騎士と希望と鉄の華
――――その後、俺と女神の説得により、なんとか悲劇は回避できた。
ほんと魔王やべぇなと……俺は改めて思う。
こんな姿、クルイスには絶対に見せられないだろう……胃が何個あっても足りない。
そして。
俺は脱線しまくった話を戻し、女神に詳しく聞くことにした。
女神が関与している可能性。これが確信に足れば、俺のやる気も違ってくる。
「ええと。女神は信仰が大事なの、尊ばれる事こそ女神の本質ともいえるわね」
「へぇ。興味深いな」
「だからこそ大切なのは、その信仰を絶やさない事。その為には奇跡を起こして救済を行ったり、特別な力を人の子に貸し与えて活躍してもらったりするの」
「今回で言えばその奇跡が娼館の増加って訳か……」
「でも女神が関与してるってだけで、黒幕とは別なのよ? 女神が直接こんな大騒動起こしたら私みたいに連盟からはずされちゃうし」
「つまり女神は確定として『その恩恵を受けた何者かが黒幕』って事なんだな?」
「うん……でも女神は世界の調停者でもあるから、こんな国を悪い方向に巻き込ませて暴走みたいな事しない筈なんだけど……」
「女神連盟の中にも過激派がいるんじゃないのか? お前みたいな」
「自分で言うのも何だけど私が特別こんな性格なだけで、他の女神は真面目だと思う。だからこそ分からないのよねぇ」
謎が謎を呼ぶ事件だった。
まぁ話していても始まらないと、俺たちは今現在問題となっているという風俗街に転移陣で移動する。
……女神が関与している以上、俺の目的である『レア能力』、女神が言う所の『神域』という他に類を見ない特別な力がそこにあるという事だ。
となれば。話は早い。
俺はこの依頼に……どんな手を使ってでも完遂しよう。俄然やる気がみなぎるじゃないか。
「ダーリン、多様な店があるぞ! ハーピー、エルフ、ダークエルフ、ラミア、ゴーレム、人間、ワーウルフ、アラクネ、フェアリー、リザード、ドリアード、ゴブリン、スライム等々。魔族も人も構わぬとは、混沌としておるな」
俺は見物に来たわけではないが、思わず周囲に目を泳がせてしまっていた。
今は日中であるのにも関わらず、石畳の上を行き交う人々は絶えない。そしてそんな客を呼び込む男だったり女だったりも合わさって、大盛況だった。
これは確かに異常だろう。
ここには風俗店、娼館しかないというのにこの人数……凄まじいな。
「キャバクラ、ホスト、パブ……メイド喫茶? なんだこの街は」
せわしない客引きの声や酔っぱらいながら他種族を連れる金持ってそうな男に、仲良さげに顔立ちの良い男と歩く猫耳の女、路上で酔いつぶれる誰か。
仲には見るからに勤務中だろうという兵の姿もあった。
「行ってらっしゃいませご主人様!」
「あぁ行ってくる」
キシム団長の姿もまたあった。
「……くっ」
そして……数歩歩いて膝をついてしまった、急いで駆け寄り顔を見ると、見るからに働きすぎの……例えるのなら24時間労働後のような顔をしていた。
団長は俺達を見ると、よろよろと膝に力を入れて立ち上がる。
「おぉ……ラギ殿とお付きの方々も調査に来たのだな。俺もだ……ならば、共に行こう」
「何やってんだよ!? 団長!」
「なんて声を出しているんだ。ラギ殿ォ……」
「だって……いや……」
そりゃ、メイド喫茶から甲冑来た団長が出て来たらそうなるだろう。
「俺は騎士団団長……キシム・カツイだぞ……このくらいなんてことはない……」
「そんな、まさか国なんかのために」
「国を守るのは俺の仕事だ……! 」
「だが!」
「いいから行くぞ。仕事が待っているのだ、それに……」
団長はふらふらと、なぜか前方に進みだす。
「ミキ……やっとわかったんだ」
誰だよ。
「俺には休日なんていらない、ただ進み続けるだけでいい。止まらないかぎり、国は続く」
「メイド喫茶『希望の花』開店にゃー!」
「俺は止まらないから、ラギ殿が止まらないかぎり、その先に俺はいるぞ!」
た、倒れた!?
