表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/73

マナーを学ぶ

 平民はマナーを失敗しても減点されることはないから精神的なところは貴族よりも楽だが慣れないことをする点ではあまり変わらない。

他の貴族は近くに平民が座ることに良い顔をしないから必然的に座れる場所が決まってくる。


「ベティエ!」


「アンネ様」


「今度の婚約破棄物語の台本もとても素晴らしいわ。手に汗握る展開でお芝居をしていて楽しいもの」


「それは良かったです」


 ベティエは男爵家に仕える朗読係の娘だった。

母親の座をゆくゆくは引き継ぐつもりで演技力を磨くために演劇部に入った。

そこでアンネワークと出会い、気に入られたという訳である。


「前の勇者ものもとても楽しかったですけれど、今回の婚約破棄を告げるところは演じていても爽快ですわ」


「そうでござ・・・今なんとおっしゃいました?」


「ですわ」


「その前です」


「爽快」


「もうひとつ前です」


「演じていて」


 こんなに気さくに話すなど恐れ多いのだがアンネワークが堅苦しい言葉遣いをしなくても良いと言ったこと、芝居への情熱のすごさに負けてできるだけ砕けた言い方をするようになった。

会話には加わっていないが周りには演劇部の平民ばかりでアンネワークの言葉に驚いていた。


「アンネ様、もしかして演じていらっしゃるのは婚約破棄を告げる王子様役でございますか?」


「そうよ。演じるのにどうして貴族令嬢役を選ぶの? 普段できないことをするのがお芝居でしょう?」


「そっそうですね」


 食堂は二つあり、いつの頃からか平民と貴族が分かれて食事をするようになった。

高位貴族に仕えている平民は世話係として貴族の食堂を使うこともあるが、ほとんどは平民の食堂を使う。

校舎も違うからアンネワークの食堂での騒ぎを知らないということもままある。


「それで貴族令嬢役はどなたがされたのですか?」


「ふー、にお願いしたわ。だって一人二役するお芝居じゃないもの」


「そうですね」


 アンネワークのためになら女役をすることも厭わない溺愛っぷりは恐ろしいものがあった。

平然と言ってのけるアンネワークとさも当たり前だとお茶を飲んでいるフーリオンを見比べて顔を引き攣らせる。

分かってはいても雲の上の存在とも言える王子に女役をさせているということに冷や汗をかかずにはいられなかった。


「マナー講習を始めます」


 涼やかなベルが鳴りフルコースが始まった。

座学では学んでいるマナーであっても実践となると勝手が違う。

アンネワークやフーリオンの仕草を見よう見まねで真似ていく。

そこかしこで食器を鳴らしてしまう生徒がいてサファリナに減点をつけられていった。


「減点到達者三十五名、次」


 スープだけでそれだけの人数が落第したのだから最後まで残れるのはごく僅かであり狭き門であった。

いかに上位貴族であっても難しかった。

誰もが真剣に失敗しないように食べている中、会話を楽しむ一行がいた。


「あら? このドレッシングは新しいですのね」


「そのようだな」


「わたくし好きですわ」


 会話をしてはいけないという決まりはなく、晩餐会などでは会話をしながら招いた客を楽しませるのも主催者の役目だ。

意識することなくテーブルマナーを行えるようになるための講習というものだが、誰もが減点されたくないから会話をすることを放棄していた。


「ベティエはどうかしら?」


「えっ? そうですね。私も好きです」


「先月のものも美味しかったのだけどチーズの香りが強いので多く食べられないのが困りものでしたの」


 優雅に食事をしているが減点は一度も取られていない。

王族であるフーリオンもオーリエンも優雅に食べて模範的な動きだった。

誰もが必死になって食事をしている中、その一角だけが違っていた。

減点者が出てまともに残っているのが半数にも満たないくらいにまで減ったところでメインディッシュである肉料理が出てきた。


「今日はラム肉ですのね。骨を持つのに勇気がいりますわ」


「だがフィンガーボールがないからナイフとフォークで食べたほうがいいだろうな」


「あら、忘れてしまわれたのかしら?」


 離れたところでアンネワークたちを見ていた令嬢たちは忍び笑いをしていた。

給仕をしている者にいくらか握らせてアンネワークたちのテーブルにわざとフィンガーボールを忘れさせたのだろう。


「これだけ人数がいると給仕も大変だからな。仕方ないだろう」


「そうなると、ミルゼット様は大丈夫でしょうか?」


「どうしてここでミルゼット嬢が出てくるのだ?」


「シュレット様とミルゼット様はいつも同じではございますが、ミルゼット様はマナーを苦手とされていますのよ。きっと骨付き肉をナイフとフォークで召し上がったことは無いと思いますわ」


 フーリオンからの問いに正直に答えただけなのだが、本人たちが隠していたことがあっさりと白日の元に晒された。

フーリオンとアンネワークの会話に聞き耳を立てていた貴族たちは思わずシュレットとミルゼットを見た。

優雅に食べている姉のシュレットに対して悪戦苦闘をしている妹のミルゼットは半分も食べていなかった。

全部食べることを諦めて減点を取られる前に給仕に下げさせた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