緊急ミッション再び!迫る漆黒の要塞!(後)
こちらは後編です。
前編を同時に投稿しておりますので、まだ読んでいない方はそちらからどうぞ。
「こいつは……緊急ミッションか!」
おっさんが見覚えのあるアナウンスに反応して叫ぶ。直後、以下のようなシステムメッセージがエリア内の全プレイヤーに発信された。
『短時間の内にエリア内のモンスターが一定以上討伐される条件が満たされた事により、緊急ミッション【堅牢なる黒き砦】が発生しました。十分後に、北の湖畔に手配モンスターが出現します。同時に、該当エリアに居るプレイヤー全員にクエストが配布されます』
条件は以前始まりの草原で発生した物と同じで、エリア内のモンスターが短時間で大量に討伐された事によって発生したようだ。
「一応聞いとくが、これの犯人お前らか?」
「た、多分違うと思います……。それなりに倒しはしましたけど……」
「だよねぇ。少なくとも主犯じゃないと思うよ?犯人扱いはどうかと思うけどさ」
二人が言うように、彼女達もそこそこの数のアクア・クラブを倒したとはいえ、それだけでミッションの発生条件を満たすには程遠かった。
その事実が示す事は、同じエリア内に居る別のプレイヤーが、条件を満たすほどの大量の敵を倒したという事だ。
「まあいい。ならとりあえず、人を集めるぞ」
そう言って、おっさんはアビリティ【エリア・シャウト】を発動させる。このアビリティは使った後の自身の発言を、エリア内の全プレイヤーに届かせる効果を持つ。この手の便利系アビリティは、キャラクター作成時に自動習得する基本スキルである、【冒険者】スキルを鍛える事で習得可能だ。上位版に全プレイヤーに声を届ける【ワールド・シャウト】というアビリティも存在する。
おっさんはそのアビリティを使い、エリア内のプレイヤーに呼びかける。
「緊急ミッションが発生したぞ!エリア内に居る奴で参加する気のある奴は、照明弾を打ち上げるから今すぐ集まりやがれ!」
そう言っておっさんは大型拳銃型の魔導銃を取り出し、照明弾を装填して放った。おっさんの真上、上空に光が発生し、他のプレイヤーに居場所を知らせる。しばらくすると、続々とエリア内のプレイヤーがおっさんの下に集まって来た。
「おっさん!」
その中の一人が、おっさんに話しかけてくる。そのプレイヤーは金髪の、中性的な顔立ちをした美少年だった。身長は170センチメートルより少し高い程度で、装備しているのは金属製の騎士鎧に片手剣と盾という、一目見て壁役と分かる重装備だ。
彼の名はシリウス。おっさんと同じ元βテスターであり、β時代に凄まじい活躍をした事から、七英傑と呼ばれるプレイヤーの一人であり、最強の壁役として名高い男だ。
そんな彼の後ろには、一人の女性の姿があった。
「おじ様、ご無沙汰しております」
そういって優雅に頭を下げるのは、カエデという名の女性プレイヤーである。巫女服を着て弓を手に持った彼女は、まさに大和撫子と形容するのが相応しい、柔和な美女である。身長はシリウスと同じくらいで、体つきはスレンダーで和服がよく似合う。
カエデは一見大人しそうに見えるが、こう見えて彼女もまた、おっさんやシリウスと同じく七英傑と呼ばれる元βテスターであり、その実力は確かだ。
「シリウスにカエデの嬢ちゃんか。そうか、お前らが主犯だな?」
この二人組ならば、このエリアに居るアクア・クラブ程度は簡単に殲滅できるだろう。緊急クエストを発生させた原因はこの二人であるとおっさんは推測した。そして、それは正解であった。
「ハハハ。ええ、ついうっかり狩りすぎてしまったようで」
「そうかい?なら仕方ねぇな。おっさんが手伝ってやるから安心しな」
爽やかな笑顔を浮かべるシリウスと、ニヤニヤと笑うおっさんが睨み合う。二人とも、笑ってはいるが目は一切笑っていなかった。
「いえいえ、おっさんの手を煩わせる程の事ではありませんよ。ここはどうか僕達にお任せを」
「いやいや遠慮するなよ。俺とお前の仲じゃねえか」
心にもない事を口にしながら牽制し合う二人。彼らの心の声はこうであった。
(折角緊急ミッションを発生させたのに、おっさんが居るなんて冗談じゃないぞ!このままじゃ、またMVP報酬をおっさんに取られてしまう!何とかして追い返さなければ!)
