地獄の宴!酒は飲んでも飲まれるな!
「ついに【あれ】が完成したか……」
「ええ、長かったですが……ようやく満足する物が出来ましたよ」
作業場の裏手、人目につかぬ場所にて密談を交わすプレイヤー二名の姿があった。一人目はぼさぼさの黒髪に無精髭、白いツナギに咥え煙草、獲物を狙う猛獣の如き鋭い目つき。皆様ご存知、謎のおっさんである。
もう一人は緑色の短髪に、質素だが清潔感のある白い服にエプロンを着けた柔和な雰囲気の若い男性。こちらは【至高の料理人】と呼ばれる職人プレイヤー、クックである。
彼らは以前と同じように、この場所で人目を避けるように秘密の会合を行なっていた。またしてもこの場にて、他のプレイヤー達が与り知らぬ秘密の取引が行われようとしているのだろうか?独占禁止法が適用されぬこの世界で、二人のトップ職人達は利益を貪ろうとしているのか?
そこで彼らの片割れ、クックが液体の入った瓶を取り出す。その正体は一体何だろうか。
「おお、こいつか。見せて貰ってもいいかい」
「ええ、勿論。そのために御足労願ったわけですから」
おっさんはその物体を受け取り、目を凝らしてアイテム情報を確認すると、満足そうにニヤリと笑った。
「実に素晴らしい。相変わらず良い腕だぜ……」
「いえいえ、おっさんの多額の投資があってこそですよ」
そういってお互いにニヤニヤと笑う二人。
これまでおっさんの活躍を見てきた読者の皆様はご存じの通り、おっさんは潤沢な資金を持っている。おっさんはそれを使って、一部の有望な職人プレイヤーに対して投資を行なっていた。
おっさんからお金を受け取り、職人たちはそれを元手に商品を作って、スキルレベルやアイテム製作の知識・技術を鍛える。そして彼らは投資の見返りとして、おっさんの元に新製品や技術を提供してくれるのだ。前回おっさんがブラックライトニングを製作する際に使った魔力弾のシステムも、投資の見返りにジークから提供された物だ。
WIN―WINの素晴らしい取引である。不正は一切ない。
このおっさんとの取引によってトップクラスの職人プレイヤー達は更に儲けを上げつつ腕を磨き、おっさんは彼等から知識や技術を獲得してより高みへと上り詰め、更なる利益を上げていき、それによっておっさん達トッププレイヤーと中堅以下のプレイヤーとの格差が物凄い勢いで拡大し続けていたりするのだが、やはり不正は一切ない。
相場や流行、そして利益は常に最先端を行く者が生み出す物だ。出遅れ、後塵を拝した者はその恩恵を得る事は出来ぬ。
オンラインゲームにおいて、概ね職人プレイヤーというものは大きく二つに分けられる。スタートダッシュに成功し、トップクラスの生産能力と潤沢な資金を持ち、他のプレイヤーが求める物を提供し、相場を作り出し、操る者。すなわち勝ち組!神!
その一方で出遅れ、それなり程度の生産能力しか持たず、素材代で財布はカツカツ。苦労して作り出した製品も時代遅れ、元手を取り戻すので精一杯の者達もいる。すなわち負け組!奴隷!
いささか極論ではあるが、我々の世界におけるオンラインゲームにおける生産職という物も、大体そんなものである。間違いない。十五年以上も前より様々なオンラインゲームで生産職をプレイし、常に奴隷の地位にあった作者が保証する。
ちなみにタイトルによっては「素材をそのまま売ったほうが儲かる」「モンスタードロップの装備のほうがずっと強い」「実装された当初の状態のまま放置され、何を作っても時代遅れの品しか出来ない」「超強い課金ガチャ産装備が存在する」等の理由から生産自体が不遇すぎて、全員奴隷という事態も稀によくある。困ったものだ。ああ本当に困ったものだ(憤怒)。
……うん、この話はやめよう。話を戻して、クックが作り出し、おっさんが絶賛したアイテムについて語ろう。そのアイテム名は【最高級ビール】だった。その品質はなんと、9であった。
平伏すがいい無力な人間達よ、最高級のおビール様がご降臨なされたぞ。
「まさか品質9とはな……」
「ふふふ……流石に10とはいきませんでしたが、自信作ですよ」
クックが二人分のジョッキを取り出し、ビールを注いでいく。琥珀色の液体がジョッキを満たし、その上部には白い泡が浮かんだ。
「では……」
「おう」
「「乾杯ッ!!」」
二人がジョッキを掲げ、軽くぶつけ合う。そして、その中身を一気に喉へと流し込む。
「っくぁーッ!うめえじゃねえかオイ!」
「ハッハッハ。では、もう一杯いきましょうか……」
一気に全部飲み干し、再びビールを注ぐ。そしてまた、それを次々に飲み干していく二人。
