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騎士と脅迫と陰謀と




 ◇




「……二人は大丈夫だろうか」



 風に乗って外から聞こえる数多の騒音に、胸を焦がされるような気持ちで宿のテーブルにつきコーヒーを口にする。

 周囲の客は口々に魔獣が出たと部屋に篭もるか、急いで退室の手続きを済ませようとカウンターに押しかけている。


 『魔獣』。我が国を襲った正体不明の怪物。

 ……あの時はラギ殿が討伐した、今回も同じように彼に頼れば有効打は見いだせる……と甘い考えではならぬのだろう。

 こんな女神の加護を受ける大国で、そもそも魔獣が外から侵入してくる事など有り得ない。

 モンスターへの対策など国の……いや、集団での営みを運営するにあたり最重要で対策される部類だ。

 


「……『何者か』の関与は否定できないか」



 我が国を襲った漆黒の魔獣は、ラギ殿によれば絶命しても死骸が残らず雲散霧消してしまうという。

 そのタイプの魔獣と今回の魔獣……騒ぎの内容に耳を立てれば『漆黒』だと、そして『巨大』であると、けたたましく聞こえてきていた。


 同一犯による犯行、それもこの大国を襲える程に実力もある者。

 …………帰ったら、早急に調査をしなくては。

 これをただの偶然や快楽犯による犯行であると決定付ける事も出来るが……。

 …………これは、何か嫌な予感がする。


 そうして。

 胸のざわつきを覚えたところで。


 俺はカップのソーサーを、背後に投げた。



「これを躱すのか、やるじゃねぇか」



 …………背後を見やると、カウンターでごった返す客を押し退け、3人のゴロツキらしき人物が下卑た笑いを浮かべ、その中のリーダー各らしき髭面の大男が、俺が防いだ『ナイフ』を拾い上げた

 周囲の客達は、不幸中の幸いといったところか、魔獣騒動に目が眩んでいるのか、ゴロツキ達な目もくれない。


 

「何か用だろうか。物盗りにしては堂々と命を狙うのだな」

「用もなきゃ誰がこんな弱いものイジメするかよ」



 髭面の男は俺の近くに寄り、その酒臭い息を吐きながら、静かに……しかし的確に。



「この客らを殺されたくなかったら、ついてきな」



 と、俺を脅してみせた。


 ……頭を働かせる。逡巡する。

 今自分は鎧を纏わず剣も持ち合わせていない、そしてなにより罪もない人々が大勢だ。

 この手の輩に対する適切な処置は『制圧』だが……ここでは宿の主人の営業に支障をきたすだろう。 



「わかった。どこへなりとも連れてゆけ」



 俺の答えを聞き、リーダー格の男は背後の二人に目配せをして俺の肩を掴み立ち上がらせる。

 ……十中八九。これは何者かが金を払って雇っているだろう。

 そして……俺が騎士団長という情報も知っている。だからこそ正義を貫くこの心を利用し、あえて人の多い場所で接触してきた。

 …………手に取るように、その思考、その行動が読めてしまう。


 ゴロツキは俺を囲い、人気のない裏路地に誘いこむと壁際に俺を追い詰め、髭面は暗がりにきらめくナイフを見せつけながら話し出す。



「分かるだろ? 三対一、なんでもアリの戦いで俺達に敵わねぇ事くらい」

「…………あぁ。騎士の戦いにはルールが存在した、無法者とは違う」

「話が早くて助かる。格式ぶった騎士様だったら少しくらい現実を分からせてやらにゃならなかったが」

「これでも現実主義でね。そちらも対話で交渉とは話が分かるな」

「ぎゃははは! これは対話じゃねぇ『脅迫』だ坊っちゃん」



 …………脅迫。

 やはり、こいつらの裏には誰かがいるのは間違いない。


 でなければ……こんな普通のナイフ如きで脅迫になっていると、馬鹿げた話を弄する訳がないだろう。

 ナイフに劇毒を塗るか、既に呪術の準備を終えているかの直接的行動にここまで出ないのは、やはり何か意味があるからだ。



「なぁ騎士サマよ、あの大会出場してるんだってな」

「…………だったらどうした」

「辞退しろ。今から早急にな、そうしたらあの『魔獣』は止めてやる」



 魔獣だと……?

 まさかコイツらがあの『魔獣』の……?


 ……いや違う、術者本人が出て来る危険な事は犯さないだろう。

 しかしそのパイプをかのゴロツキが持っている。

 この大会…………女神を狙う『第三者』がいる……?

