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幕は下りない

 ここで宰相はマリエルに向けられた疑惑について詳しく話し出した。


「・・・最初は偶然だと思われた。だが、当日は王族も街に出る。私服の護衛騎士も通常よりも増やしておった。なのにアンネワーク嬢は攫われた」


「それが、私と何の関係があるの?」


「一人だけ班から離れて単独行動をした者がいた。それもまるで撹乱するかのような動きをして護衛騎士たちの注意を引き付けた。その一瞬のことだった。その一瞬に攫われてしまった。言い換えれば、その一瞬が無ければ誘拐は成立しなかった。分かるか? その一瞬の隙というものを作り出したのは誰だと思う?」


 豊穣祭のときは一人になり、かつ人気のない路地を探して動き回っていた。

マリエルにそのつもりは無くとも怪しい行動だったことは間違いない。

そして、マリエルの行動がアンネワーク誘拐の引き金になったことは疑いようのない事実だった。


「そんなつもりは・・・」


「無かったとでも申すか? だが、それは確実に暗殺者の手助けになった。そんな状況で暗殺者とは無関係であるとは言い難い」


「私は暗殺者に依頼なんてしてないわ!」


「しておっても、したと言う馬鹿はおらんだろう」


 どう足掻いてもマリエルが首謀者になっていた。

どれだけ否定しても真犯人が明らかにならない限りは疑いは晴れない。


「こんな展開、ゲームにはなかった」


 小さく呟いた声は誰にも聞こえなかったが、完全に打つ手なしだった。

だが、ここで追及の手を緩める宰相ではない。


「ここでも疑いは疑いのままだ。だが、決定的なのは、交流会のときのことだ」


「交流会?」


「そうだ。王族の方々がお忍びで劇を鑑賞されたのちに、庭を散策されたのは王妃様の思い付きだ」


「それがどうしたっていうのよ」


「あの庭に王族がいることをどうして暗殺者が知っていた?」


「えっ?」


 マリエルにはゲームの知識があるから庭を散策中に襲われることは予想済だ。

だが、あの庭に王族がいるなど誰も知らない。

庭に限らず、学院に王族がいたことは、来ると知っていた王族の婚約者たちを除けば、直接会っていたマリエルだけだ。


「お忍びで教師ですら知らされていないことを、どうして暗殺者が知りえた? 手引きした者がいたと考えるのが普通だろうて」


「わたしは、何も伝えていないわ」


「言葉にせずとも伝える方法はある。王族がいる場所に現れる。ただそれだけで十分だろう」


「わ、私が関係ないことは暗殺者が証言してくれるわ」


「たとえ関係ないと証言したとして、どれだけ信憑性があるか怪しいものだな」


 二度、暗殺者を手引きしたとしてマリエルは疑われている。

いや、完全に首謀者であり、豊穣祭のときに失敗したから交流会で事に及んだ。

そう思われていた。


「死人が出ていないだけで、手助けをしたことには変わらん」


「そ、そんなのおかしいわ。私がしたって証拠は何もないじゃない。捕まえた暗殺者だって私が依頼人だと言ってない。憶測だけで人を犯人呼ばわりするなんて横暴じゃない」


「だが、このノートに書かれているのだよ。暗殺者に襲われて怪我を負い、殿下と親密な仲になる」


「それは・・・」


「物語と言ってしまえば、それで終わる。それでも書かれた内容そっくりのことが起きるのは一度ならまだしも二度というのは、あり得ないことだと思っている」


 もし起きたとすれば、それは物語ではなく予言の域に達する。

マリエルにそんな力はもちろんない。


「そこで気になることが書かれていた。それは、殿下と親密になるには、殿下が婚約者に婚約破棄を申し出ていることだ。それも相談の上ではなく、大勢の前で宣言する。これは、ニーリアン殿下に限らず、フーリオン殿下やオーリエン殿下。そして生徒会に属する高位貴族たちにも当てはまることだ」


「えっ?」


 宰相がマリエルを追及するのをぼんやりと眺めていたアンネワークは、驚きの声を上げた。

フーリオンから食堂で婚約破棄を告げられたからだ。


「貴族としての在り方を幼い頃から教育されている者が大勢の前で宣言するなど考えられない。そして、それは王族ともなれば天と地が返るほどのこと。それがつい先日起きた」


「あぁ俺はアンネに婚約破棄を告げた」


「フーリオン」


 改めて言われたことにアンネワークは持っていた扇を握り締めた。

席を立ち上がりマリエルの側に立ったフーリオンは、感情もなくマリエルを見下ろす。

婚約破棄をしたということでマリエルは、自分に気持ちがあると思い助けてくれると、潤んだ瞳で見つめた。


「・・・宰相に懇願されて、婚約破棄を告げた」


「えっ?」


「決定的な証拠がなく、それでいて何かを企んでいるということは分かった。だからフーリオン殿下に頼んで、演技をしてもらったわけです」


「演技?・・・お芝居ってこと?」


「そうなりますな」


 フーリオンの婚約破棄が演技だったと信じられないマリエルは、目の前の腕に縋りついた。

心底嫌そうにフーリオンは腕を振り払った。


「どうして? だって、抱き締めて、やっぱり違うなって言ってくれたじゃない」


「言ったな。だがそれはアンネと比べてだ。抱き締めるならアンネしか考えられない」


「なっ! だけど、私と一緒にいてくれた。それもお芝居だって言うの? 分かった。脅されてるんでしょ? 第二王子で、母親は側妃だから王には絶対になれなくて、でも権力争いを起こさないために、後ろ盾のない年下の伯爵令嬢を選ばされたって卑屈になって」


「確かに俺の母は側妃で、第二王子だが、俺は俺自身でアンネを選んだ」


 感情的になり、マリエルはフーリオンのゲームの設定を話してしまった。

それは、致命的でマリエルに弁解の余地はなかった。


「さてと、なぜ芝居を打ったのか。それは、行動を監視するため。婚約破棄を宣言すれば、このノートに書かれたことを現実のものにしようと動くと予想して」


「そんなことのために騙したの?」


「・・・玉の輿を狙っただけならば、国も動かん。だが、暗殺者を使って王座を狙うとなれば由々しき事態だ。そもそも暗殺者を王族に向けるというだけで死刑だ。そのことを良く理解するのだな」


 たまたま王族が学院の庭にいたときに暗殺者が侵入した。

そして、暗殺者が動きやすいように手引きした行動を取った。

襲われたのはアンネワークだったが、暗殺者の射程範囲に王や王妃がいなかったというだけのことだ。

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