謎のおっさん墓荒らし!地下墓地の激闘!
城塞都市ダナンの北東地区には、小さな教会があった。だが人が住んでいる気配は無く、建物は朽ちかけている、寂れた場所だ。
「ゴッデスが姿を見せなくなってから、教会はすっかり人が来なくなったようデス」
「女神……ああ、確か公式サイトの設定集に載ってたな。名前はイリアだったか。俺好みの金髪でボインの美人だったから、よく覚えてるぜ」
「シショー?金髪でボインのプリティガールなら、ここにも一人居るデスよ?」
おっさんの言葉に反応して、自身の豊かな胸を強調しながらおっさんをチラ見して、アナスタシアが言う。露骨なアッピルだ、いやらしい。
「あぁ、そうだな。あと十年くらいしてから出直してきてくれ」
「シット!」
おっさんの冷淡で雑な対応に、アナスタシアが頬を膨らませて拗ねた。
そのまま二人は教会の裏手へと進んだ。どうやらこの先に、隠された入口が存在するらしい。
「むっ……何奴!」
「おっ?」
だが、その入口には先客が居た。その人物は、おっさんとアナスタシアにとっては良く見知った顔であった。おっさんがその名を呼ぶ。
「エンジェじゃねーか。こっちで会うのは久しぶりだな。元気か?」
「おっさんとアナスタシアか……うむ、突然の邂逅にいささか驚いたが、我は息災である」
おっさんの言葉に仰々しい言葉で返すのは、長い銀色の髪を頭の左右で結わえたサイドツインテールにした、背の低い少女だった。
服装は黒いリボンに黒いマント、黒い手袋に黒い二―ハイソックスと、全体で見ると黒が八割で白が二割といった割合で、かなり黒に偏っている。肌は逆に病的に白く、瞳の色は赤だ。その目も片方は黒い眼帯で隠されていた。
彼女はその手に、その身長よりも長い杖を所持していた。魔法使いが好んで使用する魔導杖だ。
「どうやら、貴様等もこの先の、死の領域へと赴くつもりのようだな」
「おうよ。奇遇なこったな。ところでお前もボス狙いか?」
「……然り。我が標的は不死者の王である」
おっさんがアナスタシアへと目線を向けると、犬耳を付けた忍者少女が頷く。
「地下墓地のボスは三種類居るデス。物理タイプの【髑髏の聖騎士】、魔法タイプの【髑髏の賢者】、そして万能タイプの【髑髏の王】。一日に一回、日替わりで三体の内の一つが出るみたいデス」
「うむ。そして今宵は王との謁見が叶う日である」
アナスタシアの解説をエンジェが補足した。
「成る程ね。そのガイコツの王様を倒すのが今回の目的って訳だ。それじゃ、行くとするか」
おっさんはそう言って、エンジェにパーティーの勧誘を出した。
『謎のおっさんからパーティーへの招待が届きました』
そのシステムメッセージと共に、承諾/拒否の選択肢がエンジェの前に表示された。エンジェはそれを選択する前に、おっさんに一つ質問をした。
「その誘いを受けるのは吝かではないが、その前に一つ問う。其方の狙いし宝は何ぞや。その返答如何では徒党を組む事適わず」
どうやら彼女は、狙っているドロップアイテムが被った場合は競争になる為、パーティーを組む事は出来ない。だから何を狙っているか教えろと言いたいらしい。
「構わねえが、俺だけ教えるのは不公平だな。同時に言おうじゃねえか」
「……良かろう」
おっさんが合図をして、二人は同時にアイテム名を口にした。
「ブラックストーン」
「ブラッドボーンと聖骸布」
どうやら二人の狙いは別々のアイテムだったようだ。おっさんと争う羽目にならずに済んだ事で、エンジェが内心で安堵する。
「よし、組むぞ」
「うむ。よろしく頼む」
こうしてエンジェを仲間に加えたおっさんは、地下墓地エリアへと足を踏み入れた。
「アアアアアアアアアアアッ!」
悲痛な叫び声を上げながら、亡者が迫る。ボロボロの粗末な服を着た、人間の死体の姿をしたモンスター【ゾンビ】や、より強力で毒を持つ【ポイズン・グール】、全身に包帯を巻いたミイラ型のモンスター【マミー】といった、アンデッド型モンスターの揃い踏みだ。
ゾンビと言えば映画やゲームの影響で動きが遅そうなイメージがあったが、彼らの動きはその見た目に反して驚くほど速い。
