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エルリア王国と酒場とゴミを見るような目



「新しい町にでも繰り出すか」


 

 女神から聞いた情報では、『女神連盟』が何処に住み何処に出現するかは分からないのだという。

 故に、相手から接触してくるのを待つしかないという結論にたどり着いた結果、俺は移住を決意した。 


 これが『今』から1時間前の出来事になる

 

 荷物をまとめ、仕方ないから女神セフレも引き連れ拠点となる町を探した。

 クルイスも是非同行して欲しかったが、残念ながらタスクを抱え込んでいるようで、俺と女神の二人だけになってしまう。

 


「ダーリン、こんな女と一緒とか許さぬぞ。ダーリン専用肉便器たる我が同行しよう」



 クルイスが用意してくれた周辺や各国の資料を見比べていると、当然のように魔王が俺の部屋へ現れた。


 お前魔王の仕事はどうしたとか言いたい事はあったが、しかし女神は全く使えなかったことに対して、流石は魔界を統治する魔王。

 情報処理能力、それに目利きは素晴らしく、俺の拠点に相応しい町や国が徐々に絞り込めていた。


 これが、今から30分前の事だ。



「ここが、拠点の国か」



 エルリア王国。 


 多くの人が住み、物流も盛んな主要国家だ。

 魔王の用意した転移魔方陣でこの国へ降り立った時、まず間違いなく活気のある国だと安堵した。


 ここならば情報も流れやすく、入手しやすい。日用品からダンジョン攻略に必要な道具まで幅広く手に入るだろう。


 現に、俺が住んでいた町よりも道は整備され、石畳とレンガ造りの家々は清潔感に溢れている。


 新たな土地、新たな国、新たな生活。


 俺はこの街で、これからの期待と、女神の接触に心震わせていた。


 これが今から10分前の事だ。



「よし、取りあえず腹ごしらえとしよう。軍資金はクルイスが用意してくれたし、どっか店に入ろうぜ」



 クルイスが用意してくれた金額は、当分の生活には困らない程潤沢だ。懐の金貨が詰まった布袋は実に有難く国や町の資料だけでなく軍資金まで用意してくれるとは、流石は魔王の右腕だ。


 今日くらいは新生活祝いって事で、奮発しよう。

 そうして、近場のレストランというよりかは酒場のような店に入って、俺達は料理を注文した。


 魔王も女神も所謂高位な存在で、こんな庶民が来る酒場みたいな場所に連れてくるのはアウトかと思ったが、二人とも別に気にはせず、むしろ物珍しいようで感触としては悪くない反応だった。  


 これが5分前の事であり。


 そして。 



「おっと、手が滑っちまった」



 人相の悪い、如何にもなチンピラ冒険者三人組に頭からグラスの水をぶっかけられたのが。


 今だ。


 三人組は、ハーフアーマーを身に纏い、ニヤニヤと俺に視線を送っていた。



「すまねぇなお坊ちゃんよ、そんな美人なお付きを従えて庶民の観光か?」



 俺はこうして絡まれないよう、事前に服装をありふれた、町の人が着るような、地味で目立たない質素な布の服に着替えておいた。

 女神も魔王も例に漏れずだ。


 しかし……この二人の美貌は一段と目を引く。


 こうして地味な恰好をしていても、俺が美人を従える貴族だとみなされてしまうらしい。



「なんだったら、俺ら冒険者が教えてやるよ。たっぷりとな」


「いいや必要ない。よそへ行ってくれ」


「あっはっはっは。言うじゃねぇかお坊ちゃん」



 目の前の木のテーブルに、チンピラの拳がさく裂する。


 騒がしかった店内は静まり返って、テーブルはヒビが入った。



「あんまり調子こいてると殺すぞ」


「……一応聞くが、何が目的だ」


「そりゃお前、知ってるだろ? 親切な俺たちが貴族様の観光を手伝ってやろうってんだよ。褒美に、そこの侍女俺達に寄越せや」


 

 下卑た視線を、女神と魔王に送る。


 ……あー、これは、不味いな。



「痛い目見たくなかったら、あの女らと俺達友達にさせてくれよ。なぁ、お前らいい提案だよな?」



 男の背後に控えるいかにもな腰巾着の男どもはそろって首肯する。


 俺は……恐る恐る魔王と女神に視線を向けた。

 ……こいつらが怒ればこの店どころか、この国が危ない……頼む、耐えてくれ!



「なぁラギよ、我は食事が済めば是非この街を見て回りたいのだが」


「えー私は先に宿見つけたいんだけどー。というか料理遅いわよね」



 ……ん? 二人とも変わりない?


