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青天の霹靂2

 合格通知が届いたとは思っていないアンネワークは、試験を大人しく受けたご褒美に芝居を観に出かけていた。


「・・・ふふふ」


「お嬢ちゃん、楽しかったかい?」


「とっても楽しかったわ。やぁやぁ控え居ろう」


「ははぁ」


「また観に来ても良い?」


「もちろんさ」


 楽しかった芝居のことを考え過ぎてバディドが呼び止めなければ、自分の馬車を素通りするところだった。

楽しかったというのは顔に書いてあり、わざわざ聞くまでもない。


「ただいま」


「あぁアン、待っていたのよ」


「お母様、何かあったの?」


「まぁ座りなさい」


 いつもと違う母親の様子に何かあったのなら早く言って欲しいと思いながらオレンジジュースを飲む。

震える手でカップを持ち、ようやく一口飲んだロザリーは、アンネワークにもわかるように言葉を選んだ。


「この間、試験を受けたでしょう?」


「うん、受けたわ」


「それでね、アンは満点を出したの」


「満点? そうだったの? とっても簡単だったわ」


 アンネワークが驚かずに、さらに心臓に悪いことを言うため気を失いかける。

そんなに驚くようなことをしたつもりはないアンネワークは、オレンジジュースのお代わりを頼む。


「それでね、来月に第二王子であるフーリオン殿下がお茶会を開かれるの」


「ふーん」


「そこにね、アンを呼びたいとお手紙が届いたの」


「私がお茶会に行くの?」


「そうよ。だから、お母様と一緒に練習しましょうね」


 練習と聞いてアンネワークは嫌そうな顔をした。

ロザリーの練習はしつこいのだ。

できるまでするのではなく、できてからも何度もするため、いつも本を読む時間がなくなりアンネワークは嫌だった。


「練習しなければいけないの?」


「そうよ。お茶会で失敗したら嫌でしょう? だから失敗しないようにお母様と一緒に練習しましょうね」


 一度、見れば覚えてしまうため所作も簡単に真似できてしまう。

前に挨拶のためのお辞儀を家庭教師ができていると太鼓判を押しても、社交辞令だと疑い何人も家庭教師が変わったことがある。

今は、親戚筋にあたる公爵家のマダムが出来ていると判断し、家庭教師をつけさせるのを止めているが、基本的には、ロザリーは心配性で自分が納得するまでのことを押し付ける傾向がある。