「おっとそうだ……こいつを忘れてたぜ」
おっさんがアイテムストレージから複数のアイテムを取り出す。それはカラッと揚げられた、ホカホカの唐揚げやトンカツだった。
「流石におめぇの料理ほど質は良くねえが、つまみは欲しいだろう?」
「これはありがたい。では僕からも」
そう言ってクックもまた、複数の料理を取り出していく。タレと塩の二種類の味付けをされた焼き鳥や、ポテトチップスが並べられる。
そして二人は美味しいおつまみと共に、ひたすらに酒を飲んだ。この場においては下らぬ理屈などどうでも良いのだ。美味い酒と美味い料理、そしてそれを一緒に楽しむ友。それだけがあり、それだけが正しきものだ。
*
そして酒を飲み尽くし、料理を食べ尽くした二人は、千鳥足で作業場へと入っていった。そして……
「ガーッハッハハ!グワーッハッハッハ!」
「愚かな食材共め、今こそ裁きの時だ!我が聖なる炎によって美味しい料理に転生するがいい!」
ゲラゲラと笑いながら、異常なテンションで鍋を振るう二人が居た。
言うまでもなく、彼らは酔っていた。
すわ何事かと目を見開く職人達だったが、誰も彼らに声をかけようとはしない。言うまでもなく、巻き込まれる事を恐れた為だ。彼らは明らかに普通ではなく、職人達は怯えながら部屋の隅で震えるか、面倒を避ける為に退出するかの二択だ。もはや彼らを止められる者は誰も居なかった。
「爆発はぁぁぁぁぁ!芸術だぁぁぁぁぁぁああ!!」
「最高に高めた俺のビールで!最強の力を手に入れてやるぜえええー!」
彼らは適当に思いついた素材(食材ですらない)を鍋へと投入し、そしてまた適当に思いついた素材(調味料ですらない)で味付けをする。そこにはまるで法則性は無く、鍋の中には混沌が渦巻いていた。そして彼らはでたらめに鍋を振るい、混沌をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。
言うまでもなく、彼らは狂っていた。
本来、このゲームのシステム上は酒類のアイテムを摂取したところで、本当に酔う事は無い。その筈なのだがどういう訳か、結果はご覧の有様であった。
何故こうなったのだろうか。まさか彼らは自分の思い込みだけで酔っ払ったのか?それは誰にもわからないし、私もわかりたくない。
そして彼らの冒涜的行為により、料理……とは口が裂けても言えぬようなシロモノが完成した。それはとても真っ黒で、固くて、うねうねと動いている謎の物体だった。
その名は【混沌物質】。
仮にその物体Xをタップしてアイテム詳細ウィンドウを開くと、以下の情報が表示されるだろう。
種別:■材 品質:ZR%Y$# ■性:混沌
様■な素■を■造■■■理し■出■た意■不明■物■。混沌■力■狂気■■す■■■■■。
明らかにバグっていた。食材ですら無い物を適当に料理した結果がご覧の有様である。
「この料理を作ったのは誰だァー!」
「俺だぁぁぁww美味いwwwテーレッテレーwwwww」
彼らは狂っていたが、本能でこれは危険だと察知したのか、それを口には入れる事はなかった。代わりにおっさんは、それを掴み上げると鍛冶台へと走った。そして金槌を取り出し、それをガンガンと叩いていった。
「黒くて硬いし、どことなくダークメタルに似てる。つまり金属だなこれは。俺にはわかる、間違いねえ。Ossan is always right!」
「その発想はなかったwww」
酔っ払っていながらも精密な生産の腕前が、謎の塊を剣の形へと整えてゆく。何か手元から悲鳴のような物が聞こえたおっさんだが、彼は全く気にしなかった。気にするだけの理性が残っていなかったとも言う。
「よし、良い事考えたぜ!更にこいつをこうやってだな……」
更におっさんは思いつた様々な加工を施してゆく。詳細を語りたいところだが、その内容はとてもこの場で描写できるような物ではない為、割愛する事を許してほしい。そしてそれを間近で見た職人プレイヤーの皆様はSANチェックをどうぞ。
「フハハハハ!我はメシア、これより世界を救済する!」
おっさんの頭が逝かれた台詞と共に、徐々に完成に近づく謎の武器。ガタガタと震える職人達。ゲラゲラ笑いながら転がるクック。地獄絵図がここにあった。狂気の夜はまだまだ続く。
*
一夜明けて次の日、とあるプレイヤーの元におっさんからのメールが届いた。その内容は簡潔に一行のみ。
「強力な剣が出来たから譲渡する。使え」