(てめえの魂胆なんぞお見通しなんだよ。俺がここに居たのが運の尽きだったな。悪いがMVP報酬は、この俺がいただくぜ)
緊急ミッションの最大貢献者に贈られるMVP報酬を巡って、二人が火花を散らし合う。シリウスは何かおっさんを追い返す手段が無いかと周囲を見回し、おっさんとパーティーを組んでいる二人の少女を発見した。
これだ。シリウスの脳裏にひらめきが走る。
「おっさん、見たところ可憐な女性を二人も連れているようではないですか。その二人を危険に晒さない為にも、ここは一旦帰ったほうがいいのでは?」
ナナとアーニャに矛先を逸らしたシリウスだったが、おっさんが即座に反論する。
「おっと、これはこれは最強の壁役にして至高の騎士、シリウス様ともあろう御方が何て言い様だ。
まさか壁役の癖に、この二人の美少女を護る自信が無いと、そうおっしゃる?」
「うぐっ……!それは……」
おっさんが慇懃無礼な口調で痛い所を突き、見事なカウンターにシリウスが思わず唸った。どうやら舌戦ではおっさんが一枚上手なようだ。
何か反論の材料は無いか。そう考えて視線を彷徨わせるシリウスだったが、そんな彼に思わぬ所から爆弾が投下される。
「あれ?もしかして周防先輩?」
「……あ、本当だ。生徒会長の人……」
ナナとアーニャのその発言に、シリウスが固まった。
そう、ナナとアーニャはシリウスの顔に見覚えがあった。髪の色が金髪になっており、服装も騎士甲冑に変わっているが、それ以外の部分は本人そのままだ。その人物は二人が通う高校の二年生にして生徒会長、周防北斗その人である。
成績優秀でスポーツ万能、見た目はまさしく王子様といった爽やかな美少年で、学校内は勿論、他校の生徒の間でも有名人な彼こそが、シリウスの現実世界での姿であった。
ギギギ……と音が出そうな動きで、シリウスがゆっくりとナナとアーニャの方を向く。
「……うちの学校の生徒?」
「あっ、はい」
「一年生です……」
「そう……世間って狭いなぁ。あ、ゲーム内でリアルの事は、あんまり口にしないようにね……?」
「あっはい。すいませんでした……」
「失礼しました……」
微妙な空気になり、ナナとアーニャがすごすごと下がる。
「くっ……まだだ、まだ諦めるものか……」
そんな空気の中、シリウスは尚も諦め悪くおっさんを追い返す手段を考えようとするが、おっさんがそんな彼に無慈悲にトドメを刺す。
「いい加減にしねぇとレッドを呼ぶぞ、この野郎」
「ハハハ!やだなぁおっさん、冗談ですって!僕達親友でしょう?一緒に頑張ろうじゃありませんか!だからアイツを呼ぶのだけはマジで勘弁してくださいよ。おっさんだって嫌でしょう?」
おっさんの言葉が余程効いたのか、シリウスが早口でそう捲し立てる。一体彼がこれほどまでに嫌がるレッドという人物は何者なのだろうか。
「あの子を呼ぶのは流石に……。きっとクエストどころではなくなりますよ?」
そう言って温厚なカエデすらも難色を示す、レッドという人物は余程の問題児のようだ。ともあれその人物は、今はこの場にいない為、紹介は本人が登場した時に改めて行なうとしよう。
何だかんだあったが、おっさんとシリウスは無事に和解し、この五人でパーティーを組み直す事になった。パーティーを組んでいれば報酬はメンバー全員で均等に分配されるため、誰がMVPを取ってもそれなりの報酬が約束される。七英傑が三人も揃ったパーティーと一緒の戦場に放り込まれた他のプレイヤーにとっては、報酬の大部分がそちらに持っていかれる為たまった物ではないが。
『緊急ミッションが開始されます』
準備時間が終了し、ミッションが開始された。
プレイヤー達の前に現れたのは、多数の蟹型モンスター。アクア・クラブよりも大きく、ごつごつした岩のような甲殻に包まれた蟹、【ロック・クラブ】や、逆に体は小さく防御力はあまり高くなさそうだが、代わりに素早い動きと鋭い鋏による攻撃が脅威となる黒い蟹、【ブラック・シザー】といった取り巻きが出現する。
