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庶民と女神と本音



「――――決闘よ」



 玉座にも座さず、その瞳にはゆらぎ一つさえ見せず。

 王城、石の床と柱で成り立つ、権力を指し示すような豪奢な像や屈強なこの衛兵の数々は……まさに圧巻だった。

 何から何までがきらびやかに、そして豪盛に彩られ一流のモノしか存在を許されないというような異質極まりない、そんな玉座の間であった。


 価値のあるものに囲まれたこの部屋、その中心で、俺はトルネ様と、この国を治める神と対峙していた。 



「……話は道中で聞いた。だが」

「ならば良いでしょう? 貴方はこれに乗り越えられれば見事高貴なる私の身を得られる」



 トルネ様は酒の席の時の様子は微塵も感じさせない堂々たる振る舞いだった。

 

 …………これが、まさか大会の真の試練だったとは。思いもよらなかった。

 一回戦で大人数を削り、残った者で二回戦を行い品定め、そうして三回戦は……女神からの直接の審査。

 


「これより、この大会の主催である私が最終戦を執り行うわ。勝てば貴方は私をモノにできる、負ければそれまでおしまいよ」

「…………本気なんだな、それでいいんだな」

「何に酔ってるの? ここに気分の高ぶるアルコールはないわよキシム様」



 もはや、決闘の撤回は無いのだろう。

 トルネ様は俺を挑発するように見据えて微笑む。


 俺は腰の剣を引き抜いた。

 無骨で粗忽な、この一流が集う場所ではあまりに不適切な三流品。よくある大量生産のうちの一振り。



「やっとやる気になってくれたわね」

「だがやりあう前に、一つ聞いても良いか」

「それで貴方の剣が鈍らないのであれば何なりと」

「……この大会の目的は、なんだ。どうしてこんな大会を、この大会でお前は何を得たい?」

「決まっているでしょう」



 トルネ様の体が微細に振動したかと思えば、鋭い敵意を感じ俺は咄嗟に後方へ体をのけぞらせる。



「最愛の人よ」



 俺の頬を、風圧が掠めた。

 トルネ様の確実に首を狙った・・・・・・・・回し蹴りは、虚空を割くに終わったが……俺の精神は完全に冷え切る、慄く。

 明確な敵意、そして殺意。その攻撃に一切の手加減は無かった。


 事前にその『神域』を知らなければ……対処などできず一瞬で意識を刈り取られていただろう。



「……今のを避けるのね。さすがキシム様、他の有象無象は一瞬で終わっちゃったのに」

「これでも……一応鍛錬は積んでいるんでな」



 俺は剣を横に薙いで、トルネ様の回避を待った。

 トルネ様の戦闘スタイルは、格闘なのだろう。その拳、その脚で対象を明確に排除する超接近戦型。


 幸い俺のほうがリーチでは勝っている、これを上手く利用し立ち回れば……あるいは。



「遅いのね」



 トルネ様の身体が消える……いや、これは屈んだ……っ!

 ならば次は脚……ッ!

 次の瞬間には顎を抉るように放たれた、バリスタのような脚が高速で放たれる。

 目で追うのがやっとの状態、俺は篭手でその脚を防ぎ。


 全力で距離を置いた。



「……『髪』もか!」



 俺がさっきまでいた場所の地面には小さな亀裂が入っている。

 おそらく超速稼働させられるのは拳や脚だけでなく、その小麦色の髪も対象。

 威力はあの地面を見れば……想像に難くない。



「私の神域『神の激昂ボルテックス』を前に、ここまで耐え抜いたのは貴方が初めてよ」



 トルネ様の神域は、超高密度で行われる『身体強化』。

 一切の無駄なく効率的にそのシンプルな攻撃方法の破壊力を最大以上にまで発展させる能力。


 そしてその身体強化のパラメーターを『速度』に傾かせていた。

 神域も何も知らぬ状態で戦わせられれば、間違いなく勝ち目などないだろう。

 音を置き去りするような速度、瞬発力……これが神か。


 よくもこんな天上の者とラギ殿は戦えたな、その成果に影を落とす鍛錬がどのようなモノであったかなど想像に難くない。

  


