「まな板」
「・・・・わかったわ、まず部室に来なさい。そこで私が素晴らしさを教えてあげる。」
「え?」
「え?じゃない!キリンさんにマンアゲの素晴らしさを教えてあげるって言ってるの!」
「え・・・いいよ、ってえぇ!?」
問答無用、手を引っ張られなされるがまま、周りの人の目を気にせずこの女、竹内 茉優は俺を引っ張り上げとある大学の一室へ連れ出してきた。
抵抗はしなかったものの、強く握られたため手が痛い。
その部屋は講義棟の一番奥の全く目立たないところにあった。
光が全く入ってこないため倉庫のようにも見える。しかし、その鉄の扉には大きく
“来たれオタクども!お前らの住処はここにある!!”
と大きく書かれたポスターが貼ってあった。字体はとてもかっこいいのだが、書いてあることはかなりださい。
「帰りたい・・・」
心にとどめておくつもりがつい言葉として出てしまった。すかさず
「なによ?」
と帰ってきたので仕方なくその扉を開けた。
その部屋の中には様々なアニメのポスターやフィギア。めちゃめちゃごついパソコン、テレビ、その前には最新のゲーム機からそんなハードがあったのかと思うくらい日焼けで色変わりしたもの、アニメのDVD、CDなどなど。
素人の俺にもわかるぐらいレアな品物がぞろぞろと形見狭し並んでいる。俺も肩身が狭い。
しかし俺にはそれらのものに対し興奮などはなく。
ただ単に嫌な気持ちになるというか、虫唾が走るというか、何とも言えない感覚、悪い感覚というのは確かなのだが、言葉にできないものが自分を包み込むだけだった。
「すがすがしいくらい嫌そうな顔してくれるじゃない」
ぶすくれながら言うタケマユを横目に、その部室に一人女性がいることに気が付いた。蒼髪の大学生に見えないくらい小柄な彼女は中央の机で本を読んでいる。首にかけているネックレスが太陽に反射してキラキラ光っている。
「あ、 こんにちは。」
「・・・・・・・・・」
彼女がこっちを向いてお辞儀をする。返事はない。
するとタケマユが困った表情をしながら、
「声が出せないの」
「え?」
そういいながら、タケマユが彼女のそばまで近づくと手をわちゃわちゃと動かし始めた。多分手話なのだろう。
会話内容は全く分からなかったが蒼髪の彼女は声が出せないものの感情が豊かでタケマユと楽しそうに会話をしている。
最後にタケマユがOK?と手で表したのに対し彼女がグッジョブと返し、タケマユがこっちを向く。
「ねねね!キリン君入っても大丈夫だって!」
まだ入るとも言ってない!
心の中だけでツッコむ。言葉に出してしまうとその女性を傷つけてしまいそうだ。
「ささ! キリン君ちょっとこっちきて!」
手招くタケマユの方を見るとその奥に扉があることに気が付いた。その扉には
“入る前には必ずノック!!”
と書かれている。思春期の高校生の部屋のような張り紙。その扉に向かおうと-
「・・・これ・・ら・・よろしく・・おねが・・ます・」
「えっ?」
ノイズの混ざったような声?音声?にふり返る。
が、後ろには蒼髪の少女しかいない。その少女は目を丸くして口をパクパクさせている。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない」
聞き間違いだろう。タケマユに続いて部屋に入る。
その部屋に入るとたくさんの機械が並んでいるように見えた、だが、先ほどの部屋とは違い、光が強く感じられ、機械も新しく見えた。
まず目に付いたのは大きなマイクだった。机にガッチリと取り付けられたそのマイクは、アーティストがこれからレコーディングを始めるのではないかと思うような本格的なものだった。その奥にデスクトップパソコンがある。ん?
何故かはわからないがキーボードは一つしかないのに、画面が3つもある。二つはテレビとかなのだろうか。いや、それじゃあ、キーボードを置く場所がおかしい、真ん中の画面の前に置いてある。
これじゃあ他の人が見づらくてしかないんじゃないだろうか。
いやまて!右の画面の前に何やらシリコン製の白いまな板のようなものが置いてある。だが、絶対にこの場所で料理などするはずもないのはわかる。
だがまな板にしか見えないあの板はなんだ、タケマユが料理をこれから始めるわけはないのだが、いや、してもらいたいけれども、
てか?もうそういうことにしてくれないかな?これからタケマユの手料理を振舞ってもらうって、、、それ最高やん!?
「おーい、キリン君??」
「おおっ!えっ!なに?」
エプロン姿のタケマユを想像していたが掻き消されてしまった。てか本人目の前にいるから恥ずかしい。
「なに、ぼーっとしてるのよ、あ!なになに、これらの設備に感動したのかな??」
「いや、そういうわけではないけれども、、あ、あのまな板みたいな奴ってなんだ?前の1番右のテレビの前にあるやつ。」
「まな板?テレビ?え?は?あ?ああ!もしかしてペンタブのこと?フフッ、まな板て!おバカさんにも程があるでしょ!どこの時代からやってきたのよ!」
ケラケラ笑いながら俺のことを指差す。この女、料理してやろうか、バカにしやがって。
「これはねペンタブっていうの、主に絵を描くときに使うのよ、隣にペンがあるでしょ」
キーボードを たんっ とタケマユが押す
え、うわ!画面三つとも起動しやがった。これテレビじゃねえぞ!全部同じパソコン画面じゃねえか。え、すげえ!真ん中にあった画面が右の画面に移動してるなんだこれ?ナンダコレ!?
そんなうちにタケマユは簡易的な俺の似顔絵を描きあげていた。うまくコミカルに描けている、気がする。
「ぺ、ぺんたぶとかパソコンってこんなことできるのか、自分のノートパソコン授業でしか使ってなかったから知らなかった」
すると、得意げにニコニコしながらタケマユは満足そうにうんうんと頷いていた。
「さて!キリン殿!ここは何をする場所でしょーか!!」
両手を広げ、くるくるしながら問いかける。
「え?んーー」
考えながら他の機械(のようなもの?)を見渡す、スキャナーと、スクリーン以外どれも見たことないものばかりだ。
「じゃ、大ヒント、ね?」
次はスキャナーをポンと押し電源をつける。パソコンの左隣りにあるでかい授業用でもあるスクリーンに青い画面が映り、タケマユがパソコンをカチカチといじりだす、すると一枚の絵が現れた。もう一度カチという音。
その間にタケマユは少し照れくさそうな、緊張しているような表情でマイクを口の前に持っていき
「そっ、それは赤い空だった。」
映像がはじまった。タケマユの声とともに。