表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この世界にはメガネが足りない  作者: 末尾いづる
3/51

第二話 「その世界にメガネはありますか?」

「ようこそ、ケイタさん」


 目の前にたたずむ美少女の声にハッとする。

 天使や女神を想起させる人間離れした美貌。

 年齢は俺より少し上だろうか。

 包まれるかのような柔らかい印象の真っ白な長い髪。

 小さくぷっくりとした桃色の唇。

 そして、空を連想させる蒼い目。

 その目が、俺に視線を……まっすぐ俺を見つめている。


 なんて美しいのだろう。どんなメガネが似合うだろう? 展覧会のごとく並べられた我が家のコレクションを一つ一つ思い浮かべる。


 美少女は、俺の視線を受けて、いたずらっぽい笑みを浮かべた。


「やだ、もう。そんなにジロジロ見ないでくださいっ。この変態さんったら!」

「へんた……!? い、いや、すみません」


 少女はそんな俺の反応を見て、優しく微笑む。

 見惚れていたことに気づき、急激に恥ずかしさが込み上げてきた。悪い癖が出てしまっていたらしい。ついさっき、やらかしてしまって大変な目に遭ったんだ。反省しないと。


 ……あれ? そういえば俺、さっきまで警官達に追われていたはず。

 そこで初めて、周囲を見回した。


 真っ白な空間。俺と女の子が立っていることを除けば、何も無く、ずっと遠くまで空間が広がっているのが見えた。


 なんだここ? あの警官達はどこへ? 

 それに、この子は一体? 改めて見ると、その女の子はやっぱりとんでもなく美少女だ。

正直、ジロジロ見てしまうのも仕方ないと思う。こんなにきれいな人、二次元でしか見たことないもん。


「二次元だなんて、それだと次元が一つ下がっちゃってますね」

「あれ!? 声に出てた!?」

「童貞キモオタが考えていそうなことですからね。さて、時候の挨拶も済んだところで」

「え、今の時候の挨拶じゃないですよね。俺、結構傷つきましたけど」

「気にしない気にしない」


 手をひらひらさせながら、屈託のない笑みを浮かべる。やばい、メガネかけたい。

 ――はっ! いけない。またメガネをかけたい欲望が……。


「うっ……。い、いけない。俺から離れてください!」

「え? はい?」

「いいから早く!」

「あっ! もしかしてあれですか!? 中二病的なアレをこじらせてしまっているんですね!? 分かりました! ノってあげます!」


 すると、少女は突然右目をおさえ、呻き始めた。


「ぐ、ぐおお、おおおおおおお! 右目が疼く……! 我が邪気眼の封印が解けてしまうううううううう!」

「俺は別に中二病じゃないですよ!」


 とツッコミを入れつつ、俺は無意識に懐のメガネを取り出していた。


「ふふふ。わかってますわかってます! これはあなたの胸の疼きと我が邪気眼との共鳴! かつてあなたの前世は伝説の勇者的なアレで、暗黒終焉ナントカ竜との最後の戦いに全ての力を使い果たし、私の右目に暗黒ナンタラカンタラ竜の力を封じているんですよね!? そして、運命の邂逅により封印が、はぅっ!?」


 突然、目の前の女の子が膝からがくんと態勢を崩した。


「え、何? 何が起きたの……? 封印が解けた!?」

「封印なんてないですから!」

「では、いったい私に何が起きたのでしょうか? …………これは、メガネ……?」


 ようやく自分の顔に起きた変化に気付いたようだ。


「ああ、すみません。つい悪い癖が。無意識にメガネをかけてしまったようです」

「あ、そう。あなたが……。へ、へえー……。中二病じゃなくて、また変なのをこじらせてしまっているようですね。……ふ、ふん。意外とやるじゃないですか!」

「対抗しなくていいですから! あーもう俺が悪いのはわかってるんですけども! いい加減説明してください! ここはどこですか!? 俺にいったい何が起きてるんですか!?」


「あー……はいはい。えーと、何するんだっけなあ。まずは自己紹介ですね。私の名前はアウロラ。この空

間であなたの世界と異世界を繋いでいる者、といえばいいでしょうか。で、あなたはこのたび、異世界へ召喚されることになりました。わぁーい、パチパチ。ってことでここにサインいただけますかぁ?」


「何言ってんのあんた。サインなんてするわけないでしょ。きちんと説明してください」


「え、そのままの意味ですよ。とにかくサインをさぁさぁ」

「だから、説明してください!」

「あぁん、キツイ口調。ゾクゾクしてきたぁ……」


 少女は蕩けた表情で艶っぽく呟く。

 あんた、いったいどの属性なんだよ。中二病なの? ドMなの? 