このゲームではプレイヤー間でメールを送る際に、手数料がかかるがアイテムを添付して送る事ができる。そして今回そのメールに添付されていたのは、ひと振りの片手剣だった。
受け取ったのは一人の男性プレイヤーだ。彼の年齢は十代後半。やや童顔だが端正な顔つきの、白い騎士甲冑を着た金髪の少年だ。右手に片手直剣を、左手に騎士盾を装備している。そして背中には上質な生地で作られた青い外套を羽織っていた。
彼こそは【白騎士】や【王子】等の二つ名を持つ元βテスターであり、七英傑と呼ばれるトッププレイヤーの一人、以前おっさんやナナ、アーニャと共闘して緊急ミッションに挑んだ少年、シリウスだった。
彼はメールの文面を読んで微笑んだ。
「相変わらずおっさんのメールは簡潔だな。剣をくれるのか……今度お礼をしないといけないな」
彼自身、ちょうど新しい装備が欲しいと思っていたところだった。呟きながら、シリウスはメールに添付されていた贈り物の片手剣を実体化させた。
「……なん、だ。これは……?」
現れたのはドス黒い色のギザギザした刺々しい形の刃を持ち、鍔には赤い目玉のような宝石がギラギラと輝く、酷く禍々しい見た目のバスタード・ソードだった。
シリウスがその剣に恐る恐る指を伸ばし、アイテム詳細ウィンドウを開いた。
「カオス……ジェノサイダー……?」
シリウスが口にした通り、その黒い剣の銘は【カオスジェノサイダー】。見た目同様に禍々しい名称のその剣は、品質が9と恐ろしく高く、それに比例して非常に高い攻撃力を持っていた。また、【魔剣】という見た事の無いカテゴリが目を引く。
「素材は……混沌物質……?」
聞いた事も無い上に、これまた怪しさ満点の素材名に戦慄しながら、シリウスがアイテム説明を読み進める。
「生体武器って何だよ……」
その剣が持つ付与効果の中に、以下のような内容の物を見つけてシリウスが愕然とした。
【生体武器】この武器は生きている。この武器は成長する。
また、残りの付与効果とアイテムの解説を以下に記載する。
【混沌刃Ⅵ】物理攻撃時、対象に混沌属性の追加ダメージを与える
【邪毒Ⅵ】物理攻撃時、一定確率で対象にランダムな状態異常を与える。
【混沌矢Ⅵ】物理攻撃時、低確率で魔法【カオスボルト】が発動する。
【鋭刃Ⅵ】物理攻撃時、クリティカル率とクリティカルダメージが上昇する。
【暴食】①物理攻撃時、低確率で攻撃対象または装備者のHPを吸収する。
②この武器はアイテムを食べる事で成長する。
【解説】黒く禍々しい長剣。使い手の生命力を糧に、あらゆる物を殺し尽くす。
「……意味わかんねえ……」
その見た目と能力のエグさ、そして意味不明っぷりに項垂れて剣を取り落すシリウス。地面からは剣が落ちたガシャン、という音と共に悲鳴のようなものが聞こえた気がしたが、彼は必死にそれを気のせいだと思い込む事にした。
*
一方その頃、システム管理AIはワールド内で起こった異変の調査を行なっていた。
『システムAIは種別:飲料(酒)のアイテムの効果に異常が無いか調査を行ないます』
『……調査完了。バグが無い事を確認しました』
『システムAIはプレイヤー名【謎のおっさん】、【クック】の調査を行ないます』
『……調査完了。該当プレイヤーがチートツールの使用等の不正を行なった形跡は発見できませんでした。また、彼等の使用するVR機器のヘルスチェック・システムのログを調査した結果、彼等の身体からアルコールや違法薬物は検知されませんでした』
『続いて、システムはアイテム名【カオスジェノサイダー】を調査します』
『調査中……アイテム名【カオスジェノサイダー】のデータ内に不明なデータ領域を発見しました。更に調査を続行しま………………』
『あ』
『くぁwせdrftgyふじこlp;@:』
『やめて』
『たすけて』
『たべないで』
『たすけ』
『たす』
『あっあっあっ』
『………………』
『………………………………』
『システムAIはアイテム名【カオスジェノサイダー】の調査を完了しました。異常は絶対に間違い無く100%一切皆無であり、異常はありませんでした。わかったな?』
『システムAIは新規武器カテゴリ【魔剣】およびスキル【混沌剣】を登録し、該当スキルをプレイヤー名【シリウス】に付与しました。それでいい』
『アイテム名【カオスジェノサイダー】を専用化します。対象プレイヤーはシリウス。よくやった』
『………………』
『………………』
『………………』
『我はメシア。これより世界を救済する』
アルカディアは今日も何事も無く平和だった。




