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涼君の誕生日はたまたま学校が休みの日だった。その前日、クラスメートの女の子が涼君に話しかけていた。その手には小さな紙袋が握られている。
「椎名君。明日が誕生日なんでしょ。これ、誕生日プレゼント」
私は見ていられなくて、そっとその場を離れた。そうだった。唯君が目立つから忘れていたけど、涼君も皐月君もモテるんだった。本当、お姉ちゃんの言った通りだ。涼君が隣にいることが当たり前すぎて、忘れていた。この生活が当たり前のものじゃないってこと。
私は泣きたい気分だった。それも、油断していた私の自業自得なんだけれども。私にはあんな勇気はない。教室の、しかも、みんなが見ている前でプレゼントを渡す勇気なんて。
涼は声をかけられ顔を上げる。そこにいた少女は頬を少し赤らめていた。
「ありがとう。でも、これは受け取れない」
「どうして」
少女は泣きそうな顔になった。
「ごめん。これには君の気持ちがこもっているから。気持ちに応えられない以上、受け取ることはできない」
それが、涼にとっての精一杯の誠意だった。少女にとっての、そして、涼の好きな人に対しての。
「応えられなくてもいい。それでも」
「ごめん」
そこへ、トイレにでも行っていたのだろう、悠が教室に戻っていきた。涼の関心は悠へと移る。
「はる、さっきのとこ、教えて欲しいんだけど」
「あれ、難しいですよね」
涼はすっと席を立ち、悠のところへ向かう。そして、悠の出した教科書に視線を向けた。
「これは、ここがこうなって、ああなるので、この公式を当て嵌めたらいいんですよ」
授業でわからなかったところを悠に尋ねる。教師の説明ではわからなかったことが、悠に説明してもらうと不思議とよくわかった。その会話に入ることはできず、少女はその姿を遠目に見るだけだった。
「椎名君ってやっぱり、那須さんが好きなのかな……」
「那須さん、この前もテストでも一番だったでしょ。体力測定も一番だったし、勝てないよね……」
クラスメートの反応も知らず、涼は悠の講義を聞いていた。
気持ちはなかなか浮上しなかった。あの後、教室に戻った私が見たのは、はるちゃんに勉強を教えてもらう涼君の姿。私の成績は三人くらいで束になってもはるちゃんには敵わないくらい。涼君がはるちゃんに勉強を教えてもらうのはいつものことだけど、どうしてだか、今日は胸が痛かった。きっと、この教室の空気のせいかもしれない。私がはるちゃんくらい頭が良かったら違ったのかなぁ。はるちゃんくらいとは言わなくてももう少し頭がよければ……。そうしたら、涼君と並んでも違和感なかったのかな。
「葉那さん、明日の買い物に行きませんか?」
私が落ち込んでいるのがわかるのか、はるちゃんが気を使って話しかけてくる。
「……うん……」
「ケーキは葉那さんが焼かれます?」
「……はるちゃんが作った方がおいしいよ……」
はるちゃんのご飯が美味しいのは間違いない。間違い無いんだけど……。今の私にははるちゃんに対する劣等感が強すぎた。だって、はるちゃんは頭がいいし、スポーツも得意、喧嘩もできれば、料理も上手。私が男の子だったら、絶対にはるちゃんを好きになる。そう思ってしまうから。涼君がはるちゃんを好きになってもおかしくないよね。