夜と敵と友達と
◇
「それじゃお前ら、また明日も探索するから今日は早く寝るんだぞ」
夜。
宿での夕ご飯もそこそこに、ラギ師匠は私達に個別の部屋をあてがった。
「ふふっ、お母さんと一緒に寝ましょうね、ラギ」
「ちょっと! だったら私が何か起きないか見張ってたげるわ!」
「テメェら二人は同じ部屋だ。俺の眠りを邪魔する奴は殺す」
と、そんな感じで。
後で合流した、ルシフさんとレーネさん。私とインナちゃん。ラギ師匠。
計三部屋の利用。
ルシフさんは自分の神殿で寝泊まりすればいいじゃないかって、ラギ師匠は言っていましたが……なんでも今日は神殿には居られないらしい。
「――――何かあったんでしょうねぇ」
深夜。
皆が寝静まるまで待ってから、私達は準備運動をする。こういう細かな準備も大切なのです。
「まぁ、十中八九そうでしょ。最初から怪しかったもん」
「ですよねぇ。なーんかルシフさん隠しているようでしたし」
まぁ最初は直感で、何か怪しいなって感じだったけれど。
ラギ師匠と別れてから聞いたインナちゃんの言葉で、それは確信に変わった。
「こりゃ――――『信仰』が絡んでる」
インナちゃん曰く。
こんな芸当できる人物が、『信仰』の中に居たらしかった。
「日頃からラギ師匠に面倒みてもらったり、レーネさんに遊んでもらったり、お世話になってますからね」
「うん。ちゃっちゃと片づけて、お礼と行こうか」
私はこそっと宿を抜け出し、夜の水の都を体感する。
静かで冷たい夜の空気が肺に広がって、なんだかアンニュイな気持ちになります。
「こんな静かな夜も、あったんですね。私が住んでた街とは大きく違います」
「菊蘭ちゃんが住んでたとこって夜の街だもんねぇ」
「まだ慣れないです。でもこの夜もまた好きなんですよね、夜自体が好きなのかもしれません、私サキュバスですし」
「あははーそうだねピッタリ。私も夜好きかなぁ」
「どうしてですか?」
「私の能力と都合がいいんだよー」
タキシードを宵闇に溶け込ませながら、仮面の奥で意味深にインナちゃんは笑います。
……確か、前にラギ師匠に聞いた時は、もう何の能力か当てているって言ってましたが……私はまだ知りません。
「ねぇインナちゃん。インナちゃんの能力って、何ですか?」
「私の能力? そうだね、見せたげよっかな」
「そうですね。でも、私も手伝いますよ」
淡い月の光しか届かない路地。
閉店して閉塞している何も誰もいない道。
そこに、何人か……影が延びる。
「夜遊びを注意しに来たにしては、不愛想だね。一気に抜けよっか」
「えぇ。どうせ敵は『神殿』でしょう。ならば、魔法少女マジカルきくらん☆として押して参ります」
現れたのは5人の大人。
その眼は閉じても、誰かに操られているようにまっすぐゾンビみたいに向かってくる。
「あはっ、でも菊蘭ちゃん。ここは私に任せてよ」
「どうしてですか?」
「なに、私だって。ラギ師匠さんにもレーネさんにもお世話になっちゃってる。こんな私でも、敵でも受け入れてくれた人の役に立ちたいのさ」
そうして私の前に、インナちゃんは立ちます。
「それに……友達の役にも立ちたいじゃない?」
インナちゃんの言葉は私の胸に深く沁みました。
……生まれて初めて出来た、街の人以外の『友達』の言葉は……とっても、とっても嬉しくて。
「――――あれ?」
もう戦闘終了してるのに、気付けない程でした。
「さ、この調子で神殿目指そう!」
「おぉ! よくわからなかったですが凄いですね! インナちゃん!」
「えへへぇ」
何の能力か、大人たちは縄で縛られたように、何かでぐるぐる巻きになっていました。
私たちはその脇を通り過ぎて、一直線に神殿へと向かいます。
神殿は、街の最奥。
長い階段の先にあり、結構遠いのですが……。
「――――おっと。それ以上は行かせねぇ」