そして、その中心には非常に巨大な一匹の蟹が居た。大きさもさる事ながら、重厚な甲殻や鋏が放つ威圧感は相当な物だ。
まるで堅牢な砦の如き、その蟹の名は【ブラック・フォートレス】。黒い要塞の名に相応しい威容のボスモンスターだ。
「突っ込むぞ!続け!」
「了解!カエデさん、援護をお願いします!」
「わかりました」
開始と同時におっさんが迷わず突撃を開始し、シリウスがその後ろに続く。カエデは後方からの支援に徹するようで、支援魔法の詠唱を開始した。
「あたし達はどうする!?」
「え!?えっと、どうしよう?」
一方、ナナとアーニャはどう動くべきか迷うが、シリウスが二人に指示を飛ばす。
「お二人はカエデさんを護衛しつつ、雑魚の殲滅をお願いします!」
「アクア・クラブと動きはそう変わらねえ!落ち着いて戦いな!」
おっさんのアドバイスもあり、二人はカエデの前に立ち、迫り来る蟹の群れに相対した。
「【セイクリッド・エンブレム】!【マキシマム・パワーゲイン】!【ディバイン・プロテクション】!【ホーリー・ブレッシング】!【リジェネレーション】!【マナブースト】!」
カエデが高速詠唱により連続で支援魔法を行使し、広範囲に支援を飛ばす。
「す、凄い……!」
同じく支援魔法を習得しているアーニャは、その支援のレベルの高さに驚いた。その効果の高さは勿論の事、発動までの早さや効果範囲もアーニャのそれとは比べ物にならない程だった。
おっさんやシリウスと同じ七英傑と呼ばれるカエデだが、その戦闘能力は他の六人に比べると一枚劣ると言わざるを得ない。だがそれを補って余りある彼女の能力、それがこの後方支援能力であった。
鉄壁の防御力を誇るシリウスと、支援・回復魔法のエキスパートであるカエデ。彼ら二人はおっさんをして、
「あれは落とせねぇな。少なくとも一人じゃ無理な相談だ」
と言わせる程の堅牢さを誇る名コンビであった。
「支援ありがとよ!」
数々の支援魔法を受けてパワーアップしたおっさんとシリウスが、道中の蟹を蹴散らしながら進む。彼らはまるで無人の野を行くように、あっさりとボスの下へと辿り着いた。
「堅そうな敵だな。お前の盾とどっちが堅いかね?」
「さて、負けるつもりはありませんが」
言いつつ、シリウスが目の前の敵に【タウント】を使用して敵対心を集めると、ブラック・フォートレスが鋏を振り回して、その重量でシリウスを叩き潰そうとするが、
「【シールドチャージ】!」
シリウスは避けるどころか、盾を構えてその鋏に自分から突っ込んでいった。その結果、ダメージを受けたのはブラック・フォートレスの方だった。
シリウスが使用したのは、攻防一体の盾用アーツ【シールドチャージ】。盾を構えて突進し、敵の攻撃を弾き返す技だ。
「くらえ、【シールドバッシュ】!」
続けてシリウスが放ったのは、彼の十八番である盾殴りだ。このアーツは手に持った盾で敵を強打する技であり、本来、威力はそれほど高くはない。
だがしかし、シリウスの使うこの技は特別性である。
アーツや魔法には熟練度という物が存在し、使えば使うほどそれは貯まっていく。そして熟練度を一定以上貯めたアーツや魔法は、改造を行ない、強化する事が出来るのだ。
改造の内容は消費MPの減少、威力の強化、準備時間やクールタイムの短縮と様々である。その内容は多岐に渡り、また改造には経験値を大量に消費するため、新しいスキルやアーツを習得するのにも経験値が必要である事を考えれば、多くのプレイヤーはあまり積極的に改造を行なおうとはしないのが現状であった。
