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噴水に落ちる

 マリエルがどれだけ引っ張っても馬は動かず、教師からは冷たい目で見られる。

確かに大人しい馬を用意するとは言ったが、大人し過ぎるとマリエルが諦めかけた時に、お目当ての人物は、やって来た。


「・・・モルショーン、アンネじゃないことに不満があるのは分かるが、少しは協力してくれ」


「あっフーリオン」


「呼び捨てを許可した覚えはないが?」


「ごめんなさい」


 アンネワークがいないからモルショーンは、マリエルに当てられた。

気難しいというので有名な馬だが、最近はアンネワークの指示なら大人しく聞く。


「えっと、フーリオン、様。助けてくれてありがとう」


「君のためじゃない。モルショーンのためだ。そう無暗に引っ張るだけでは通じない。きちんと乗馬の座学を受けていれば、指示が伝わらないということは、あまり無いのだがな」


「でも、助けられたのは事実だもの」


「そう思うなら好きにすると良い」


 親しく話す令嬢は、アンネワークを除けば、ジャクリーヌしか見たことのない周りは、マリエルと会話が続いていることに驚きを隠せなかった。

マリエルは乗馬イベントが成功したと喜び、フーリオンに根気強く話しかけた。

それに短いながらも一つずつ返事をするフーリオンに手応えを感じたマリエルは、色々な約束を持ちかける。

この約束の度合いで、どれだけ好感度が上がっているか分かるため、マリエルとしては手を抜けない。


「私、今までダンスとか踊ったことがないから不安で、ダンスの練習を頼める人もいなくて」


「・・・・・・なら俺が練習相手くらいならしてやる。さすがに当日は、アンネがいるからな」


「本当!? ありがとう! フーリオン・・・じゃなかった。フーリオン様」


 ダンスの練習相手という約束は、好感度が高いことを証明するうえで重要な役割を果たす。

練習のための広間をフーリオンが貸し切り、待ち合わせ場所が噴水のある庭だからだ。

噴水のところでもイベントがあり、それはマリエルが好きなイベントの一つでもあった。


「日時は、また連絡する」


「うん、待ってるわ」


 攻略が上手く進んでいると思ったマリエルは、一日中浮かれており、ロチャードとグリファンからは奇異な目で見られていた。

ルシーダからは相変わらず距離を置かれていたが、フーリオンとのダンスの練習の約束ができたマリエルは、こちらも気にならなかった。


「やっぱりフーリオンは私のことが気になっていたのね。悪役令嬢がずっと側にいたから、ついつっけんどんな態度を取っていただけなのね。そうよね。フーリオンは周りの子よりも年上だから大人の振る舞いが必要だったのよね」


 ダンスの練習のときに噴水の前で待ち合わせて、そのときにフーリオンのために刺繍したハンカチを渡す。

突然、突風が吹いてフーリオンの手に渡る前に、ハンカチが風に乗り噴水に落ちてしまう。

濡れてしまい渡せないと嘆くヒロインの手からハンカチを受け取り、水気を切って、ハンカチーフとして胸に差す。

その対応に多くのプレーヤーは胸を打たれた。


「問題は、王家の紋章の刺繍をしないといけないんだけど、王家の図案が載ってる本とかないのよね」


 マリエルも王家の紋章の図柄までは覚えていない。

仕方なく何かないかと探しても、それらしいものは見つからない。


「何か・・・そうだ。王家の家系図とか図書室にあるかも」


 時間を確認すると、まだ図書室は開いている。


「そうと決まれば、写しておかないと」


 ノートとペンを持って図書室に急いだ。

廊下を走ったことに注意をされたが、図書室で調べ物をしたいと告げると渋々、見逃してもらえた。

国の歴史を記した本の棚に王家の歴史を記した本があった。

だが、その本は、その場で閲覧することは出来るが、机があるところまで運ぶことは禁止されている。

内容を書き留めて他国に持ち出されることを防ぐためだ。


「仕方ないなぁ」


 決まりを破って咎められたくはない。

マリエルはノートの一部を小さく切って、見られないように隠れて図案を写した。

インクが乾いたのを確認して、紙とペンをポケットに入れる。


「見回りも来なかったし、やっぱりヒロインである私には、神の手が働くのね」


 紋章を写せたことに気分が高揚して、机の上にノートを置いたことを忘れた。

それからのマリエルは、見栄えの良い紋章を刺繍するために何枚ものハンカチを駄目にしながら完成させた。

その間、授業にも真面目に出ていたが、アンネワークは一度も見ていない。

その分、フーリオンとマリエルの仲は親密になり、恋人同士かと噂が出るほどになった。


「さてと、今日はダンスの練習よね」


 マリエルがフーリオンと親密にすればするほど、教科書や筆記用具を隠されるという嫌がらせは増えたが実害はなかった。

陰口もあったが、フーリオンの婚約者であるアンネワークがいないため忠告も出来ず、様子を見るしか周りも打つ手はない。

約束の時間より少しだけ早くに噴水のある庭に着いたマリエルは、刺繍したハンカチに皺がないか確かめていた。


「フーリオン様に近づいてんじゃないわよ」


「えっ?」


 後ろから思い切り突き飛ばされて、マリエルは噴水に落ちた。

誰が突き飛ばしたのか確認しようと思っても、犯人は制服を着た令嬢ということしか分からず、さらに後ろ姿のため顔も分からなかった。

例え顔が分かってもマリエルには、名前と一致させられないから意味が無かったかもしれない。

水流の激しい噴水から這い出たところで待ち合わせ相手であるフーリオンが来た。

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