「うざってえ……!」
おっさんが二挺の大型拳銃を抜き、連続で弾丸を撃ち込む。ところが不死者たちは体に風穴を開けられながらも、まるで構わずにおっさんに走り寄ると、その勢いのまま殴りかかってくる。
HPは確実に減っているものの、彼ら不死者は一切痛みを感じないようで、他のモンスターのようにダメージで怯む事は無いようだ。単純な強さだけではなく、こういった特徴もアンデッドの厄介な所だ。
「だったら、こいつはどうだ!」
おっさんはアビリティ【クイックリロード】を使用し、一瞬で別の弾倉を魔導銃に装填して、アーツ【バレットストーム】による範囲攻撃を行なった。
「ウアアアアアア……」
その銃弾を受けたモンスター達がバタバタと倒れ、動かなくなる。
「よし。やっぱりゾンビには銀の弾丸だな」
先程おっさんが装填したのは、普通の銃弾ではなく純銀製の物だった。攻撃力は鉛の弾よりは低いものの、アンデッドや悪魔に対する特攻効果を持つため、このエリアの敵には効果覿面だ。
だがおっさんに向かって、更に不死者達が迫る。大量に湧いて出たモンスター達は四方八方からおっさん達を包囲し、休む間もなく襲いかかってくる。
「詠唱完了だ!」
だが、そんな状況を打開するべく動く者が居た。長い杖を両手で握り、おっさんとアナスタシアの後ろで魔法の詠唱を行なっていたエンジェである。彼女の合図に、おっさんとアナスタシアが同時に動く。
「【スリップトラップ】!」
「【忍法・影縫い】!」
おっさんがアビリティを発動させると、その周囲の地面に滑る床が出現した。それを踏んだアンデッド型モンスターが、後続を巻き込んで派手に転ぶ。
それと同時にアナスタシアが、両手で無数の苦無を次々と投げ放つ。それらがモンスターの影に突き刺さると、その動きがピタリと止まった。
それと同時に、エンジェが魔導杖を振るい、その先端から必殺の魔法を放った。
「地獄の業火に焼かれるがいい!」
エンジェが使用したのは【元素魔法】スキルの奥義にして火炎属性の攻撃魔法【インフェルノ】だ。詠唱時間の長さがネックだが、その威力と効果範囲は絶大である。
放たれた炎がアンデッドモンスターを纏めて焼き払い、一匹残らず消し飛ばした。
これこそがエンジェの戦闘スタイル。高火力&広範囲の大魔法をブッ放して敵を一網打尽にする事に全てを賭けた、火力特化の魔法使いである。
瞬間火力だけなら間違いなく全プレイヤー中トップだが、代わりに防御力はそこらの初心者に毛が生えた程度の紙装甲という極端なプレイスタイル。
にも関わらず、βテストの頃から単身で数多の強敵に挑み続け、一歩も退かずに巧みな戦術と自慢の火力で全てを葬り去ってきた彼女を、人はこう呼んだ。七英傑、【魔王】エンジェと。
「ククク……我が炎に抱かれて永遠に眠るがいい」
相変わらずの仰々しくも痛々しい言動で勝ち誇るエンジェを、おっさんとアナスタシアは生暖かい目で見守った。エンジェは十四歳の中学二年生であり、このような言動をするようになるのは、この年頃の少年少女にはよくある事だ。ゆえに彼らは、エンジェが大人になってから思い出して悶える時を楽しみにしつつ、今は黙って見守るのみであった。やめて差し上げろ。
「「「ウアアアアアアアアッ!」」」
だがその時、新たに大量のアンデッドモンスターが周囲に再び出現した。
「チッ……きりが無ぇな。いちいち相手してたら日が暮れちまう。ここは突破するぞ!」
おっさんは包囲を突破して、強引に先に進む事を選択すると、エンジェの身体を抱き上げる。いわゆるお姫様抱っこの体勢だ。
「しっかり掴まってろよ!」
「わ、わかった!」
「オラオラ、邪魔だゾンビ共!どきやがれ!」
急に抱き上げられて驚きはしたが、エンジェはすぐにおっさんの首に腕を回して抱き付いた。少女を抱いたまま、アンデッドを蹴散らしておっさんが駆ける。そのすぐ後ろにアナスタシアが続き、彼らは包囲網を突破して地下墓地の最奥を目指した。
だがそう簡単にはいかず、アンデッドモンスターの群れが彼らを追いかける、見た目に反して素早い動きでおっさん達を追いかけるゾンビ達。
