監視がつく
一生涯に取調室のお世話になることは、そう無いと言ってもいい。
そんな状況でマリエルは三回目の取り調べを受けることになった。
何を間違えたのか分からないまま、マリエルは不安なまま一人で過ごす。
扉が開く音がして、迎えが来たと希望を捨てていないマリエルは顔を上げた。
「そう嬉しそうな顔をしているところ悪いけど、俺は迎えじゃないからね」
「・・・そんな」
「この状況で、まだそう言える君が凄いよ」
マリエルが書き溜めたノートの中では、ウォルトルも攻略対象者だ。
内容は細かく知っているからマリエルがウォルトルの顔を見て嬉しそうな表情をした理由に見当がついた。
「さて、色々聞きたいことがあるんだ。話してくれたら悪いようにはしない」
「ニーリアン様も同じことを言っていたわ」
「まず認識の違いがあるようだから言っておくけど、マリエル、君がしたことは死刑になってもおかしくないと司法は判断している。俺もそう思っている」
「死刑? どうしてそうなるの?」
死刑になるのは悪役令嬢であるアンネワークだと、マリエルは認識している。
それがどうして自分になるのかが分からない。
「順を追って話そう。そして、そのあとで言い分は聞かせてもらう」
「分かったわ」
「まず、宰相が説明していたところは割愛しよう。だから君に謀反の意図ありと判断されることになった学院での襲撃事件のことを話す」
マリエルが手引きしたとされる二件目の暗殺事件だ。
もちろんマリエルには、そんな謀反の意図など持っていないし、手引きもしていない。
「あの日、偶然にも王家一行が百合の咲き誇る庭を散策していた。そこには、君の知っての通り二人の暗殺者が息を潜めている。一人はアンネワーク嬢の護衛、もう一人は王家の誰でもいいから殺害を依頼されて」
「私じゃないわ」
「それはこれから分かる」
ウォルトルは、マリエルの反論を一蹴して話を続けた。
どれだけ違うと言っても信じてもらえず、マリエルは完全に不貞腐れていた。
「護衛の暗殺者は、もちろん同業者の存在に気付いている。もちろん向こうもだ。だが、標的が同じであるだけで、まさか護衛だとは思っていなかった。ここで、護衛の暗殺者を殺しておけば、捕まるなんて間抜けなことをしなくても済んだのにな」
「そんな、もしかしたらの話は良いから先を話しなさいよ」
「そうしよう。ただ、どちらも暗殺者だから話しにくいな。護衛の暗殺者は護衛と略すことにしようか。それで問題ないかな?」
「そんなのどうでも良いわよ」
何を考えているのか分からないウォルトルを相手にマリエルは苛立っていた。
話の核心が分からないままだと、こんなにも不安になるものだということを実感する。
「護衛は、暗殺者を警戒していた。暗殺者の射程圏内に誰かが入る前に取り押さえようと身構えたときに、護衛の視界から暗殺者を隠すように立つ少女がいた」
「・・・それが私?」
「物分かりが早くて助かるよ。そう君だ。視界から護衛対象も警戒対象も見えなくなった護衛は焦って、自分のいる場所を変えようと気配なく移動したが、遅かった。視界から外れているうちに、アンネワーク嬢は暗殺者に襲われてしまった」
そのあとは、フーリオンの叫びに気付いたアンネワークがその場に屈みこんだお陰で、髪の毛を切られるだけで済んだ。
しかし、暗殺に失敗したと分かった暗殺者は、もう一度、殺そうとナイフを振り上げたところで、護衛の暗殺者に取り押さえられた。
失敗したなら自害することが多いが、同業者が相手では、その手段も熟知されており、今は大人しく牢に入っている。
「あの場に護衛の暗殺者がいると知っている君に疑いの目が向けられるのは当然だと思わないか?」
「それは偶然だわ。いることを知っていても、いる場所までは分からないわ」
「それは君の主張だな。だが、実際には暗殺者を手助けしたようにしか思えない状況証拠が揃っている。君は取り調べで、フーリオン殿下に子飼いの暗殺者がいると証言した。この情報を知っているのは、王族を除けば、俺を含めた数人だけだ。そんな情報を高位貴族でも知らないのに、最近まで庶民だった君が知っているのは、裏に誰かいると思って間違いないだろ?」
「た、たまたま知ったのよ」
「いつ? そして誰から? この情報を外部に話していないか全員に聴取している。それはもちろん王族も、だ」
適当な話を作り上げたところで納得はしないだろうし、また調べられる。
ここでゲームの知識だと言ってしまえば、頭のおかしい人物として人生が終わる。
「だんまりか。まぁどこかの国の間者が調べて、それが君に伝わった。そう考えるのが自然だ。誰が教えたかという問いに答えれば、君は、その間者に連なる者に殺される。この問いは、ここまでにしておこう」
「・・・私は違うわ」
「ならもっと分かりやすい質問にしよう。このノートだが、君がある日突然、書き出した。学院に入る前に書いた」
「そうよ」
「少女が王子様と結ばれるという夢物語だと言うには、少々現実的過ぎる。これが物語か、予言か、そこはもう問題じゃない。王族が在籍する学院で暗殺者が侵入すると分かっていながら、それを阻止せずに、自分の利益を優先させた。この一点だけが、君が国家反逆罪に問われた」
「えっ?」
「しかも自分が襲われることによって、王族の方へ取り入ろうとした。国を乗っ取ろうと企んだと判断されたんだよ」
ゲームのイベントのためには絶対的不可欠な暗殺者に襲われるという行動が、犯罪だと言われた。
ただゲームの通りに進めただけのマリエルには理解ができなかった。
「君は学生だ。そして、今回のことは親の監督不行き届きということもある。だから君には監視をつけさせてもらう」
「監視?」
「そう」
「修道院にでも入るの?」
「いや、修道院だと奉仕活動を隠れ蓑に会うことが可能だからな。このまま学院を退学して、結婚してもらう」
結婚と聞いてマリエルはまだ望みをかけた。
瞳に力が戻ったのを見て、ウォルトルは楽観的な性格であるマリエルに少しだけ同情した。




