自覚と素養と魔獣
その夜。
俺とキシムとクーロンは宿の部屋で、今日の成果を報告しあった。
俺の報告は……一応目的の兵士を見つけ、それとなく情報を引き出せたのは引き出せたのだが……それは俺の推論も混じる確証に満たない情報だ。
この時点で余計な思考を生ませたくなかった為、あえて言わない事にした。
「まぁ俺は特に無かったな。キシムはどうだ?」
「俺は無事合格を言い渡されたよ。……まったく、ラギ殿は思い切った事をするな」
「悪い悪い、だが大成功だっただろう?」
「あぁ。ラギ殿のお陰で、どうやらかなり他の者と差を埋めることができたらしい。あのヘクタ王子には及ばないようだが」
「それでも上出来だ。お疲れ」
キシムは俺の行動に嘆息しながらも感謝をしているようだったが。
俺はサポートくらいしかしていない。
当たり前に考えればいい事を淡々とこなしただけだ、この一回戦突破は自力のものが大きいのだろう。
この調子で勝ち進んでいって欲しいものだ。
「それで? さっきから黙っている貴様はどうだ? クーロンちゃん」
「…………クーロンちゃんと、呼ぶな」
クーロンは宿屋に先に帰って来ていたようだが、声に覇気が無く、終始その顔色が晴れる事は無く曇天が表情を埋め尽くしていた。
落ち込んでいるのだろうが、その落ち込みようがまるで人生に疲れ切った奴隷のような目をしている。
これならまだ死に際のモンスターの方が生き生きとした目をするだろうというレベルだ。
「ラギ殿、やはり俺が水を持ってこようか? この様相は、少々傷が深いのではないだろうか」
「いいや。そこで甘やかせばつけあがる。いいか、落ち込んでいる暇はない、お前はただ手に入れた情報を吐けばいい」
「…………そう、だな。一応……それが役目、だもんな」
背中に闇を抱えたまま、クーロンはそのくぼんだ瞳でボソボソと話す。
「雷の女神についての情報は……奴は相当な恋愛脳らしくて……こういう催しも珍しく、ないんだそうだ」
「だろうな。あんな大会開くくらいだし」
「一応……女神としての仕事は行っているらしいが……基本、自分に相応しい男を漁っている……そして、今までそのお眼鏡にかなった男はいない。プライドの高い女だそうだ」
「女神の能力については何か分かったか?」
「それが……今まで一度もその能力を『使った事が無い』らしい」
一応、土の女神曰く『加護』と『神域』は別物だったか。
しかし……神域を使った事が無いとなると、下手を打てば計画が根底からおじゃんになる。
俺のコピー能力は、一度その能力を見たり発動を感じなければコピーできないからな……。
「……俺からは以上だ。趣旨趣向は……イケメン好き、くらいしかわからなかったよ」
「…………なぁ、クーロン」
「…………なんだよ」
「いや、これは女神には何ら関係ないんだがな、答えたくなければ答えなくていいが」
「……あぁ」
「お前、今日で何回『可愛い』って言われた?」
その言葉に、まるで小動物のようにビクッとクーロンは肩を震わせる。
そして……怯えた瞳で言った。
「…………一晩『100万』でどうだ、って言われた」
「…………キシム。コイツに温かい毛布と飲み物を」
「…………任せろ、とびきりのものを用意しよう」
「俺……俺男なのに……っ、アイツらエロい目で俺のこと……っ! 俺の事……っ!」
「よく、頑張ったな……」
俺は打算的な目的でなく、ただ純粋な気持ちとして……戦士を讃えるようにクーロンを抱きしめてやった。
胸の中でポロポロと涙を流すクーロン。
それはそれで一定以上の需要がありそうだったが……ここまで健闘し戦い抜いた戦士にそんな追い打ちをかけるものか。
よくやったと、俺はクーロンの背中を叩く。
「なんだよぉ……優しくすんなよぉ……」
「……これは戦場を駆けた者を讃えているに過ぎない、よくぞ生きて帰ってこれた」
「ぐすっ……俺……俺……男にケツ揉まれたのも……乳首わざと触られたのも……ちんこ揉まれる痴漢にあったのも……初めてで……怖かった……っ」
「……本当によく生きて帰ってこれたな」
想像以上の修羅場を潜っていた。
その語る言葉言葉全てが……重く、生々しく聞くに堪えないエピソードばかりだった。
まだ13歳と若いのに……これから立ち直れるだろうか。
「それでな……一番嫌だったのが……」
キシムから貰った毛布にくるまり、ココアを呑んで一息つけたのか。
クーロンは泣き止んで今日最大の地雷であろう事柄をポツポツと語った。
「俺……服売ってる露天商に話聞いてる時にな……着させられたんだ、女モンの服……」
「それは……災難だったのだな……男である貴方には、さぞ辛かったろうに」
「あぁ、よく頑張ったよクーロンは」
「いや……違うんだ……女モンの服を次々と着ていくうちに、もっとひどい事になった……」
違う……? まさか、これより凄い事って……トラウマレベルだぞ……!!
