加護と所作と新たな国
「私の神殿がある国で『異変』が起こっているのです」
水の女神の『相談』は、そうして始まる。
「私の加護を受けた国ですので、奇跡により人々は『安寧』が他よりも享受しやすくなっています」
「『安寧』……ってっと?」
「要はルシフの神殿がある国は、他よりも『落ち着く』の。女神の加護でね」
「はい。しかしそれ自体には問題はないのです。穏やかで健やかな日常を、民は享受しているのですから。こんなにも喜ばしい事はありません……ただ、それが最近暴走しているのです」
暴走……安寧が……?
「暴走して逆に落ち着かなくなったとかか?」
「いいえ、逆の作用に働くのではなく……安穏とした日々が強化されたといいますか。有り体に言えば、民の睡眠時間が長くなったのです」
「……どのくらいの時間だ?」
「ざっと平均『12時間』です。いくら睡眠は個人差があれど……流石におかしいと思いまして。その時に相談したバロンに、レーネが適任だと言われまして、こうして足を運んだのです」
……あの土の女神、面倒ごと押し付けやがったな。
そうか。
普段女神の友達も少ないレーネが、何故か機嫌よかった風なのは、頼られてたからか。
「そんな悲しい顔しないでルシフ! 私とラギにかかればあっという間に解決しちゃうんだから!」
「本当ですか! それはなにより嬉しい事です!」
さっきまで暗かった顔を目いっぱいに明るくさせて、ルシフは言う。
レーネはレーネで、得意げにそのまなざしを受け止めていた。
「まぁ受けるには受ける。俺もお前の『神域』が欲しいのは事実だ」
「母が欲しいのですね……良いでしょう」
「勝手に何を了承したんだ、おい」
「お母さんと、呼んでも良いのですよ!」
「とにかく! ルシフ、その異変の詳しい話を聞かせてくれ。あと住んでる奴らの『異変後』の共通点もだ!」
ルシフはむちむちとした体を、官能的に俺に摺り寄せ話そうとしている。
まるで、母親が子供に絵本を読み聞かせているように。
もう面倒だし……このままでいいか
「…………私にも聞かせなさいよ」
と、何故か反対側にレーネが来て寄り添うように座る。
心なしか、距離的にはルシフよりも近く、その艶やかな髪と柔らかな肌を身近に感じた。
「お前」
「……なによ、言われても退かないんですけど」
「いや、改めてみると見た目はすげぇ可愛いよな」
「……あ、当たりまえでしょ。女神なんだから」
……?
いつもなら更に調子に乗るのだが……なぜかしおらしくそっぽを向く。
しかし距離はくっついたままだ。
いつもと違う……どこか普通の女の子というか……大人しい新たな一面に、何故か目を惹かれた。
一体俺はどうしたっていうんだ、こんな奴に見とれるなんてばかばかしい。
「ふふふ」
「なんだよルシフ」
「いいえ? ただ息子の成長を喜んだだけですよ」
「訳の分からんことはいい。早く情報をよこせ情報を」
「はいはい。言いますよ、本当に可愛らしいですねラギさん……いいえ、ラギ」
……なんだその微笑は。その余裕は。
囁く様に俺の名を呼ぶな、背筋がぞわぞわする。
「では、そうですね。現時点で分かっている事といえば」
俺は、ルシフとそれから妙に大人しいレーネに挟まて、話を聞いた。
なんでもその国では、睡眠時間の増加に伴い『夢』の報告が多くあるのだとか。
「夢っていうのは、あの寝るときに見る?」
「はい。それで、夢の内容にも偏りがありまして、みなそれぞれ『子供の頃』の夢を見るそうなのです」
「だったら現時点で『子供』の奴はどんな夢を?」
「それが対象が大人だけなんです。しかし今後、子供にも魔の手が及ぶ可能性も否定できません」
「……そうか。しかし解決策がイマイチ思いつかんな。何か他に分かりやすい原因でもあればいいんだが。レーネ、お前はどう思う?」
「……え? あ、あぁそうね。私じゃちょっと分からないわ」
「そうか……」
原因が不明なのは相当厄介だ。
それが病気なのか、それとも第三者の故意なのか……地脈っていう線も十分ありあえる。
「なら、一度私の国へ参りますか? その方が、何かヒントが得られるやもしれません」
「それもそうだな。よし、そうするか」
「では、私は向こうで転移陣の用意をしますので、今から用意する魔方陣が光りましたらその上においでください」
と、水の女神ルシフは、足元に魔方陣を出現させ、転移した。
部屋には俺と光の女神レーネが残る。
「おいレーネ、お前もついてこいよ。一応お前も頼られてんだから」
「勿論よ。ほっとけるわけないもの」
口調は大分戻りつつあるが、まだどこかよそよそしいというか……違和感を感じる。
「……なぁ、なんでさっきからお前大人しいんだよ。あれだけ調子のってたのに」
「うっさいわね、ちょっと自分が単純だなって後悔してただけよ」
「そりゃお前馬鹿なんだから単純だろうよ」
「馬鹿じゃないっての、アンタも大概なんだから。それよりさっさと準備なさい。すぐ出発するわよ」
俺はその言葉を受けながら部屋から出る。違和感の正体は依然として不明のままだ。
……まぁ、大人しいのはいい事か。
それより、さっさと準備すませねぇと。菊蘭とインナに見つかったら……絶対に連れて行く羽目になる。
これから何が起こるか分からないんだ、危険だし留守番させるのが一番だろう。
「あ、ラギ師匠。どこいくんですか?」
「あ、ラギ師匠さん、なにやら面白そうな気配がしますけど?」
ふざけんな。