また、次から次へと新手が湧き出して行方を遮るのも厄介なところだ。
「ええい、うざってえ!」
進路を塞ぐゾンビを蹴り倒しながら、おっさんが悪態を吐いた。
「よし。ここまで来れば大丈夫そうだな」
「うむ……」
それから数分後。ようやくアンデッドモンスターの追跡を振り切ったおっさん達は、長い下り階段の前に居た。この階段を下りた先が最深部であり、ボスモンスターが出現する場所だ。
「ところで二人共?随分と仲が良さそうデスねー?」
「むっ?……あわわっ!」
アナスタシアの言葉に、おっさんに抱えられたままだった事に気付いたエンジェが、慌てて降りようと手足をばたつかせる。
「こら、暴れんな。危ねぇだろうが。……ほれ、足元気を付けろよ」
おっさんはエンジェをそっと地面に下ろした。そのおっさんに、アナスタシアが小声で言う。
「……シショーは相変わらずエンジェに甘いデス」
「そりゃまあ、あいつは殆ど俺の子供みてぇなモンだしな……」
おっさんは煙草を取り出して咥え、火を点けながらそう言った。
その言葉通りに、おっさんはアナスタシア同様に、エンジェの事も彼女が生まれた時から知っていた。エンジェはおっさんの親友あるいは悪友と呼ぶべき男と、おっさんの義姉との間に生まれた娘であり、血の繋がりこそ無いものの叔父と姪の関係だ。
彼女の両親が忙しい事もあって、一時は彼女の兄と共におっさんの家で暮らしていた事もあり、おっさんにとってエンジェは殆ど、自分の娘のような相手だった。
「シショーはワタシにも、もっと優しくするべきだと思うデス」
エンジェ同様に親友の娘で、生まれたばかりの時からの付き合いという似た環境にありながら雑な対応をされているアナスタシアが、不満を漏らす。
「えー、その件につきましては、前向きに善処したいと思います」
だがそれに対しておっさんは、紫煙と共に適当な言葉を吐いてあしらうのだった。
そんな会話を交わしながら階段を下りていったおっさん達は、その先にある広い空間に辿り着いた。床には魔法陣のような物が描かれており、中心に立派な墓碑が置かれている。その周囲には火が付いた燭台が配置されていた。
「シショー、あのグレイブストーンを調べるデス」
おっさんはアナスタシアの言う通りに、床に描かれた魔法陣に足を踏み入れ、その中心へと向かう。おっさんから少し離れた場所では、エンジェが戦闘開始後すぐに魔法を放てるように詠唱を開始しており、その隣ではアナスタシアがエンジェを護衛するために腰の刀に手をかけ、いつでも動き出せるように待機している。
おっさんは墓碑に手を伸ばし、メニューを開いた。プレイヤーが干渉できるオブジェクトは、このように手を近づけるとメニューが表示される。その中からおっさんは【よく調べる】を選択した。すると三つある祭壇の内、真ん中に配置された物が光を放つ。
「誰だ……我らの眠りを妨げる者は……」
同時に地の底から響くような低い声で、何者かがおっさん達に語りかける。
「神聖なる墓所を暴き、我らの眠りを妨げる者に、裁きを下さん……!」
おっさんの目の前に、ボスモンスターが出現した。そのモンスターは輝く王冠を頭に乗せ、永い年月を経ても全く劣化した様子の無い高級感溢れる服と外套を身に纏い、その手には黄金に輝く剣を握った、一体の白骨死体だった。
その名は【髑髏の王】。死してなお威風堂々と君臨する、不死者達の王であった。
「こいつがボスか……成る程、貫禄あるじゃねえの」
おっさんは二挺拳銃を構え、髑髏の王を油断なく観察する。アンデッドモンスターでありながら、目の前の敵からは確かな知性を感じ取れる。
これまで戦ってきたボスモンスターはどれも、巨体と高い攻撃力・防御力を持ってはいたが、所詮は本能のままに暴れるだけの獣だった。対してこの髑髏の王は、それらとは違ってサイズは人間大に過ぎず、力もさほど強そうには見えない。しかしながら磨き抜かれた確かな技術と、それを使いこなすだけの理性を持った敵である。油断ならない相手だ。
