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恩と自分と幸せと


「参りますよ」



 女神はその槍を深く構え、そして……俺に目掛け投擲した。


 俺はそれを避け、体制を整える。

 その間に女神バロンは菊蘭の傍に寄り添い、新たに槍を作り出す。


 

「過保護だな、女神サマよ」


「この子にはまだ働いてもらわねばなりません」


「洗脳しといて何が働けだ。中身が無い人間なんてただの死人と変わらねぇよ」


「死人に鞭を打つ、という言葉があるではありませんか。物は使いようですよ」



 女神は微笑みを絶やさない。


 しかし、その根底にある冷徹さ、感情全てを数字としか捉えないような人格が……よく見えた。

 


「へぇ……そうか、よっ!」


 

 俺は踏み込み、加速する。駆けだす。

 矢のように女神の元へ走りだし、俺の右腕を遺憾なく振りかぶり、その余裕そうな女神の顔めがけブン殴った。


 躊躇なく振るい、勝敗を付けに行く。


 

「……あら、お優しい。手加減してくださるなんて」

 


 その右拳は容易く女神のしなやかな手のひらに包まれる。

 しまったと感じた時には、俺の腹に槍が迫っていた。急所を狙ったその一撃を俺は無理やり脚で払う。

 

 槍は甲高い音を立てながら天井へと突き刺さり消える。


 代償に……俺の掴まれた右拳は、握りつぶされ破壊されていた。


 女神は俺を玩具の様に、遊ぶように放り投げ……俺の身体は無抵抗に地面へと叩きつけられた。



「貴方、ここは何処か理解していますか? この遊郭は私の『神殿』と化しています。つまり『信仰』が最も集まる場所なのです」



 激痛が体に走る。右腕は血に塗れあらぬ方向に指が曲がり力が入らない。



「信仰を集めた『神』相手に、よもや単身。しかも人間の身で闘おうとするなんて、よほど命が惜しくないのですね」


「……そんな、戯言は、どうでもいい」


「はい?」



 俺は立ち上がる。目を離さず正面から睨む。



「お前が……信仰を集める為に他の奴らをなんとも思っていないのは、よくわかった。その笑った顔に何の感情もねぇって事も」


「心外ですね」


「黙れよ人外、お前は菊蘭を操ってこの街を栄えさせようと、してたんだろうが……」

 

「何をおっしゃるのですか。全く違いますよ。――――『神槍強化』。『神淵槍エンシェントスピア』」



 女神バロンは目の前に三本の槍を展開。


 それを投擲し……操作した。

 無軌道に光の軌跡を描く槍は、闇を切り裂いて縦横無尽に俺を狙う。


 紙一重でその攻撃を躱していくが……一度交わしても死角から更に追撃が加わり、その攻撃は止まない。



「私は、この街の住人全てを・・・・・・・・・操っているのです。その方が効率的にこの街を繁栄させられる」



 一槍は蹴り上げ消失させ、一槍は左拳で殴り破壊し、一槍は膝で割る。

 

 一つ一つが脅威、何か一つでも狂えば俺の命なぞ直ぐにでも散らされる。



「さぁ。そろそろ詰めに行きますよ」



 光の槍は5本に増え、脅威は増した。

 

 前回よりも繊細に、さっきよりも絵鋭利に集中……焦るな怯えるな、俺はあの地獄を生き抜いた。



「随分と粘りますね。もう止めませんか? 私には勝てませんよ、貴方が退いて街へ無関心を貫くのであれば私は身を引きますが」


「ほざけ……っ! 今からテメェの顔面ブン殴ってやっから待ってろ……!」


「……全く意味が分かりません。神に逆らっても良いことなどないというのに」



 身体に傷が増える、裂くような痛みが脳を襲い焼けるように傷が熱い。


 光の槍は尚も苛烈に無尽蔵に死を運ぶ。俺はそのこと如くを破壊する。


 

「……女神バロン。菊蘭がこれを望んだといったな、この街の繁栄を望んだと。その本人すら操って私腹を肥やすとか、良い身分じゃねぇか」


「知ったような口をきかないでください。……不愉快です」



 俺は最後の槍を消滅させ、血の大量に染みた畳を踏みしめる。


 息が上がる、傷が身を裂く様に痛む、痛みが神経を圧迫する、だが俺は女神に立ち向かう。


 

