廊下で会う
廊下で待ち伏せしていたのは王族を除けば上位になる公爵家や侯爵家の令息の婚約者たちだった。
王子の婚約者になるための試験は合格しているが満点を出したというアンネワークを快く思っていない者たちだ。
「今日はお話があって待っておりましたの。このままついて来てくださる?」
「申し訳ございません。フーリオン第二王子殿下をお待たせしておりますので別の機会にお願いできませんでしょうか」
「では、わたくしが直接許可をいただきに参ります」
丁寧に言って尚且つ権力者の威光を存分に使ったのだが、侯爵令嬢では公爵令嬢に勝てない。
仕方なく同行を許可するしかなかった。
こうやって絡まれたり直接言われたりすることにアンネワークは危機感を持っていない。
直接何か言われること以外に何もされないということが拍車をかけていた。
「フーリオン様」
「何だ?」
「こちらのリレーヌ様がお話があるとのことで同行されました」
「聞こう」
許可を自分で求めると言って同行したが話を切り出すとなると勇気がいる。
それでも何も言わないままというのは不興を買うから黙っているわけにはいかない。
「フーリオン第二王子殿下におかれましてはご機嫌麗しくお喜び申し上げます。御婚約者様であらせられますアンネワーク様とお話をしたいと願って馳せ参じた次第にございます」
「乗馬の授業のあとに時間を取ろう」
「ありがたく存じます」
「アンネ、行こうか」
「はい」
フーリオンとて公爵令嬢がアンネワークを快く思っていないのは百も承知だった。
それでも表立って不平を言うことができないからアンネワークから婚約者を辞退してもらえるように働きかける。
年齢としては第二王子と第三王子どちらも釣り合いが取れるが、第二王子が五歳下の令嬢を選んだことで、自分たちでも良いのではないかと思う者が続出した。
公爵家や侯爵家ともなると王子の婚約者になるための家格に申し分はなかった。
幼いころから王子の婚約者に選ばれるように厳しい教育を受けてきたのに実際に選ばれたのは伯爵家令嬢だということに納得をしていない。
第三王子に至っては公表させていないからますます納得がいかないと令嬢たちは憤慨していた。
「ジャクリーヌ嬢」
「はい」
「話し合いの場には同席を頼む」
「かしこまりました」
王子であるフーリオンが同席すれば表面上は取り繕えるが本音が見えて来ない。
完全に権力で押してしまえば不満だけが残る。
今回のことは令嬢たちの完全な独断だから大事にはしていない。
多くの親たちは側室の子である第二王子に旨みを見出してはいなかった。
「兄上も大変だね」
「あまりにも目に余るときは家に報告をしているが学内のことで監視が届きにくいからな」
「小言を言うくらいで止まっていることで様子見だね」
三兄弟の仲は悪くないし、むしろ良好だから派閥というのも存在しない。
まだ次期王を決めていないが最有力は第一王子であり、本人もそのようなことを示唆していた。
「俺とアンネワークが婚約を解消したところで次の婚約者は同年代から選ぶことになると気づかないものなのだな」
「同い年の令嬢が選ばれたのだから自分も選ばれるはずと勘違いしてますからね」
「とにかくまずは乗馬の授業だな」
一人につき一頭で馬が割り当てられる。
中には気性の荒い馬もいるから扱いには十分に注意しなくてはならない。
「駄目だよ。そっちじゃないよ」
「ぶるる」
「駄目だよ」
手綱を持って馬に指示をしながら歩く授業だが多くの令嬢は馬に引き摺られていた。
例に漏れずアンネワークも引き摺られているが違いというのは馬がアンネワークを気にしているというところだった。
「こっちだよ」
「・・・ぶるる」
「アンネ」
「ふー!」
「また難しい奴を充てられたな」
気性は荒くないが気に入った者しか乗せず、言うことも聞かない。
従順な馬ばかり用意しては訓練にならないということからだが、どれだけ大人しい馬でも人を判断することは、どの動物よりも長けている。
「そうなの?」
「モルショーン、気難しいというので有名な馬だ」
心外だとばかりにモルショーンは前足を地面に叩きつけて鳴らす。
「モルショーンって言うの?」
「名前を教えてもらわなかったのか?」
「うん、この仔よって渡された」
「そうか」
乗馬の教師は子爵家の出身で五男だったから手に職をということで教職員になったが、上位貴族を憎んでいた。
さらに家格が一つしか違わないのに王子の婚約者という将来を約束された立場になっていることに嫉妬もしていた。
「モルショーン、こっちだよ」
「ぶるる」
「ありがとう」
アンネワークは他の令嬢と違い命令して言うことを聞かせるというよりもお願いするという気持ちが強い。
モルショーンも仕方ないとついて行くことにした。