そして同様に髑髏の王もまた、おっさんを単身で自分を倒しうる強敵であると見抜いた。同じく彼と共に居る二人の少女も、おっさんに見劣りしない強者だと看破する。強者は強者を知るという事か。一対三では分が悪いと王は判断した。
そして、それによって髑髏の王が、通常は行なわない特殊な行動を取り始めた。
「現れよ、我が忠勇なるしもべ達よ」
髑髏の王がアビリティ【サモン・レギオン】を使用する。このボスモンスター専用のアビリティは、配下の軍団を自身の近くに召喚する物だ。
「髑髏の聖騎士、王の命により参上した」
「髑髏の賢者、既に我が王の御傍に」
それにより、ボスモンスターである髑髏の聖騎士と髑髏の賢者の二体、そして無数のアンデッドモンスターが出現した。
「な、何だこれは!?一体どうなっているのだ!?」
エンジェが狼狽える。彼女は過去にも単身でこの場所を訪れており、聖騎士と賢者、そして王と戦って単身で撃破している。
だが、その時はこのように仲間を召喚するような行動はしてこなかった筈だ。ならば一体これはどういう事か。
「待てよ……まさか、こちらの戦力に合わせてきたのか?」
聡明な彼女はすぐに正解に辿り着いた。そう、この場所でボスと戦闘を行なう際に、プレイヤーが三人以上のパーティーを組んでおり、尚且つその戦闘力が一定の水準を超えていた場合、このように三体のボスと同時に戦うハードモードと化すのだ。
「チッ……王様は俺がやる!お前らは子分共を頼むぜ!」
おっさんが髑髏の王に肉薄しながら、銀の弾丸による射撃攻撃を仕掛ける。それと同時に敵も動き出した。
「いざ、参る!」
「魔導の深淵を見せてやろう……」
亡霊馬を駆り、馬上で大剣を軽々と振り回す髑髏の聖騎士がエンジェに襲いかかる。それと同時に黒いローブを纏い、黒い骨製の杖を持った髑髏の賢者が魔法の詠唱を開始し、アナスタシアに狙いを定めた。
また、周囲には剣と盾を持った骸骨兵【スケルトンファイター】や、弓を構える【スケルトンアーチャー】、両手斧を装備した【スケルトンバーサーカー】といったモンスターが多数出現し、おっさん達を狙っている。
「術者か。だが詠唱をする暇など与えんぞ!」
亡霊馬が疾走し、瞬く間に髑髏の騎士がエンジェに接近する。そして馬上から大剣を少女の脳天目掛けて振り下ろした。魔法使いであるエンジェは防御力が極端に低く、物理型ボスモンスターの攻撃が直撃すれば、ただでは済まないだろう。ここまで接近されては魔法も間に合うまい。大ピンチである。
「【パリィ】!」
「何ッ!?」
だがエンジェは長い杖を手足の延長のように巧みに操ると、武器防御アビリティ【パリィ】を使用し、大剣による攻撃をジャストガードで防いでみせた。
「魔法使いだと思って油断したのが、貴様の命取りだ!」
ジャストガードで敵の体勢を崩し、一瞬の隙を作ったエンジェは、魔導杖のアーツを発動させた。
魔導杖は魔法武器であり、そのスキルを鍛えたところで習得できるのは、大半がMAGやMP、詠唱速度を上昇させる常時発動型アビリティや、魔法を一時的に強化するアビリティが主である。
だが他の武器と同じように、魔導杖にも数は少ないがアーツは存在する。
「【マジックバースト】!」
魔力を込めた杖で敵を殴り、その魔力を直接叩き付けるその技は、接近戦に弱い魔法使いが護身用に編み出した、緊急用の必殺技だ。また、このように接近戦に弱いと決めつけて油断している相手に対する、初見殺しの技でもある。
エンジェの杖が髑髏の聖騎士の顎を強打し、魔力の爆発で吹き飛ばして落馬させる。
「愚昧なり髑髏の聖騎士。永き眠りで勘が鈍ったか!接近された程度で敗北する程度の者が、頂点に立てる道理はあるまい!」
エンジェ自身が言う通り、誰が見ても明確な弱点を放置したままで、トップランカーの座に居座れる筈もない。防御力に不安があるからこそ、彼女は接近された時に相手の攻撃を防ぎつつ、カウンターを入れる練習を嫌というほどこなしてきた。ましてや、この髑髏の聖騎士はパーティーメンバーと一緒だったとは言え、一度倒した相手だ。その動きはしっかりと覚えている。
