騎士と女神と決闘と
「ところで、一つ聞きたいことがあるんだが」
間一髪和やかに進んでいる会話の中で、キシムは姿勢を正した。
…………『本題』、つまり神域に触れるのか。
タイミングとしては早いと言わざるを得ないが……会話の主導権はキシムが握っている状態だ。
……ここからは精密な言葉選びが重要になる。
下手な事は避けて……なるべく落ち着いた言葉選びをしなければ交渉は決裂しかねない。
「なに? この私にふさわしい質問なんでしょうね」
「当たり前だ。そもそもお前に相応しくない質問を言うべきでない」
「私が美しく高貴だからでしょう?」
「いいや違う。お前が大事だからだ」
「えっ?」
雷の女神は予想外の言葉を受けたように声を上ずらせて左腕を気を紛らわせるように、ぎこちなくさする。
「どうでも良い者ならこうして話したりも、会ったりもしないだろう」
「……ふ、ふん! そんなおべっか誰にでも言えるわ」
女神は髪をいじって視線を逸らすが……いい、いいぞキシム!
これはもう完全にクリティカルヒット!!
さすがイケメンは違うぜ! 飴と鞭の使い方が絶妙すぎる!
「お前は、自分の本当の気持ちを誰にでも伝えられるのか?」
「……そ、それはぁ、ええと。どういう意味での……」
「ほら、視線を逸らすなよ。隣に俺は居ない」
「ひ、ひゃい……」
キシムゥウウウウウウ!!!
お前……お前はプロなんだな!
素人の俺があれやこれと画策していたのが恥ずかしくなる!!
あれだけ高慢ちきだった雷の女神が手懐けられた犬のように!!
すげぇ……すげぇよキシム!! お前ってやつは!
大会決勝戦スルーして女神から直接指名されただけはある!!
「そ、それで……何なのよ、質問って」
「あぁ、それはな……」
「ぅん……あっ……」
キシムはガタリと腰を浮かし、紅葉のように赤くなった耳元に近づく。
ピクンと小さく女神はくすぐったそうに声を上げ、こちらまで鼓動が聞こえそうなメスの顔で、言葉を待ち望み。
我らが騎士団長、希望の星、キシム団長は。
「お前の『神域』見せてくれよ……」
勝利の言葉を言い放つ!!
よっしゃぁああああああああ!!!
「……う、うん。…………分かった」
さすが……さすが男パーティ!!
なんて効率の良さ! なんて素早く目的が達成されたんだ!!
あぁこれほどまでにスムーズに事が運んだ事があっただろうかいやない!!
キシムには然るべき褒美を出そう!
クーロンも情報収集頑張ってくれたし土の女神から庇ってやろう!!
よくやってくれた者共!!
俺は、俺は嬉しいぞ!!
「…………は、はぃ」
雷の女神は、おっぱいを丸出しにした。
…………あぁ、ははっ、そうだよ。
「誰にも触らせたこと無い……『神域』。貴方になら……」
女神は頭のネジぶっ飛んでんだったぁあああああああああああ!!!!
あぁああああああああああああ!!!!
「そ、それを仕舞え。はしたない」
「で、でも……私の神域に触れたいのでしょう? この張った未到達の新域に指を這わせたいのでしょう?」
ちっっっっっげぇえええよ!!!!
てめぇの脂肪になんぞこちとら一ミリも興味ねぇんだよ!!
なに深読みしたんだよ!! いいよそれはもうそういうのは求めてねぇんだよ!!!
神域つったらてめぇの能力だろうがゴルァアアアアアアアアア!!!!!
「ここじゃあんまりだ、人の目もある」
「そう……わかったわ」
女神は寂しそうに、神々しきドレスのような女神の衣装を正しく纏う。
「……お尻派なのね」
そうじゃねぇよ!!
会話の文脈どうなってんだよおかしいだろうが!!!
あぁ頭おかしいのは女神だからかクソが!!