「貴方がどこまで察しているか知りませんが。彼女の魅力、魔性。あれは私の『奇跡』ではありません」


「…………あぁ、そうかよ」


「菊蘭は……この世に産まれ落ちた頃から呪われていたのです。故に、その異常性ゆえに棄てられ……今までずっとこの遊郭の地下に幽閉されていました」



 女神は、語る。その顔に……微笑みは無く、淡々と。



「忌み子ですよ。誰からも愛されず誰からも必要とされない。その状態で捨てられ……この最近、私が顕現した時、なんと私に願ったと思いますか」


「この街の……発展……」


「……この子は自身の運命を一切呪わず、自分を育てたこの街の為に尽くそうとしているのです。……ならば、私はその願いを集めるまで」



 女神の声は、熱を帯びる。


 

「ご存知ですか。菊華は……その身を。身体を焼いたのです。この身体が迷惑をかけるからと」


「…………」


「私が発見し回復魔法をかけなければ死んでしまう程にです。その意味が浅慮なうわべだけしか見ぬ貴方に分かりますか」



 槍は……その数を増やした。


 8本。俺は呼吸を整え、放たれるその一本一本を見据える。

 

 

「貴方はこの街を壊すというのですよ。彼女が自身さえも犠牲にして尽くそうとした街を。なればその罪の重さを知りなさい」



 上下左右。絶えず続く致命傷をのせた光の槍。


 身体の傷は増えて、その勢いは増し傷は深く、死は分かりやすく俺を手招く。

 


「貴方から見れば、私は街の人々を操り私腹を肥やす神に映る事でしょう、それが……菊蘭だけじゃない、この街全員の総意とも知らないで」



 自ら進んで洗脳を受け入れた、その意味は深く考えるまでもない。

 女神と同じように……町の人々も、菊蘭の願いを叶えようとしていたのだ。

 

 ……菊蘭の居た地下牢は、接した人々は……温かく菊蘭と接していたのだろう。

 それを受け、菊蘭も街の人の為にと。

 

 その為に、街の人々は女神の洗脳、加護の力を受け入れ、より上により効率的にと、この街の発展に尽くしたのだ。


 

「貴方のような、力をただ振りまく外道に。この愛する街を壊させはしません」



 槍は……全て、落とし終えた。


 だが……目の前には追加の凶器が並ぶ。


 10を超えた明確な殺意が並ぶ。



「……最終通達です。この件から手を引きなさい、貴方立つのもやっとでしょう」


「…………断る」


「運命とはいえ、この国が傾くようではいけません。人が身を崩さぬフォローも致しましょう」


「……断る」


「っ! どうしてですか、何が足りないというのです! このままでは本当に死ぬのですよ、私の話は心に届かなかったというのですか!」


「届いたさ……理解も、した。だが、笑わせるなよ……死人が生きている俺を殺せるもんかよ」


 

 俺は、睨む。


 女神を、ただ真正面から。



「テメェらの思想は良く理解した、菊華の願いも、進んで受けた洗脳も……だがな、死んでるんだよ。気付かねぇのか。停滞だけじゃ……死んでるのと同じだ」


「では、私の話を聞いても尚。この和解案を放棄するのですね」


「当たり前だ……。そんなもの、俺が全部壊してやるよ。この死んだ街ごとぶっ壊す」


「では。残念ですが――――『神域』発動。『神の宣託オラクル』……そのまま『動くな』」



 光の槍は一斉に俺に切先を向け……。



「『支配者パーフェクトオーダー』『神の託宣オラクル』――――『消えろ』」



 その全ては粉の様に消えた。


 一部の逃すことなく、均等に月明りの中に溶けて消える。



「そんな……私の、どうして……ッ!? どうして『無効』なんて出来るの!? 私の神域はそこまで……」



 女神は色濃く動揺し、慄く。


 自身の神域を発動した、目の前の……人間に、戦慄していた。



「これは随分と使い勝手の良い能力スキルだな、女神バロン」


「クッ……『神の託宣オラクル』!! 『止まれ』!」


『神の託宣オラクル』。『無効』だ」



 女神の顔から一切の余裕が消えた。


 俺は、進む。



『神の託宣オラクル』! 『停止』!」


「『無効』だ。女神、さっきの御高説は大層感情入ってはいたが……致命的に間違ってんだよ」


「私は! この子の願いを!」


 