「…………ボケ過ぎですよ。どんだけ突っ込ませる気ですか」


 途端、少女は頬を赤らめて身体をもじもじし始める。


「突っ込ませるって……ええっ!? そんないきなり…………。さぁ、覚悟はできました! いつでもどうぞ!

 はあはあっ」


 艶っぽく肩をさらし、色っぽい目で俺を見上げてくる。心なしか息も荒い。


「いや、何言ってんのあんた!? もうツッコミませんよ? さっさと説明してくださ――」

「ええっ!? 突っ込んでくれないだなんて……。 覚悟を決めた女の子を前にして何もしないなんて男失格ですよ」


 なんだこの女。ただの痴女じゃねえか。


 ……だめだ。相手のペースに乗せられてはいけない。

「とにかく! いい加減諸々のことを説明してください!」


「ううっ……仕方ないですね。それは遥か昔、神話の時代――」


「ちょっと待ってください。その話長い?」

「ええ、まぁ軽く八時間くらい」

「長いな! まとめて要点だけ教えてくれません? 歴史だとかそういうのはまた今度でいいので」

「ええっ!? せっかくこの日のために毎日練習してきたのにっ!?」

「わざわざ練習してくれたんですか!?」

「楽しんでもらおうかと思って……」

「どんなに楽しい話でも、八時間延々と聞くのはちょっと」

「まぁ、話の九割九分は私の恋バナですけどね」

「八時間も恋バナをするつもりだったんですか!? どんな拷問だよ!?」


 アウロラと名乗った女の子はシュンと落ち込んだ様子で話し始めた。 

 せっかくの美貌も、落ち込んでしまって残念なほどに暗くなっている。さながらデパートの玩具コーナーではしゃぎすぎて親に叱られる子供のようで、説明も要領を得ていなかった。


 以下、俺の理解できたところはこうだ。


 俺が生まれ育った世界。それとはまったく異なる世界、すなわち異世界。

 そこはいわゆるファンタジー要素で満ちていて、本来は異世界同士で隔たりがある。しかし、時折なにかの拍子につながりが生まれ、物質の移動が可能になるらしい。

 そして、このたび俺はその異世界へ移動するチャンスを得た、ということだ。


「うーん」

 一通り話を聞いて、俺は唸る。


「それって、俺、喜んでいいのかな……?」

「もっっっちろんです! なんたって科学技術と文明が中途半端に発展しすぎてつまんない世界から、夢が溢れるファンタジーの世界に行けるんですよ!」


「うーん」

 俺はまた唸る。確かにファンタジー要素は魅力的だ。昔からメガネのことばかり考えていたとはいえ、いろんなゲーム(主にかわいいメガネっ娘が登場するものばかりだったが)をプレイしてきたのだ。

