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真意



「『能力を複製しそれを上回る』これがラギ様の持つ唯一にして絶対の能力です。効果は先ほど実践した通りですね」


「それは理解したが、スキルが進化なんてするのか? 俺が元から持っていたのは『能力を奪う能力』なんだろ?」


「スキルの変化は珍しいものですが、有り得ない話ではありません。しかしこの場合は……ラギ様の鍛錬で得た『経験値』が異常なのです。膨大な経験値を今まで消費せず蓄えていたようなものなのです」


「蓄えて……」


「はい。然るべき方法、然るべき修行、そういった正規の手順を踏めば良かった。しかしラギ様は自身の強化を見誤っていました、経験を積むだけ積んで消費をしていないのです」


 

 成長レベルアップせず、ひたすら経験値をためるって可能なんだろうか。


 

「経験値を『巨大な金庫に入った金』とお考えください。貯金をすれば金庫の中身は際限なく増えていきます、しかし金を消費すれば減ってしまう。ラギ様は『貯金』はしても『使用』をなさらなかった」


「俺が……自分の能力を認識していなかったから……」



 経験値スキルポイントの消費を一切していなかったのか、俺は。

 


「はい、その通りでございます。熟練の冒険者でもパーティを組んで時間と日数をかけ攻略するものを貴女様は無能力、無魔法、その身一つでダンジョンをクリアしたのです、その貯金額は想像もできません」


「自分なりに死にかけながら攻略し続けたからな、結構ダンジョン踏破は自信ある。でもそうか周りの奴らは時間をかけてたのか」



 どうりで俺が周りから奇妙な目で見られている筈だ。変わり者なんだと思われていたか。



「その偉業だけでも魔王軍の幹部並ですが、貴方様はそれに止まらなかった。その得た膨大な貯金を使わない。つまり、スキルも魔法も使用しなかった。」


「あぁ、その通りだ」


「ですが、他は鍛えられてもその能力や魔法の回路を鍛えなければ発現さえしないのです。剣士のスキルならその技を使用し続ける、魔法ならその魔法を効率よく練るといった具合に」


「なるほど。俺の場合は今回魔王がその回路を開いてくれたおかげで、今まで溜まっていた貯金……経験値を消費できたと」


「はい。その莫大な量の経験値が貴方様のスキルを進化させたのです、それどころか一度流れた経験値は貴方様の身体能力にさえ、強化を及ぼしていることでしょう」



 ほう、それは嬉しい副作用だ。



「強くなるに越したことは無いしな」


「いや……進化なぞ、強化なぞ、しなくても良かったのでしょう」


「このスキルってそんな危険なのか? 相手の能力をコピーして上回る、相手の完全上位互換になるって事だろう?」


「そう、相手より強くなるスキルですからね。もはや最強と言っても差し支えない、ですが……それでは駄目なのです。最強では……あまりにも……『目立ちます』」



 瞬間。


 俺の部屋の壁は――――爆風で吹き飛んだ。



「――――ここですね」



 声。

 

 鈴の様に清らかな、澄んだ声が聞こえる。



「くっ、お下がりください。ラギ様!!」



 俺の目の前に立ち、半透明のドームのような結界で俺を覆う。


 声の主の姿は見えない。


 声だけが反響する室内。空間全体に響くように、声は聞こえる。



「初めまして。そして手荒な事をしてごめんなさい。こうでもしなければ、魔王の展開していた結界を打破できないもので」


「…………貴様っ、『女神』ですか」


「はい。『女神連盟』と言えば良いでしょうか。貴方もご存知ですね」



 姿は見えず、聖女の様に穏やかな声が響くだけ。


 クルイスは……歯ぎしりをして周囲を警戒している。



「では……やはり魔王様は……っ」


「……驚きました。そこまで把握済なのですね。魔王の右腕は伊達ではないようです、実に良い腹心をお持ちで魔王も幸せでしょう」


「それにしても『早すぎる』……! 先ほど魔王様は出て行かれたばかりだぞ!」


「それほど早くに話が纏まった、という事ですよ。私からしても、魔王の提案に断る要素は見当たりませんでしたからね。あの先見の明と即断即決を敢行する豪胆さは、やはり王と言ったところでしょうか」



