緊急ミッション再び!迫る漆黒の要塞!(前)
「例のブツは?」
「こちらに。して、対価は?」
「これだ。確認してくれ」
「どうも。……想像以上の品質です。では、こちらはオマケということで」
「おう、助かるぜ。それじゃ、またよろしくな」
「ええ、こちらこそ。良い取引ができました」
「ああ、お互いにな」
一体これは如何なる密談であろうか。作業場の裏手、人気の無い場所にて秘密の取引を交わす、二人の男の姿があった。
一人はツナギを着た目つきの悪い中年男性。皆様ご存知謎のおっさんである。そしてもう一名は布製の服の上にエプロンを着け、頭に布を巻いて髪を纏めた、料理人らしきプレイヤーだった。彼の名はクック。おっさんとは旧知の間柄で、彼もまた元βテスターの職人プレイヤーである。
彼らは他の職人達から隠れるように、この場所で密かに取引を行なっていた。何故そのような真似をしているのだろうか?もしやこの場で行なわれているのは、人前では出来ない何か後ろめたい取引であるのだろうか。
いいや、断じてそうではない。
このゲームの生産スキルは複雑で奥が深いものだ。プレイヤーの工夫次第で出来ない物は無い程に、多種多様なアイテムが作成できる。ゆえに秘蔵のレシピや新製品の情報は、人に知られてはいけないものである。特に、同じ職人相手には易々と手の内を見せる訳にはいかない。原理や製法がバレれば、奴等は容赦なくそのアイディアをパクってくる。その為、おっさんとクックはこのように隠れて取引を行なっているのだ。
すなわち、その事実が示す事は……彼らが取引していた品は、未だ市場に出回っていない新製品という事に他ならない。その正体が何であるか、答えを知るのはどうか、もう少しだけ待っていただきたい。
取引を終えてクックと別れたおっさんは、共同工房へと戻った。そして生産スキルを用いて幾つかの品を作った後、彼は街を歩き回った。次に向かう先は、街の南側にある露店広場と呼ばれる地域だった。
そこではプレイヤー達が露店を開き、モンスターから入手したレアアイテムや、採集した素材、生産スキルで作成した高品質な装備など、様々な物を販売していた。
【商売】スキルを取得し、商人組合に登録料を支払えば、誰でもここで露店を開く事ができる。この場所を利用して取引を行なうプレイヤーで、露店広場は賑わっていた。
「おっさんが来たぞおおおおおお!」
誰かが叫んだ。なぜ姿を見せただけで騒がれなければならないのかと、おっさんが憮然とする。おっさんはもう少し自分の行動を顧みるべきである。
おっさんは少し歩いて、一つの露店に目を止めた。その露店では一人の女性プレイヤーが、野菜や果物を売っている。おっさんが女性店主に話しかける。麦わら帽子を被り、オーバーオールを着た素朴な女性だ。
「い、いらっしゃいませ!何をお求めでしょうか?」
「この玉葱とキャベツ、ピーマンに人参、それと生姜とトマトもくれ。数はこれくらいで」
「ありがとうございます。全部で、えーっと……620ゴールドです!」
「姉ちゃん、640ゴールドだぜ」
「えっ?……うわっ本当だ!すいません……」
恥ずかしそうに顔を赤くする店主を見て微笑ましい気持ちになりながら、おっさんが商品を受け取って代金を渡す。
「ところで姉ちゃん、この野菜は自分で作ってるのかい?」
「あ、はい。町外れにある畑を借りて、そこで育ててます」
店主が答える。どうやら彼女は【農業】スキルを取得しており、それを使って野菜を育てているようだ。地味なスキルと侮るなかれ、高品質な野菜や薬草を育てる事ができるこのスキルは、料理や調合といった生産スキルとは密接な関係にある。良い品を作るには良い素材が必要不可欠なのだ。
「そうか、良い腕だ。また寄らせて貰うぜ」
「はい、ありがとうございました!またのご来店をお待ちしております!」
彼女の売っている野菜や果物は、おっさんの目に適う良品だったようだ。おっさんは店主の明るい接客態度にも好感を抱き、またこの店で買い物をしようと考えた。
そのおっさんが立ち去った後、周囲に居たプレイヤー達が一斉に彼女の露店の前に殺到し、列を作った。
「失礼、少し商品を見せていただいてよろしいでしょうか!」
「むっ、この果物……実に良い品だ!おっさんが目を付けただけの事はあるな!」
「ああ、良い品質だ。値段も手頃だし、これならまとめて買っておきたいな」
「俺は料理スキル持ってないけど、このリンゴとかはそのまま食べても美味そうだ」
「はちみつください」
突然の客の群れに女性店主が驚く。
おっさんの目利きの確かさは既に多くのプレイヤーに知れ渡っており、彼が目を付けた隠れた良品は他のプレイヤーに大流行する。その結果がこれであった。
この後、この女性の露店はあっという間に完売し、稼いだお金で彼女は更に多くの作物を育て、アルカディアでも屈指の豪農へと成長していくのだった。