 しかし、それでもひとつ、気がかりな点がある。


「アウロラ……さん。その異世界にメガネはありますか?」


「へ?」


 アウロラは素っ頓狂な声をあげた。

 俺は彼女の目をまっすぐ見据え、返事を待つ。


「あ、あー。そうですね。えーと、どうだったかなー?」

「もしないなら、申し訳ないんだけど……」

「あああありますよ! もちろんです!! メガネがいっぱいでもう困っちゃうくらい! メガネ美女の谷なんて所もあるくらいですから!」

「なんだって? メガネ美女の谷!? それはいったんどんなところなんですか!?」


 俺は思わずアウロラの肩を掴んで食い入るように話を催促する。


「おおう、想像以上の食いつき」

「あ、ごめんなさい」

「いいえ、構いませんよ。殿方にこう迫られるというのも久々でなんだか火照っちゃいます」


 俺は咄嗟にアウロラの肩から手を放すものの、アウロラは乱れた服を直そうともせずに艶のある声で呟く。


 メガネのことばかり考えて生きてきたとはいえ、俺だって男だ。このお色気展開にドキドキする……かと思いきや何も感じなかった。


 あれ? 俺、色っぽい展開に対して何も感じないくらいにメガネ愛を極めていたのか、なんて思いつつ。一つの疑問が浮かんだので、未だに服装を正そうともしないアウロラに尋ねた。


「アウロラさんって何歳? 見た目は俺と同じか少し上くらいだけど」

「さ、さぁ、そんなことより早くこちらにサインを!」


 慌てた様子で先程の紙を取り出すアウロラ。まだ気がかりなことはあるが、どのみちこのまま元の世界に戻っても警察にお世話になって、俺とメガネの尊厳が失われることになる。それならいっそ異世界暮らしを始めてみるのも悪くない。アウロラから紙を受け取って、内容に目を通す。


 途中、気になる点があったのでアウロラに尋ねてみた。


「すいません、この『伝達符』ってのは?」


「それは、あちらの世界でのコミュニケーションに欠かせないアイテムです。簡単に言えば自動翻訳機みたいなもので、それがあればあちらの世界で文字の読み書きや会話も可能になります」


「なるほど……。ということは、無くしちゃったら大変だ」

「そりゃもうとっても大変ですよぉ! なので気を付けてくださいね。まあ、昔はこんなものに頼らず、私の神秘的なサポートの下、あちらの言語を学習してもらってから送っていたのですが……」

「? 何か問題があったんですか?」

「あなたと同じようにあちらの世界に転生してもらった方に、あちらで遜色なく過ごせるほどに言語をマスターしてもらったのですが……。ちょっとスパルタが行き過ぎてしまったのか、あちらの言葉に対してひどく怯えるようになってしまい、誰とも話さず、文字も見ようとせず、そりゃもうとんでもない人生を送っている方がいらっしゃって……えへへ」


 えへへ、で済むかよおい。

 言語に対してトラウマを抱かせるほどの過酷なレッスンだったってことか……。

 某先輩には申し訳ないが、その尊い犠牲のおかげで、俺は無事に異世界生活を送れそうです。


「あ、そうそうケイタさん」


 アウロラが何か思い出したように手をポンと叩きながら話しかけてきた。


「この異世界に行くにあたって、一つだけなんでも持って行くことができます。例えば聖剣。例えば無敵の鎧。望めばどんなものでも創造して持って行くことができます」



「そうなの? それじゃあ、俺の部屋で大事に保管しているメガネを持って行かせてください」



「……………………は?」



「え? なにかまずいですか?」

「い、いえ! そういうわけではありませんが……。本当によろしいのですか? 異世界ですよ? 凶悪なモンスターだっていますよ? 危険がいっぱいですよ?」

「ああ、なるほど。メガネのことを心配してくれているんですか。大丈夫です。たとえこの身が滅びようとも、あのメガネだけは守ってみせます」

「おおう、妙に男らしい…………。はい、分かりました。まぁいいでしょう。手を前に出して広げてください」


 何か言いたげな様子のアウロラは、これ以上の話し合いは無駄と感じたのだろう。あっさりと納得してくれた。俺のメガネ愛が伝わったみたいだ。


 アウロラが手をかざすと、俺の手の平には重厚なメガネケースが現れた。中には俺が命に代えても守りたいと思う、かげないのない赤縁メガネが入っていた。


「ありがとうございます! これで向こうの世界でも生きていける!」

「それはまた大層な。というかなんだか不安なんですけど、本当にメガネでよかったのでしょうか……」


 なにやらアウロラはぶつぶつ言っているが、俺にはこのメガネがないとダメなんだ。



「では、そろそろ始めたいと思います。準備はよろしいですか?」

「よし、どんとこい!」

「え、俺の胸に飛び込んで来い!? で、では遠慮なく! いただきまあぁ――」

「いや、そういう意味じゃないし、あんたも大概変だぞ!」

「はっ!? し、失礼いたしました。そ、それでは始めさせていただきます」


 アウロラが目を瞑って詠唱を始める。すると俺の足元にオーロラのような魔法陣が浮かんできた。これが異世界に転生するための魔法なのだろう。


 さあ、始まるんだ! 俺の異世界メガネっ娘ハーレム生活が! 