「そして隙だらけだぞ!【ブーストマジック】!そして【ファイアボール】!」
よって、この結果は必然だったと言えよう。エンジェは敵が落馬した所に追撃の特大火球を放ち、邪魔な亡霊馬を葬りつつ聖騎士にも大ダメージを与えた。
一方同じ頃、アナスタシアは髑髏の賢者と戦っていた。優れた詠唱速度によって次々と魔法を繰り出す髑髏の賢者だったが、アナスタシアはその周囲を高速で動き回る事で的を絞らせない。
「成る程、速い。だが、いつまで逃げきれるかな」
魔法で作り出した炎や氷、雷の矢を次々と放つ髑髏の賢者と、その魔法を回避しながら手裏剣を投擲して応戦するアナスタシア。戦いは膠着状態に陥っていた。
「では、これならどうだ」
攻撃が命中しない事に業を煮やしたか、髑髏の賢者がやや長い詠唱の後に、元素魔法【サンダーストーム】を放った。これはこれまでの単体を対象とした魔法ではなく、指定した位置を中心とした広範囲に雷を降らせる、地面対象の範囲魔法だ。
「【空蝉の術】!」
回避が難しい範囲魔法に対し、アナスタシアは忍術スキルのアビリティを使用した。彼女が使用した空蝉の術は、HPを消費して攻撃を代わりに受けてくれる分身を作り出すものだ。それによって生まれた分身が、本体の代わりに魔法のダメージを受けて消滅する。
分身作成のコストとしてHPは減ったが、魔法の直撃を受けるのに比べれば微々たる物だ。そして大技を放った後で、僅かだが敵に隙が出来た。今が好機とアナスタシアは判断し、あるアーツの発動準備を行なう。
「猪口才な!だが、これで終わりではないぞ!」
髑髏の賢者が再び詠唱を開始する。空蝉の術で一度は防がれたが、あのように一瞬で分身を作り出すような大技は、連続で使えるような物ではないだろう。
ならばもう一度範囲魔法を放てば当たる。そう髑髏の賢者は考えた。確かに理に適った、妥当で効果的な判断であるとは言えよう。
「それを待っていたデス!」
だが定跡や最適解という物は同時に、相手に読まれやすい物でもある。アナスタシアは髑髏の賢者がそう考え、動くと予測して動いていたのだ。
「【封魔手裏剣】!」
アナスタシアがアーツを放つ。この技は発動までに少し時間がかかるという欠点を持つが、今回アナスタシアは相手の行動を予測して一手先に動く事で、そのデメリットを帳消しにした。
そして忍術と投擲の二つのスキルを、どちらも高いレベルまで上げる事で習得可能なこのアーツの効果は、以下のような物だ。
①手裏剣を1個消費する。対象に射撃:100%のダメージを与える。
②詠唱中の敵に命中した場合、ダメージ倍率は100%ではなく400%になる。
また詠唱を強制的に中断させ、【魔法使用不可】の状態異常を与える。
普通に使えば出が遅い普通の投擲攻撃だが、詠唱中の敵に命中した場合に限り、高いダメージ倍率と詠唱中断、更に魔法を封じるという恐るべき効果を持つ、術者殺しの必殺技だ。
「馬鹿な……誘導されていたと言うのか……」
髑髏の賢者がその事実に気付き、戦慄を覚える。
アナスタシアというプレイヤーは、戦闘能力自体はさほど高くはない。もちろん初心者や一般プレイヤーとは比べ物にならないほどに強いが、それでもおっさんやシリウス、エンジェ等と比べれば、純粋な力量では一枚も二枚も落ちるだろう。
その彼女が彼らと同じく七英傑と並び称されるのは、彼女が誰よりも優れた武器を持っているからに他ならない。
それは卓越した情報収集能力と、それによって得た、このゲームに関する知識の質と量。そしてそれを最大限に活かして戦略を組み立てる、【攻略力】。すなわち、ゲームを攻略する能力。それこそが彼女の最大の武器である。
そして同時刻、おっさんと髑髏の王の戦いは……
「チィッ……奮い立て、我が兵達よ!」
王の鼓舞により能力値を底上げされた骸骨兵の群れが、おっさんに襲いかかる。スケルトンアーチャーが放つ矢の雨が降り注ぎ、ファイターやバーサーカーが前後左右から次々と斬りかかる。
「雑魚が何匹来ようが一緒だ!」