「決して散ることは無い、生きる力あげるにゃー!」
「だから……止まるんじゃないぞ」
団長は、まるで味方を銃弾から庇いそれでも尚未来を見せるかのように血を垂らしながら前へ前へと進んでいったかのように人差し指を立たせ、地面へと倒れた。
「しっかりしろ団長! お前はその程度で終わる人間か!」
「ラギ殿……」
「勝ち取りたいものもない! 無欲な馬鹿にはなれない! だからお前はいいんだろうが!」
「ラギ殿……!」
「ねぇ、魔王。文脈も脈絡もない訳分からないあれは……何をやってるのかしら」
「我にも見当がつかぬ。まっこと男とは分からぬものよ」
「おい女神! 早くコイツに回復を!」
「はいはい、今行きますよー……きゃっ!!?」
女神は勢いよく頭から転んだ……。
「何やってんだよ女神!!」
「何て声出してるのよ……ラギ……私は特に何の団長でもないけど、女神よ……このくらいどうって事ないわ」
「いやさっさと起きて治療しろよ」
「ラギ……やっとわかった。私には辿り着く場所なんていらない、ただ進み続けるだけでいい……止まらない限り、道は続く……」
「いやそこは辿り着いてくれよ」
「メイド喫茶『希望の花』あいてるにゃよー!」
「私は止まらないから。ラギも止まらなかったら……その先に私はいるわ……!」
「お前止まってるし何なら俺の後方じゃねぇか」
「だから……止まるんじゃないわよ……!」
女神は、まるで味方を銃弾から庇いそれでも尚未来を見せるかのように血を垂らしながら前へ前へと進んでいったかのように人差し指を立たせ、地面へと倒れていた。
さっさと起きて欲しいんだが。
「何をしておるのだ女神よ」
「お前がもう起こしてくれその女神!」
「我とクルイス、それにダーリンに牙を向いたこやつに手を貸すのは気が進まぬが……ダーリンの為なら仕方な……あっ」
魔王は、もうその場で転びしこたま頭をぶつけた。
いやもうなんでだよ!!
「何やってんだよ!? 魔王!?」
「なんてあえぎ声出しておるのだ……ダーリン」
「出してねぇけど!?」
「我は……魔界を治める魔王だぞ……この程度、ダーリンの蝋燭垂らしに比べれば、なんという事も……ない……」
「そんな事実ねぇよ!! というか魔王の比較対象がSMの蝋燭ってどういう事だよ!?」
「処女を守るのは我の仕事だ……!」
「もっとあるだろ!?」
「いいから宿へ行くぞ……幸せな子作りが待っておるのだ」
「処女守ったり棄てたり忙しいな!!」
「ダーリン……やっと分かったのだ。我には避妊用具なんていらない、ただダーリンとヤるだけでいい。ダーリンと生中ックスしてるかぎり、我はダーリンの肉便器になれる」
「地面に寝そべりながら何言ってんだコイツ……」
「我は止まらぬから! ダーリンの性欲が止まらないかぎり、その先に我はいるぞ!」
「だからお前ら二人とも後ろにいるんだよ!!」
「だからな……子供は世界人口ほど、欲しい……」
「どうしよう、他人のフリしようかな」
俺は一瞬そんな考えがよぎるが、すんでのところでこらえ、結局魔王と女神を起こした。
そして女神に団長の回復を行わせる。
淡い緑の光が団長を照らして、疲弊しきった顔は大分マシになる。
「はい。帰ったらちゃんと寝るのよ。身体の疲労は治せても心の疲労は治せないんだからね」
「ありがとう。君はまるで女神さまだな」
「? そうだけど? あ、そうだラギ! 貴方こんくらい自分で使いなさいよ、使えるでしょ!」
「あんなもんとっくに廃棄した。ハイヒールや結界なんてレアでも何でもないからな」
俺の目的は『レア能力のコレクション』。
……ではない。
女神の持つ『神域』という能力を目の当たりした今、レアという枠にすら留まらない。
