酒と女と騎士と
「ねぇ、次どこ行きましょう。キシム様?」
「そのように急がなくとも、日はまだ落ちませんよ」
…………雷の女神『トルネ』様は、俺の腕をガッチリと組み、はつらつと露天商の店を見て回る。
チリチリと肌を焼くようなスカッとした晴天の下。
このように公然と女神様と歩けてよいのだろうかと内心複雑な心境であった。
……未だに俺のような騎士団長如きが優勝出来たのが信じられない。
昨夜に宿を訪れた『大臣』の話は、こうして現実であると思い知らされたが…………女神様とはこのように奔放で良いのだろうか?
「……むー」
と、俺を見上げるトルネ様の高貴なる橙の瞳が不服そうに細まっていた。
トルネ様はきらびやかな宝石をあつらえたネックレスの似合うような、華やかな女性だ。
柔らかできめ細やかな小麦色の長い髪に、潤い陶磁器のような肌。
女神様の美貌というのはこれ程までに誰しもを魅了するような絶世さを発揮するのかと息を呑んでしまう。
だから……俺のようないち騎士団長が釣り合っていないのは重々に承知している。
きっと俺の不手際で気分を損ねていらっしゃるのだろう。
「申し訳ありません、女神様。何か俺に不手際があったようです」
「そうよその通り。今はデートなのよ?」
「はい、承知しております」
「違う! あのね、デートなんだから敬語は無くていいの!」
「しかし女神様に無礼を働くような行為は……」
「私が良いと言ってるの、なら従いなさい! これから貴方は私をトルネと呼び、余所余所しい所作をしないこと!」
「し、承知しま……あ、わかったよ、と、トルネ」
「えぇ。宜しくねキシム様? せいぜい私を楽しませなさい」
あぁ……生きた心地がしない……!
相手は神だぞ神……!
ただでさえ突き抜けた美貌と誰しもが目で追ってしまう気品さがあるというのに……そのうえ呼び捨てに敬語も無しとは……!!
あぁもうどうしてラギ殿は光の女神様と、ああも自然体で話せるんだ!?
神様であると認識しているのに……砕けた口調と態度で…………。
やはりラギ殿は凄い御仁だ……俺が今回のデートでアドバイスを求めたときも。
『神なんて全員頭イッてんだから臆するな、殺す気で攻めろ』
と、何故か女神との戦闘で気を付ける点を挙げていた…………。
そもそも神と戦うという選択肢が出て来る時点で、俺はアドバイスを求める相手を完全に間違えているのではと……。
いいや! 何を言っているんだ俺!
ラギ殿は女神に関してはプロフェッショナル! それを疑ってかからず、まずは実践してみるべきだろう!
臆するな、殺す気で攻めろ。だ!
「トルネ」
「なあに、キシム様? どこのお店に行くか決まったの?」
「あぁ、付いて来い」
俺はトルネ様の手を握り、主な通りから離れ路地裏近くまで進む。
こんな日の届かぬ暗がりでも、深くに入り込みさえしなければポツポツと店は存在している。
どれも錆びた看板を幽霊のように軒先に下げ、不気味に客を待っていた。
「あ、あのー……この辺りはあまり来たことが無くて……」
「いいから黙って歩け」
「だ、黙……って、私を誰だと!」
「ここだ」
俺はボロボロに朽ちた木製のドア、俺はギイイと音を立ててゆっくりと薄暗い室内に入る。
そこは、バーだった。
落ち着いた大人な雰囲気の隠れ家的な場所。
滞在一日目、クーロンからの情報にあった『完全秘密厳守』を掲げる店で、ここであった事は他言無用らしく誰一人として情報は漏れないのだとか。
「こっちだ」
俺は入り口から一番近い席から室内を見渡し、黒くボロボロの外套を纏い顔を隠した男が座るテーブル席の後ろに座る。
俺の背にその男の背がくるような位置だ。
薄暗い店内の中で、更に音楽もかかっている為…………。
「……やっと来たか、キシム」
このように、黒の外套の男……ラギ殿との会話も可能だ。
今回、俺の目的は女神に『神域』を使わせる事。
酒も入り、おだてれば僅かにでも見せてくれるだろうという道理だ。
こうして女神のプロフェッショナルであるラギ殿の監視の元であれば、成功確率も格段に高くなるというのが、昨夜考案した作戦であった。
「……基本お前は俺に喋るな、随時アドバイスや合図出すから汲み取れ」
…………了解だラギ殿。
見ていてくれ、君の期待に見事答えてみせよう!
俺はウェイターを呼び、強めの酒をロックで2つ頼んだ。
女神は運ばれた酒を口にし、若干眉をひそめる。
「うぅ、このお酒強くないかしら……」
「なら無理に呑まなくていい。カルーアにしてやろうか」
「冗談じゃない! 私をそこいらの頭フワフワガールと一緒にしないで!」
そう言ってキッと俺を睨み、ごくごくと琥珀色の酒を呑む。
イッキ飲み、では無いがハイペースには違い無い。
…………すごいなラギ殿は。
雷の女神の事前情報から彼女の性格を見抜き、言う通りに煽ったら早速効果が……!