 大会の趣旨にそぐわない意味で……別のアプローチを仕掛けようとする輩が……。



「……目的は、女神の身柄か」

「何か勘ぐってるみてぇだが、そんな事に時間使っていいのか? 今頃市民の死体が量産されてるだろうよ」

「…………気が変わった」

「あぁ?」



 この魔獣騒動。

 雷の女神を狙う者が居るという事に加え、それはあくまで何者かの計画の『一部』でしかないだろう。 


 そしてそれは恐らく…………後々に災厄をもたらす。

 これは想像よりも遥かに深く、そして邪悪な意志が渦巻いている。

 大いなる力が裏で手ぐすね引いているような……そんな『陰謀』が見え隠れしている。


 事は……俺が思う以上に…………『深い』。



「やる事は山積みだが……先ずはお前達から依頼主の情報を聞こうか」



 ゴロツキ共は一瞬言葉を失い、そして大笑いを路地裏であげた。

 馬鹿にするように嘲笑い、コケ下ろすように腹を抱えて笑っていた。



「おいおい騎士サマよ、こんな状況で追い詰められて緊張しすぎだろ? よく考えろよ状況を」

「今から俺はお前達を平等に『聞き出す』。あまりこうしたくないが、事態は深刻そうなのでな」

「いい騎士道精神だ惚れ惚れする、だがナメるなよ?」



 髭面の男はドスを効かせた声と共にナイフを握りしめ、俺の肩を目掛けて振るわれる。


 俺はそれを最小限の動きで回避した。

 キンと高い金属の音が周囲に虚しく響き、髭面の男は回避されると思わなかったのか驚いたように目を開いた。

 

      

「もう一度忠告をする。大人しく情報を吐くんだ、今ので俺の力量が計れただろう」

「この程度のマグレで調子にのったか? あぁ?」

「マグレではない、だから素直に情報を吐くんだ」

「……あー、テメェ、状況が分かってねぇんだな……っとォ!!」



 髭面は丸太のように太い腕を振り抜き、その拳を俺の顔面に目掛けて振るう。

 俺はその単調な攻撃を受け流して、そのまま腕を抱えるようにしてロック。


 後はテコの応用で、男の骨を折った。


 空間に生々しい骨が折れる音と、蹲った男のくぐもった声が反響するが、路地裏でそれを奥まった箇所なのか誰もその声には反応しない。



「忠告はした、警告もした、ならば……後は『処理』だ」



 俺の力量をようやく察したのか、男の背後に構えていた男二人は血相を変えて逃げ出そうと、俺に背後を見せる。



「逃がすものか」



 その逃走行為を上から制圧するように、走り去ろうとする二人目掛けて、髭面の男を投擲した。

 その巨体は男二人を押し潰すのはあまりにも安易で、二人は呻き声を上げ地面へひれ伏すように倒れ込んだ。


 俺は落ちたナイフを拾い上げ、よろよろと起き上がる青い顔をした髭面の元に向かう。

 


「て、テメェ! 市民の命がどうなってもいいのか!」

「……何を言っている?」

「俺達は絶対に口を割らねぇ、あんな魔獣をどうにかできるチャンスをむざむざ捨てるのかって言ってんだ!!」

「あぁ、その事か」



 俺はナイフを構え、懐に忍ばせていた『毒』の入った瓶をその刃に塗った。


 黄土色をした粘性のあるソレは、悪意の塊。

 体の自由を奪い激痛を伴わせる……簡易的なエンチャント。



「別に、どうなろうが俺の知った事ではない」

「ば、バカな。貴様騎士だろうが!!」

「それは、裕福に育ち生まれた頃より汚れを知らぬ正しき騎士に言い給え」

「な、やめろ……それをコッチに向けるな!!」

「俺は。少事を切り捨て大事を成す。数十人の命で数億人が救われるのなら、それは必要だった犠牲だ」



 俺は躊躇なく、慈悲なく、えぐるようにして男のふくらはぎにナイフを突き立てる。

 絶叫につぐ絶叫、それを他の二人にも使用し舌を噛み切らないよう布を口に詰め込んだ。



「拷問は久しぶりでな。死なないように殺してやるから情報を吐くがいい」



 ……こんな姿。騎士団の闇の部分はラギ殿やクーロンには見せられないな。

 と、今頃魔獣を討伐してくれている事を祈りながら。


 俺は髭面の折れた腕を、再度折り曲げた。


 二人はこの情報の為に死ぬだろうが……。



「まぁ、運が無かったと諦めろ」



 脅迫とはこうやるんだと、俺はナイフに毒を塗り直す。

 ……大会の第二回戦に間に合うだろうか。

 

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