『神が持つ能力のコレクション』。これこそが、俺の野望。俺の目的だ。
「うむ。素晴らしき意識の高さだ、さすがダーリン。我に相応しい男である」
「それでキシム団長。お前の集めた情報を聞きたいんだがいいか?」
「構わないが……その関係性は」
キシムは訝し気に、当然の如く俺に抱き着く魔王を見る。
その二つのたわわな胸がぷにぷにと腕に当たっているが。俺はそれに無反応だ。
「……キシム、聞いてくれるな」
「……分かった。無用な詮索だった。しかし、情報といっても、それほど多くを仕入れている訳でない。なにぶん今まで赴いた事の無い調査対象だったからな」
真面目そうなお堅い印象の団長は、この風俗街自体が初めてなのだろう。
慣れない場での単独調査。そりゃやつれもする。
「それで、何を聞きたいんだ?」
「『この街がもっとも賑わう時間帯』を聞きたい。正確な時間は知っているか?」
「そんな事でよければ答えられるが……。しかしそれを知った所で黒幕にはたどり着かないと思うのだが」
「俺から言わせれば、それさえわかれば黒幕なんて簡単に炙り出せる」
そう。重要なのは『時間』だ。
この街が一番活気に溢れ盛り上がる時間帯、人通りも客引きも更に盛大に祭りの如くにぎやかになる瞬間。
それが……この依頼の鍵を握る。
「ねぇねぇラギ。それって貴方が言ってた『解決するだけなら』てやつに関係あるの?」
「バカにしては察しがいいじゃないか」
「バカじゃないですー! 誰も分からない実力を隠し持つ謎の美少女なんですー!」
誰も分からなきゃそれはただの馬鹿だろうが。
「しかし……ラギ殿。果たして時間だけで正確に黒幕を当てられるのだろうか」
「あぁ。俺は背後に控える奴の正体を暴いている」
「な、なに!? 本当か!?」
キシムは表情を一変させ、驚いたように俺を見た。
魔王、それに女神も揃って驚きの様相を見せる。
「本当なの!? もうこの事件の黒幕突き止めちゃった!?」
「待て待てダーリン! 依頼を受託しまだ半刻も経っておらぬのだぞ! それに貴様は数分前まで解決に頭を捻っておったではないか!」
「そんな驚くような事じゃねぇよ。この街に来れば誰だって黒幕にたどり着ける」
「いや、我々騎士団がこの一か月総力を挙げて黒幕を捜索してきたのに……ラギ殿、それは見栄や酔狂で」
「馬鹿をいってくれるなよ。なら宣言しよう――――この事件。日が昇る前に解決してやる」
「「「そんな早くに!?」」」
三者の驚愕の声が上がる。
俺はただその様を楽しんでから……キシムに『時間』を聞いた。
「深夜24時。これがこの街が一番賑わう時間帯だ」
「……? いや、なんだって? 聞こえづらいな」
「周りの喧騒があるからな……。深夜! 24時! これが賑わう時間帯だ!」
「は!? えっちなメイドに強制ご奉仕〜ご主人様もっとかけて〜!!? ここ街中だぞ!?」
「どんな耳しているんだラギ殿!!? 違う! 深夜! 24時! だ!」
「あぁ、びっくりした。」
「俺もラギ殿がボケにまわるとはビックリだよ……」
「我が伴侶はオールマイティーなのだ、かような業なぞ出来て当然である」
「は? もう魔王城に帰るだって?」
「言"ってな"いッ!!!」
「そんな泣きそうになるなよ……。ともかく24時だな。よし、ならば撤収だ。またその時間に訪れるとしよう」
「俺もラギ殿と共に」
「お前は休んでろ、お前には他にもっと大切な仕事があるだろう? 後は俺に任せてな」
「そ、そうか……? ならば、この国の怪事件……ラギ殿に託したぞ。貴殿の言う事を信じよう。無論、これが失敗しても責めはしない」
「そう。それが一番いい。お前はお前の出来る仕事をすればいい、俺は俺の出来る作業をするさ」




