼやく。
「折角あいつらの為にスペシャルな難易度を用意してやったってのに。何で死なねーかなぁ」
その言葉が示す通り、おっさん達がインフェルノ・モードを超える難易度のダンジョンに送り込まれ、大量のデストラップによる歓迎を受けたのは、この男の仕業だった。
「何やってんすか室長……」
「相変わらず酷ぇ事しやがる……」
近くに居た社員達がその所業にドン引きするが、煌夜は一切悪びれる事なく言う。
「あ?良いんだよ、あのクソ共はこれくらいやらないと死なねぇんだから。いや、今回のコレでも生きてるから、次はもっと凄いのを用意するべきだな」
そう言って新たなデストラップの考案を始める煌夜。この男はプレイヤーを苦しめ、殺す事が何よりの生きがいと公言するドSの狂人である。
「法律で禁止されていなければ、俺はアルカディアを脱出不可能なデスゲームにしていた」
そんな発言を公の場で憚り無く口にするような男と言えば、その異常さが理解できるだろう。しかもこのゲームには、彼の息子と娘もログインしていると言うのにだ。
「まあいい、次のフロアは少しばかり意地の悪い仕掛けだ。丁度あの子達も入って来ているようだし、面白い事になりそうだ」
そう言って獰猛な笑みを浮かべながら、煌夜はコーヒーを飲み干すのだった。
*
「これで一階は終わりか」
おっさん達はその後、第一階層の奥へと辿り着いていた。ここに来るまでに大量の罠やモンスターの襲撃があり、それらはおっさんとカズヤの力をもってしても油断ならない相手だったが、どうにか退けて二人はここまで到達した。
第一階層を攻略した二人は、長い階段を降りて次の第二階層へと降り立った。すると突然、システムAIによるアナウンスが流れる。
【Emergency Mission!】
『条件が満たされた事により、緊急ミッション【共闘か、対立か】が開始されます。それによって他のダンジョンのプレイヤーと合流しました。この階層に限り、複数のパーティーが同時に攻略を進めるエリアとなります』
これはダンジョン内で稀に発生する緊急ミッションであり、本来ならばパーティー毎に別々のエリアが生成されるインスタンスダンジョンが、このミッションが発生した階層に限り、他のパーティーのプレイヤーと共通のエリアと化すのだと言う。ダンジョン実装から数日で、数は少ないが発生したという情報が報告されていた。
「確か、こう言う場合はどうなるんだったか……」
おっさんが呟く。するとその回答が、すぐにシステムメッセージによりもたらされた。
『この階層は通常より強力なモンスターや、豪華な宝箱が多数存在します。またこの階層に限り、他のプレイヤーへの攻撃・殺害による悪名値上昇のペナルティが解除されます』
その言葉の指し示す意味とはつまり、協力して攻略するも、宝を巡って争うも全て、プレイヤーの判断次第という事だ。普段よりもレアアイテムが出やすい事に加えて、この場に限ってはプレイヤーキルに対するペナルティが一切適用されない事で、開発者は対立を煽りたいようだ。
「随分とまあ、意地の悪い仕掛けじゃねえか。このゲームを作った奴は絶対ろくな奴じゃねえな」
「全くだ。根性曲りのクソ野郎に違いない」
ペナルティの一切発生しないこの場において、他人を蹴落としてでも財宝を手にするか否かの判断は、各プレイヤーの意志と良識に委ねられる。また自分にその気が無くとも、相手もまたそうである保証など一切ない。故にどうしても、他人と戦う覚悟は必要になるだろう。
「相手に協力する意思があるならば攻略を優先したい。いいか?」
「おう、構わねえぜ。だが逆に向こうがやる気なら……」
「ああ。その時は容赦はしないさ」
方針を確認し、二人は次なる階層へと歩を進めるのだった。
*
一方その頃、四葉煌夜はモニターの前で邪悪な笑みを浮かべていた。
