熱が出る
フーリオンは何も言わずに、上着をマリエルにかけると背後にいるウォルトルに視線を送った。
小さく頷いてウォルトルは保険医を呼びに行く。
濡れたままでは風邪をひくためダンスの練習は延期にして、マリエルのことは駆け付けた保険医に任せた。
「何が、あったか話してくれるかしら?」
「・・・はい」
噴水に突き飛ばされたことは、イベントだと分かったが、本当なら駆け付けた攻略対象者が上着をかけて、ヒロインを横抱きにして運ぶ。
だが、フーリオンは上着をかけてくれたが、抱き上げてはくれなかった。
このイベントは、駆け付けた攻略対象者が横抱きにして運ぶという決まった動作しかない。
何か違うと思いながらマリエルは、誰か分からない令嬢に突き飛ばされたと答えた。
「さすがに誰かが分からないと調べようがないわね。後ろ姿だけじゃ勝手に自分で落ちたと言われてしまうわ」
「でも・・・突き飛ばされたんです」
「困ったわね・・・それは?」
「あっ、フーリオン様に渡し忘れちゃった」
マリエルが握りしめるハンカチに王家の紋章が刺繍されているのを見逃さなかった。
そして、その紋章が本物の王家の紋章と異なっていることにも気づいた。
「・・・そう。今日は、泊まっていきなさい。水に濡れたから体調を崩すかもしれないし」
「はい」
「分かったら寝なさい。貴女、すごい隈よ」
忠告に従ってベッドに横になると、すぐに眠りについた。
目を覚ましたらフーリオンが見舞いに来ていると信じて、マリエルは深く眠った。
マリエルが目を覚ましたのは、次の日の昼過ぎで、もちろんフーリオンはいない。
「あら? 目を覚ましたのね」
「おはようございます」
「起きてすぐにだけど、着替えてくれるかしら?迎えが来ているの」
「迎え?」
「えぇまだ体調が万全でないと言っているのだけど・・・」
「いっ、行きます!」
「そう? なら制服はそこに置いてあるから、迎えの人は廊下にいるわ。私はこれから会議なの。ごめんなさいね」
王城からの迎えと聞いて、噴水に落ちて傷ついたマリエルをニーリアンが呼んでいるのだと思った。
急いで着替えると廊下にいる騎士に声をかけた。
「あの・・・」
「ご案内します」
連れて行かれた先は、近衛兵が逗留している部屋だった。
歓迎されていないのは雰囲気で分かる。
「マリエル・ゴンゴニルドをお連れしました」
「ご苦労。下がって良い」
「はっ」
「マリエル・ゴンゴニルドにお聞きしたいことがあります。だからご足労いただきました」
聞きたいことと言われても、マリエルは暗殺者を手引きしたことがないため、聞かれても答えようがない。
また無駄な時間を過ごすことになるとマリエルは憂鬱な気分になった。
「まず、暗殺者を手引きしたことがないと証言していましたね」
「はい、私は、そんなことしていません」
「次に、ゴンゴニルド伯爵家の庶子であると引き取られるまで知らなかったのは本当ですか?」
「はい、知りませんでした」
「そうですか」
今まで証言したことの確認が繰り返されるだけで、マリエルは次第に意識が朦朧としてきた。
何を言われているか分からなくなり、マリエルは気を失った。
水を被ったことでマリエルは風邪を引き、高熱を出した。
「・・・・・・起きたか」
「ぇっ」
目を覚ました側にいたのは、会いたいと思っていたニーリアンだった。
しかも起きるまで側にいるつもりで本を読んでいた。
「急に起きるな。まだ熱が下がっていない」
「どうして、ニーリアンが・・・」
「つい最近まで庶民だったと聞く。一度は聞かなかったことにするが、王族への呼びかけに敬称なしは不敬だと習わなかったか?」
「あっ」
「体調が万全でないところ悪いが、何が目的だ?」
「目的?」
ニーリアンに会えた喜びよりも問いかけられた内容に一気に気分が低下した。
何か疑われていることは分かるが、本当に何もしていない。
ただ、攻略対象者と仲良くしただけだ。
「季節外れに編入したかと思えば、生徒会の者に次々と取り入る。そして、フーリオンにも、だ」
「私、そんなつもりは」
「そうかもしれないな。だが、周りはそう思っていない。気を付けることだな」
「あの・・・」
「庶子から貴族になるというだけで周りの目は厳しくなる。そのことは肝に銘じておくのだな」
ニーリアンは、それだけ告げると席を立った。
まだ聞きたいことがあったが、起きているのが辛くなったマリエルは気を失うように眠った。