露店広場を後にしたおっさんは、そのまま中央広場へと向かった。目当ての人物は、既にそこでおっさんを待っていたようだ。
「よう、待たせちまったかな?」
「ううん、そんなに待ってないよ」
「私達も、さっき準備が終わった所ですから」
おっさんが軽く手を挙げながら声をかける。それに応えたのは二人の少女、ナナとアーニャであった。おっさんは彼女達と待ち合わせをしていたようだ。
「そうかい?なら良かったぜ、デートの約束に遅れなくて済んだようだ」
冗談めかしてそう言ったおっさんはパーティーを作成し、二人を勧誘した。そして新たにパーティーを組んだ三人は連れ立って、街の外へと歩いていった。
前回の廃坑での冒険から数日後、採掘した鉱石を使って装備を強化したナナとアーニャは、おっさんに戦闘の指導をお願いした。迷いの森での熊との戦いや廃坑でのモヒカンとの決闘を見た事でおっさんの実力を知り、自分達も強くなりたいと考えた結果だった。
おっさんはその頼みを快諾し、彼女達を連れて北の湖畔へと向かったのだった。
城塞都市ダナンの北には、広い湖が広がっていた。その湖畔には主に、蟹のような水棲生物系のモンスターが出現する。
「てりゃーっ!」
甲殻の隙間を狙い、ナナが右手の剣を突き刺す。それを受けて彼女と戦っているモンスターがナナの方を向く。そのモンスターは【アクア・クラブ】という名の、人と同じくらいの大きさの蟹であった。
鋏の付いた腕を振りかざすアクア・クラブだが、それが振り下ろされる前に、ナナは素早くサイドステップを踏んでいた。アクア・クラブの攻撃は空振りし、鋏が鈍い音を立てて地面に叩きつけられる。
「貰ったぁ!」
その腕の関節を狙って、ナナは左、右と連続で双剣を振るった。それと同時に……
「やぁーっ!」
カニの背後に回っていたアーニャが甲羅に向かってバットを振るう。ガンッ!という鈍い音と共にバットが叩きつけられ、爆発が起こる。その一撃でカニのHPゲージが消滅した。
「よしよし、動きはちゃんと見えてんな。良い感じじゃねえか。それに弱点も上手く狙えるようになったな。上出来だぜ」
横で見ていたおっさんが二人を褒める。危なくなったらいつでも助ける準備はしていたが、どうやらその必要は無さそうだった。
おっさんに褒められ、二人は照れくさそうに笑う。
闇雲に攻撃せず、相手の動きをよく観察して回避を行なう訓練。それと同時に、相手の弱点を狙って効率よく倒す訓練を二人は行なっていた。その相手として、このカニはうってつけの相手と言える。
物理攻撃は【切断】【刺突】【衝撃】【射撃】の四属性に分かれている。ナナの使う双剣は切断属性と最も相性が良く、刺突との相性もそれなりに良い。ただし小振りで軽い武器であるため、衝撃属性の攻撃は殆ど不可能だった。
そしてこの蟹ことアクア・クラブだが、甲殻に覆われた体は防御力が非常に高く、衝撃属性以外の攻撃は、かなり通りにくい仕様になっている。その為、衝撃属性の攻撃が出来ない双剣でこいつに攻撃を通すためには、甲殻の隙間や関節などの弱点に、正確に攻撃を行なう必要があった。そういった理由で、ナナの訓練の相手にピッタリだった。
一方、アーニャの使うバットは鈍器であるため、【衝撃】に特化している。逆に切断や刺突属性の攻撃は一切出来ないものの、衝撃に弱い敵に対して大ダメージを狙える武器だ。
硬い甲殻の上からでも衝撃によって内部に大ダメージを狙えられるため、ナナが敵を引きつけている間に、アーニャは後ろに回って強烈な一撃を与えるのを担当していた。
ちなみに、このアクア・クラブのような蟹型モンスターは、当然ながら【衝撃】属性攻撃が豊富な格闘家や鈍器使いに大人気のモンスターである。ある程度このゲームに慣れてきた上記のようなプレイヤーは、大抵この湖畔に籠もる事になる。逆に衝撃属性が不得手な短剣や細剣、双剣を使うプレイヤーには蛇蝎の如く嫌われている。
「だいぶ動きが良くなったな。じゃあ次からはアーツも使っていいぜ。ただし発動前と使用後の隙は、しっかり頭に入れておくんだぜ?じゃないと手痛い反撃を食らっちまうからな」
「「はい!」」
何匹目かのアクア・クラブを倒して、ようやくおっさんから合格点を貰えた少女達。二人は得た経験値を使用して新たなスキルやアーツの習得、ステータスの上昇を行なった後、再び蟹に戦いを挑むのだった。
そんな彼女らを見守りながら、時々アドバイスを送っていたおっさんだったが……
「おっと……悪い、ちょっとだけ落ちるぜ」
おっさんが言った「落ちる」とは、ゲームを中断してログアウトするという意味である。
「少ししたら戻るからよ」
おっさんの言葉に、少女達が頷いた。
「具体的に言うと、トイレ行ってくるわ」
