騎士団長とセレモニーとありがたみ
一番雷の女神をときめかせられる男を決めるこの大会。
コロッセオという大会の趣旨に大いにそぐわない闘技場で、それは開催された。
勝者には雷の女神とのデートが約束されている。
そこに選ばれている時点で女神の好みの男だという事だ、安易に心を許し神域獲得は容易に行えるだろう。
だから重要なのは女神とのデート、ではなく……そこに至るまでの過程。
この大会で優勝する事こそが重要となってくる。
「それでは――――最期に、事前審査をトップで通過した『ヘクタ王子』から順番に、参加者の皆さんに一言ずついただきましょう」
目の前で初老の大臣のような男が身を引き、代わりに集まった男たちの集団の中から、深い紫の髪で白銀の甲冑を纏った男が躍り出る。
王子という肩書に負けない堂々とした雰囲気、甘いマスクに落ち着いた瞳。
周囲の観客から割れんばかりの黄色い歓声が飛ぶ。
王子はそれににこやかに笑顔で答えつつ。
「私は、今日『雷の女神』を妻に迎え入れる為に参りました。どんな困難でも乗り越えて見せます、絶対に負けません」
と。
普遍的で面白みに欠ける言葉を残した。
その実直な姿勢は評価はされるだろう、堅実にアピールをしてきたって感じだ。
「ありがとうございます、それでは次の方」
次々と数十人の参加者が目の前でそれぞれコメントを残していく。
職業も冒険者から医者に近衛兵に大工、更には大道芸人なんて奴もいた。
観客の声援も止むことは無く、ウチの騎士様たるキシムも上々なコメントを残す。
「ラギ殿……本当にこれで良かったのか。これでは他の者と遜色ないが……」
コメントをし終えたキシムは、懸念したように耳打ちをしてきた。
事前に俺にコメントのアドバイスを求めてきていたが、俺はそれれに『普通で』と注文していた。
ここで何かアクションを起こさないと王子に埋もれると気付いたところまでは良いが、それは……お前の仕事じゃねぇんだよ。
「安心しろ。お前はそれでいい、そのままでいいんだ」
「しかし……この大会……恐らく……これが『第一回戦』だぞ?」
「そう。だからいいんだよ」
この大会は、トーナメントではなくデスマッチ。
毎回毎回行われる全三回の『審査』で、生き残った者が勝者なのだろう。
いわばこれは『オーディション』だ。
他の馬鹿共の大半はこの事実に気付いていない。このコメントを残すという事が既に審査なのだという事に。
この会場には姿を見せていないが、雷の女神は何かしらの方法で監視し、選別を行っていると思っていい。
でなければ、こんな挨拶程度の時間にこんなにも観客は動員されず、警備の数も雰囲気も物々しい感じではない。
「では、次……えー、ラギ様。どうぞ前にてお言葉をば」
俺は事前に用意した黒い仮面を装着し顔を隠して悠々と、なるべくゆっくり見せつけるように歩く。
この大会。
何十人も参加者はいる、当然他の参観者との『差別化』が尤も重要だ。
でないと、誰も『王子』なんて肩書に勝てない。
だからこそ他の奴らは自らの特技や個性を主張しアピールをしていた。
……だが。甘い。
それだけで、優勝候補が持つ圧倒的なアドバンテージは覆らない。
生半可なアピールじゃ、インパクトに欠ける。
「どうも皆さん初めまして。先ほどコメントを残した麗しの騎士団長キシムの連れです」
だからこそ。
狙うのは……圧倒的な迫力、他のすべてのコメントを喰うような破壊力。
「さて、雷の女神様。主催者なんだから姿くらい現せよブッ殺すぞ」
シン、と。あれだけ盛り上がっていた歓声がまるで水を打ったように静まり返る。
アウェーどころでないこの場で、俺は更に畳みかけた。
「あぁ? 出てこねぇな。どうせこの場を監視してるんだろ? 覗くのがそんなにも興奮するのか? とんだ変態女神だ救いようがねぇ。救う立場が救いようが無いとはこの国の行く末が心配だな」
静寂は数秒ほどで混乱にも似た騒動に一変する。
動揺が動揺を呼び、兵すら動揺しながら不届き者の俺を取り押さえようと向かってくる。
そしてここが良いアピールポイントだと判断したのか、他の参加者も思い思いの方法で俺を止めようとしてきた。
「ハッ、血気盛んな雑魚共が多いようで。その程度で俺が捕まるかよ三下が」
伸ばす手をかいかぐり、攻撃全てを受け流し、手玉にとりながら話をつづけた。
動揺は更に大きくなり注目度は加速度的に最大化している今こそ、おれは『宣伝』する。
「テメェらモブが敵うと思うなよ、俺に勝てるのは騎士団長キシムくらいだ!」
そう言って、バレないよう自然にキシムの前に移動しアイコンタクトと共に俺の右手を差し出した。
キシムは戸惑いつつも俺の右手を取り、そのまま掲げる。
「何をしているラギ殿! こんな狼藉許されないぞ!」
「……クッ、捕まっちまったか! 流石は騎士団長! そこでなにもせずイキって突っ立ってる王子サマよりずっと有能じゃねぇか!」
「いいから来い! 兵に明け渡して散々説教くらえ!」
「どうせアレ恋愛脳な調子乗った駄女神だぞ! お前そんなんでいいのか!」
「黙れ! その不敬な口を頭を冷やすがいい!」
そうして俺は、キシムを讃える歓声をバックに兵に連れられ、コロッセオから無造作に放り出される。
兵は俺の身柄と不敬を問い詰めようと俺を取り囲んだが……まぁ所詮はただの兵、ただの一般人と変わらない。
「おい! なんで捕まらない! 大人しくしろ!」
「もっと取り囲め! こっちは5人だぞ!」
「なんで5対1で俺らが遅れとってんだ畜生!!」
慌てふためき俺を捉えようと四苦八苦する兵達。
俺はその涙ぐましい仕事に対する熱意を感じながらひょいひょいとその包囲を潜り抜け、街の雑踏に消える。
用が済んだ仮面を外し、俺は適当に砂の街をぶらついた。
見事目論見は成功。あれだけお膳立てすれば嫌がおうにもキシムは目立ち、後の戦いも優位に進めることが出来るだろう。
「さて。それじゃ、次の一手を打つとするか」
俺は行き交う人の群れの中で『目当て』を捜索する。
さて……どこかに『紋章』刻んだ兵、いねぇかな。恐らくこれが……結構馬鹿にならねぇ情報収集になるだろう。
俺があのセレモニーに参加して思うにこの大会。
優勝は余裕だ。
恋愛云々は俺の門外漢だが、こと『戦い』の嗅覚なら負ける気がしねぇ。
恐らく……この女神の神域を手に入れるまでに『一度』、大きな争いが発生する。
そのターニングポイントが、明確なチャンス。
「こんな計画、このパーティだから出来たよなぁ」
俺は目的を探しまわりながらブラブラと探索する。
今のパーティに一人でも、屋敷のメンバーが居たのなら即刻俺の思い描く布石は崩壊していただろう。
比較的大人しく聞き分けの良い奴のみで固められたパーティだからこそ、この布石は成立する。
「話を聞いてくれるって……ほんと良いよな……」
俺が今回ツッコミに回っていないのが、なによりの『やりやすさ』の象徴だった。