ところが、シリウスはこのシールドバッシュというアーツをβ時代から愛用し、数えきれないほど使ってきた男だ。その熟練度は一万を超えており、またシリウスは大量の経験値を費やしてこのアーツを強化してきた。
その結果、そのアーツは化けた。特にこのアーツ特有の改造項目である「使用者の防御力に比例して与えるダメージが上昇する」という効果がエグい。全プレイヤー中断トツ一位の防御力を誇るシリウスが放つ事で、生半可なモンスターならば盾殴り一発で沈むほどの高火力。更に同じく固有の改造項目「アーツ発動時に【シールドガード】が自動発動する」によって、相手の攻撃に被せてジャストガードで防ぎつつカウンターで殴り飛ばすという酷い効果まで獲得した。
かくして彼の放つシールドバッシュは、アルカディア三大チートの一角【チートバッシュ】として名高い凶悪アーツへと変貌したのであった。
その一撃で、ブラック・フォートレスの巨体が押し戻される異常事態が発生した。
「出た!シリウスさんのチートバッシュだ!」
「凄ぇ!さすが王子!」
一方その頃、おっさんはシリウスが敵の注意を引きつけている間に、ブラック・センチネルの後ろに回っていた。
「さて、やるか!」
おっさんは【ハイジャンプ】を使って高く跳躍し、ブラック・フォートレスの殻の上に飛び乗って、狙いを定める。
「てめえの弱点は……ここだ!」
おっさんが狙ったのは、ブラック・フォートレスの背中にある甲殻の隙間だった。正面からでは見えず、その巨体に登らなければ発見できない位置にある弱点だったが、おっさんは鍛え上げられた【弱点看破】アビリティによって、遠目からでも容易にそれを発見していた。
「【爆砕点穴】!」
おっさんが指先に気を集め、その指を甲殻の隙間に突き刺した。
「ギョエエエエエエエエエエ!!」
その途端、ブラック・フォートレスが突然苦しみ出したと思ったら、おっさんが指で突いた箇所を中心に肉が膨れ上がって破裂し、内側から甲殻がひび割れ、剥がれる。。
おっさんが使用したのは格闘アーツの一種で、【点穴術】と呼ばれるタイプの技の一つである。点穴とは生物に存在するツボや急所のような物の事であり、全身に存在するその経穴を、気を込めた指先で深く正確に突く事によって様々な効果をもたらす事が出来る、難易度・効果共に高い技だ。
たった今使われたのは、攻撃に使う点穴術の一つだ。中でもこの【爆砕点穴】は部位破壊に特化したアーツであり、どんなに硬い装甲でも一撃で崩壊させる恐るべき技である。
「ブッ壊れろォ!」
おっさんが亀裂が入った残りの甲殻に拳を何度も叩き付けると、堅牢な装甲が次々と割れて剥がれていく。後には剥き出しの、柔らかい中身が残るだけだ。
「【発剄】!」
おっさんが放った内部に衝撃を伝える格闘アーツ、発剄によって更なるダメージを受けたブラック・フォートレスが悲痛な叫び声を上げて、おっさんを振りほどこうと暴れ回った。このボスモンスターは確かに背中の上が弱点ではあるが、そこにずっと居座る事を許すほど甘くはない。当然このように、暴れて落とそうとしてくるだろう。だが……
「ハッ、無駄だ!どう足掻こうが、てめえはもう助からねぇ!」
皆様お聞きください、これが主人公の台詞である。
おっさんは素晴らしいバランス感覚で、滅茶苦茶に暴れ狂うブラック・フォートレスの上から落ちる事なく、余裕の表情で直立不動しながら攻撃を続けていた。いくら暴れようとも落ちる気配すら無い。
そしてブラック・フォートレスの正面では、シリウスがその攻撃を全て受け止めながら盾殴りで連続カウンターを入れている。彼のHPは殆ど減っておらず、仮に減ってもカエデが回復魔法で一瞬で回復させてしまう為、ほぼ不死身である。
嗚呼、ブラック・フォートレス。黒き要塞よ。お前もまたフューリー・ボア・ロードやジャイアント・キングベアーのように、哀れにも何も出来ないまま完封負けしてしまうのか?
