超淫魔とギルドと未熟な弟子
「……んー。これは難しいですねぇ」
ギルドの受付嬢は眉をひそめて、カードを眺め顎に手を当て思考をあれこれ巡らせているようだった。
――――新たな仲間、菊蘭を加え昼食もそこそこに、俺と菊蘭はこうしてこの国にあるギルドへ来ていた。
レンガ造りの内装に広々とした室内には何席もの木の机とイスが設置されており、酒場と共同なのか、昼間から酒を浴びる冒険者や武勇伝を語る者、モンスターの素材を見せ合っている者まで、賑わいを見せていた。
「ラギさん……私って、ここに来る必要ありました?」
隣でやや言いにくそうに、菊蘭は言う。
魔王曰く、菊蘭には経験値が足りないという事で、本人の熱い要望(主にエロさを前面に押し出したやり方で)ついに俺が折れ、鍛えようという話になったのだが……まずはポテンシャルを知らないとってことで、こうしてギルドで鑑定をしてもらっていた。
戦闘力なんて俺が戦えばある程度感じられるのだが、それは感覚であり、正式なものじゃない。
育てるというからには、ちゃんと知っておかなければならない事もある。
「強くなる為には自分が今何が出来るのかを知っておくのが必要だぞ」
「ラギさんがそう言うなら……」
「まぁ焦るなよ。自由になったのが嬉しいのは分かるが、何事も準備が大切だ。それで、コイツの能力で剣士は難しそうか?」
「そうですね……正直に言うと、剣士になるのは難しいかもしれません」
「え、私そんなに弱いんですか?」
「剣士に必要なステータスが、ギリギリ過ぎるんです」
「そんな……私、大きな剣を振り回して『あの華奢な体であれほどの業物を!?』って言われたかったのに……」
おっと、コイツなんか妄想癖あるんじゃないか。
フィクションに深く嵌って言動や思想が影響されたか……たしか幼馴染言ってたな。
こういうのはオタクというんだったか? いや、中二病?
……なんにせよ、扱いづらさ半端ないな。
「ここは弟子として師匠にカッコいい私を見せたいというのもあるんですが……現実は厳しいですね。本気出したらチートだと思ってたのに私」
「そんな上手い話あるわけないだろ。何も努力しないで苦労せず手に入った強さなんて害にしかなんねぇよ」
「でもラギさんはその力を一瞬で手に入れたんですよね?」
「これは今までの積み重ねが花開いた結果だ。お前の妄想と一緒にするんじゃねぇ」
「あてっ」
俺は菊蘭にデコピンをかまし、受付嬢に向き直る。
「剣士の技能が足りねぇって事は、前衛でドンパチやるような奴じゃねぇって事だよな」
「はい……えーと、向いていないので別の選択肢をおススメします」
……受付嬢は必死に言葉を選んでいるが、つまりはそっちの才能が全くないという事だろう。
剣士なんて冒険者の基礎的なポジションだ。それさえまともにこなせないようであれば、他のポジションもたかが知れる。
「ですが、初めて冒険者を志す人にしては、ベースは出来ているんです。自主的に訓練をなされたようですね」
「はい……それはもう大変でした……」
「でも落ち込まないでください。その努力のおかげで剣士にも一応適正ラインぎりぎりはあります……ただ、そのそれ以上伸びる兆しが見えないと思うんですね」
「ラギさん……私……ぃ、ポンコツでごめんなさいぃ……」
「まだ完全に無能と決まったワケじゃないだろ。なぁコイツに向いてるジョブはなにかあるか?