「カップをソーサーに置くときは、音を立ててはいけませんよ」


「はい、お母様」


「はい、よくできました。ではもう一度」


 カップの上げ下げだけを朝から晩まで続け、翌日は椅子の座り方と何度も同じことを繰り返した。

アンネワークの束の間の休息は、ロザリーがサロンに呼ばれたときだけだ。

その日は、アンネワークも劇場と図書館に向かい、好きなことをする。


「お嬢ちゃん、今日も来たのかい?」


「えぇ」


「あら、この子?」


「あぁ小さなお得意さんだよ」


「可愛い。そうだ。芝居の練習を見て行きなよ」


 何度も通ううちに顔を覚えてもらい何も言わなくても劇場に入れてくれるようになった。

アンネワークの身分が伯爵令嬢だと知ってからは、後日屋敷に請求書を送るようになった。


「いいの?」


「あぁ」


「やったぁ」


 アンネワークが案内されたのは、劇団員が次の公演のための練習風景だった。

何度も同じ台詞を繰り返し、動きも少しでも間違うと、やり直す。


「どうして何度もするの?」


「そりゃお客さんの前で失敗しないためさ。お客さんには完璧な芝居を観て欲しいからね」


「今度ね、王子さまのお茶会に出るの」


「そりゃすごい」


「でも、お母様が何度もカップの持ち方を練習させるのよ」


「へぇ、お嬢ちゃんすごいね」


「私がすごいの?」


「そうさ。ここの劇団員と同じで少しでも良く見せようと頑張ってるじゃないか」


 よく分からないとアンネワークは、練習風景を見るのに戻ってしまう。

練習することを褒められたことがないアンネワークは、ほんの少しだけ気分を上げて帰宅した。

家に帰るとアンネワークを待ち構えていたロザリーに捕まり、お茶会の練習になった。


「アン、いいこと? お茶会は、お茶を飲んで、お菓子を食べる演技をするところですよ。いいですね?」


「はい! お母様」


 お茶会の当日までロザリーはサロンに呼ばれているため練習ができない。

日に日に苛立ちを募らせているロザリーとは対照的にアンネワークは落ち着いていた。

城からの迎えの馬車にアンネワークは乗り込むと、いつもとは違う高さから見える景色を楽しんでいた。


 今回のアンネワークのように十歳で試験を受けることは出来るが、合格することは別物である。

合格者のほとんどは、学院に入る年齢の十五歳以上であり、それより下の合格者は数年に一人いるかどうかというくらいだ。

それも年子の姉がいるため一緒に勉強していた妹というように環境に由来する。


 一人っ子で、十歳の女の子が合格することは想定していない。

だから用意される食器類は全て大人用の物で、どれもアンネワークが使うには大きすぎた。

家で練習するときは子ども用の食器が使われたためアンネワークの練習は、あまり意味が無かった。

お茶会が始まるまでは、庭の散策をするようにと言われているため参加者の令嬢たちは立ったまま、お喋りをしている。

一際、小さいアンネワークは、どうしても目立ってしまう。


「まぁ、どうして子どもがいるのかしら?」


「本当ですわ。誰の妹さんかしら?」


「お姉ちゃんはいないわ」


「なら、迷子? お城に誰と来たか言える?」


「一人で来たわ。おーじ様のお茶会に来たのよ」


 アンネワークが合格者とは思えず、周りの令嬢は第二王子に会いたいために無理やりついて来たのだと思い、今回の参加者に聞いて回る。

誰も心当たりがなく、どうやって城に入り込んだのか頭を悩ませるが、本当に合格者なのだから仕方ない。


「本当に困りましたわね」


「もう少しでお茶会が始まってしまうというのに、この子を連れて参加はできませんわよ」


「見回りの兵に預けましょう」


「そうね」


 見回りの兵に預けられては困るとアンネワークは、その場から走って逃げる。

まだ十歳ということで履いている靴の踵は低い、代わりに令嬢たちは歩くのも大変そうなくらい踵が高い靴を履いているため追いかけることができない。

仕方なく見回りの兵に子どもが迷子で、逃げてしまったと伝えた。

何も考えずに走ったアンネワークは、人気のない庭に入ってしまった。

誰かに道を聞こうとしても聞く相手もいない。

人を探して歩きまわっていると、背後から声をかけられた。


「何をしている?」


「ひゃい!」


「子どもが城で何をしている?」


「王子様! あっ、挨拶しないといけないってお母様に言われたんだった。本日は、おまねきいてゃでゃき、ありがとうございます」


 アンネワークに声をかけたのは、フーリオンだった。

王族の肖像画を見たことがあるアンネワークは、すぐに第二王子だと分かった。

招いたことへのお礼を言ったことでアンネワークが最年少の合格者だと合点がいく。


「案内される庭はここじゃないと思うが?」


「そうなの。私は、お茶会に来たのに皆が迷子だって言うのよ。それでね、捕まったらたいへんだと思って逃げて来たの」


「そうか。それで、案内された庭がどこか分かるのか?」


 周りを見てからアンネワークは首を傾げた。

戻れる自信は全くない。


「わかんない。ここどこ?」


「っく、迷子じゃないか」


「迷子じゃないもん! ちょっとわかんなくなっただけだもん」


「そうだな。では、案内しよう。お手をどうぞ。レディ」


「わぁ! 王子様みたい」


「みたいじゃなくて、本当に王子なんだけどな」


 婚約者を決めるための気乗りしないお茶会は、遅れて行くつもりだったフーリオンは、アンネワークがいるなら参加しようという気に変わった。

お茶会に参加する意味を知らずに、目に映る全ての物に驚いているアンネワークは、フーリオンにとって手放したくない何かになりつつある。


「参ったな」


「どうしたの? 道がわからなくなったの?」


「さすがに自分の家で迷子にはならないな」


「私もよ」


「そう言えば名前を聞いていなかったな。私の名前は、フーリオン・スカラッタ。この国の第二王子だ」


「わちゃしは、アンネワーク・ワフダスマよ。しゃくいは・・・何だっけ?」


 噛んだうえに、自分の家の爵位を忘れて悩む姿を見て、フーリオンは口元を押さえて肩を震わせた。

ここで笑えば絶対にアンネワークは拗ねるというのは目に見えている。


「爵位は、伯爵家だな」


「あぁ! 先に言っちゃだめ」


「それはすまない」


「もう」


 アンネワークの歩みに合わせてもお茶会が開かれる庭までそう遠いわけではない。

フーリオンの姿を見つけた令嬢たちが浮足立つ中、しっかりと手を繋がれているアンネワークの姿を見て、迷子だと言っていた令嬢たちが寄って来た。

また迷子だと言って預けられることを警戒してアンネワークは、フーリオンの手をぎゅっと握った。


「殿下、あの、その子どもですが」


「あぁ。今日の茶会の参加者の一人だ」


「えっ?」


 アンネワークが招かれたと言っていたのは嘘でもなんでもなく真実だった。

フーリオンが来たことでお茶会が始まり、フーリオンを中心に上位貴族の令嬢たちが座っていく。

伯爵令嬢であるアンネワークだけは、フーリオンが自分の右隣にエスコートしたため例外だ。

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