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 それはとても不思議な絵だった。溶けた時計。地面に描かれた横顔。タイトルは『記憶の固執』。じっと絵を見つめる私に涼君は尋ねた。


「気に入ったか?」

「わからないけど、引き込まれる感じがする」


涼君が隣で笑った気配がした。


「ダリは自己主張が激しかったらしい。この人の絵の人物はダリ本人だって聞いたことがある」


横目で涼君を見れば、涼君の視線は絵に向かっていた。


「誰から聞いたの?」

「磯崎先生」


それは、中学の美術の教師だった。ここではるちゃんの名前が出なくてよかったと思う。


「私、覚えていない」

「まぁ、クラス違ったし、葉那の時には話さなかったんじゃないのか」

「でも、こんな印象的な絵なら覚えていると思うんだけど……」


この絵を見て覚えていない自分が不思議だった。


「あの頃とは感性が変わっても不思議はないからな。ほら、リーフレットがおいてあるぞ」


絵のすぐそばにある台には、ご自由にお取りくださいとリーフレットの束が置いてある。涼君はそれを一枚取ると私にくれた。




 不思議な色の世界。美術館なんて小学校の社会見学以来だけど、こんなに夢中になれるものだったかしら。あの時はただ退屈なばかりだったと思う。これが、涼君の言うように感性が変わったってことなのかしら。


「楽しかったか?」

「うん。思った以上に楽しかった」


美術館から出た私たちは、その隣にある喫茶店に立ち寄った。涼君が聞いてくる。涼君が美術館の売店で買ってくれたクリアファイルは、リーフレットでいっぱいになっていた。


「それはよかった」


涼君は笑う。私はドキッとした。


「……涼君は、楽しかった?」


私は上目遣いに聞いてみる。知識のない私とだと面白くないんじゃないかって不安だった。


「ああ、もちろん」


涼君の顔は嘘をついているようではなくて、私は安心する。忘れちゃいけない。今日は涼君の誕生日。一番大切なのは、涼君に楽しんでもらうこと。せっかく、私を選んでくれたのだから。




「那須。こんなもんでいいか?」


 皐月は捏ねたパン生地を悠に見せる。


「はい。大丈夫です。オーブンは発酵モードにしているので、濡れた布巾をかけて入れてください」


生地を少しを触り、悠は言う。そして、皐月の顔を見た。


「阿南君、顔に小麦粉ついてますよ」

「え、どこ?」


皐月は袖で拭こうとする。


「そこじゃないです。こっちです」


皐月が拭いた方と反対の頬に悠は手を伸ばす。それを見ていた唯は小さく息を吐いた。まるで新婚のようだ。何とも言えない空気が漂っている。まるで、自分がここにいないみたいだ。だからと言って、邪魔をする無粋な真似はしない。唯は他所でカボチャを裏ごししようと、そっとその場を離れた。案外、悠も皐月のことを憎からず思っているのかもしれないと思いながら。





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