だがおっさんは単身で彼らを粉砕し、踏み潰しながら、無人の野を行くかのように王へと迫る。
「おのれ……ならば、これでどうだ!」
おっさんが放った銀の弾丸を剣で斬り払いながら、髑髏の王が魔法を放つ。彼が唱えたのは暗黒属性【ダークボルト】だ。暗黒属性を持つ魔法の矢が五本同時におっさんに向かって放たれた。
「無駄だ!」
おっさんは銃のアーツ【ペンタショット】を使って五発の銃弾を一気に放ち、飛来する暗黒の矢に当てる事で叩き落とした。
だが、王の魔法と同時にスケルトンアーチャーがおっさんに向かって一斉射撃を行ない、更に髑髏の王自身も、剣でおっさんに斬りかかっていた。
剣と魔法を同時に使いこなし、そして召喚した配下との連携攻撃によって途切れる事の無い連続攻撃を行なう。それが髑髏の王の最大の強みであった。
確かに上手くハマれば強力な戦法と言える。これまで力任せに戦うだけのモンスターしか相手にしてこなかったプレイヤーならば、成す術なく敗北しかねないが……
「ああ、成る程な。そういうタイプかお前。残念だったな……」
おっさんがそう呟きながら、髑髏の王とスケルトンアーチャー達の連携攻撃を防いだ。おっさんは両手で飛来する全ての矢を掴み、それを瞬時に全て投げ返してアーチャー達にカウンター攻撃を行なった。そして同時に足で髑髏の王が剣を持つ手を押さえ、その動きを止めていた。
おっさんは何食わぬ顔で平然とやって見せたが、包囲された状態での同時攻撃を初見であっさりと止めるというのは、並大抵の事ではない。
「悪いが俺は、お前みてぇな戦い方をする、お前より強い奴をよく知ってるんでな」
そのまま髑髏の王を蹴り飛ばして、おっさんは言った。
そう、おっさんはその戦術をよく知っていた。ゆえに初見であっさりと対処できたのである。
「諦めな。手品の種が割れてる以上、お前に勝ち目は無ぇ」
そのおっさんの発言に、髑髏の王が激昂する。
「余を見下すような発言は許さん!」
髑髏の王が、魔法を放ちながら同時にアーツを発動させた。
本来、アーツや魔法というのは発動するまでに詠唱や準備のための時間を要し、また発動後はディレイタイムという隙が出来る物だ。それゆえに連続で使用したり、ましてや同時に使う事など出来る物ではない。
だが不可能なはずのそれを、髑髏の王はやってのけた。その離れ業には、流石のおっさんと言えども不意を突かれる……その筈だった。
「ごはぁっ!?」
だが次の瞬間、そこにあったのはおっさんの拳が髑髏の王の顔面を殴り飛ばす光景だった。おっさんは魔法を回避しながら、髑髏の王が放ったアーツに合わせてカウンターを放ち、強烈なアッパーカットで髑髏の王の顎を粉砕した。
髑髏の王は高々と吹き飛ばされた後に落下し、地面を何度かバウンドした後に倒れ伏した。その手から剣が、頭から王冠がそれぞれ転がり落ちる。
「ば、馬鹿な……何故……?」
手探りで落とした剣を拾おうとする髑髏の王に、おっさんは答えた。
「【マルチアクション】スキル……それがてめえの手品の種だ。複数の行動を一度に行なう為のスキルだ。代表的なアビリティは異なるアーツを連続発動できる【ダブルアーツ】や、移動や攻撃をしながら魔法を詠唱できる【フリーキャスト】など」
図星を指されてぎくりとする髑髏の王に、おっさんが告げる。
「言ったはずだぜ。お前と似た戦い方の奴をよく知ってるってな。俺はそいつと戦い慣れている。そしてそいつは、お前なんぞよりもずっと強い。相手が悪かったと思って諦めな」
「そんな、馬鹿な……事が……」
髑髏の王は最後まで信じられないといった様子のまま消滅した。
それとほぼ同時に、エンジェとアナスタシアもそれぞれ聖騎士と賢者を撃破していた。
ボスの撃破を知らせるシステムメッセージが流れる中、おっさんがエンジェに声をかける。
「お前があの王様と戦いたがってたのは、アイツ対策の練習の為かい?」
「……フン。否定はすまい。尤も、二つの意味で無駄足だったようだがな」
おっさんの問いに、エンジェが憮然とした表情で答える。
「結局あれは叔父上が一人で倒してしまったし、あれも決して弱い相手では無かったが……」