「だから、私に恐れたのなら降参も認めてあげる。誰も貴方を責めないわ、神に抗ったその力を讃えて褒美も授けましょう」

「断る」

「――――え?」

「断ると言ったんだ。俺は剣を引き抜いた、故にそこに退転の二文字は無い」



 俺はトルネ様の言葉を切り捨てる。

 その言葉を予想にしてなかったのか、トルネ様はその品のある表情に淡い動揺を見せた。



「今ので実力差が分からなかったの? 私としてはその勇気に精一杯の温情を与えたつもりよ」

「これは決闘だ、であるならその申し出は開始前になされるべきだった」

「どうして? そんなプライドが貴方を傷つけるのよ」

「違う、傷ついているのはお前だ。トルネ」



 俺は精神を落ち着かせる。思考を研ぎ澄ませる。



「何に酔っているのかって、私最初に言ったわよね」

「自分に酔っておきながら助けを求める女人を見過ごすほどに、俺は騎士を名乗ってなどいない」

「誰が、酔っているですって……!」

「お前だ。トルネ」



 空気を引き裂くような甲高い音が聞こえ、次の瞬間には俺の身体は壁にめり込んでいた。

 激痛が身体中に八つ裂くようにほとばしり、肺の中の酸素がすべて吐き出される。

 

 そして一秒後には、自分の状態を鑑みる時もなく。女神の顔が目の前にあり、怒り狂ったような髪が俺を覆うように……無数に身体に炸裂した。

 何度も、何度もその細い凶器は俺をにじり潰すように執拗な攻撃の雨を降らせる。



「分をわきまえなさい! 人間がッ!! 私はその哀れんだ眼が一番キライなのよ!!」



 激昂。烈火の如く怒り狂う。


 その怒号にもはや冷静さや高貴さなどはない、獰猛なる神の怒り。



「私は雷の女神トルネ! でも、神が愛の為に振る舞うのは自己陶酔なんかじゃない!! 知ったように口をきくんじゃないわよ!!」

「……だが、グッ、知ろうとも、しなかった……っ!」



 俺は無理矢理に攻撃の中で、口を開く。

 

 言葉を放つ。



「私はただ愛する人が欲しいだけ! 神である私と釣り合うような!! そんな運命の人が!!」



 それはきっと、トルネ様の本心だった。

 偽りも飾りもない、実直な怒りの中の確信だった。


 俺は。口から血を流しながら、その言葉を。



「――――そんな輩は、誰からも愛されない」



 加減なく破壊した。

 トルネ様は声にならない声をあげ、怒りのままその高速の攻撃は複数ではなく一点に引き絞られる。


 髪は一振りの巨大な槍のような形状をとり。

 俺に向かって、抉るように突き出してくる。



「これで終わりよ!!!」



 悲痛と苦心を業火のように滾らせて、声を刃のように突き立てその槍は攻撃を行う。


 回避が可能だった。

 まだ余力は残っていた、神経を焼くような攻撃も去り目の前の脅威は単純で、身体さえそらせばその一撃は無駄に終わった。



「ガハッ……ッ!!」



 俺は腹を貫くその槍を、自ら迎え入れるようにして接近。

 

 攻撃を自ら迎え入れた。

 口から鉛のような黒い血が吐き出される。


 

「そ。そんな……なに、やって」

「ふ、そう……狼狽するなよ」


 

 ラギ殿、ありがとう。

 貴殿のアドバイスは、明らかに通用した。


 女神は戦いに関しては素人……ならその隙をつけば良い……と。



「まだ、戦いは終わっていない」



 俺は返り血にまみれたトルネ様へ、ヘッドバットを食らわせる。

 衝撃が脳を震わせるが、その攻撃は確かに通用したようで女神はその体制を崩し、腰を地面につく。

 

