女神と力と8人目
「いや、それも知らないが……八人目? 七人じゃなかったのかよ」
「それがいつの間にか存在していたようで、属性も不明なのです。私も他の女神が噂程度に教えてもらっただけで」
「新人の女神……?」
「はい、ですがその場合。既存の属性の女神の後継として現れるものなのですが……新しい属性、新たな女神というのは過去に例を見ないのです」
「それって……何か問題でもあるのかよ。人数が増えた分、女神連盟が強くなるって事で世界がより守りやすくなるんじゃねぇのか?」
「そうなのですが……その女神の情報が圧倒的に不足していてですね。貴方は能力を収集したいのでしょう?」
「まぁそうだな」
「ならその道すがら他の神に会った際、探ってみてもらえませんか?」
「それは構わんが……俺が探るより、お前が直接聞けばいいじゃねぇか」
「私はまだ、あの街の用件が完了していません。ひと段落つくまで離れられませんから」
確かに、あの急激に栄えた街の処理は簡単ではないだろう。
需要があれば供給があるように、一度起こってしまったビジネスは覆しずらい。
あの街の中枢である女神バロンが他の事にかまけていられないのは、一目瞭然だった。
俺も断る理由もない。
むしろ、八人目というジョーカーの情報は是非とも手に入れておきたいものだ。
「それでは。私はこれで」
「まぁ座れよ。せっかく会ったんだ。これから激務なんだろう、ならちょっと息抜きしていきな」
「……昨日まで争った相手にそこまでしますか?」
「それをお前が言うか?」
「…………」
うわ、すごい睨まれた。
「不快ですね、そうやって人を勘ぐり決めつけるなど」
「でもまた座ってるじゃねぇか」
「……うるさいです。貴方に多額の不当請求をねつ造して借金にまみれさせますよ」
「やり方が陰湿だな!?」
「ふん。まぁいい機会でしょう。貴方の曲がり切った根性を私が規則正しく模範的になるよう、説いてあげます」
そうして、女神バロンは話し出す。
内容はお固く、およそ楽しい話とはいえなかったが、徐々に世間話も増えていく。
話をする女神は言葉には表さないが……どこか楽しげだ。
そして、その会話、雑談は。
「Aランクの魔獣が出現!! 兵に従い即刻避難せよ!!」
衛兵の声と数多の悲鳴で打ち切られた。
窓の外には我先にと走る人々であふれていた、無論このカフェの客も突然の事態に混乱しているようだった。
だが、その中でも女神バロンは一切の表情を揺らがせることなく。
「後は任せましたよ」
と、俺の珈琲を飲み干した。
「女神様の間接キスとか、信者に殴り殺されないか俺」
「これもまた祝福です。さぁ、お行きなさい」
俺はお代をテーブルに置いて、街道へ躍り出る。
ったく、こんなアクシデント。魔法少女の喜びそうなシチュエーションじゃねぇか。
頼むから大人しくしてろよ……! 怪我でもされたらあの女神に社会的に殺される!
「火炎魔法用意! ヒーラーは回復を急げ! 冒険者の頑張りどころだぞ!!」
――――結果から言えば、菊蘭の姿は何処にもなかった。
この街の広場。門の前に魔獣は出現していたが、それなりに目立つ場所にも関わらず姿が見えない。
……まだ気づいていない、という事だろう。
なら、早期決着が望ましい。
「早々に市民は逃げよ! ここは我ら騎士団に任せるのだ!」
全身を闇のような霧に覆われた大型の獣じみた魔獣は、何人かの騎士団と数人の冒険者と戦っている。
初めて見る魔獣だ。
結構なダンジョンを見てきたが、こんな奴は見た事がない。
大きさは5メートル程。巨大でしかし素早い動きと、地面を抉るほどのかぎ爪は兵たちや冒険者を圧倒し、足止めしかできてはいなかった。
「AだかBだかのランクは分からねぇが……結構強そうだな」
魔法や回復やスキルが飛び交う戦場で、俺は一歩引いて観察する。
神の能力が使えない以上、素手で倒すしかないが……いけるか、アレ。
地形は平たん、味方の数はそれなりだがじり貧だ、破壊された箇所は地面のみで……他にどこか利用できる要素は……。
「って、そうか。別に考えなくても良いのか」
そう。俺はもうあの時の……ダンジョンを死に物狂いで踏破していた時の俺ではない。
「グゴアアアアアアアアアアアアアア!!」
魔獣は暴れ、見境なく嵐の様に周囲を破壊する。
その凶刃は切り裂き潰し、突進して、破壊力をただ暴力的に振るう。
誰かの叫ぶ声がした、逃げろだかなんだが知らなかった。
ただ、突進した先に……傷で動けなくなった少女がいた。
その眼に涙を浮かばせて、目の前の脅威に目をつぶる姿があった。