「頼む、俺の話を聞いてくれ」
「うん。聞く……」
「神域というのは乳房ではなく、もっとあるだろう? 女神として大事なモノが」
「…………それは、高貴な私としては……ちゃんと婚約を交わした後で……」
「なんの話をしているんだ!!?」
「婚前交渉は……はしたなくないかしら……」
発想自体がはしたないだろ!?
こいつの羞耻心どうなってんだよ!!
恋愛脳拗らせたらこうなんのか!?
こ、これはキシムには荷が重い!
最悪キシムがとんでもない事故物件とエンゲージリングを交わすことになりかねん!!
今から騒ぎでも起こして会話の仕切り直しを……!!
「なぁ、トルネ。俺の話を落ち着いて聞いてくれ」
……キシム?
おい、まさか…………まだ続けようってのか!?
やめろ!
お前は上手くやり過ぎたんだ!
それ以上は本当に後戻り出来なくなる! 望まない結婚という未来が待っているんだぞ!!
「俺は……この血に染まった手で誰かを助けられるなら、こんなに嬉しいことは無いんだ」
「……? よく分からないわね」
しかし……その落ち着いたキシムの言葉は……。
覚悟を決めた男の言葉だった。
…………俺は、キシムの嘘偽りのないその騎士道にただ敬意を表する。
人に言えぬような行為で、手を血に染めていようと…………お前は誇り高い騎士だ。
俺はお前のような騎士に出会えて良かったと……心から思う。
「…………お前は、最高の騎士だ」
そう呟き、死地へ赴く仲間の犠牲を無駄にはすまいと俺はいつでも能力を発動出来るよう構える!
お前の犠牲は無駄にはしねぇッ!!
「お前の女神としての能力、『神域』を見せてくれないか?」
「そ、それは駄目よ……さすがに神域は……」
「俺の事が嫌いなのか?」
「ち、違うわ! これは運命だと思うし」
「なら見せてくれよ……神域……」
「……ひぅ……そ、そうよね……」
…………その『神域』は発動された。
最小限の発動ではあったが、複製するには充分過ぎる。
…………あり得ないくらいに甘く、とろけるように淫靡な光景であり、婚前交渉という言葉は雰囲気だけで見るなら間違ってなどいなかった。
その代償として…………キシムは女神の『秘密』を知った事になる。
秘密の共有は女神の仲をより深める結果になってしまうのだろう。
恋愛脳的にそれはもう…………華やかなウェディングストーリーが脳内で繰り広げられているに違いない。
…………しかし。
「女神様、此方にいらっしゃましたか」
それは続く事はなく、無情な現実が襲う。
バーに現れた数人の兵と、年老いた大臣の姿。
空気が一変するのを感じた。
「キシム様も。どうか我らと一緒に城内へ」
「…………何の用だ」
「『決闘』よ。キシム様」
女神は優雅に席を立ち、キシムの手を引く。
…………キシムは一瞬俺に視線を向けるが、女神に手を引かれるままに兵に囲まれバーを出た。
バーはざわめき、口々に憶測が飛び交う。
穏やかなBGMとは裏腹に、噂は熱を持ち始める。
「お会計ですか?」
「…………あぁ」
俺は会計を済ませて店の外へ。
……『予測』が正しければ、もう動き始めたということだろう。
クーロンの得た情報とは別に、俺が手に入れていた紋章の兵の話は……俺の予測をより強固なものにしていた。
「『決闘』か…………」
裏路地を出て、俺は行動を始める。
…………決闘、情報。そしてあの女神の落ち着きよう。
事態は安易に想像できる。
「…………」
…………新たに得た神域を手に、俺は裏路地を抜けた。
…………これはキシムの戦いだ。
なら俺は何も手出しはしない、だから別方法で役に立つとしよう。
俺の目的は達したし、騎士道精神なんて持ち合わせちゃいないが……男の矜持は、忘れてない。
「…………やれやれ、暑苦しい事この上ないな」
男だらけのパーティの最終戦が。
始まった。