標的が違う
貴賓室でお茶を飲みながら王妃はアンネワークを待っていた。
交流会のあとは解散になると分かっているから、このまま劇の話をするためだ。
「王妃様!」
「あぁ、アン! 良かったわよ。あぁ何て素晴らしいのでしょう」
「王妃様にそう言っていただけるなんて、演じた甲斐がありましたわ」
「アン、今日はこのまま一緒に夕食を食べましょう。応接室に用意するように言っているのよ」
王妃がアンネワークを可愛がっているのも貴族の中では有名な話で、アンネワークが泣けば、王妃が動くとまで言われている。
今、アンネワークは男性の衣装を着ている。
「なら、わたくしに王妃様をエスコートさせてください」
「もちろんよ」
王妃がアンネワークとの会話を邪魔されたくないということで、王を始めとした男性陣は廊下で待たされている。
普段は、そんなことないが、アンネワークが絡んだときだけ特別になる。
「まっ待ってください!」
「あら? えっと」
「貴女、この前の園遊会で劇に乱入した子ね」
アンネワークは、文句を言われたことで顔は覚えているが、名前が一致していなかった。
王妃は、アンネワークの見せ場を奪った元凶として覚えていた。
「はい! 覚えていてくださって光栄です」
「それで、わたくしの行く手を遮ってまで伝えたいことがあるのでしょう?」
「はい!」
元気よく返事をしたが、何の策も持っていないマリエルは、俯いた。
王妃に直接、何か言うというイベントは存在しない。
完全に勢いだけで、引き留めた。
「早く言いなさい。それとも何もないのに引き留めたのかしら? ここは学院であるから大目にみてあげますが、つぎは・・・」
「いっ言いたいことはあります。そっその、アンネワークは王家に相応しくないと思います!」
「ほぅ。わたくしだけでなく、王家に言いたいこと・・・それは聞き捨てなりませんね」
「アンネワークは、この間の豊穣祭のときに暗殺者を引き入れて、自作自演をしたんです。それで、それに気づいてしまった私のことも」
急に矢面に立たされたアンネワークは静かに首を傾げた。
フーリオンは、怒りのあまりマリエルに掴みかかろうとしたが、王妃に視線で制された。
護衛たちも警戒はしているが、マリエルが話す内容が内容のため動けないでいる。
「それが事実なら由々しき事態ですね。良いでしょう。その言葉を調査しましょう」
「では、こちらに。事実確認がございますので」
護衛の一人がマリエルを誘導した。
マリエルは怯えた表情をフーリオンの後ろにいたニーリアンに向け、そして、安堵した表情に変えた。
その表情を向けられる意味が分からず、ニーリアンは隣にいる婚約者の後ろに隠れた。
「・・・何をしていますの?」
「いや、何となく」
「あの娘、ニーリアン様に愁眉を開いておりましたね」
「待て待て、私は、あの娘とは初めて会ったぞ。それに会話もしたことない。信じてくれ」
「そこは疑っておりませんけど、不思議だと思っただけですわ」
マリエルは、怯えた表情をしていたが、どこか身の安全が確保されている者の安心感も見え隠れした。
「何だか興が削がれましたね。アン、食事の前に庭を案内してちょうだい」
「分かりましたわ、王妃様」
少しだけ日が傾き、もうすぐ夕焼けになるという時間帯に、王家一行と百合が咲く庭を歩く。
見頃の百合が一面に咲き誇り、それぞれのパートナーと一緒に思い思いに楽しむ。
「あっ、噴水に薔薇!」
「走って転ぶなよ」
劇で動き回っていたとは思えないほど元気にアンネワークは駆け出した。
散ってしまった薔薇の花弁を浮かべた噴水は、時折、水の流れに乗って花弁が舞う。
舞い上がる花弁を追いかけるアンネワークを微笑ましく見守る。
「ねぇ、ふー、とっても綺麗よ」
「あぁ」
「よっと、ふふふ、捕まえた」
「・・・アンネっ!」
木の陰から黒い服を着て顔を隠した男が飛び出した。
手には大きなナイフが握られている。
「きゃぁぁぁぁぁぁぁ」
「・・・・・・ぐっ」
「アンネっ!」
急いで駆け寄ったフーリオンは倒れこんだアンネワークを抱き起した。
男が振り下ろしたナイフは、長いアンネワークの三つ編みを肩口のあたりで切り落としていた。
「貴様っ!」
「叱責は、あとで聞く! だからフーリオン、落ち着け」
暗殺者と思しき男は、同じように木の陰から飛び出した男に取り押さえられていた。
男のうめき声は、取り押さえられたときのものだ。
「ど、どうし、て? このイベントは、ヒロインが襲われるはずじゃ」
「お前は、何故ここにいる!?」
「えっ、それは」
衛兵に連れて行かれたはずのマリエルが庭にいた。
何故、ここにいるのかは疑問に思うが、マリエルは、アンネワークが自作自演をしたと告発しただけで、犯人ではない。
話を聞けば、解放される。
そのあとに学院の敷地内ならどこにいても不思議ではない。
「何事ですか?・・・アン!? なんてことが」
「・・・王妃様、本日のところは・・・」
「えぇそうね。わたくしたちは王城へ戻ります。アンの容態が分かったら、すぐに知らせるのですよ」
「はい」
フーリオンの腕の中にいるアンネワークは気を失っていた。
騒ぎを聞いた騎士が学院に詰め掛けて、騒然とすることになった。
現場にいた王家以外の者は詳しい事情を聞かれることになったが、現場を見ていたのは、マリエルだけだ。
オーリエンと一緒にいたジャクリーヌは、悲鳴を聞いてから駆け付けたため何も話せない。




