アレキサンドライトの色
アンネワークと一緒の学年になるために学院への入学を急遽遅らせることは認められたが、代わりに従軍することになり結局は一緒にいられる時間が少なくなった。
これなら学院に通った方が良かったと言いながら同じく入学を遅らせることになったウォルトルとともに新人兵がおこなう訓練に精を出す。
アンネワークにも教育が始まったが、一度、見たものは忘れない記憶力で終わらせてしまった。
元々、本を読んで各領地の特産や力関係などは覚えている。
ほとんどが確認作業のようなものだった。
「ふふふ、今日のおやつは何かな?」
城の中なら自由に歩いていいと言われているため、庭を横切っていた。
勉強のためという名目で時々、上位貴族の令息と顔を合わせるが全員が分かるわけではない。
むしろ伯爵令嬢であるアンネワークを下に見ている令息も多く、避けられてもいる。
「お前、本当は女なんじゃないのか?」
「そうだそうだ」
「ルシーダなんて男、俺知らねぇ」
「違う! 僕は男だ」
「あっ」
アンネワークも貴族名鑑を読んではいるが、性別までは載っていない。
ルシーダ・コルガングをすっかり女性だと思っていたアンネワークは、一人の令息をいじめている会話に思わず声を上げた。
その声に彼らも気づき、アンネワークを睨んだ。
「ごめんなさい。どうぞ続けて?」
「おい」
「あぁ」
「行こうぜ」
アンネワークの言葉を嫌味であると取った彼らは、去って行った。
「ごめんなさい。私、女の子だと思っていたの」
「いや」
「それにね、学院ではお姉様と呼ぼうと思っていたのよ」
「お姉様?」
「そうよ。だって、私が好きなお芝居の女神様と同じ名前なんだもの」
フーリオンの婚約者が芝居好きというのは有名な話だ。
ルシーダも父親から聞かされており、年も近いため学院では親しくするようにと厳命を受けていた。
「女神様か」
「とっても凛々しいのよ」
「君にならお姉様と呼ばれてもいいかもしれないね」
「本当?」
揶揄ってくる者と違い、アンネワークは純粋に勘違いをしていた。
同い年だがアンネワークの容姿が幼く見えて妹のようにも思えた。
「それに父から君とは仲良くしろって言われてるからね」
「そうなの?」
「それなら近づけるわけにはいかないな」
「あっ、王子様・・・じゃなかった。フーリョオン様」
「アンネ、また噛んだな」
訓練の合間の休憩にアンネワークに会うために散策していたフーリオンは、アンネワークとルシーダの会話に入った。
舌を噛んだアンネワークは涙目でフーリオンに抱き着いた。
「ほら、見せてみろ」
「あー」
「血は出ていないな。言いにくいならリオンと呼べと言っているだろう?」
「それはだめなの」
こんなやり取りは何度もあり、そのたびにアンネワークは愛称を呼ぶことを固辞する。
アンネワークと親しくなれば必然的にフーリオンに近づけると思っている者は多い。
「・・・失礼します」
「待て」
「あの・・・」
「ルシーダと言ったな。君はアンネにとってお姉様らしい。良ければ友達になってやってくれ」
「いや、それは・・・」
「どうして知ってるの?」
「せっかく訓練が早く終わったのにアンネが他の男と楽しそうに話してるからな。ちょっとした意地悪だ」
全部のやり取りを見ていたフーリオンは、ルシーダを虐めていた令息たちが誰か分かっている。
そして、ルシーダがアンネワークを利用しようとしたなら排除したが、自分から離れようとした。
アンネワークもお姉様と思っていたため年月が経っても恋愛にならないのではないかという打算も働いた。
「むぅ」
「むくれているアンネも可愛いな」
「あっ!」
「どうした?」
「おやつ! おやつが無くなっちゃう」
フーリオンから離れてアンネワークは走り出した。
苦笑したフーリオンは、どうしていいか分からないルシーダを誘って、おやつが用意されている庭まで歩いた。
「アンネとは、五歳年が離れている。だからどうしてもアンネと同じ学年の繋がりが薄い。アンネを害そうとする者がいれば教えて欲しい。もちろん君のことは守る」
「えっ?」
「揶揄っていた彼らは公爵家だろう? だが、王家には勝てない」
王家から忠告された令息たちは、ものすごく叱られたあと数年間の登城禁止が言い渡された。
まだ社交界デビュー前だから傷は浅いが、少なくとも傷がないわけではない。
「ルシーダお姉様」
「アンネワーク嬢」
「今度ね、ダンスの練習が始まるの。それでね、練習を一緒にして欲しいの」
「殿下に頼めばいいのでは?」
「だめなの。上手に踊れるようになって驚かせたいの」
アンネワークが秘密にしても、きっとフーリオンに話は伝わってしまう。
何か言われる前にと、ルシーダは秘密の練習相手を引き受けながら、フーリオンに連絡した。
くれぐれも怪我をさせるなという返事が来たため練習相手として認められたようだった。
アンネワークへの溺愛は見ていてすぐに分かる。
万が一にも恋心を抱きようもなかった。
「はい、そこで、右、右、左」
「みぎ、みぎ・・・」
「うっ」
「あっ、踏んじゃった」
練習は道のりが遠かった。
ステップの順番は覚えていてもその通りに動けるかどうかは別問題だ。
「今度は踏まないように頑張るね」
「そうしてくれ」
フーリオンが相手のときは足を踏むというようなことはなかった。
それは、アンネワークよりもダンスに慣れていてリードできるからだ。
「はい、右、左、右、右」
「右、左、みぎ」
「そっちは左だ」
上手く踊れるようになるまでフーリオンが待てず、秘密の練習は終わった。
「どうして、フーリオン様の足は踏まないの?」
「アンネが上手いからだろ?」
「でもルシーダお姉様の足は何度も踏んだわ」
「それは、ルシーダが下手なんだろう」
「そうなの?」
「そうだ」
アンネワークが間違ったステップを踏んでも修正しているため足を踏むということにはならなかった。