 女神は、光の槍を片手に俺へ向かって走り振りかぶる。


 信仰を集めた女神の全力。俺の拳を砕いた時と同じ神の力。



「な、どうして……どうして!!」



 俺はそれを片手で受け止めた。


 槍の刃を左手で握り、至近距離の女神を見下ろす。



「どうして? 女神、俺はさっきの槍相手で……経験値溜まって成長レベルアップしたんだ、何を驚く必要がある?」

 


 女神の防御は間に合わない。

 深々と俺の蹴りが腹にめり込んで、後方へ派手に吹き飛ばされる。


 動じず動かず菊蘭は俺を見ている。


 俺は、そんな菊蘭に対して能力を発動した。



「『解除』。さ、これで操り人形じゃなくなったな。んで、なんだっけか、お前の願い」


「私の、願いは……みんなが、幸せに、この街を……豊かに……」



 洗脳が解け、恐怖という感情を自覚したのか、ガチガチと歯を鳴らし、答える。



「そうか。なら、待ってろよ。俺が叶えてやるから」



 俺は起き上がろうとする女神の元まで行き、今度は顔面に拳を放つ。

 生々しい軋むような音と共に鮮血が舞い、再度壁に女神は叩きつけられる。

  

 菊蘭は、その光景を恐怖に染まった顔で……。



「や、やめて! 女神様に攻撃しないで!」


「注文が多いな。お前の願いはこの街を守る事。俺はこの女神の力を手にしたんだ、俺が居ればその願いは叶うだろ」


「お願いします……! 私はなんでもするから! だから!」



 菊蘭は膝をついたまま俺に縋り、必死に訴える。



「はん。なら菊蘭。嘘をつかずに、もう一度言ってみな。お前の願いを」


「え……わ、私はこの街が豊かになって……」


「ちげぇよ。笑わせるな。そんな外面だけの死んだ願いじゃねぇ。本心を聞いてんだ」


「本、心……」



 俺は続ける。


 呪われた身体を持った花魁に、孤独を生きた菊蘭という存在に。



「誰かの為とか理由を外に作らねぇで、自分の言葉で、自分の願いを言ってみろ」


「でも、それは、本当に思ってる!!」


「そうか? 俺には言い訳にしか聞こえねぇ」


「違う! 私はみんなに恩返しがしたくて」


「なら――――みんながお前に望んだ事を、考えた事あるか?」



 続ける。続ける。


 菊蘭は、俺の言葉にハッと目を見開いた。



「他の奴らは、お前の境遇に悲しんで、或いは怒ってお前の為に色々してくれたんだろう。そこの女神だって、そうなんだろうよ」


「…………」


「でもな、そんな奴らが願ったのは、恩返しなんかじゃないだろう? そんな成功報酬じゃないもっと違うものだ」


「…………ちが、う……」


「俺は所詮他人だ。けどな、俺が思うに、お前によくしてくれた奴らは皆……」


「あ……あぁ……」



 菊蘭は、その美しさを崩すように、表情を……変える。



「お前の幸せを、願っていたんじゃないか」



 顔を赤くし目からは涙を流し、それでもなお……菊蘭は美しかった。

 表情を崩しても尚、その魔性は失われない。

 

 ただ、涙は……伝う、伝う。



「恩返しもいいけどよ。それは、ちゃんとお前が『幸せ』になってからだろうよ、そっからの話だ」


「しあ……わせ……」


「さぁ。もう一度聞くぞ、菊蘭。お前の願いは……なんだ。お前は今、幸せなのか?」


「わた、しは……私は……」



 ぐずぐずになった顔を袖で拭き、菊蘭は月光の中。

  

