断罪が中断する
このままだとマリエルにとって都合の良い結果にはならないと直感的に思い、ロチャードを止めようとしたが、グリファンに制止された。
初めから二人の中では決まっていたことなのだろう。
「離してグリファン、このままじゃ」
「マリエルは優しいな。だが、だからと言って許していたら付け上がるだけだ。ここで正さないといけないんだ」
完全に勘違いをしていると分かっても、それを否定するための証拠を持っていない。
思い込んでいる二人には、何を言っても通じない。
「今回のダンスパーティの前に一人の令嬢が階段から落ちた。幸い怪我は捻挫だけだったが、ひとつ間違えれば命を失ってもおかしくない」
噂を聞いたことがある者は、マリエルを見た。
「そこで、一つ確認したいと思う。被害者は階段から落ちただけと言っていたが、果たして本当にそうだろうか? もし本当にそうなら、きちんと話して欲しいとも思う。そう思わないか? アンネワーク・ワフダスマ伯爵令嬢」
「まぁ」
名指しされたアンネワークは、ゆっくりと檀上に上がり、短くなった髪を耳にかけた。
「貴女は、あの日、マリエル・ゴンゴニルド伯爵令嬢を突き落としましたね? 害意を以って」
「まぁ恐ろしいことを言いますわね? わたくしが害意を以って、かの伯爵令嬢を階段から突き落としたと問われれば、いいえと答えますわ」
「そうでしょう。否定するとは思っていました。だが、貴女には動機がある」
「動機?」
「フーリオン殿下より婚約破棄を申し出られている。そして、その寵愛を代わりに受けているのがマリエルだ。だから許せなかった」
確かにアンネワークが婚約破棄を言われてから、マリエルは階段から落ちた。
嫉妬からマリエルを階段から落としたというのは辻褄が合っていた。
「それは確かに動機になりますわね? でも、わたくしが突き落としたという証拠はありますの?」
「マリエルは最後まで誰が突き落としたか言わなかった。だが、ここに証拠ならある」
小さな透明の袋に入れられたのは、アンネワークと同じ色の長い髪だった。
それは、今のアンネワークでは持ちえない長さの物で、証拠にはなりえない。
証拠を求めるがあまり、アンネワークの髪が短いことを失念した。
学院に入る令嬢は皆、長い髪を持っているのが当たり前だ。
「それが、わたくしの髪だと言うには少々、無理があるのではありませんか?」
「何を、言って」
「生憎とわたくしの髪は諸事情により短くなっておりますし、そのような長い髪は今は持ち合わせておりませんの。ごめんあそばせ」
完全に勇み足で手詰まりになったロチャードの後を引き継ぐようにウォルトルが檀上に上がった。
アンネワークの前で膝をつき、ウォルトルは騎士の礼をした。
「恐れながら御身の潔白を晴らすための発言をさせていただきたいと思います」
「急に何を言っている・・・」
「はぁ、ロチャード・・・ちゃんと考えれば分かるはずなんだけどな。恋は盲目ってか? はぁ年下虐めみたいで気が乗らないけどな」
「一体・・・」
「そもそもマリエル嬢は突き落とされていないんだよ」
ロチャードの話とは真逆のことをウォルトルは言った。
さすがに情勢が変わりマリエルとグリファンも檀上に上がって来た。
「マリエル嬢は階段から落ちた。そう言っていたはずだ」
「だから、それは犯人を庇っているだけだ」
「なぜ庇う必要がある? お前も言っていただろう。命を失ったかもしれないほどの危険なことだと」
「それは・・・」
「婚約破棄をされた腹いせに階段から突き落とす? まだ王家から正式に婚約破棄が通達されてもいないのに?」
最初から一貫してマリエルは階段から落ちたとしか言っていない。
それを過大解釈したのは、ロチャードとグリファンだ。
「だが、それだけでは嫉妬していないという証明にはならないという反論のために証人を用意した」
「証人?」
「わたくしですよ」
「なっ! 王妃様!?」
檀上の幕の裏から王妃が出て来た。
「ウォルトル、なかなかの演出でしたよ。褒めて遣わしましょう」
「ありがたき幸せ」
「あぁアン、よく頑張りましたね。さぁ後は、王妃であるわたくしが貴女が、あの日、学院にいなかったと証言しましょう」
「お、王妃様。恐れながら申し上げますと、庇い立てされているのでしょうか?」
「庇う? やってもいない罪をどうやって庇うというのです? 当日は同盟国の大使の方もいましたよ。アン、・・・アンネワークは、かの国の歴史や法典にも明るいですからね。同席させていたのですよ。もし疑うのでしたら、かの国の大使からも証言してもらいましょうか?」
「い、いえ、結構です」
扇で口元を隠しながら王妃は楽しくて仕方ないという態度を崩さない。
突然の展開に大勢の人間が理解することを放棄していた。
王族の言葉に異論を唱えたロチャードは、不敬として処罰されてもおかしくない。
「まぁ残念だわ。せっかくお招きしたのに、そう思いますでしょう?」
王妃が隠れていた幕に視線を向けると、呼びかけに応じて一人の男性が出て来た。