「ククク……よし、いいぞ。争え……争え……」
そんな台詞を吐きながらプレイヤー達の挙動を見守る彼に周囲の社員達はドン引きである。
「チッ、誰が根性曲がりのクソ野郎だ馬鹿息子め。もう少しお父様を敬いやがれってんだ。俺はこんなにもプレイヤーの事を想っているというのに」
画面の向こうでカズヤが放った言葉に反応して悪態をつくクソ野郎、もとい四葉煌夜。彼の言葉に反応した部下が思わず尋ねる。
「あのプレイヤー、カズヤさんでしたか。息子さんなんですか?」
「おう。あれは四葉一夜……間違いなくうちの長男よ。ついでにあっちの馬鹿は不破恭志郎。不本意ながら義弟だ」
煌夜が画面内のおっさんを指差して言った。彼の言う通り、謎のおっさんこと不破恭志郎は煌夜の妻にしてカズヤの母である四葉桜(旧姓・不破桜)の、血は繋がっていないが弟にあたる。
つまりおっさんとカズヤはこの男にとっては身内である。それも一人は二十年以上の付き合いの親友にして義弟、もう一人は己の血を引いた実の息子である。
それをゲーム内とはいえ一切躊躇せずに全力でブチ殺そうと画策するあたり、やはりこの男は本物のロクデナシであった。
*
「おっと、ありゃあ豪華な宝箱か。ツイてるねぇ」
上級ダンジョンの第二階層を進む、おっさんとカズヤ。彼らはダンジョンをある程度進んだところで、広い部屋へと辿り付いた。そしてその部屋の中央に、大きな宝箱があるのを発見した。
マップを確認すると正四角形の形をした部屋で、一辺が百メートル程のなかなか広い部屋である。天井もかなり高い。部屋の入口の扉は四つあり、四方の壁の真ん中に一つずつ存在していた。
そして部屋の中央に一つだけ、通常の宝箱とは明らかに違う、豪華な装飾がされた虹色に輝く宝箱が置いてあった。大きさも普通の宝箱の倍ほどもある。箱の外見がこうである以上、中身もそれなりの物が期待できそうだ。
「罠は無さそうだな」
「おう……いや待ちな。箱に罠は無ぇが床にあるぜ。宝箱の近くに地雷が埋まってやがらあ」
「……む、盲点だった。どうしても箱に目が行くからな……」
「この仕掛けを考えた奴は絶対にろくな奴じゃねえな」
「全くだ。きっと仕事が忙しいとか言いつつ一ヶ月も家に帰って来ない上に、子供の授業参観にも出た事が無いようなクズに違いない」
「ついでにハゲだ」
「足も臭い。間違いない」
二人は四葉煌夜に対する罵倒を口にしつつ、協力して宝箱周辺のトラップを解除していった。更に念の為にと広い部屋全体を見てまわる。何がトリガーとなって罠が発動するかわからないし、用心に越した事はないからだ。
「ここの壁にもあったぞ。箱を開けると毒矢が飛び出してくる」
「そっちもか!こっち側にはモンスターを呼び寄せるアラームが仕掛けてやがったぜ」
そうやって数十個のトラップを解除し、全ての罠が無力化された事を確認すると、いよいよ二人は宝箱を開けようとする。だがその前に、バンッ!という音と共に、扉の一つが開け放たれた。
「ククク……フハハハ……ハーッハッハッハッハ!」
高い声で三段笑いをしながら部屋へと入ってきた闖入者が一人。その人物は体を大きく反らしながらひとしきり高笑いをすると、彼らの方を向いた。それは中学生くらいの小柄な少女だ。顔は整っているが幼さを残し、美しいというよりは可愛いといった形容詞が似合う。
髪は長い銀髪で、それを頭の左右で結んだツインテール。手にはその背丈よりも長い魔導杖を持ち、そして右目に付けた魔術的な模様の入った黒い眼帯が人目を引く。隠していない左目の、瞳の色はルビーのように輝く赤色だ。
服装は、白と黒を基調とした高級そうな服に黒いマント。それらに包まれた肢体は折れそうな程に細く、スタイルは年相応で慎ましやかである。発展途上ゆえ、そこは今後の成長に期待したい。