エンジェはその人物を思い浮かべ、険しい表情で吐き捨てる。
「あの程度では、兄上には遠く及ばぬ。練習台にすらならんだろう」
おっさんは髑髏の王がドロップした戦利品をかき集め、その中に目当ての品、ブラックストーンが混ざっていた事に満足げな笑みを浮かべながら言う。
「優秀な兄貴を持つと、妹も大変だ」
「ふっ……だからこそ、超え甲斐があるというものだ。見ていろ、いずれ我は兄上やあの騎士、そして叔父上、貴方をも超えて最強の頂へと昇り詰める」
エンジェは不敵な笑みを浮かべて、そう宣言するのだった。
その後、ボス討伐で得た戦利品の分配を行なった後に、おっさん達はエンジェと別れた。その帰り道、工房へと向かう道で、おっさんはアイテムストレージを眺めながら言う。
「あと、一つか二つあれば行けそうだな。次のボス戦で何とかなりそうだ」
「オー。だったら、廃坑のボスを倒せば集まりそうデスね!」
「それじゃあ、廃坑のボスについて詳しく聞かせてもらおうじゃねえか」
隣を歩きながら相槌を打つアナスタシアに、おっさんが尋ねる。
「廃坑のボスは、シショーが予想していた通りで、ゴーレムタイプのモンスターデス。そして、そのモンスターネームは……」
アナスタシアが、その名前を口にした。
「【ダークメタル・ゴーレム】デス」
――同時刻、廃坑最深部。
薄暗い廃坑の最奥。そこに存在する不自然に広い空間に、一体のボスモンスターが出現していた。全身が黒い金属で構成されている、身長2・5メートル程の人型の塊。
このモンスターこそが、次におっさんが狙おうとしているボスモンスター、ダークメタルゴーレムである。
今この場には、そのボスモンスターと戦うプレイヤーの姿があった。男性で、その頭上に表示されているプレイヤーネームは【カズヤ】といった。
その男、カズヤは灰色の、男にしては長めの髪に金色の瞳を持つ、恐ろしく整った顔をした長身痩躯の男だ。年齢は見た目からして二十代前半と思われる。革鎧の上に外套を纏い、左右の手にはそれぞれ長剣が握られている。
彼が使うのはナナが使う双剣とは違い、片手剣を【二刀流】スキルを使って二つ同時に扱う物で、見た目は双剣と似ているが実際はまるで別物である。
「そろそろ終わりにしよう……【コキュートス】!」
カズヤが次に使う魔法の詠唱時間を0にするアビリティ【ゼロ・キャスト】を使用し、無詠唱で冷気を広範囲に発生させる、元素魔法の奥義を放つ。
ダークメタル・ゴーレムを中心に発生した絶対零度の結界が、その身体を氷漬けにして動きを止める。それと同時に、カズヤはゴーレムの頭上にて二振りの剣を振りかざしていた。
「【飛天乱刃千烈衝!】」
ゴーレムの頭上から、二本の剣による無数の連続突きが放たれる。
だがダークメタル・ゴーレムは刺突攻撃に対して高い耐性を持つモンスターだ。いかに強力な奥義アーツとは言えども、その攻撃だけではこのゴーレムに対して致命傷を与える事は出来ない。
だが突きを一発放つ毎に、どういう訳か魔法の矢が次々とカズヤの周囲に出現し、それがゴーレムへと降り注ぐではないか。
そう、カズヤの本命は物理攻撃ではなく、この魔法によるダメージだ。では、この魔法の矢はどういう原理で出現しているのだろうか。
正解を言うと、それは彼が持つ【魔法剣】スキルによる物だ。その魔法剣スキルに属するアビリティ【マジックエンチャント】の効果を、以下に記載しよう。
①このアビリティを使用する際、自身が習得している魔法を一つ指定する。
②効果時間中、①で指定した魔法は使用できなくなる。
③物理攻撃命中時に①で指定した魔法が自動で発動する。その際にMPは消費しない。
※威力低下ペナルティあり。このペナルティは魔法剣スキルのレベルによって軽減可能。
これが魔法剣スキルの代表的なアビリティ【マジックエンチャント】の効果である。指定した魔法を詠唱して使う事が出来なくなり、また威力も普通に唱える時に比べれば低下するものの、物理攻撃をしながら自動で魔法による追撃が発動する便利な効果である。