 迅速に、それでいて的確に。

 魔王は、俺のスキルを把握した瞬間に『何か』を感じ、一手先で行動していたらしい。


 俺は……その行動に、既視感デジャヴを感じていた。



「…………女神。魔王様はなんと仰っている」


「えぇ、貴方の推察通り、魔王は我が神殿にて然るべき審判の刻を待っています。『もう我と関わるな』それが魔王の言伝です」


「…………やはり、か。であるなら『止むをえまい』」



 クルイスは冷静に保とうとしているが、言葉の端々に動揺が見えられた。


 この事態を事前に予測はできていても……実際に目の当たりして困惑を隠しきれていなかった。



「魔王の条件は『自身の命と引き換えにラギに手を出すな』です。彼女の判断は素晴らしいです、魔王たる者として最善の一手でしょう」


「……待てよ、俺に手を出すなだと?」


「はい。貴方の存在は大変危険です。度を過ぎた世界を脅かす不穏因子は、私達『女神連盟』が排除しなければなりません」



 クルイスの言っていた……目立つ・・・ってそういう事かよ。



「この世界の抑止力として、私はこの件を一任されました。私はこれから貴方を裁き、この世界から消してしまわなければならなかった。でも」


「魔王が……俺を庇ったのか」


「えぇ。魔界という凶悪な世界の王の命と、貴方は釣り合いました。これから起こりうる争いがまた世界から浄化されるのは大変悦ばしい事です」



 どこまでも慈愛に満ちて、そしてどこまでも包み込むような優しさを感じる声。


 女神連盟、魔王、スキル。俺の頭の中で単語が並び、そして思考が充満する。



「しかし。私は……そのように心の痛む事をしたくはありません」


「なんだ? 俺を見逃すってか」


「その通りです。魔王は貴方に恋をしています、そんな者を消してしまうなど……私には出来ないのです」



 声しか聞こえないが、それでも、苦心しているように思えた。


 女神は、心苦しそうに続ける。



「なので……私の神殿にお越しください。貴方が協力さえしてくだされば、魔王も……命を差し出さずとも済む方法があります」


「救うのはおまえらの仕事だろうが」


「私達には……一人の命だけを贔屓することは出来ません。人を救うのはいつだって人です、どうか……ご決断を。信じてお待ちしております」



 声は、そこで途切れた。


 そして淡く小さな蒼の魔方陣が空中に現れる。



「…………無茶苦茶だ」



 魔王が現れ、結婚を迫られ、能力が進化し……今度は神だと? 


 馬鹿らしい。

 どいつもこいつも勝手にまくし立てて勝手に言いたい事言って、勝手に行動しやがって。


 俺はいつだって、置いて行かれるばかりだ。


 

「あの女神の口ぶりからすれば、この魔方陣に触れでもすれば……待ってる場所に行けるんだよな」


「恐らく……しかし、これより先はラギ様の命の保証はできません。ラギ様が能力の発現させた時点で『女神連盟』の関与は想定できました。しかし、これからは全くの『未定』。何が起こるか分かりません」


「なら。全部が全部上手く行く可能性だってある訳だ」


「ラギ様、貴方は言えば『被害者』。傍観も出来るのです、それなのになぜ……。それは、私の知る人間では、ありません」


「いいやお前は合ってる。そういう人間もいれば、俺みたいな奴もいるってだけだ」



 確かに、今の俺は完全なる被害者。


 女神の言葉からすれば、なんと言われようともこの場を動かず魔王の処刑を待てばいい。

 そうすればノーリスクで俺は助かるのだろう。



「心も踊るようだぜ。ここまで苛烈で激動で、生きるかどうか分からない不幸イベント、もっと強くなれそうだ」



 おっと、もう能力も手に入れたし、強くなる必要はないんだったか。



「……分かりません。貴方の行動原理は何なのですか、どうしてそんな選択を」


「そうだな、まぁいくつか言いたい事はあるが。それよりも、お前はどうなんだ。魔王の命令に従うのか?」


「私は魔王様の忠実なる部下。魔王様の命令は絶対です」



 それ故に。


 と、結界を解除し、力強くクルイスは宣言した。



「私は、命令に背き魔王様をお救いします。それで魔王様に殺されるのであれば本望です」



 心から、主人を慕っていなければ出ない言葉。


 一点の曇りもない、清々しい程の真剣さ。



「そうか。なら、行こう。万が一神と戦う事になっても、魔王の右腕が一緒なら頼もしい」


「ご一緒させていただきます。私の使命を果たす為に」



 俺は……魔方陣に触れる。


 すると、身体が蒼い光に包まれた。これから転移が始まる。



「――――死に逃げは、許さねぇからな」



 記憶が…………フラッシュバックした。

 


 ……かつて。


 俺をその身を挺して守った幼馴染がいた。

   

 俺が強ければ……きっと守れた筈の犠牲だった。



 そいつも。


 勝手に俺を守ると犠牲になり、勝手に死んでいた。



 俺の知らない所で苦悩して、俺の知らない間で決断して、俺の知らない瞬間に死んでいた。



 …………俺が強さを目指したキッカケ。


 最強である能力なら、アイツを守れたという呪いのような後悔と寂寥。



 もう二度と……あんな悲劇を見てたまるものか。




「そういえば、あの時も……そうだった」



 自分を犠牲にして、ダンジョンから逃がしてくれた幼馴染。


 好奇心で入った魔物の巣窟。目の前に出現した、凶悪にして絶対的な王者であるドラゴンの存在。



 取り返せない時間。何度も夢見た、もしもの可能性。



「今度は……死に様くらい見れるよな」



 景色は変わる。


 なじみの部屋から、天井の高い神聖な……白を基調にした聖域へ。

 神々しく、空間そのものが神性を帯びているかのような、神殿内部。そのホールにて。


 その目の前。


 光差し込む、巨大な聖母の像の下。


 