「ギャオオオオオオオオオオオオオオオオン!」
断じて否。そう主張するように、黒い巨大蟹が咆哮する。怒りと共にその口を開くと、その口内には青い光が漏れ出ているのが見えた。誰が見ても分かる、大技の兆候だ。
ブラック・フォートレスは後方に居るプレイヤーに狙いを定め、その口から何かを吐き出そうとしている。その狙いは……最後尾でプレイヤー達を支援している巫女服の女性、カエデだ。
「危ないッ!」
「カエデさん、逃げて!」
カエデを護衛しつつ多くの蟹型モンスターと戦闘をしていたナナとアーニャは寸前でそれに気付き、咄嗟にカエデを庇おうと間に入る。あの攻撃が直撃すれば死は免れないだろうが、生命線であるカエデだけは守らなければならない。そう判断しての献身であった。
「ありがとう。ですが、その必要はありません。」
だがカエデがそれを止める。彼女は微笑みを浮かべていた。その表情は、あの敵の攻撃が自分に届く事は無いと、確信しているが故の物だった。
ブラック・フォートレスの攻撃が放たれる。その正体は水だった。たかが水と侮ってはならぬ。高圧により射出された超高速の水流は金属をも切断するのだ。ブラック・フォートレスが持つ敵専用の奥義アーツ【ウォーター・ジェットブレス】が、真っ直ぐにカエデへと迫る。
だが、その攻撃がカエデに命中する事は無かった。その射線上に、素早く立ち塞がるのは彼女の騎士、シリウス。彼が盾を構えて必殺のブレスを防ぐ。
「【ゾディアック・リフレクター】ッ!」
シリウスが盾の奥義アーツを発動する。その効果は、相手が放った攻撃をそのまま跳ね返すという単純明快にして強力な物だ。消費MPは莫大でクールタイムも長く、盾の耐久値が大幅に削られる等のデメリットはあるものの、戦況を覆せるだけの力を持つ恐るべき奥義である。
かくして、起死回生の一撃は跳ね返され、ブラック・フォートレス自身を穿つ。そして、ブレスを放って空いたままになっているその口内は、ブラック・フォートレスの最大の弱点である。そこに、更なる攻撃が突き刺さった。
その攻撃を放ったのはカエデだ。彼女はシリウスが敵の攻撃を防ぐと確信していた。ゆえに、即座に反撃を行なうための準備を既に終えていたのだ。
「お受けなさい、【滅射・九頭龍】!」
九本もの矢を一度に番え、放つ弓の奥義が放たれる。美女の細腕から放たれたとは思えぬほどの強烈な九本の矢の同時射撃。それらが全て吸い込まれるように、ブラック・フォートレスの口内に突き刺さった。
「おっさん!」
「おう!合わせるぜ!」
手痛い反撃を受けたブラック・フォートレスの動きが止まり、最大のチャンス到来におっさんとシリウスが動き出す。
「【スターダスト・サイクロン】!」
シリウスが放ったのは【神聖剣】スキルに属する奥義アーツ、スターダスト・サイクロン。神聖剣スキルは神聖属性が付与されたアーツや、悪魔や不死者に対して高い効果を持つアビリティを習得できる強力なスキルだが、習得するには片手剣と神聖魔法の二つのスキルを、かなり高いレベルまで鍛える必要がある。
シリウスが放った奥義により、彼の周囲に竜巻が発生し、その中を星屑のような光の粒子が縦横無尽に動き回る。強力な範囲攻撃で周囲の取り巻きを一掃しつつ、ブラック・フォートレスにダメージが蓄積されていった。
「トドメだ!【バレットカーニバル】!」