「ええと……このステータスですと」
再度、受付嬢はカードに目線を映す。
菊蘭はその様子を不安げに見守る。
「あ! 回復術士なんてどうで申し訳ありませんそんな落ち込まないでください……」
「……菊蘭、そのモードになるほど嫌か」
菊蘭はいつか見た、無感情無表情モードを発動していた。
どうやらヒーラーはお気に召さないらしい。どんだけ嫌なんだよ。
「じゃお前はどんなジョブがいいんだ? 補助と攻撃、どっちが好みだ」
「そうですね。全てを灰燼に帰すような攻撃ができるジョブでしょうか」
「やっちゃ過ぎるだろ」
「もうそれは派手な攻撃がいいです! カッコよく詠唱とか言いたいです!」
なんてキラキラした瞳だ……。夢と希望に満ち溢れている、今時こんな目出来る奴いるかよ……。
「でしたら魔法使いは良いのでは? 上級冒険者にもなれば巨大な爆発を起こすことも可能でしょうし」
「いやでもそこはオリジナリティを出していきたいんですよね、オンリーワンでありたいんです」
……我が儘だな。
いや、これはいい傾向なのか。自分の幸せを探そうとしているんだろう。
夢と希望に満ちた瞳ではあるが、そこに真剣さもちゃんと帯びている。
「ではお聞きしますが、どのようなジョブがお好みですか? 漠然としたものではこちらも登録が出来ないもので……」
「そうですね……」
と、しばし菊蘭は腕をくんで考え込んだ。
「ところで、貴方は冒険者登録はなさらないのですか?」
「俺か? 俺はいい、冒険者とか興味ないんだ。ただの付き添いだよ」
神狩りっていう目的がハッキリしている俺には、冒険者なんて金を稼ぐくらいのメリットしかないだろう。
今のところ、魔王とクルイスを救った分の報酬がまだ残っているし、これを活動資金として請求すれば当面は安泰な活動資金が手に入る。
それに、今更スライムやら薬草集めやらしたくねぇ、時間の無駄だ。
「それは残念です。ですがもし気が変わったら是非我がギルドへおこしくださいね」
「考えてお」
「あっ!!」
菊蘭はハッとしたように声をあげ、受付カウンターに身を乗り出した。
「そうだそうですそうですよ! ありました! 私のやりたいこと!!」
「ち近い近いです!」
「ご、ごめんなさい! 私ったらつい、でもあったんですよ私の! 私だけのこと!」
「ええと、それは何ですか?」
受付嬢の言葉に、菊蘭は満足そうに……そして、腰に手を当ててハッキリと言った。
「私! 魔法――」
魔法使いか。
「――少女になります!!!」
…………なりますじゃねぇよ……。
◇
魔法少女
俺にそんな知識なんてあるわけないだろ、と言いたかったが。
残念ながら幼馴染のお陰というか後遺症というか、知識としては知っていた。
だからこそ、菊蘭の言葉を前にして茫然としていた受付嬢から、菊蘭をひっつかんでギルドから連れ出す事ができたのだ。
あのままにしておけば、冷やかしと思われ出禁をくらってもおかしくはない。
一旦頭冷やさせてまた来ますと言い残し、俺は即座に街道へ躍り出る。
「ちょっと待ってください! まだ登録途中でしたよ!」
「魔法少女なんてジョブが通るかよ、頭冷やせ」
「だって私……これがいいんです。ずっと憧れだったから」
外出が許されなかったであろう生活の中で、菊蘭の楽しみは小説や漫画といったフィクションだったのだろう。
暗く先の見えない空間で、娯楽達は菊蘭の励みに、そして生きる活力になっていたに違いない。
「ただな。それを成立させるには『準備』が足りねぇ」
「私が経験足りないからですか! だってラギさんは幸せになれって!」
「あのな、話を聞け。俺が言いたいのは順序であって」
「なら見ててください! 私はラギさんが思ってるほど弱くはないんですよ!」
そう言って、不服そうに啖呵を切り菊蘭は人込みの中に紛れてしまった。
……少し……いや、かなりやる気に満ち溢れすぎている。
モチベーションは高いに越したことは無いが……行き過ぎればそれは毒だ。
……今ならまだ追いつけるが、無理に引き留めた所で反発するのがオチだろう。
「夕飯までには帰ってこいよー!!」
俺は去り行く背中に声をかけた。
菊蘭はそれに手を振って答えるが、そのせいで危うく人とぶつかりそうになる。
……大丈夫かコイツ。
「……ったく。念の為、ちょっとやっとくか」
面倒だが、俺は作業……まぁ布石を一つ仕込む為に一時間ほど時間を費やした。
奸智術数というほどでもないが、やっておいて損はないだろう。
そうしてその作業が終わった頃、観光がてら街を散策する。
昨日はバタバタして観光どころじゃなかったからな。
屋敷に帰りながら適当に見て回ろう、ついでに魔王と女神にもお土産でも買ってくか。