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青天の霹靂3

 カップにお茶が淹れられるのを確認してからフーリオンから開催の声が上がった。

最年少はアンネワークの十歳だが、最年長は二十歳の侯爵家の令嬢だ。


「招待を受けてくれて嬉しく思う。みな楽しんでいってくれ」


「ありがとうございます。殿下」


 代表してフーリオンの左隣に座っている公爵家の令嬢が感謝を述べた。

それを皮切りに令嬢たちが自分の得意とするものをフーリオンにアピールする。

詩を諳んじる者や各地の特産を暗記している者、自分の領地の特産を売り込む者とフーリオンが何も言わなくても会話は進む。


 順番が来るまではお菓子を食べたり、お茶を飲んだりとお茶会を楽しんでいる。

中には緊張して、お茶すら飲めない者もいるが、それでは王族として晩餐会などに出席しても失敗すると思われて眼中にないということも多い。


「・・・よろしいのですの?」


「うん?」


「次は、貴女の番ではありませんか? 何か殿下にお伝えすることはありませんの?」


 身長が足りず机の中心に置かれているお菓子を自分で取ることができないため、隣の公爵家の令嬢に代わりに取ってもらい誰よりもお茶とお菓子を楽しんでいた。

公爵家と侯爵家の令嬢たちのアピールが終わり、伯爵家であるアンネワークの番になった。

いくら最年少でも伯爵家のアンネワークのアピールが終わらないと子爵家の令嬢がアピールできない。


「王子様」


「何だい?」


「チョコレートのドーナツをください」


 アンネワークから見ると反対側にあり、食べたいと思っていてもお願いするのに躊躇していた。

自分の得意な物を話すのかと思えば、お菓子のおねだりをされるとは思っていないフーリオンは、一瞬だけ驚いてから肩を震わせて笑ってから席を立った。


「貴女、何を殿下に、おっしゃって・・・」


「そうですわ。給仕のお願いをするなど、図々しいにもほどが」


 ドーナツの乗った皿を持ち上げてフーリオンは、アンネワークの希望のチョコレートのドーナツをトングで移した。

本当にフーリオンに給仕させたことで周りの令嬢たちからの視線が鋭い中、指名されたフーリオンは楽しそうだった。


「お嬢様? もうひとついかがです?」


「むぅ」


「どうした?」


「お菓子は三つまでって、お母様に言われているの」


 マフィンとマカロンを一つずつ食べたあとだから、このドーナツで三つになってしまう。

それならとフーリオンはひとつ提案をした。


「俺と半分こするか?」


「半分こ?」


「そう。それなら一つ食べたことにならないから、お母様に叱られない」


「本当?」


「あぁ」


「ならね、いちごのマカロンとパイナップルのタルトと、えっと」


「お菓子は逃げないから、その二つを食べようか」


 十歳の子どものすることに目くじらを立てることが大人気ないということは分かる。

さらにフーリオンの言葉を遮ることができるほど、強者ではない。


「アンネワークは何か俺に知って欲しいことはあるかい?」


「知って欲しいこと?」


「あぁ、彼女は、法典の一節を暗唱できる。彼女は各地の特産品を覚えている。その彼女は計算が得意だと言っていた」


 フォークを持ったまま悩んだアンネワークは、一言だけ告げた。


「ないわ」


「何も?」


「うん。だってお母様が言ってたもの。お茶会は、お茶を飲んだりお菓子を食べる演技をするところだって」


「演技?」


「そうよ。あっ、私、お芝居が好きよ」


 得意なものではなく、ただの趣味をアピールしたアンネワークだったが、参加した令嬢たちの中で誰よりも異質だった。

それは年齢だけでなく、お茶会へ臨む意気込みも違った。


「まぁ、お芝居はわたくしも好きですわ」


「この間の恋愛ものは、とても楽しかったですわね」


「えぇえぇ、最後の台詞の“たとえ君と別れることになろうとも心はそばに”は、とても感激しましたわ」


