神狩り
「……な……あ」
それは声でなく、最早……獣の鳴き声。
「う、嘘……そ、んな」
驚愕でなく、それはもう『恐怖』を色濃く声に乗せていた。
人よりも外側にいる神が、目の前の光景にただただ慄くことしかしていない何よりの証だった。
「じ、『神の断罪』!!」
二発目の攻撃。神の魔法。神の柱。
それは神々しく放たれ、指定箇所に誰にも汚せぬ無垢な柱が出現し……爆発する。
女神の本気であり、先ほどよりもより加減なく、より無慈悲に……何も構わず放った『本気』。
「な、な……んで」
声が聞こえる。
それは……恐怖よりも更に色濃い感情が乗っていた。
困惑と……憔悴と……慄きと……そして。
「どうして、無事なのよ……」
『絶望』。
「さすがは神だ、称賛しよう」
俺は手を叩く。
ぱちぱちと、静かな神殿に称賛を響かせる。
「お前の本気は、少しばかり痛かった」
女神はその耽美な四肢から力が抜けた様に、へたり込み……俺を見る。
もはや、その視線に神の威光や余裕や柔らかな慈悲さえも無く。
怯えたように、瞳を揺らす。
「――さて、懺悔だ。俺は、昔に一つ大きな罪を犯した」
俺は一歩、女神の元へ進む。
「目の前の守りたい奴に……逆に守られた、救われた」
「や……こない、で……」
草食動物が捕食されるように、無抵抗に女神は命乞いをする。
「家族よりも仲の良かった幼馴染みだった、アイツの代わりなら俺が死んでもいいって思った」
「いや……! いやぁ……!」
端麗な顔立ちは涙と恐怖で蹂躙される。
俺は一歩、進む。
「なのに、俺はあの時……むざむざと逃げ出した。守りたいと思った奴を護るどころか犠牲にして生き延びちまった」
「わ、分かった! 謝る! 謝るから!! 全部、あやまるから!」
女神は神の矜持すら捨て去ったのか。嘆く。
俺は、進む。
「それが俺の罪だ。だからこそ、二度と同じ過ちは繰り返さないと誓った。一人で勝手に決断し一人で犠牲になる……そんな自己犠牲の犠牲になりたくないと」
「魔王を消そうとしたことも! あの右腕のことも! 全部! あぁそうだ、私の力で神の側近にすえてもいいわ!」
女神は、喚く。
俺は、進む。
「魔王の自己犠牲の犠牲……そんな『あの日の繰り返し』を、味わいたくなかった。それが俺の進む理由だ」
「嫌、嫌、嫌ッ!! ごめんなさい……っ! ごめんなさい……っ!!」
女神は、懺悔する。
俺は、進む。
「謝罪はいらねぇよ、差別的な発言も仕方ねぇよ、そういう神も居るだろうよ。だから原因はそこじゃない」
「あぁ、ああああああああ、っ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさいっ!!」
女神は、俺に縋る。極限まで追い込まれていた。
俺は、女神に到着した。
「結局――――お前が許せなかった。らしくもねぇが怒ったんだよ、俺は」
「あ……ああ……あ」
「騙され、利用され、挙句には断罪された。そんなお前が嫌う魔族を見て、俺はテメェを殺そうと思った」
「い、イヤ……い……」
女神は虚ろになる。
瞳も、顔も、希望も、気力も、全て塗りつぶされ破壊されたような、入れ物になった。
尿も漏らして実に奴隷のようだ。
だが俺は。無慈悲に手を女神に向ける。
「見せてやるよ、女神。これが俺の追い求めた能力『支配者』」
俺はスキルを発動。そして複製した力を行使。
すると、光の粒子が女神の元に集う。
「…や、や、ああああ……」
それらは絶望と涙と硬直と失禁とで最早女神たらあしめるモノが何もない奴隷のような女に、着実とそして高濃度の魔力となって『柱』を形成する。
何よりも莫大に巨大に圧倒的な破壊すらも神々しく演出させた裁きの光、神域と呼んだ神の魔法。
うねりをあげて光は収縮し、神々しく煌びやかに女神を包み込んだ。
「――――『神の断罪』」
「だぁあああああああ! りいいいいいいいいいいいい! んんんんんんんんん!!!!!!!」
…………ん?
どうして俺は空中を舞ってるんだ?
なにやら誰かにブン殴られたような……おや、痛みが、遅れてやって来て。
あ、壁。
「うぐ……」
そうして俺は神殿の壁にめり込んだ。
いやもう、これが本来の装飾だと言わんばかりに、しっかりと。
「この痴れ者がァッ! 我は貴様が殺人鬼……いやさ、殺神鬼になるのを見過ごす妻ではないぞ!!」
「えぇ……いや、空気読めよ……」
今の確実に女神殺る感じだっただろうが……。
魔王は壁に埋まった俺を抜き出し、そのまま抱きしめる。
「やめろ、離せ」
「断る、我は魔王ぞ。いくらダーリンでもそれはそれ、これはこれだ。脆弱なる人間如きに自由など無いと知れ。貴様は、我の抱擁から逃れられぬ」
魔王モードを発動したのだろうか。
甘い抱擁をしながらの本気は、大層にシュールだった。
まぁその巨乳が当たっているとか、なんだとか、青少年歓喜なシチュエーションではあるが……相手は自分を嬉々として肉便器だと言う魔王だ。
次の瞬間には殺されるんじゃないかと思う。
「驕ったな人間よ、何故貴様はあの場で逃走を選ばなかった。何故女神相手に戦う姿勢を見せた」
「俺が、そうしたかったからだ」
「ほざけ!! であるのなら貴様は愚者である! 我がそれをいつ望んだというのだ!」
覇王たる、全てを平伏させるような圧のかかった叱責。
爛々と燃ゆる瞳で俺を烈火のごとく攻め立てる。
「我が身を投げ出した意味を理解していたであろう! 我は貴様の役に立てるのであれば! 貴様との約束を守れるので去れば! 危険を遠ざけられるのであればこの身は惜しくなどない!」
「…………」
「貴様の行いは、我の矜持を踏みにじった。我に対する侮辱である。幾千の罵倒、夥しい呪詛を以ても、この怒りは収まらぬ!!」
「……そうか」
「我は貴様の礎となりたかったのだ! 貴様から危険を遠ざけたかった、それなのに自らその危険を犯すなど恥を知るがいい!」
「……あぁ」
「貴様は愚か者だ! 愚鈍だ愚昧だ痴れ者だ救いようの無い外道だ! なぜ、なぜ貴様は! 貴様は!!」
魔王は、感極まったように。
「我を……こんなにも、好きにさせるのだ」
涙を。純真な感動を、その威厳ある目に宿した。
「……我の死は怖くない、だが……貴様の死は……耐えられないのだ……!」
「……心配かけたな」
「かけたなではない愚か者!! 我がどれ程貴様を思うておるのか分かっておらぬであろう!」
……まったく、分からない。
俺も助かった、お前も助かった。それで十分だろう。
こんな死の危険なんて、いくらでも潜り抜けてきた。俺は慣れてる。
不幸を選んで率先して修羅の道を進んだ俺からしてみれば、死の危険なんて不幸は日常だ。
「我はな……魔王としてではなく、一人の魔族たる一個人として、貴様を愛しておるのだ。故に貴様を失いたくはない……だが」
でもまぁ…………。
「――――ありがとう、ラギ。貴様が助けてくれて……我は、死ぬほど嬉しい」
たまには、こんな幸福もいいだろう。