「いってらっしゃい。私はいつでもそばにいますからね。そう、寝てる時もお風呂の時も。ト、トイレの時もずっと、ずっとそばに……。うへ、うへへへ……」

「あ、あんたは一体何がしたいんだ!?」


 魔法陣から光が溢れ出してくる。その光がまとわりつくかのように俺を包み始める。

 その様子を眺めていたアウロラは何か思い出したかのように再び手をぽんと叩いた。



「あ、そうそう。さっき言った異世界にはメガネがいっぱいあるって件。あれ、ウソですから」



「…………は?」

「なんだかすいません。今度あなたと会った時が怖いので今のうちに白状しちゃいました。てへっ」


 アウロラはそう言いながら舌を出しながらコツンと頭を叩く。


「おい、なんだって? メガネがないのか?」


 思わず乱暴な口調になるが、それが気にならないくらいに俺の心は荒れ始めていた。コツン、てへぺ

ろ、じゃねーよ。


「いや、あることはあるんです。でも、あまり普及していません。残念なことに」

「ちょっと待て。じゃあ、俺の異世界メガネっ娘ハーレムは……」

「そんな野望抱いていたんですか……。でも、残念。その夢は儚く散ったのです」

「なんだって……? 騙したのか!?」


 俺がそう叫んだ瞬間、魔方陣から溢れ出していたオーロラのような光が俺を包み、両足が魔法陣に引きずり込まれた。


「あ、こら! これを止めろ!」

叫びながら抵抗するも、魔法陣はすでに俺の下半身を引きずり込んでいた。


「くそ、諦めてたまるかっ!」

「あ、ちょっと! 無駄な抵抗はやめておいた方が身のためですよ。もうこの召喚は止められません。下手に暴れると、召喚が中途半端になって、身体が八つ裂きになりますよ!」


 近くに寄って来たアウロラが、叫ぶ俺を見下ろしながら慌てた様子で注意してくる。


「え? マジで?」


 つい、力を抜いてしまった。

 その瞬間、一気に肩まで引きずりこまれる。


「あああああああっ!」

「なんだかすいません。でも、きっと異世界でも楽しい余生を謳歌できますよ」

「俺はまだ余生っていうほどの年じゃない! このっ!」


 俺はまだ自由に動かせる右手を必死に伸ばし、アウロラの足を掴んだ。


「えっ」


 キョトンとするアウロラの足を支えに、何とか魔法陣に抵抗する。


「ちょ、ちょっと! 私を道連れにしようとしても無駄ですよ! 私、今はこの空間から絶対に出られないようになっているので!」


 道連れにするつもりはなかったが、抵抗するのに必死でそれをいちいち訂正する余裕がない。魔方陣は俺を少しずつ飲み込んでいく。

「くっ……」


 思わず苦悶の声が漏れる。


「は、早く諦めてください! じゃないと本当に危険ですよ! ああ、それにしても、見下ろす先で殿方が私の足を必死に掴んで苦しそうに……。こ、これは新しい感覚……!」


 アウロラはアウロラでなんだかヤバそうだ。


「あ、あれ、本当になんだろうこの感覚。なにか大事なものを奪われるような……。ああああんっ!」


 なぜか色っぽい声を上げて息を荒くするアウロラ。


「な、何言ってんだあんた! 変な声出すな! く、くそ! あああああああっ!?」



 握力の限界が来た。アウロラの足を手離してしまう。

 その瞬間、魔法陣に勢いよく引きずり込まれた。強烈な光に思わず目をつぶると、不思議な浮遊感に襲われた。



 ああ、本当に、異世界に行くんだな…………。

 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