「あぁ、よく来てくださいました」



 女神だと一瞬で分かった。

 

 眩い金色の長髪。宝石のような翠の瞳。思慮深く清廉な面持ちに、白衣のローブを全身に纏っている。

 

 両手両足を光のリングで縛られている魔王をみなくとも、その姿。

 その存在感で、理解した。……本物だと。



「……な、なぜ来た! っ!? 今すぐ逃げろラギッ!! 我が犠牲になれば済むのだ!!」



 魔王は女神の足元でもがくが、疲弊しているのか、ただ叫ぶことしか出来ていなかった。


 

「お前を助けに来た、礼は後でたんまりと貰う」


「違う、違う!! どうしてだ! どうして……おい『クルイス』ッ!!」



 絶叫。

 怒りさえ通り越した、咆哮は……全てを畏怖させるほどの覇者の声。


 疲弊しても尚、その強大なプレッシャーは肌をピリピリと撫でる。



「なぁ、クルイス」


「はい。如何なさいましたか、ラギ様」



 俺は左隣にいるクルイスに向かって、振り向かず……言う。




「――――その銃、下ろす気はないか」




 鉄が、こめかみに触れている感覚を感じながら。




「何を仰いますか。これは貴方を殺す道具ですよ」



 

 これなら、能力でないので奪えませんね。 




「フフフ。魔族であっても、誰かが誰かを想うとは、素晴らしきことですね」




 女神は笑う。どこまでも優しく……どこまでも無感情に、微笑む。




「――――反吐が出ます」




 その顔に、女神の面持ちは……無かった。



「魔王、そんな視線で殺せるような目しないでくださいな。有能で忠誠を誓う彼がそんな真似をしません」


「だったら何故……ッ!! まさか、貴様が!」


「私が魔族なんて不埒なゴミを誑かすとでも? 提案してきたのは『彼』ですよ」



 女神は侮蔑の視線を、クルイスに送る。


 その視線、その態度……恐らくこれが『本性』だ。



「彼は有能すぎたのです。『あの人間を何があっても確実に殺せるよう協力しろ』と。いや、主人を護る為ならば主人さえ騙すとは、まさしく下等なりの矜持ですか」 


「……クルイスッ! いつからだ!! いつから貴様は」


「昨夜で御座います。ラギ様と初めてお会いした魔王様を見た時から、私はこの展開を確信しておりました。そして、ラギ様の『覚醒』を経ても始末できるよう、この場を整えたという次第で御座います」


「…………キ、サマッ!」


「本当に頭のキレる部下ですね、残忍冷酷。付け入る隙もない、万が一でも確実に対処できる策。本当におぞましい、貴方こそ真の魔族でしょう」



 ……クルイスは、今までずっと演技をしてきたのだろう。


 自身の主人。魔界を統べる圧倒的力を持った魔王を欺く為に……たとえその人間の強化を手伝う事になろうとも、それすらもカバーできるよう仕組んだ。


 女神と共謀してまで、一手先を見据えて……演じていた。


 ……俺の部屋での一幕も、全て芝居、全て俺を騙す為の女神とクルイスの二人芝居。



「悪の組織であろう魔王軍らしい、実に鮮やかな手口。まさか主人さえ裏切るとは」



 嘲る。


 女神はその高貴な身を一つも崩す事なく、ただ見下す。



「クルイスッ!! 命令だ! ラギを解放しろ!! 早く!」


「いいえ……」


「これは我の勅命であるぞ! 栄誉と知れ! 聞き実行せよ!!」


「いいえ……ッ!!」


「我を裏切るのか! 我に仇を成すのか見限ったのか!!」


「いいえッ!!」


「我を」


「私はッ!!!」



 空気を裂くような叫び声が、神殿に響く。


 クルイスの……冷徹な声は、熱を、感情を……帯びていた。



「魔王様の為、今まで尽くして参りました!」



 押さえていたであろう感情が、あふれ出る。



「故に私は魔王様をお守りすることが誇りなのです!!」


「そんな事をして……!! 我が喜ぶとでも思っているのか!! そんな方法……そんな犠牲なんていらぬわ!!」


「それでも私は……我々は!! 貴女に生きて欲しい!!」


 

 クルイスは、涙を流していた。ただ涙だけ。


 ただ、ただ、そこには涙だけが流れる。


 

「我々は魔王様に救われました! 魔王様がいたからこその我が命! ゆえに、だからッ!!」


「やめろ、クルイスッ!!」


「たとえ……この選択で魔王様に殺されようとも!! 魔王様をお守りするのが我々の願いですッ!!」


「銃を下ろせ!! 聞け、聞くのだ!!!」




 拳銃は、俺に向けて照準が合う。

 

 悲しい殺意を向けられる。




「やめろォオオオオオオオオオオ!!!」



 

 そして。

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