「クックック……我が前に現れた贄の顔を見にきてみれば……叔父上に加えて、我と高貴なる血を分けし、親愛なる兄上ではないか!ククク……今宵は素晴らしき夜になりそうだ」
大仰なポーズを取りながら開口一番にそう言い放つ銀髪の少女はエンジェ。以前おっさんやアナスタシアと共にダナン地下墓地を冒険した、魔王の二つ名で呼ばれるプレイヤーだ。
本人が言うように、彼女は現実世界においてはカズヤの実の妹であり、本名は四葉杏子。十四歳の女子中学生である。
((面倒なのが来やがった))
おっさんとカズヤが同時に心の中で叫ぶ。だが彼らにとっての災難は更に続いた。直後にエンジェが入ってきた扉とはまた別の扉が音を立てて開く。そしてその奥、薄暗い通路からゆっくりと歩いてくる人物が一人。その人物はフードの奥で口元を吊り上げさせ、笑みを浮かべながら言う。
「おやおやぁ……?これはこれは、龍王と魔王の兄妹に加えておっさんまで居るじゃァありませんか!やっばいなぁ、どいつもこいつも美味そうで、誰から食おうか迷っちまうなぁ!ヒャッハー!ボーナスステージだァ!」
その人物は真っ赤なローブで全身を隠し、そして背中に負うは巨大な大鎌。その姿はまさに死神のようである。
身長は一六五cm程度であり、男にしてはやや低く、女にしてはやや高い。また顔はローブのフードを目深に被っているせいで隠されているため見えない。
そのせいで一見、男か女か判断がつきにくいが、声と、ゆったりしたローブの上からでもわかる胸部の膨らみによって、女性である事だけは分かる。口調と発言内容はどこぞのモヒカン頭のような、ガラの悪いチンピラじみた物だが。
そのプレイヤーネームは【レッド】。人呼んで赤い死神、殺人鬼レッド。PKK……即ち、PKや犯罪者を殺す事をメインに活動している危険人物だ。
PKを倒すプレイヤーと言えば、一見正義の味方のように聞こえるかもしれないが、この女はそんな立派な物ではない。単に強敵との戦いが三度の飯より大好きで、PKと戦うのは単に、こちらに対して遠慮をしない強敵との激しい戦闘を求めているからに過ぎない。いざとなれば一般人にも喧嘩を売り、自分がPKとなる事すら躊躇しないであろう戦闘狂。そんなレッドが今この場でどう動くかは、火を見るよりも明らかであった。
((更に面倒なのが来やがった……!))
謎のおっさん、エンジェ、レッド。βテスター達を震撼させた七英傑の中でも【やばい方の三人】【フリーダム枠】等と分類されている三人が、この場で一堂に会してしまった。このままでは残された常識人枠であるカズヤの胃がストレスでマッハである。
「おうカズ坊、お前の妹だろ。早く何とかしろよ」
「……不本意だが仕方ない。レッドを頼む」
向こうの二人は明らかにやる気になっている為、こうなってはもはや倒すしかないだろう。おっさんとカズヤは素早く分担を決めると二手に分かれた。おあつらえ向きに広い部屋で、そして勝者の報酬となる豪華な宝箱まで揃っている。広いフィールドを二つに分け、彼らはそれぞれの相手と対峙した。
「フハハ、兄上が我の相手か。愉しき夜になりそうだ」
「面倒だが仕方があるまい。妹と遊んでやるのも兄の役目か」
「クク、その余裕がいつまで続くか楽しみだ。かつての我と同じだと思うなよ兄上!」
「そうか。ならば見せてみろ、お前の成長とやらをな」
カズヤは実の妹であるエンジェに、二振りの剣を構えて向かい合い、
「よっしゃ、おっさんキター!さあ遊ぼうぜ!βテストん時の借りを返してやらあ!」
「相変わらず煩ぇ小娘だ。βテストで俺とカズ坊に惨敗した時よりはマシになってるんだろうな?」
「勿論さ!あれから俺も相当腕を磨いたからなぁ。退屈させねえ自身はあるぜ?」
「そうかい。なら、せいぜいおっさんを楽しませてみな」
おっさんはいつもの自身に溢れた表情で、レッドを迎え撃つ。今ここに、決戦の幕が上がった。




