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足が痛い

 陰口と虐めは続いているが、学院にいる間はフーリオンが側にいるため目立った実害はない。

ダンスパーティが近づくに連れて、ステップの練習が増えていく。

マリエルとしてはダンスの知識は怪しいため真面目に取り組む。

相手は、フーリオンとウォルトルが務める。

あの食堂で会って以来、アンネワークの姿は見ていない。


「そこで左ターンだ」


「そして、右、左」


「上手くなってきたな」


「フーリオン様のリードが上手いから」


 授業が終わると、次の試験のためという言い訳をして、図書室に通う。

勉強を真面目にしていると、司書が気を使って試験に役立つ参考書を用意してくれる。


「精が出ますね」


「ありがとうございます。私は人より勉強しないと追いつけないから」


「勉強するというだけで凄いことですよ」


 教科書を隠されたり、ノートを破かれたりと地味な虐めは続いている。

だが、決定的なことがないため、ダンスパーティーで悪役令嬢を断罪することは難しかった。


「ゲームなら勝手に進むのに」


 断罪前には、悪役令嬢がヒロインを階段から突き落とすというイベントが起きる。

これがきっかけてエンディングを迎えるのだが、まだマリエルは突き落とされていなかった。


「・・・今日あたり、旧講堂の階段に行ってみようかな?」


 人気のないところで突き落とされ、そして、たまたま通りかかった攻略対象者に助けられ、悪役令嬢は断罪される。


「いつ落とされるか分かんないし、それにアンネワークが学院に来てないから、いるかも分かんないし、現場の下見くらいしといた方が良いわよね」


 教科書を片付けて、マリエルは旧講堂へ向かった。


「うぅ、人気がないって言っても、ここまで薄暗いことないじゃない」


 今は使用されていない旧講堂だが、掃除は行き届いており埃が溜まることはない。

古びた扉を開けて、檀上を抜けると客席の合間を縫って階段を登る。

一番上にたどり着くと、背後にあるステンドグラスに夕陽がかかり幻想的な風景を見せていた。


「うぁ! きれい」


 思わず見とれていると、光の加減で目が眩み、足を踏み外した。

何かを掴もうとしたが、空振りして階段を転がり落ちた。


「うぅ」


 頭を打つことなく転がったため命に別状はないが、右足を酷く捻挫した。

起き上がることができずに、呻いていると古びた扉が開き、ロチャードとグリファンが入って来た。

マリエルを見つけると、駆け寄る。


「マリエル!」


「何があったんだ?」


「ちょっと階段から、落ちちゃったの」


「階段からって、もしかして誰かがいたのか?」


「えっ? い、いないわ」


 思いもよらない確認がロチャードからあり、マリエルは焦って否定した。

だが、その否定の仕方は誰かを庇っているようにしか見えず、疑惑を強めただけだ。


「だが、旧講堂に来る用事なんてないだろう」


「ちょっと古い建物が見えたから気になっただけよ」


「見えた? ここは校舎から見えない位置にある」


「ち、違うわよ。ほら、私、編入した日に迷ったでしょ? そのときに見えたのよ」


 マリエルが言い訳をすればするほど、庇っていると怪しまれた。

右足の怪我の状態も悪いため、詳しい話は治療のあとになった。

骨は折れていないが、日数的にも踊ることはできないという診断だ。

歩くことは辛うじてできる程度で、本来なら安静にしなければいけないほどの怪我だった。


「許せないな」


「あぁ」


「待って、私は何も見ていないのよ」


「マリエルは心優しいから」


 最近のマリエルがフーリオンとばかりいるのは、襲われたアンネワークのことで気落ちしているフーリオンを元気づけるためだと解釈されてた。

マリエルが何も言わなくてもロチャードとグリファンが旧講堂で、マリエルが階段から落ちたと吹聴してくれた。

突き落とされたと言わないのは、マリエルが相手を庇っているためだ。


「せっかく練習したのに」


 思った以上に腫れてしまった足のために、二日間は安静にすることを命じられた。

出歩こうにも足が痛くて立てないため休みは、マリエルとしては嬉しかった。


「フーリオンと踊りたかったな」


 ダンスパーティでフーリオンと踊ったあとに、たまたま視察に来ていたニーリアンにダンスを褒められて、恋が始まるということもある。

好感度の度合いによって、変動するのが、このゲームの醍醐味だった。


「この足じゃ本当に無理よね」


 足の怪我を心配してフーリオンが女子寮に忍び込んでくれないかと期待したが、そんな嬉しい状況になることなく休養は終わった。

ゆっくりと足を庇いながら教室に入ると、誰もいなかった。

ダンスの練習のためにホールに行っているようだった。

そういった連絡事項を伝えてくれる親しい人がいないため、一人で席に座って待つことにした。


「あら? ない、どこやったの?」


 ゲームのシナリオを事細かに書いたノートが見当たらなかった。

イベントの発生するタイミングが記憶と違ったころから、すぐに確認できるようにと持ち歩いていた。

机の中に忘れているということもないため、どこで落としたか心当たりもなかった。

ドジっ子の演出で時々、廊下で転んで荷物を広げたこともあるが、最近はしていない。


「誰かに盗まれた? まさか、アンネワークが? ・・・私の邪魔をして、しかも転生者であることを黙ってるとか図々しい女」


 何とかしてノートを取り返そうと思ったマリエルは、アンネワークの部屋を放課後、訪ねることにした。

いなければ勝手に入って、ノートだけ回収すれば良いと思っていた。

問題は、アンネワークの部屋がどこかを知らない。


「寮母に聞けばわかるわよね」


 だが、そんなまどろっこしいことはマリエルの性分に合わず、ダンスの練習を終えて帰って来たアンネワークに直接、問い質すことにした。

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