 立ち上がる。その足で、自分の意志で。



「もっと可愛い服を着てみたい! もっと美味しいものを食べてみたい! もっと本が読みたい! もっと色んな事を知りたい! もっと遊んでみたい! 旅行がしたい! 観光がしたい! 料理がしたい! 野原を散歩したい! 誰かと一緒に遊びたい! 友達がもっと欲しい! 勉強は嫌だ! つまらない事はしたくない! 嫌いなものは食べたくない! 嫌な事はしたくない! ずっとずっと遊びたい! 我慢したくない! 友達と一緒に帰ったりしたい! 小説や漫画のように冒険したい! フィクションにあこがれてるだけは嫌だ! 私ももっといっぱい色んなことしたい!」



 菊蘭は……叫んだ。



「閉じ込められるだけはもう嫌なの!!!!」



 空間に思いが反響する。


 その涙は止まらない、相も変わらずその顔は綺麗だったが……。



「なんだ、そっちのが可愛いじゃねぇか」



 ちゃんと……生きた顔をしていた。



「貴方、その、事を……菊蘭に、伝える為に……」


「あ? 俺はただ、いいこぶってたコイツに苛ついただけだ。それに、女神のクセしていい子ちゃん部分しか見ようとしなかったテメェにもな」



 女神バロンは自身を回復魔法で治癒し、その傷は全て癒やされていく。


 ……やはり、女神相手には、心を砕くか一撃必殺で仕留めるしかないらしい。

 ……まぁ、今回はそんな気さらさら無かったが、次もしそうする必要が出来たら速攻片付けるとしよう。



「じゃあな。俺は『あそこまで追い込まれなきゃ本音が言えねぇ』ような頑固者共にはうんざりだ、帰る」



 俺は懐から最後の転移の札を取り出し、そして発動する。


 足元に楕円の淡い青の魔法陣が展開された。



「後は勝手にみんなで傷舐め合ってろ、そうすりゃ少しはこの街も生き返るだろうよ」



 そして。


 女神バロンに寄り添い、何かを俺に言おうとした菊華を最後に、俺の転移は完了した。


 景色が……壊滅的に滅茶苦茶になった座敷から……屋敷の前へと変わる。


 どっぷりと暮れた真夜中。

 体中を襲う痛みを抱え、俺は帰宅する。


 あの女神バカを叩き起こして回復魔法でも……いや、これは自分で回復魔法を消した俺の瑕疵。


 明日まで仲良く痛覚と一緒に寝るとしよう。



「……ようやく帰ったか。ラギよ」


「……こりゃいい。魔王のお迎えか」



 屋敷の扉。玄関へ続くその前で……俺は扉によりかかる魔王に会う。

 淡く周囲を照らす月は……魔王の極まった美しさをより際立たせた。


 透けるような白髪は幻想的に夜風で揺れる。



「妻を置いて先んじるとは、おかげで夜這いが出来なかったではないか」


「うるせぇよ。なんならついてきても良かったんだぜ、どうせ俺が時間遅らせて行った事しってただろ」


「当然だ。だが、貴様の妻は夫の成す事を知らずして恥を見せるような真似はせぬ。夫を送るのは妻の役目だ」


「それでこんな時間まで待ってたのか?」


「そこまではせぬ。さっき偶然起きたのだ。そうして気が向いたから外に出てみればダーリンが現れただけのこと」


「そうか」



 俺は魔王を通り過ぎ、屋敷へ入る。


 

「おい待て。ダーリン」


「なんだ?」


「おかえりなさい」 



 魔王はそう言って、柔らかく微笑んだ。

 

 静かな夜、暗い景色……ただ、それよりもハッキリと、魔王はその想いを表す。



「ああ。ただいま」



 ……こんな言葉。

 一人だったあの頃では交わせなかっただろう。


 魔王や女神が来てから、俺の日常は変わっちまった。



「そうだ、魔王」


「? どうしたダーリン」



 だが。


 あの頃の……生活が閉鎖されて一部の世界しか知らなかった頃よりも。



「扉に何時間寄りかかってたんだ、それ曲がってるぞ」


「なに!? マジか!?」



 今の。帰れば誰かが居るのは。



「馬鹿が。嘘だよ」


 

 存外……悪くない。




【コレクション獲得】


神の信託オラクル


ランク:EX

種類:スキル

系統:操作型

属性:土

規模:単体~複数


洗脳の能力。

対象は下された命令に忠実になる。

だが、無機物には効かず、人数が増えるごとに複雑な命令が出来なくなる。

獲得後は、能力や魔法を打ち消せるようになった。

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