 アンネワークだけがフーリオンと話をしている状況を危惧した令嬢たちは、知っている芝居の台詞のどこが感激したかをアピールすることに変えた。

だが、中途半端な知識では太刀打ちできないのがアンネワークだ。


「その台詞は違うわ」


「違う? どういうことだ? アンネワーク」


「そこはね」


 わざわざ椅子から降りて、ナイフを右手に持って仁王立ちした。

何が始まるのか分からず様子を見守ることにする。


「“たとえ君と別れることになろうとも魂は君の傍にあらん”よ」


「ほぅ」


 情熱的に台詞を言い、最後にナイフを天高く掲げた。

音は鳴らさずにフーリオンは拍手をした。


「・・・そ、そうだったかしらね」


「でも、いつご覧になったの? あのお芝居は夜だけでしてよ」


「お姉様のお芝居の練習を見たのよ」


「お姉様?」


「練習?」


 アンネワークの言葉を理解しようとするが、まったく理解できない。

当の本人は、次は何を食べるかを真剣に考えていた。


「アンネワークは練習を見に行ったのか?」


「うん。お姉様が見せてくれるって言ったからね、見たの」


「楽しかったか?」


「うん。とっても楽しかったの。それでね、お芝居をするときは、どんなときでも全力でするのがじょゆうの心得なんだって」


 何となくではあるが、アンネワークの言うお姉様が、劇団の女優であり、顔見知りなのだということは分かりつつあった。

フーリオンに気にかけてもらおうと何度か話題に入るが、すぐにアンネワークとだけの会話になってしまう。

聡い者は、話しかけることを諦めて、お茶会が終わることを大人しく待った。


「・・・殿下、そろそろお時間が」


「もうそんな時間か。今日は集まってくれて感謝する。これからも王家を支えてもらえることを望む」


 従者が終了の時刻を告げて、お茶会は終わった。

このあとは、フーリオンのお眼鏡に叶った者だけが残り庭を散策する。

だが、誰の目にも明らかなのはアンネワークが残るだろうということだ。


「アンネワーク、違う庭も見てみないか?」


「ううん、もうお庭はいいわ」


「うん? そうなのか?」


「帰りにね、図書館に寄るのよ。今日は、ベルルーサの冒険の最新作が出るの」


 本に負けたフーリオンは、気を取り直してアンネワークを椅子から降ろした。

アンネワークが断るなら次は自分がと思い、フーリオンに近づくが相手にもされず、すでに図書館に行くことで頭がいっぱいのアンネワークをフーリオンは馬車までエスコートする。


「今日は楽しかったよ。アンネワーク」


「私も楽しかった。たくさんの半分のお菓子が食べられたわ」


「そうだな。これをお母様に渡すといいよ」


「なぁに?」


「お菓子だ。そして渡すときは、“今日食べきれなかった分です”って言えば怒られないよ」


 お菓子のお土産があるのはアンネワークだけで、他の令嬢たちは城の案内係に連れられて各々帰路に就いた。

年下の伯爵令嬢にフーリオンの婚約者候補の座を取られたとなると、叱責はあるだろうが、溺愛とも言える様子を見せれば、令嬢たちの唾を飛ばす父親でも何も言えなくなると予想していた。


「わかったわ」


「では、また」


「またね」


 アンネワークが婚約者候補から婚約者になるまでに一悶着あったが、それは、フーリオン主催の最後のお茶会に参加した令嬢たちが味方した。

周りを出し抜いて婚約者になろうとしていたが、少なくとも試験に合格するくらいには優秀だった。

婚約者が決まるには遅い二十歳の令嬢を筆頭に、婚約の申し込みが殺到したことで、彼女たちの父親も大人しくなった。

まだ社交界デビューもしていないアンネワークのことを知る貴族は少なく、憶測を呼んだ。

フーリオンが選んだアンネワークが王家お気に入りの令嬢になるとは、誰も予想していなかった。

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