方向が変わる
多くの者たちからは誰だという視線を向けられ、ごく少数の者からは驚きの視線を向けられた。
王妃に親しげに挨拶をすると、そのまま横に並び立つ。
「知らぬ者もいるでしょうから紹介をしておきましょう。セバンスティーノ・アレキサーダ・クヌリスト。我が国の同盟国の公爵家当主であり、次期国王であらせられる方ですよ」
訝しげに見ていた者は、王家にも等しい身分だと知り、血の気が引いた。
「もうひとつは、学院の図書室の司書ですわね」
「今は、そちらの身分ですね。戴冠するまでの息抜きです」
図書室の司書だと思い、本の場所を聞いたり、背の低い令嬢は本を取ってもらったりと何かと世話になっていた。
それが同盟国の次期国王となると、驚きは計り知れない。
「うそ。なんで・・・」
ネットで都市伝説的に騒がれたのは、シークレットキャラの最高峰がニーリアンではないということだ。
シルエットも肩書も不明だが、名前だけ書き込みがあり、それがセバンスティーノ・アレキサーダ・クヌリストだ。
初回限定盤のゲームの取り扱い説明書には、きちんとシークレットキャラの一員として名前が出ている。
だが、マリエルが手に入れたのは中古市でゲーム本体だけを安く手に入れたため分からなかった。
「では、そろそろダンスパーティに戻りましょうか? ロチャード、グリファン、なかなかの名演技でしたよ。褒めて遣わします」
「は、はい」
「驚かせてごめんなさいね。この間、新しい芝居を見て、つい自分でも演じてしまいたくなったのよ。ほら、アンが楽しそうにいつも演じているでしょう?」
演技というには臨場感があったが、王妃がこれは催し物だと言うのなら信じるしかない。
違うと声を大にして言いたいが、このままアンネワークが犯人だと言い続けるための証拠がない。
冷静になれば貴族としてあるまじき行為をしたが、それは王妃からの指示だったとなれば家名に傷もつかない。
ここで引き下がるのが一番の落としどころだった。
「まっ、てっ、ん」
「ここで騒いでも印象が悪くなるだけだ」
マリエルは納得がいかないと反論しようとしたが、グリファンに口を塞がれて止められた。
笑顔ではいるが、マリエルを見る王妃の目は笑っていなかった。
「さぁ王妃のわがままに付き合ってくれた者へ盛大な拍手を」
「・・・王妃様」
「アン、辛いでしょうけど、今は笑顔よ」
「はい、王妃様」
割れんばかりの拍手の中、王妃とセバンスティーノは退席した。
場を仕切り直すためにオーリエンとジャクリーヌはファーストダンスを踊る。
優雅な音楽の中、ダンスパーティは恙なく終わりを迎えた。
誰にも気づかれないように、アンネワークは王妃を追いかけた。
事実関係を問い質すために、ロチャードとグリファンもマリエルを連れて追いかける。
「・・・王妃様」
「アン、こちらへ」
学院長が客人を招くときに使う応接室で王妃は待っていた。
扉は開けられており、城から王妃と共に来ている護衛が立っている。
「今回は許すわ。入りなさい」
「失礼します。王妃陛下」
「本当なら貴方たちの親に王家から通達をしなければいけないほどのことをしたと、理解しているかしら?」
「ま、待ってください。確かにアンネワークは私のことを突き落としていないけど、勝手に人の物を盗んだり、隠したりするのは罪じゃないんですか?」
王妃の質問に対して答えずにマリエルは質問で返した。
まだ子どもに言い聞かすつもりでいた王妃は、静かに溜め息を吐いて腕を組んだ。
「貴女は天才ね? わたくしを三度も不快にさせることができたのだから。これでも慈悲深い王妃として有名なのよ?」
「マリエル、ここは黙っていてくれ」
自分たちが間違っていないと思っていても王妃の前で考えなしに叫ぶほど理性は失っていない。
「どうしてよ! 私は悪いことはしていないわ」
「そうね。子どもが喚いているのを受け流せない王妃であるわたくしに問題があるわね。ただし、あなた達がしたことはダンスパーティを台無しにするものだった。それは理解しているかしら?」
「それは、私は関係ないわ」
「関係ない? 貴女のことで高位貴族である二人が動いたのに? 今回は留学生もいたのよ。我が国の貴族が礼儀知らずだと宣伝するようなもの。騒ぎの責任を取るとして、一週間の謹慎を命じます」
最後まで不服だと騒いでいたマリエルだが、覆ることなく馬車に乗せられた。
ロチャードとグリファンも別の馬車に乗せられて、二つの馬車は王城に向かった。