「俺…………色んな服着て、可愛い可愛いって客や店主から言われて……」
「その服全部買わされたってのか!」
「いやいいように客引きに使われたのでは!」
「違う……俺、俺……」
と、クーロンは……恥ずかしそうに目線を逸らし、言った。
「俺……こういうのもいいかなって……思っちゃって……!!」
「キシム!!」
「追加の毛布とココアだな! 分かるとも!!」
最早、これは讃えるのではない。贖罪だ。
新しい世界への扉を力づくで開かせてしまった……何も出来なかった俺達の、贖罪。
そこから行われたのは……カウンセリングだった。
しかし……覆水盆に返らずとは言ったもの。
……奴の潜在意識を目覚めさせてしまった取り返しはつかなかった。
「……いいんだ、俺は。今回の任務をやり遂げてみせる」
そう力なく笑う傷心の男に……俺達は描ける言葉も見当たらない。
普通の服は着せてやれるが、その服が次第に性別を変えていくのは時間の問題だった。
…………その夜は……少し、悲しい色をしていた。
そして翌日。
気持ちも一心に新たな時間を歩もうとしていたその矢先。
「――――魔獣だ! 魔獣が現れたぞ!!」
衛兵の叫び声で、その一日は色を変えた。
「キシム! お前はここにいろ! 怪我でもされたら困る! クーロンは戦わなくていいからついてこい!」
俺は全力で宿を抜け出し、騒ぎの中心へと駆けり疾走する!
人込みをかき分け、街の中心広場のような場所で……その魔獣は地面をゆする様な咆哮をあげていた。
「ひいいいいい! 助け、助けてくれ!!」
「うわああああ!! くるなああああ!!!」
「きゃあああああああ!!!」
その民衆の叫び声も届かぬように手当たり次第に無作為無差別に魔獣は破壊する。
地面を割り、店を破壊し家を砕き、その様はまさに災害のような純粋な力の塊だった。
獣じみた巨大な体躯、分類でいうならあれは狼だろうか。
しかしその身体は影の様に漆黒であり……俺はこの獣に似た魔獣を……以前に見ていた。
「おいクーロン! あれは『信仰』か!」
「あ、あぁ。間違いない! だが……どうしてこんな事を……」
「『信仰』の仕業って分かれば上等だ!」
俺は民衆を襲い暴れる魔獣に狙いを定め、地面を蹴り上げ加速する。
音は後方へ過ぎ去り、右こぶしに力を入れる。
逃げ惑う民衆の間を紙一重で躱しながら接近、上空へ飛び上がりクリアな視界で獣目掛け急降下攻撃を敢行する。
ここで俺が魔獣を討って好感度を上げれば、そのままキシムの好感度も上がるだろう。
千載一遇のチャンス! 優勝は固いとはいえ、やっておいて損は無い!
「グルガアアアアアアア!!」
魔獣は俺の死角からの不意打ちに間一髪で反応し、巨体に似合わぬしなやかなスピードでそれを躱してみせた。
……これは、どうやら前の魔獣とはステータスに違いが大きくあるな。
おそらく機動性を重視してある、直線的な攻撃はかわされる可能性大だ。人が多すぎて満足に動けそうにも無い。
……だがあまり時間も無いのも事実。速攻でこの状況打開して制圧するには……アレしかないか。