やはり、殺す気で攻めろは良きアドバイスだったのだ!
◇
「うぅ、このお酒強くないかしら……」
「なら無理に呑まなくていい。カルーアにしてやろうか」
「冗談じゃない! 私をそこいらの頭フワフワガールと一緒にしないで!」
さて……。
キシムは上手く女神を連れ込めたみたいだな。
そして、俺のアドバイスも有効活用している。
口調が何故か荒いのが気になるが……まぁ張り切りすぎているのだろう。
酒も入れば肩の力も抜けるに違いない。
「良い呑みっぷりだな」
「私を誰だと思っているの? 女神よ」
「バカな事を言うな、貴様はただの雌だ」
「何言ってるの!?」
何言ってんだキシム!?
「喚くな。上げるのなら嬌声でも惨めに上げていろ」
「ど、どうしたのよ急に」
「これが俺の性格だ、それさえも見抜けないとはたかが知れるな。万年発情期が」
どうしたキシム!? お前緊張しすぎじゃないか!?
そんな毒吐くキャラだったか!?
お、恐らく……女神相手に精神的マウントをとって会話の主導権を握ろうとしているんだろうが……。
それはほぼ初対面の相手にやるような技でもないぞ!?
「あまり嘗めた態度とらないでよね、私に選ばれからって調子にノッてると消し炭にするわよ」
雷の女神は立腹したように声に棘を増している。
…………気付け! キシム! 今のお前は…………ハッ! そうだ!
俺はコンコンと机を叩く。
これでどうにか……どうにか落ち着けという意味で伝われ!!
「…………任せろ」
ギリギリ俺に聞こえるようにキシムは呟き。
「ほざくな雌が。程度が知れるぞ」
更に攻撃力を上乗せしていた。
ちゲェええよ!! 攻撃力はもういいんだよ!
もっとやれの意味じゃなくて抑えろの意味なんだよこれは!!
「貴方……本当にどうしたの」
「どうしたもこうしたもない、しつけもなっていない犬が」
「犬、ですって…………!!」
あぁもうヤバイだろこれ!
見るからに怒ってるから! 流石にフォローとかしとけよ! な!
見て分かるだろ怒ってるの!!
「貴方! 自分が何言ってるのか分かってるの!!」
「すまない、鳴き声でなく言語を話してくれるか」
だから攻撃力!! お前には何が見えてんの!?
もういいんだよ! 攻撃はいいんだよ足りてんだよ!! なんでそんな闘い好んでんだよ! 剣闘士か!!
「もう許さない! こんなにも侮辱されたのは初めてよ……!」
女神はバチバチと身体から蒼い電気を小さく纏わせる。
まずい……! 完璧に怒っ…………いや違う!
そうか、キシムは怒らせる事により『神域』の発動を狙っていたんだ!
確かにこっちの目的は相手に能力を使わせればいいだけ!
本来の作戦とは違うが……これならいける!!
「いや、それは言いすぎた。謝ろう」
なんでだよ!!!
なんで引いちゃったんだよ頑張れよ!!
というか、そんなんで許される訳ないだろ!
「……分かればいいのよ」
物分り良いな!?
あれだけ言われて許すのかお前!?
「物分り良いじゃないか」
バーサーカーか!!
なんでそんな偉そうなんだよ!
もうお前の思考が読めねぇよ!! 一体何がしてぇんだよ!?
……い、いや、コイツは酒を頼んでいた。
もしかしたら酒に弱く一口で酔っ払って……。
「ねぇ、どうして貴方さっきからお酒呑まないの?」
呑んでねぇのかよ!!
「これお前の分だぞ」
テメェのだよ!!!
なんで一つづつグラスあって全部女神のなんだよ! ウェイターの顔見てみろ『え!?』みたいな顔してんだろうが! 予想外過ぎて一瞬動き止まっちゃってるだろうが!!
二人組で入って2つ酒頼んでってどう考えても一つはお前のだろ!?
「な、なら戴くわ」
戴いちゃうのかよ…………。
「……はぁ、貴方がこんな人だなんて、驚きでいっぱいよ」
「これから俺を知っていけばいい」
「ふふっ、自信家なのね。まだ私のハートは射止めてないわよ」
「気が早いぞ。じっくり話でもすれば次第に分かってくるさ、お互いな」
「だといいわね。期待してるわキシム様」
…………ま、まぁ、幸いな事にさっきの険悪な雰囲気は無い。
雰囲気だけみれば実にフラットだ、酒も入っている。
それなのに…………俺の心はざわついていた。
…………大丈夫か?
まだ評価をしていないという方で
『主人公ええやん』『女の子可愛いやん』
『先が気になるやん』『挿絵ええやん』
『男の娘ってホモ?貴様死にたいのか……!?』等、思った方は
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たぶん来世はソロモン王です。おめでとうございます