そしておっさんが放ったのは、弾倉内に残った銃弾を一気に撃ち尽くす奥義、バレットカーニバルだ。武器を一瞬で換装するアビリティ【クイックチェンジ】を使って二挺の超大型拳銃を装備したおっさんは、銃を抜くと同時に弱点に向かって零距離射撃の五十連発を見舞った。
【Mission Complete!】
『緊急ミッション【堅牢なる黒き砦】がクリアされました。参加したプレイヤーの皆様には、戦果に応じて報酬が支払われます。現在、結果の確認と報酬の準備を行なっております。参加者の皆様は少しの間、その場でお待ち下さい』
ブラック・フォートレスが崩れ落ち、ミッション完遂を告げるメッセージが表示された。おっさん達の勝利である。
動かなくなった巨大蟹の背中から飛び降りたおっさんは、シリウスと拳をぶつけて、お互いの健闘を讃え合うのだった。
*
それから数十分後、緊急ミッションに参戦したプレイヤー達は湖のすぐ近くに集まって、飲み物が入ったコップを手にしていた。
「てめえら、よくやった!全員無事にクリアできた事を祝って、乾杯!」
おっさんが音頭を取り、プレイヤー達がコップをぶつけ合って乾杯をする。彼らは祝勝会を開催していた。
乾杯をしてコップ内のジュースを飲み干した後、おっさんは携帯用魔導コンロと中華鍋、まな板と包丁といった調理道具一式を取り出した。
「折角の祝勝会だ。飯でも振る舞おうじゃねえか」
そう言っておっさんは包丁を手に取ると、玉葱や人参、ピーマンを細かく刻んで鍋に放り込み、炒め始めた。続けて先程大量に倒したばかりの蟹型モンスターがドロップした蟹肉と、炊かれた白米を中華鍋の中に投入する。
おっさんが作っているのは、取れたての蟹肉を使ったカニチャーハンだった。炒飯を炒めながら、おっさんがアイテムストレージから複数の調味料を取り出し、味付けを始める。まずは塩や胡椒。そして次におっさんが取り出したのは、黒色の液体だった。
「そ、それはまさか醤油ですか!?遂に完成したんですね」
シリウスがその正体を言い当てる。そう、おっさんが取り出した物の正体は醤油だった。
アルカディアには当初、醤油も味噌も存在しなかった。ファンタジー世界にそんな物が存在しないのは当たり前の話だったが、日本人が大多数を占めるプレイヤー達がそれに満足する訳が無かった。
そして彼らは、無いならば作れば良いという結論に達し、βテスト時代から多くの料理スキルを持つプレイヤーが製作に挑戦し続けてきた。
そして遂に先日、ある男がそれを完成させたのだった。そう、冒頭でおっさんと取引を行なっていたあの男、クックという名の料理人である。おっさんが彼と取引していたのは、それらの調味料の類であった。
「ご名答だ!」
おっさんが醤油を中華鍋に垂らし、最後に焦がし醤油で味付けをする。醤油の焦げる香ばしい匂いに、思わずプレイヤー達の腹が鳴った。
「あっさり味のカニ炒飯だけだと物足りねぇだろうし、生姜焼きも付けてやろう」
おっさんは別の鍋を使い、以前フューリー・ボア・ロードを倒した時に入手した高級肉を焼き、生姜と塩胡椒、醤油を使って調理する。それをキャベツの千切りやトマトと一緒に皿に盛り付け、カニ炒飯と共に提供した。
「美味そう!いただきます!」
「ウヒョー!こりゃたまらん!」
激しい戦闘を終えたばかりのプレイヤー達は、すぐさま出された料理に食らいついた。
「美味い!具材の大きさが不揃いだったり、焦げ目が付いてたりと微妙に雑だけど、逆にそこが丁度いいアクセントになって、美味さが増しているっつーのかな」