 その顔にさっきまでの怒りはなく、青く染まり恐怖をたたえていた。



「血、血が……血が出て!! やめ、なんで……!」

「これが、戦いだ。雷の女神よ、血で血を洗い、自らの命耐えるまで亡者のごとく相手を殺す」

「喋らないで! 貴方これはただの決闘で」

「ただの? 認識を改めろ素人。これが戦いだ」


 

 俺は右手に握った剣を、血にまみれたその凶器を構える。

 

 痛みはとうに麻痺したのか感じない。

 


「甘い、何もかもが甘いんだ。貴女は俺を殺そうとしなかった。さっきの一撃も致命傷を外していた」

「その剣をおろしなさい!! 早く戦闘を放棄して」

「だから甘いと言っている! だからそんなにも自分に酔いしれるのだろう」

「止まりなさい!!」



 鋭く髪が俺を狙う。

 だが、速度も殺意も足りていない。


 戦場における覚悟が、なにもない。

 俺はその無残な攻撃を切り捨てる。



「覚悟なき行動では、何も変わらない」

「私は努力したわよ! 愛する運命の人を見つけるために! 私と釣り合う人を探すために!」

「それが甘いと言っているッ!!」



 もう俺の役目は終えていた。

 この決闘も意味がない、すでにラギ殿は『神域』を手に入れ、目的は達され、俺としての役目は終わっている。



「安全圏から物色し! あまつさえ寄り添う事を放棄した貴女に心地の良い未来などありはしない!!」



 だが。


 騎士として、俺はここに立たねばならない。言わなければならない。



「貴女のやっている事は、高貴な神たる自分に酔った自己陶酔だ! 何もかもが甘く何もかもが中途半端の、傷つくのを恐れるただの少女だ!!」

「私は本気で運命の人を見つけたいのよ! それの何がいけないっていうの! 相手にステータスを求めることの何が! だってそうじゃないとわたしと居る重圧プレッシャーで傷つけてしまうわ!!」

「ならば、そう思うのなら本気でやってみせろ! でなければ!」



 騎士として。



「それで傷つくのは貴女自身だ!! 助かりたいなら、寂しさを埋めたいのなら! 全力で手を伸ばしてみせろ!!」



 暗闇の中で藻掻き、神たる自分と誰も同等に、一緒にいられない現実から助けを求める女性を、放っておくことなどできるものか。


 神だろうとなんだろうと関係ない。

 その伸ばされた手は、平等に取るのが騎士としての本懐だ。



「……私は、神よ。神は高貴で清らかで……その神格に、重圧に耐えられる人なんて。……どんなに探しても、その重みに耐えかねて、逃げ出してしまう……傷ついてしまうわ」

「違う。貴方は思い違いをしている」

「……え?」

「一方的に相手が耐える必要もなく、ましては貴女自身が一人で苦しむ事はない」

「どうしてよ……なんでそう言えるのよ……!」

「意味なく悔いなく誰かのそばにいられることが、愛だからだ」



 俺は片膝をついて、トルネ様に手をのばす。

 

 美しき一流の存在である女神に、芋臭い三流の平民が手を差し伸べる。



「まずは、誰かの手を取ることから始めよう。平民の手を取れるのなら、きっとすぐに愛は見つかる」

「…………私、とってもいいの? 離れない……? 傷つかない……?」

「俺は誇り高き騎士団長だ。レディの手を振り払うような真似はしないさ」

「……そう」



 トルネ様は俺の手を一度は躊躇したものの、怯えるように。

 けれど今度は熱と意思を感じる瞳とともに……俺の手を取った。


 高飛車な態度とは裏腹に……その手は儚く繊細で、洗練されたガラス工芸のように美しい。



「庶民の手は……案外温かいのね」

「それすら知らなかったという事だ。そうしてこれから知っていけばいい、協力し」



 協力しよう。そんな言葉を言おうとしたこの口は。


 衛兵の言葉で掻き消える。



「失礼します!! 女神様!! 我が国に大量の兵が!!」



 戦争の音は。



「――――迎えに来たよ、僕の后」



 王国の王子が、高貴なる甲冑とともに運んできた。



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