破棄が始まる
怖い思いをしたアンネワークから離れたくないと言うフーリオンをウォルトルは説得にかかる。
婚約者の傍にいるのは不思議ではないから休んだところで誰も邪推することもない。
だが、今は承諾しかねることが起きている。
「頼むから学校に行って、奴さんの真意を探ってくれ」
「いやだ」
「お前だって、おかしいと思うだろう? 二度も襲撃現場にまるで計ったかのように現れる。しかも、こっちの護衛を邪魔するように動いたんだぞ」
マリエルは偶然だと言っているが、それを証明する術は、フーリオンたちにはない。
同時に、マリエルにも無実だと証明できる術もなかった。
「奴さんの尻尾を掴むために動いてくれ」
「・・・・・・条件がある」
「なんだ?」
「いくら芝居でも、アンネに俺が他の女と仲良くしている姿を見せたくない」
「うんうん、あれを仲良くしている姿というならそういうことにしておくが、あれは会話しているというのが近いからな」
話しかけられれば答えるが、フーリオンが五分以上会話をした令嬢は限られている。
それくらいアンネワークにしか興味がない。
「まずは、今度の乗馬の授業で何とかきっかけを作れ」
「気が乗らないな」
「・・・これが令嬢を罠にかけることによる罪悪感からの言葉なら俺も同意するが違うだろう」
「あぁ」
アンネワークが傍にいなければ氷のように冷たい表情しか見せないフーリオンに話しかけようとする猛者はいない。
乗馬のときなら馬の扱いに困る令嬢を助けようとするのは不思議なことではなかった。
「それでも助けられたのは事実だわ」
フーリオンの素っ気ない言葉もマリエルには都合よく変換されて伝わる。
これからどう接触を増やそうかと考えているうちに、ダンスパーティの話がマリエルから出た。
丁度いいとフーリオンは約束を取り付けた。
「よくやった。ダンスで一気に親密になったら何か話してくれるかもしれない」
「そうだといいがな」
「で、どこで待ち合わせだ?」
「噴水の前だ」
「また、微妙に勘違いしそうな場所を選んだな」
「アンネが、噴水が好きだからな」
「選んだ理由はそれか」
どこまでもフーリオンはアンネワーク主体でしか動かない。
この待ち合わせ場所が事態を大きく動かすことになるとは思ってもみなかった。
王家の紋章が入ったハンカチを握り締めたマリエルが噴水に突き飛ばされた。
「まさか突き落とされるとはな」
「そうだな」
「まぁいろいろ恨みは買ってそうな奴さんだからいつか起きるかもとは予想してたが」
「そうだな」
「それよりも、どうして、あの絶好の機会で抱き上げて運ばなかった?」
フーリオンに好意を見せているマリエルが抱き上げて窮地を救ってくれたとなると心を許して何か話してくれたかもしれない。
それを上着を貸すというところで止めたフーリオンにウォルトルは苦言を呈した。
「もし、あとでアンネが知ったらどう思う?」
「だぁ! そこか! そこなのかよ。もういい。何かよく分からんけどニーリアン殿下が動いてるみたいだし」
「それは、このノートだな」
「ノート?」
「あぁ。どこの諜報員だっていうくらい詳しく、かつ、この学院の生徒会および王族について細かく書かれている。それも過去、現在、そして未来もだ。その王族には兄上も含まれてる」
フーリオンが差し出したノートをめくると細かい字で過去のことが書かれており、さらに当人しか知りえないような心の傷とも言える内容が書かれていた。
そして、二回の襲撃の全貌まで細かくだ。
「おい、これ」
「あぁ。悠長にしていられないな」
「だが」
「分かってる。覚悟を決めるさ。ノートに書かれているように俺がアンネに婚約破棄を言い渡せばいいのだろう?」
「そうだが、傷つくぞ」
「・・・俺はアンネを守りたい。だが、その前に王族なんだ。国を揺るがす可能性があるなら見て見ぬふりはもうできない。いや、遅すぎたくらいだな」
フーリオンがどれだけアンネワークを大切にしていたかを知っている。
だからフーリオンにマリエルとの接触をして欲しいとお願いはしても命令はして来なかった。
貴族令嬢でありながら芝居となると壊滅的な欠点を持つアンネワークへ事前に知らせることはできない。
あとでお芝居だったと伝えても傷つくことには変わりない。
「・・・今度、アンネが戻って来たら、決行だ」
「そう決めたのなら何も言わない」
「王妃様に手紙を書かないとな」
熱が下がり回復したマリエルを伴って食堂へ向かった。
いつも断られていた昼食を共にできると知ってマリエルは喜びを隠さない。
反対に、フーリオンは冷たさではなく、静けさを感じさせる笑みでマリエルの言葉に相槌を打つ。
「そろそろ、か」
「何が?」
「いや」
フーリオンが小さく零した言葉にマリエルは問いかけるが誤魔化された。
詳しく聞こうと身を乗り出したときに、フーリオンの姿を見つけたアンネワークが駆け寄って来た。
「ふー!」
「・・・・・・アンネ」
できれば来ないでくれたらと願わずにはいられないフーリオンは、これから告げる言葉の重さに押し潰されそうだった。
「あのね、話したいことがたくさんあるの!」
「俺もあるよ。先に良いか?」
「なぁに?」
「婚約破棄をして欲しい。いや、この言い方ではアンネにしてもらうことになるな。婚約破棄をしたい」
「な、なにを、言って・・・ふー?」
周りは突然の婚約破棄宣言に驚いており、小さな声で憶測飛んだ。
だが、この状況を一番喜んでいたのはマリエルだ。
「ほんとに? だって・・・」
「すまない」
「卒業したら結婚しようって」
「そうだったな」
「一緒にお芝居見ようって」
「約束もしたな」
「だって、だって・・・」
「お願いだから受け入れてくれ。もう耐えられないんだ」
アンネワークとした約束の確認がフーリオンの心を抉る。
だが、嘘は言っていない。
このまま婚約を続けることで、アンネワークが傷つくのなら破棄することを選ぶ。
「俺は王族だ。だが、偽れないんだ」
「どうして? 何か悪いところあった? だったら直すから」
「すまない。アンネに悪いところなんてない。だが、これ以上は耐えられそうにない。だから受け入れてくれ」
アンネワークの気持ちを否定し続けられるほど、フーリオンも強くない。
逃げるように食堂を後にした。