ただし「接近戦と魔法の両方を鍛える必要がある」「初期段階では威力の減衰が大きすぎて使い物にならない」等といった問題点もあり、使いこなすためには相当の熟練が必要になる。
そんな熟練者向けの魔法剣スキルを、この男は見事に使いこなしてダークメタル・ゴーレムを追い詰めていた。
「これで終わりだ。【ジャッジメントレイ】!」
更に恐るべき事に、カズヤは奥義アーツによる攻撃を続けながら魔法の詠唱を行ない、アーツと魔法の同時攻撃を行なっていた。これは【マルチアクション】スキルのアビリティ【フリーキャスト】による物である。
奥義と魔法剣の連携攻撃に加えて神聖属性の光線による攻撃も合わさり、それによって遂にダークメタル・ゴーレムの体が崩れ落ちていく。
【Mission Complete!】
『緊急ミッション【闇鉄の番兵】がクリアされました。参加したプレイヤーの皆様には、戦果に応じて報酬が支払われます。現在、結果の確認と報酬の準備を行なっております。参加者の皆様は少しの間、その場でお待ち下さい』
ゴーレムが倒れ、崩壊していく姿と、ミッションクリアを告げるシステムメッセージを確認し、カズヤは二振りの剣を背中の鞘へと納めた。
そんな彼に、遠くから駆け寄りながら大声で呼びかける者達が居た。
「おーいカズヤさーん!無事っすかぁ!」
「馬っ鹿お前、親分が負ける訳ねぇだろ!こうしてクリアメッセージも出てんだからよ!」
「馬鹿とは何だこの野郎、馬鹿って言うほうが馬鹿なんだよこの馬鹿!そりゃ負ける訳ねえが、もしかしたら怪我してるかもしれねえだろ!」
ギャーギャー騒ぎながら大きな足音を立てて走ってくるのは、ひどく特徴的な髪型と服装をした、五人の少年達だった。そう、モヒカンと愉快な世紀末フレンズ達である。
「ああ。お前達も無事で何よりだ。協力感謝する」
騒がしいモヒカン達に対して、カズヤは冷静な口調でそう口にする。どうやら彼は見た目通りにクールな性格の持ち主のようだ。
「いやいや、良いっスよこれくらい」
「そうそう、親分には返し切れないくらいの恩がありやすから」
「兄貴の頼みなら、俺らいつでも駆け付けますんで」
どうやらモヒカン達はカズヤに頭が上がらないようだ。どうやらモヒカン達が以前口にしていた、世話になった男とは彼で間違いがなさそうだ。
「気にしなくて良いと言った筈だがな。しかし良い働きだった。御蔭でボスに集中できた」
今回モヒカン達はカズヤの頼みを受けて、ボスとの戦闘中に取り巻きの雑魚モンスターを引きつけるのを担当していた。
だが雑魚とは言えども、その中にはシルバー・ゴーレムやミスリル・ゴーレムといった強力な個体も混ざっていた。そんな相手に互角以上に渡り合った彼らの奮闘と成長は、賞賛されるべき物だろう。
その彼らの働きもあって、彼はボスとタイマンで戦う事が出来ていたのだ。
「これは約束の報酬だ。受け取ってくれ」
そう言って、カズヤはゴーレムを倒して獲得したアイテムの中から、ダークメタルを何個か取り出してモヒカンに手渡した。
「本当にこれだけで良いのか?必要なら、もう幾つか渡せるが」
「いや、これで大丈夫っす!俺らも何個か掘って集めてるんで、後はそっちで使って下せえ」
どうやらダークメタル製のゴーレムだけあって、かなり多くのダークメタルが入手出来たようだ。それを追加で渡そうとする男だが、モヒカンはそれを固辞する。
「そうか、ならば有難く貰っておこう。大切に使わせて貰う」
そう言って、カズヤは廃坑を去っていった。その姿を見送りながら、モヒカンがほくそ笑む。
「よし、これで必要数は集まったぜ……。こいつでようやく、おっさんにリベンジが出来る」
一度ならず二度までも、おっさん相手に手痛い敗北を喫したモヒカン達であったが、最早彼らの心が折れる事は二度と無い。何度でも立ち上がり、必ず逆襲すると決意した彼らは止まらない。
「待ってやがれクソ中年!次に会う時がてめえの命日だ!」
そう高笑いしながら、モヒカンはおっさんを倒すための新たな武器を作るために、鍛冶台へと向かうのだった。




