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プロローグ 徒然な手紙

「拝啓、親愛なるジャン兄さま。


 最後にお会いしてから随分と日がたちますがお元気でしょうか?私はあの日から変わらずにいます。私のことはきっと市井の噂でお聞き及びでしょう。そして今は、王城の尖塔にてこの手紙をしたためています。


 夕暮れ迫る時分の今、尖塔の窓から外を見渡すと広がる王都の光景は、ここしばらく降り続いている雪によって街も通りも白く染まっていたところに、夕日の色合いが上塗りされようとしています。まるで一枚の風景画のように、大きくて色彩が深い光景です。



 王都。ここまで書いて、兄さまと初めて王都を訪れた時を思い出しました。もう三年ほど前の、十四歳で初めての王城参内、ご挨拶の時、陽光の季節のことです。


 あの頃の私は諺で云うところの『猫があくびをしただけでも笑い転げる』そんな世間知らずの一地方領主の娘でしたから、王都の立派さについつい浮かれてしまって兄さまにご面倒を掛けてしまいましたっけ。


 あぁ、思えば三年前まではいつも傍に兄さまがいてくれて、私にとってそれが太陽が東から昇るかのように当たり前のこと、猫とみればとりあえず手を振ってみるかのように至極当然のことだと思っていたのです。



 兄さまは今どちらですか?雪空の下をゆかれてるのでしょうか?それとも辿り着いたどこかの宿で、暖炉の前で剣を横に置き、指先や体を暖めているのでしょうか?私とそこまで年も変わらない兄さまがこの寒空の下で無理をされていないだろうかと不安がよぎるのです。



 冬の暖炉というと、私にはあの館での幼い日々を思い出します。お父様、お母さま、上の兄様たちや子爵家に仕えてくれた人々、騎士のみんな、そしてジャン兄さま。


 身震いするほど冷える冬の夜、館の暖炉の前で長椅子に腰かけたジャン兄さまと隣には私がいて、兄さまが本を読んでくれましたね。読み聞かせてくれながら兄さま自身が夢見がちになる騎士物語の本。史上、何度か現れて世界を滅ぼそうとする伝説の強大な黒騎士と、それに立ち向かう騎士たちの物語。


 ふふ、思い出しました。今だから言いますけどあの頃の私はお姫様の物語のほうが好きだったのです。けれどあんまりにも騎士物語が大好きな兄さまの情感溢れる語り口に、幼い私はおかしいやら面白いやら、怖ろしい黒騎士や気高き騎士やいにしえの偉大な帝国よりも兄さまの語りそのものが興味深かったのです。


 ほら今も、まるで旅の吟遊詩人のようなご様子の記憶が蘇り、ペンを走らせながらもついつい、クスっとしてしまいます。



 さて、旅立たれた兄さまに、この手紙が届くことは有り得ません。届かない手紙。何を目的にこれを書いているのか、どうにも漠然としたままふと思いつきで私は徒然にペンを走らせています。この手紙に意味があるのかどうか。


 このような行いをもしもシメオン兄さまやジルベール王子が見たならば、『手紙とは相手に知らせ伝え届けるものであって、何故そのような無意味なことをするか』と呆れ顔をされるかもしれません。


 けれどジャン兄さまなら、あの暖炉の時のようにそっと静かに私の頭を撫でてくれるような気がします。

 そうそう、シメオン兄さまやジルベール王子も変わらずいつも私の傍にいてくれています。



 届くことのない手紙。ですが書き進めていくうちに、私の胸中、何か漠然と形の無かった物も、姿かたちが与えられ、肉付けされていくように感じられるのです。ふふ、ごめんなさい。これはジャン兄さまの受け売りでしたね。



 旅立たれてどこかにおられる兄さま。そして近頃、黒騎士第四位を倒されたと聞きました。兄さまは変わらず自分自身の騎士の道をゆかれているようですね。


 兄さま。今どこにいるのか私は存じませんが、同じ空の下のどこか、同じ雪降る下のどこかに兄さまがいるとを思うと、感慨深くあります。手の届かないところにいるけれど、だけど同じこの世界にいるのですから。



 ですが。私には分かります。いつかまたお会いする機会があると、確信めいた予感がするのです。必ずお会いするだろうと。あぁ、どうかその時までお元気で。



          あなたの妹、ブランシュより、変わらぬ親愛を込めて」

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