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舞台が始まる

 劇はアンネワークの見せ場が続く。

観客は席に座っているから今、立てば確実に目立つ。

乱入して科白を代わりに言おうにもマリエルには心当たりのない話だ。


「これじゃ、乱入もできない。それに乱入しても王家の人がいないから、やっても仕方ないし」


 マリエルは知らなかったが、ホールの最後尾の二階の貴賓室には、王と王妃、第一側妃に、第一王子とその婚約者が揃って観劇していた。

この交流会で劇をすることになったのは、王妃の発案で、園遊会のやり直しというのは、正しくその通りだった。


『婚約破棄・・・よろしいですわよ』


『ふん、強がりを言いよって、あとで泣きついて来ても知らんぞ』


『ただ王家の方からの婚約解消ではなく、破棄でございますから、然るべき対応はいたしますわ』


『王家から見捨てられるような性悪女が何を言っている?』


『それは、今に分かりますわ』


 場面転換され、審判の場が用意された。

そこには、王様役にオーリエンが座っている。


『皆の者、揃ったな。顔を上げよ』


『父上! なぜに、審判の場に私が呼ばれているのです? 裁かれるべき悪女はマルグリットじゃなかった、ヒンリエッタでは、ありませんか!?』


『双方の言い分が異なるため、この場を用意した。発言は許可なくすれば、退廷を命じるぞ』


 さすが王族という貫禄を持ち、オーリエンは王様役を務めた。

フーリオンは衛兵の恰好をして端に立つ。


『申し訳ございません』


『では、こたびの双方の言い分を振り返ろうぞ』


 演劇部の一人が家臣役で書状を持って出てきた。


『えぇまず、王子様からの言い分を読み上げさせていただきます。マルグリット嬢を虐めた主犯であるヒンリエッタ嬢を処罰し、婚約破棄を宣言する。お間違いございませんかな?』


『間違いない』


『次に、ヒンリエッタ嬢からの言い分を読みますぞ。苛めを主導したことも実働したこともないため、今回の王子様からの申し出は不当である。婚約を破棄するのならば、損害賠償と慰謝料を請求する』


『間違いございませんわ』


『王子よ、何か付け加えることはあるか?』


『あります。ヒンリエッタは王家に嫁ぐに相応しい女ではありません。マルグリットを平民出身であるかりゃと、しゃげしゅみ』


 重大なところで噛んだが、気にすることなく続ける。


『こうりゅうの場であるお茶会から締め出してしまったのです。そして、昨日(きのう)・・・昨日(さくじつ)には、ヒンリエッタは、マルグリットを階段から突き落としたのです』


『王子様・・・』


『マルグリット、何も恐れることはない。この私が見事、悪役令嬢を成敗し、救い出してみせよう』


 長台詞も何とかこなしたが、最後の科白は完全にアンネワークのアドリブだ。

少しだけ違う作品になっていたことはご愛敬だ。


『王様、発言の許可を賜りたく存じます』


『よかろう』


『わたくしが階段から突き落としたと言いましたわね?』


『あぁ私がすぐに発見したから大事には至らなかった』


『それは、どの階段ですの?』


『もちろん、あの大聖堂の真ん中にある大階段に決まっている。あんなところから落ちたと聞けば、ぞっとする』


 舞台上の演出であるから大階段から落ちる場面は無いが、話を聞いただけで大階段から落ちて怪我がないのは、おかしい。


『では、ずいぶんと丈夫な体をお持ちなのですね?』


『何を言っている? 突き落とした張本人のくせに』


『わたくしは突き落としていませんし、もし突き落としたのなら、殺すつもりだったと思いませんこと?』


『ついに本性を現したな。メギツネ』


『・・・あの大階段が作られた理由をご存知かしら?』


『話を逸らすな。だが、私は寛大だからな。答えてやろう。敵に襲われたときに突き落として倒すためだ』


 大聖堂の上には、王族の姫たちが逃げ込む場所がある。

そのため非力な姫でも敵を倒せるようにと設計された。


『敵を倒すための大階段から落ちて、かすり傷ひとつ負っていないのは丈夫な体をお持ちなのですね。そう思い申し上げたのですわ』


『それは・・・』


『本当に階段から突き落とされましたの?』


『おい! ヒンリエッタ』


『本当にそれは、わたくしでしたの?』


『ま、間違いなくヒンリエッタ様です!』


『なら、それはいつのことですの?』


『さっき王子様が言っていたじゃないですか! 昨日です』


『本当に昨日ですのね? それならわたくしではありませんわ。わたくしによく似た誰かの仕業でしょう』


 階段から突き落とされた日を執拗に確認するヒンリエッタに王子は違和感を覚えて、自分の記憶を振り返った。


『まさか!?』


『そのまさかですわ。昨日は、ずっと王城にいましたのよ。それも王子様? 貴方から約束をしたお茶会の日でしたわ』


『あっ! 忘れてた』


『・・・衛兵よ。王子とその令嬢を連れて行け』


『はっ』


 ここで初めてフーリオンが動いた。

アンネワークを拘束する役を他の男にさせたくないというだけで選んだ。


『そんなっ、おかしいわよ。だって、私はヒロインのはずでしょ。ここで連れて行かれるのは悪役令嬢のはずじゃ』


『ごめんなさいね? ヒロインさん。わたくし処刑されたくはないの』


『こんなことなら王子様なんて選ぶんじゃなかった』


『そっそんな、マルグリット! 愛を誓ったじゃないか』


『転生したから玉の輿ができると思っただけよ』


『てんせい? たまのこし? 何を言っているんだい? マルグリット』


 往生際悪く逃げようとしているマルグリットと、まだ追いかける王子の姿が舞台から消えて、幕が暗転した。


『みなさま、お楽しみにいただけましたでしょうか? これは物語の世界に転生したヒロインと悪役令嬢の戦い。次は、どちらが勝つのでしょうか?』


 悪役令嬢役のジャクリーヌが最後に締めくくって劇は終わった。

観客からは割れんばかりの拍手が響き、最後に出演者全員で挨拶をして、交流会も終わった。

この劇は、短く編集されているが、王都で人気の劇団が上演したばかりの内容を踏襲していた。

交流会で劇をするとなったときにアンネワークは、どうしてもこの劇がやりたくて直談判しに行った経緯がある。


「それでは、順番に席をお立ちください。これにて終了です」


 上級生から席を立ち、全員が寮へ帰って行く。

興奮冷めやらぬアンネワークは、見せたかった王妃のもとへ急ぐ。

一言、文句を言おうとマリエルは、アンネワークを探した。

舞台衣装のままだったからすぐに見つけられた。

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