「うん、これぞ男の料理って感じだな。お袋の味ならぬ親父の味か?」
おっさんの作った料理は好評のようで、作る端からプレイヤー達の口の中に消えていった。
「ねえおっちゃん、あたしも手伝おっか?」
休む間もなく大勢のプレイヤーの為に料理を作るおっさんを見て、ナナがそう提案した。
「おっ?そりゃ助かるが、料理スキルは持ってんのかい?」
「今取ったよ!予備の包丁ある?」
「あ、それじゃあ私も手伝います」
ナナと一緒にアーニャも料理スキルを新規習得し、おっさんが持っていた予備の包丁と鍋を使って料理を手伝い始めた。ナナが包丁で具材を切り、アーニャが鍋を使って炒めるのを担当する。
しかし彼女達の手つきは、控え目に言ってかなり危なっかしい物だった。
「あ、あれ?なんか上手く切れない……。おっかしいなぁ。双剣使えば切れるかな?」
ナナは握った包丁を振りかぶり、まな板に叩き付けるように豪快に振り下ろし、指を切ったりしないか見ていて非常に心臓に悪い。
「ひゃあっ!油が跳ねてっ、あわわわわ……」
アーニャも油を入れすぎた鍋をいきなり最大火力で加熱して盛大に跳ねさせたり、火を通す時間を考えずに全ての具材を一度に投入したりと、初心者がやりがちな失敗をしていた。
そうして四苦八苦して彼女達が完成させた料理は、実に食欲を減衰させる見た目と臭いを放つ代物であった。その品質は1。文句無しの最低ランクである。
「あー……お前ら、現実で料理やった事は?」
完成した料理の酷い出来栄えに落ち込む少女達におっさんが問うと、二人は気まずそうな顔で目を逸らした。
「……小学校の時に、家庭科の調理自習で少しだけ」
「……右に同じ、です」
やはりと言うべきか、二人は料理経験がほぼ皆無だったようだ。そんな彼女達が料理スキルを習得したからと言って、知識も無しにまともな料理を作れる訳がなかった。
「やり方が分からねぇなら先に聞きな。次やる時は、一から教えてやるからよ」
おっさんはそう言って、二人が作った品質1のカニ炒飯を手に取った。。
「おっさん……まさか食うのか……!?」
それを見ていたプレイヤー達が戦慄し、ナナとアーニャが慌てて止めようとするが、おっさんはそれに構わず、迷う事なく失敗料理に箸を伸ばし、口に運んだ。その場の全員が無言で見つめる中、おっさんは表情一つ変えずに食べ進め、遂には完食する。
「美味かったぜ。ご馳走さん」
米粒一つ残さず綺麗に完食した皿を置いたおっさんに、プレイヤーの一人が話しかける。
「お、おっさん……本当に大丈夫なのか……?」
心配そうに言うその男に、おっさんは答える。
「大丈夫も何もあるかよ。女が自分の為に作ってくれた料理を食って、男が言って良い台詞はただ一つ、美味いの一言だけだ」
男としての器の差。彼我のそれを本能で実感し、男達は敗北感に襲われた。そして女性プレイヤー達の中で、おっさんの株がストップ高になった。
「で、でもおっちゃん……嬉しいけど、本当に大丈夫なの?無理してない?」
「してねえよ。本当に美味かったから安心しな」
おっさんはそう言いながら二人の頭を乱暴に撫で、他のプレイヤー達と話すために離れていった。
こうして一悶着あったものの、おっさんは二度目の緊急ミッションを無事にクリアし、多額の報酬を手に入れると共に、少女達との絆を深めたのだった。




