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この世界にはメガネが足りない  作者: 末尾いづる
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第一話 「ただ、メガネをかけてほしかっただけだ!」


「待て! 逃げるな!」


 夜の繁華街に響く怒号。人だかりをかき分けていく複数の駆ける足音。俺は今、二人組の男に追われていた。


「だ、だめだ! 追いつかれる!」


 呼吸が乱れる。帰宅部で基本的に引きこもり体質の俺の持久力は無に等しかった。

 咄嗟に路地裏に飛び込むが、狭い空間を塞ぐように置かれていたバケツにぶつかり、よろけて壁に側頭部を強打した。


「が……っ!」


 その衝撃で苦悶の声が漏れる。そこへ二つの影が近寄ってきた。


「はあ、追いついたぞ。頭ぶつけていたよな、大丈夫か」


 警官の制服をまとった大柄の男達が、俺のそばに片膝をついて声をかけてくる。


「…………っ!」


 返事をしようにも息が上がっており、頭をぶつけてしまったこともあって、全く声が出なかった。


「意識ははっきりしているな。なら、素直に答えてくれ」

 警官は鋭い眼光で俺の顔を見据え、問い詰めるような口調で尋ねてくる。


「女性に乱暴しようとした少年とは、君のことか?」


「ち、違うっ!」


 声を何とか絞り出した。呼吸は落ち着いてきたが、どうもなにか勘違いされて追われていたことに気づき、動転してしまう。きちんと身の潔白を主張しなければ。


「俺は、女性に乱暴なんてしていない!」


 そう、俺は乱暴なんてしていない。俺は……俺はっ!



「ただ、メガネをかけてほしかっただけだ!」



「「……は?」」


 警官二人の拍子抜けした声が重なる。


「やっぱり、病院に連れていくべきだな。頭を強く打って錯乱しているようだ」

「や、やめろよ! 僕は正気だ!」

「メガネをかけろと強要するのは正気の沙汰じゃないと思うが」

「あのOLさん、少し疲れている様子だったんだ。メガネをかけてもらって、元気になってもらおうかと思っただけだよ!」


 警官達はぽかんとした様子のままだったが、俺は構わず、この身の清廉さを証明すべく、言葉を連ねる。


「でも、彼女は青縁のスクエアフレームのメガネは気に入らなかったみたいだ。やっぱり丸みを帯びたフレームか、縁のないメガネが良かったんだ! 俺だって青縁フレームは似合うかどうかわからなかったさ! でも、そういう冒険にも醍醐味がある! 一つのメガネを追及することで生まれる美はもちろん素晴らしい! けど、新たなメガネとの出会いは、新たな自分との出会いのチャンスでもあるんだ! あの仕事疲れのOLさんにも、今までとは違う、新しい自分を見つけてほしかったんだ! そして……っ!」


「ああ、はいはい。もういいよ」


 拍子抜けしていた警官達は我に返り、俺の言葉を遮った。


「わかってくれましたか!」

「いや、よくわかんないけどね。とりあえず、署まで同行してもらえるかな? いや、その前に病院に連れて行った方がいいか……」

「え……?」


 警官達は俺の両脇を抱え立ち上がった。

 嘘だろ……。このままでは「未成年の少年、通りすがりの女性にメガネの装着を強要」なんて見出しの記事でさらされてしまう。そうなったら俺の社会的地位だけじゃなく、メガネまで冒涜されかねない。それだけは、絶対に防がないと!


「ちょっと! ちゃんと話を聞いてください!」

「はいはい、続きはパトカーの中でね」


 俺は抵抗できないままパトカーの前まで連れていかれた。


「えー、通報のあった未成年の変質者確保―」


 なぜだ……。なぜ、このメガネへの愛は伝わらない。

 この世界はこんなにもメガネに恵まれているのに、ただの視力調整装置やオシャレとしか認識しておらず、その恩恵に気付いていない。それどころか、「メガネを外せば美人」なんて表現が世に蔓延り、メガネそのものの価値を貶めている。許せない。こんな世界、俺は認めない。


「うおおおおおおおおお!」


 俺は、警官の手を振り払い、夢中になって駆け出した。


「ま、待て!」


 警官達もすぐに追いかけてくる。

 くそくそくそくそ! こんな世界、認めない!


「--っ!?」


 突然、視界がぐにゃりと歪んだ。

 な、なんだ今の……? 気のせいか……?

すると、今度は平衡感覚が失われる。まっすぐ走ることができず、道の端に雑に置かれたごみ箱にぶつかりながら倒れこむ。


 ……だ、だめだ。立つこともままならない。


「おい、どうした? やっぱり頭をぶつけて……」


 追いかけてきていた警官達の声も途中から聞こえなくなった。

 視界が再びぐにゃりと歪み、強烈な光に包まれた――


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