 あ、なんだ、そうか、そうだよな。

 こんな所で暴れたらダメな事くらいわかってるよな。


 俺は二人を少々見くびっていた。公の場で力を振りかざすような真似をしないと。


 まぁ、待っていれば、そのうち憲兵とか騎士団とか。そういうこの街を護っている職の奴らが駆け付ける事だろう。


 

「おいそこの美女さんたち、よかったら俺らも観光に混ぜてくれよ。っていうか、来いよこっちに。お坊ちゃん傷付けられたくないだろ?」


「私ちょっとお店に文句言おうかしら。クレーム入れてやろうかしら」


「五月蠅いぞ。貴様は落ち着いて待つという出来ぬのか」


「おい、無視してんじゃねぇぞ! そうしたって誰も助けに来やしねぇんだからよ」



 チンピラの言葉にも一切合切反応しない、二人。まるでいないように扱って目線さえ合わせない。


 ……おや、様子がおかしいんだが。



「やっぱりクレーム入れてくる! 料理も来ないし何なら虫がいるわよ虫、さっきから五月蠅いし飲食店としてどうなのよ」


「それは同意だ。死体に群がる蛆の方がまだ許容できそうな、何かがいるのはいただけぬ」


「虫……だぁ? お前らいい加減にしねぇと」



 男の腕が、魔王の肩に伸びる。


 俺はその手を止められない。



「――――去れ」



 重く深い、王としての重圧からくる眼光と声。

 聞くもの全てに恐怖を与え絶望を降り注ぐ、まさしく魔王の威光。


 男はその声と殺気だけで、顔面を蒼白にさせる。


 ……あぁ、そうか。


 これ、既にキレてるパターンか。



「な、なんだお前。テメェ強気になってどうにかなるとでも」


「これだから、か弱き人の子は」


 

 女神は溜息と共に、人差し指を軽く振った。


 

「ガッ」


「グッ」



 その一動作だけで、背後に控えていた男の仲間はバタバタと倒れる。


 

「な、なっ、何しやがった!」


「私の魔法で気絶してるから、介抱してやりなさい」


「ふざけるんじゃねぇ! 舐め腐りやがって!」


「あぁもう、悔い改めなさいよ。私は『この程度』で許してあげてるんだから」


「んだとこの」



 俺は、間髪入れず男の憤怒した顔面を全力でブン殴った。


 攻撃は直撃し、男は無様に床に倒れ込んで、顔を抑えながらよろよろと起き上がる。



「すまん、手が滑った」


「この、野郎……!!」



 男は自分のプライドを貶されたのが我慢出来なかったのか、怒り心頭の有様で腰から鋼の剣を取り出し、俺に敵意を向けた。


 ……ったく、面倒だ。



「怒るなよ、雑魚。俺がこうしなきゃ、お前は今頃死んでんだ」



 俺はチラと魔王の瞳を見る。

 余剰な感情が消えうせた、今にも虫でも殺しそうな紅蓮の瞳を。


 あと数秒俺が席から立ち上がり殴るのが遅ければ、魔王はこの男を殺していただろう。


 

「ダーリンよ。害虫の駆除なぞ我に任せておくがいい、貴様の手を煩わせるまでもない」


「んな事いっても、この街に来て早速やるのが殺害って物騒すぎるだろう」


「ごちゃごちゃうるせぇな!! ぶっ殺す!!」



 男は叫びながら剣を振り回す。


 その攻撃は初心者では無いだろう、実力の伴った技量が見受けられる。



「くっ、ちょこまかと! 当たんねぇ!!」



 だが、あまりにも遅い。

 俺が経験した戦闘、地獄に比べれば、こんなの寝ていても捌ける。


 剣の攻撃の尽くを素手で振り払い、それが気に食わないのか更に連撃をしかけるも、当然赤ん坊がだだをこねているようにしか見えない。



「このっ……! うぉおおっ!!」


「遅い、雑魚が調子に乗るな」


「っ! てめぇっ!!」


「足りねぇよ。お前」



 俺は攻撃の瞬間を見計らい、男の腹部を殴打。


 身体はくの字に折まがり。苦しそうに呻いて剣を落とす。


 そして、一瞬でその剣を回収し。


 喉元に刃を当てた。



「――――殺意が、これっぽちも足りねぇ」


「ひっ……! ま、待て!」


「待つ? それが人に物を頼むときの態度か?」


「も、申し訳ありませんでした……ぁ!」



 俺は刃を引き……そして。


 男の頭を踏みつけ、床と同化させる。



「頭がたけぇよ。ゴミが」


「こっわーい。その子気絶してるじゃない。ラギはもう少し加減を覚えなさいよね」


「いいやダーリンは優しいものだろう。殺さないとは慈悲深い、流石だ。肉便器として誇らしいぞ!」


「肉便器の時点で誇らしいも何もないんじゃない!? ま、まぁセフレの私が言えたことじゃないけど……でも」


「でもなんだというのだ。我がダーリンの寛大な心に股を濡らしたか」


「ちっがうわよ! ラギはやり過ぎたの! ほら、見なさい!」


「見られることで興奮するのか!?」


「シャラァップ!!」



 俺は女神が言わずとも、状況がつかめていた。


 ……充分有り得た可能性だ。そして、俺が始めに狙っていた事でもある。



「エルリア王国騎士団、団長のキシムだ。」



 騎士のような鋼の鎧を身に纏った、藍色の髪をした、凛々しく高貴な顔立ちの男だった。


 後ろに数人の兵を連れながらも威圧することなく、ただ冷静に、しかし動向を見逃すまいと警戒しながら俺を見る。



「俺と共に、城までご同行願いたい」



 はたから見れば、倒れた男三人に、そのうち一人の頭を俺がふみつけているという、どっちが悪か分からない構図だ。


 まぁ、周りの証言で、この誤解を解くことは簡単だが……。



「いいだろう。大人しくするから連れていけ」



 この国に拠点を置くんだ、王に引っ越しの挨拶といこう。



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