断罪は終わった
マリエルの側を離れたフーリオンは、扇を握り締めて耐えるアンネワークの足元に跪いた。
力を籠めすぎて白くなっている指を優しく撫でる。
「・・・・・・お芝居だったの?」
「あぁ。だが、アンネに婚約破棄を告げたことには変わりない」
「フーリオン殿下の名誉のために申し上げますが、最後まで反対して、首を縦に振らなかったのも事実ですぞ」
「・・・本当?」
「あぁ。嘘でも婚約破棄を告げるのは嫌だったからな」
まだ整理がつかないが、婚約破棄は嘘だという言葉でアンネワークは大粒の涙を溢した。
このままアンネワークを抱いて、謁見の間を出たいフーリオンだが、王妃から首を横に振られて留まることにした。
「これで説明は終わるが、何か異論はあるか?」
「異論だらけじゃない。私は何もしてないわ。悪いのは全部、悪役令嬢でしょ。私はヒロインなんだから幸せになって当たり前なの。それが何でできないのよ」
「・・・異論はないようだな。連れて行け」
王の静かな言葉でマリエルは騎士に引きずられるようにして、謁見の間を出た。
成り行きを見ていたロチャードやグリファンに助けを求めたが、無視をされた。
マリエルが暗殺者を手引きした決定的な証拠はないが、事細かに書かれた物語は国に脅威を齎す存在として、恐れを抱かせた。
「アンネワーク」
「はぃ」
「此度のこと、芝居とは言え、知らぬそなたには辛い思いをさせた。王として詫びよう」
「そんな、国王陛下が謝罪されるようなことではありません」
「いや、ここは身内しかおらん。公式に謝罪はできぬが、非公式ならば可能だ。どうか受け取って欲しい。そして、叶えられることならば、希望を叶えよう」
王は謝罪するつもりは無かったが、アンネワークが思いの外、思い詰めてしまったため王妃から非公式で構わないから謝罪をするようにと毎晩のように言われた。
謝罪までしなくても良いのではないかと反論してみたものの、常に王の言葉に従っている第一側妃ですら無言の圧力をかけたことで実現した。
「んんっ」
「えっと、ほら、学院を卒業したら、どうだ? 同盟国の芝居観劇をするのは? きっとこちらとは違うものが見られるぞ」
王妃からの咳払いで、予め決めていた台詞を王は、ありえないくらいに閊えて言った。
良くも悪くもアンネワークは芝居好きだ。
「お芝居?」
「そうだ。セバンスティーノ殿もあと二年もすれば帰ってしまう。ちょうど戴冠式も出てくれば良い。よし、そうだそうしよう」
「・・・ふー、も一緒?」
「も、もちろんだ」
王妃からはヒールの踵で足を踏まれながら、第一側妃からは扇で脇腹を突かれながら王は、アンネワークの言葉を肯定した。
今回、アンネワークが婚約破棄を告げられて、普通にしていられるはずがないと女性陣からは猛反発を食らっていた。
アンネワークが休んでいた間は、王妃を含めた女性陣で代わる代わるアンネワークを慰めていた。
「なら、行く」
「そうか、そうか、それは良かった。見たい芝居があれば言ってくれ。券を手配しよう。・・・・・・これで、わしの寿命が助かった」
最後の呟きは王妃と第一側妃にしか聞こえていないため、聞き流された。
王も幼い頃から知っているアンネワークが沈んでいる姿を見て、心を痛めていたのには変わりない。
「アンネ、いいのか?」
「うん、ふー、と一緒が良い」
「そうか・・・」
ようやく穏やかな表情になったフーリオンは、アンネワークを抱き上げて、そのまま謁見の間を出た。
仲直りが出来て、微笑ましい空気が流れたが、二人がいなくなると一変した。
「・・・ウォルトル」
「はっ!」
「貴殿に命じる。あの女より全てを聞き出せ」
「御意に」
暗殺者を手引きするなど、普通の令嬢には出来ない。
たいていは戸締りをした窓の鍵を開けるや身分を偽った招待状を送るという簡単なことだ。
だが、マリエルはそれに当てはまらないことをした。
「あと、婚約破棄の件だが」
「そちらについては、交流会での特別演出のための下準備と噂は流してございます」
「うむ、抜かりないようで結構だ」
「しかし、恐れながら申し上げますと」
「何だ? 言ってみろ」
「同盟国への芝居観劇のお詫びの時期が、卒業してからというのは、おそらく難しいかと」
「うん? 二人が卒業したら結婚式があるくらいだろう? そのまま新婚旅行となれば、良いと思ったのだが、何か問題があったか?」
学院での二人を見てきたウォルトルにとって、二年というのは無理だと予想できた。
あの芝居命のアンネワークが国の許可の下で同盟国へ芝居観劇ができるのだ。
よく持って半年というところだ。
「おそらくは、今度の冬季休暇で芝居観劇を申し出るかと、あのアンネワーク嬢が芝居で二年も待てるとは思えません」
「そうか。なら手配を前倒しにしておこう」
「あと・・・」
「まだあるのか!?」
「大変、申し上げにくいのですが、アンネワーク嬢の口から直接、希望を聞いた訳ではありませんので、卒業後の芝居観劇もあるかと」
「・・・・・・・・・うん、結婚祝いとして贈ろう」
アンネワークの芝居好きを甘く見ていた王は、少しだけ遠い目をしていた。
同時に、それくらいで許されるのなら安いものと、親ばかな顔も見せていた。