街の中央広場に差し掛かったところで、その手間は省けました。
「どうやら、俺の実験は殆ど成功したみてぇだが……邪魔者がいるとはな」
齢13くらいの、ボロボロのジャケットを羽織ったアウトローな格好の男は、悠々と夜の闇の中から現れる。
「なぁ、アンタら。手を引いてくれないか」
「何を言っているのですか。魔法少女として悪事は見逃せません」
「そうだよクーロン。それに『信仰』の一員がこんな悪事働くとか、無の女神さまが悲しむよ!」
クーロンと呼ばれた男は、インナちゃんの姿を確認すると、面倒そうに髪を掻いた。
「……あぁ? テメェは……仮面の……なら益々だ。この一件から手を引け、俺の『軍団』が出来上がれば女神様の『悲願』の支えになる」
「断る。どうせこの都の大人たちを操って兵士にって魂胆でしょ。誰がそんな悪事に加担するもんか」
「この都の大人が満足な兵士になるもんかよ、これは水の女神を説き伏せる為の大事な『人質』だ。なぁお前は『信仰』を、女神様を裏切るのか?」
「そうだよ、当たり前じゃん」
「…………そうだったな、お前はいつもそうやって軽かった」
クーロンは苛つくように語意を強めて、インナちゃんを睨む。
「貴様には信念も夢も何もねぇ。自分が無い、それが心底腹立つぜ」
「私から言わせてみればね。クーロン、信念も夢もこんな現実で、持つ意味なんて無いんだよ」
そうしてインナちゃんは――――駆ける。
影がのびるこの夜のフィールドで、石畳を蹴って一直線に。
「ハッ! 前からとは単純な!!」
「インナちゃん! 上!!」
インナちゃんの真上そして左右から、闇に紛れてたのか大人が出現して……インナちゃんを襲う。
私は間に合わない。
インナちゃんは驚いたように瞳を開く。
クーロンは当然のように口の端を上げる。
「……あはっ」
次の瞬間には。
「ッ!!? なっ!!!?」
インナちゃんは。移動していた。
「――――『影影影』」
クーロンの真後ろに、影の様に現れる。
でも、その背後にも大人を潜ませていたらしく……その振りぬかれた拳は、簡単にその頭に直撃して。
「……テメェ、それはもう明確な『叛逆』って事でいいんだな」
私の背後に現れて、背後から迫っていた大人を影で拘束した。
「だって私は軽い子薄い子要らない子。そんな影みたいに全部どうでもいい存在の私が、初めて出来た『どうでも良くない』友達なんだ」
月明りを受けて、インナちゃんは仮面のまま。
それでも、仮の面じゃなくて本気の言葉で……言い放つ。
「私は――――友達の為なら神様だって怖くない」
その言葉は……ずっと私が憧れていた言葉で。
ずっと誰かの為に、本当の意味で掛け値無く言いたかった台詞で。
いつか憧れた……魔法少女のようなワードで。
私の心は……冷たい夜に呑まれない程に、温かくなっていった。
「そうか。ならば敵だ、今からすぐ殺してやる」
「……! 菊蘭ちゃん。これから回避に専念して」
真剣に私の前に立つインナちゃん。
その言葉の意味はすぐに分かった。
「確かにお前は一対一なら余裕なんだろうが……」
ぞろぞろと、闇から大人たちがあふれ出てくる。
どれもこれもゾンビのようで……生気が無い。
「数で押せば。それも……何の罪もない民衆相手に、果たしてその正義はどれほど持つんだ?」
既に……私達は取り囲まれていた。
「俺の能力『睡深計測』は……お荷物抱えて突破できるほど、甘くねぇよ」
「お荷物じゃないよ。……菊蘭ちゃん、これだけは聞いて。時間ないからヒントだけ」
周囲から一切目をそらさず、インナちゃんは言う。
「クーロンは、このフィールドを夢の中に出来る」
「ご名答だ。まぁそれまで時間は掛かるが……果たして夢の中に引きずり込まれるまでに、俺を倒せるか?」
それが号令かのように。
「夢を操るこの俺が、夢のフィールドに立った瞬間。貴様らの敗北だ」
大人たちは動き出した。