「別に具体的に言わなくてもいいよ……」
おっさんの言葉に、ナナが脱力しながらツッコんだ。
このゲームはフルダイブ型VRゲームであり、ゲームを行なっている最中、現実世界の身体は身動きできない状態になっている。また本来の肉体の感覚は失われている為、仮に現実世界で身体に危険があっても、ゲーム中のプレイヤーは危機に気付けない危険性がある。
その為VR機器にはカメラが内蔵されており、VR空間内では現実世界を映すカメラの映像をいつでも見る事が出来、またフルダイブ中のユーザーに近付く者が居た場合、その人物とユーザーの両方に警告が発せられ、すぐに一時ログアウト出来るようにされている等、対策はしっかりとされている。
それから前述の通り、フルダイブ中に現実の肉体の感覚が失われている為、空腹感や排泄に気が付けずに大惨事になる問題も、開発初期段階では発生していた。その為、それらの肉体が発する信号をVR機器は正確に読み取って、ユーザーにアナウンスをしてくれるのだ。
身も蓋も無い言い方をすれば、おっさんの現実の肉体が「はよ便所行けや。漏らすぞ」と言っているので、おっさんは一旦ログアウトをしてトイレに行く事にしたのだ。
「更に具体的に言うと、うんこしてくる!」
「うるさいよ!さっさと行け!」
おっさんの下品な言い様にナナが軽くキレる。それを見てゲラゲラ笑いながら、おっさんはログアウトボタンを押した。
「うんこおおおおおおおおおおおおおおおお!」
「小学生かっ!」
最低な台詞を残しておっさんの姿が消えた。ナナがそれを見て溜め息を吐く。これには隣に立つアーニャも流石に苦笑いだ。
「もー、あの中年はホントに……ああいう所さえ無ければ恰好良いのに……」
「あはは……ナナちゃんがそうやって反応するから楽しんでるんじゃないかな?こう、好きな子に意地悪する男子みたいな感じで……」
「小学生かっ!」
ナナのツッコミが冴え渡る。おっさんと出会ってから、すっかりツッコミ役が板に付いたナナであった。胸もまるで板のようである。誰がうまいこと言えと。
それから暫くの間、ナナとアーニャは夢中でカニを狩り続けた。何度も狩るうちにカニの動きを完全に見切り、連携も打ち合わせ無しで上手くできるようになり、彼女達は効率的な狩りを続けられていた。
経験値も今までよりもずっと良いペースで稼げるようになり、その経験値を使って更に能力を強化する事で、ますます効率的に経験値を稼げるようになる。まさに正のスパイラルだった。
ちなみに逆のパターンとして、強い敵に負けて死ぬ→デスペナルティで経験値や装備をロストして弱体化→その結果また死ぬ→弱体化という負のスパイラルも存在する。読者の皆様もMMORPGをプレイする時はデスペナルティに注意しよう。
そうやって二人がアクア・クラブを狩っていたところで、おっさんが帰ってきた。
「おう、ただいま。順調かい?」
「おかえり。遅かったね」
「ああ。ちょっと現実のほうでアナ公に捕まっててな」
「えっ……?何であの子がおっちゃんの家に居るのさ」
おっさんが口にしたアナ公……アナスタシアは、現実世界でナナとアーニャのクラスメイトの留学生だ。それが何故、トイレに行く為にログアウトしたおっさんと現実世界で会ったという事は、彼女がおっさんの家に居たという事だ。
「あ?何だ、知らなかったのか?あいつは俺の家に下宿してんだぜ」
「「えっ……?」」
おっさんが口にした事実に、ナナとアーニャが驚く。そういえばアナスタシアは、おっさんに対して妙に懐いた様子を見せていた事を思い出す。
「事案……あたっ!」
「通報……いたっ!」
不穏な言葉を口にした二人に、おっさんが拳骨を落とした。
「妙な誤解をするんじゃねえ。あいつの両親とは昔からの付き合いで、奴が日本に来る時に預かる事になったってだけの話だ」
「ふーん?それにしては随分と仲良さそうだったけど?師匠とか呼ばれてたしさ」
「それはだな、あいつがガキの頃に初めて会った時。俺はこう自己紹介をしたんだよ。俺はジャパンから来たニンジャマスターで、生身で海を渡ってやって来たってな。ついでに折り紙で作った手裏剣をプレゼントしたら、大喜びで懐かれてな……」
「マリアちゃんが忍者大好きなのって、おじさんのせいだったんですね……」
思わぬところで友人の過去を知ってしまったナナとアーニャであった。
「で、どうする?まだ狩りを続けるかい?」
おっさんが話を切り換え、そう尋ねると二人は頷いた。
「うん。もうちょっと練習したいかな」
「だね。連携もだんだん上手くいってきたし」
「そうか。なら、もう少し続けるとするかね」
そうして、三人は再び敵を探して湖畔を歩き始めた。だが、その時……
【Emergency Mission!】
というシステムメッセージが、彼らの前に表示されたのだった。




