攻略に失敗する
何か思い立ったのかアンネワークは、勢いよく席を立った。
「転生者・・・はっ!」
「アンネ?」
「図書館に行って来る!」
次の授業が始まるから教師が来ていたのだが、気にすることなくアンネワークは廊下を走って図書館へ向かう。
何か芝居に関することで気になることが出来たのだと、フーリオンも気にすることなく教科書を開く。
授業を聞かなくても一度、読めば覚えてしまうアンネワークの記憶力を認めている教師もいる。
「ワスダスマ様は、また自習ですね。では、第四章から始めます」
時には教師よりも造詣の深い知識を披露するため、教師によってはアンネワークの奇行を黙認していた。
たんたんと授業が進み、アンネワークは戻って来なかった。
フーリオンが一人でいるこの機会を逃す手はないとマリエルは話しかけた。
「あの・・・フーリオン」
「呼び捨てを許可した覚えはないが?」
「ごめんなさい。アンネワークの怪我はどうだったのかなって思って、それを聞きたくて」
「君に話す必要性を感じない」
好感度がゼロの状態であってもゲームのときは、ここまで冷たくなかった。
それにマリエルに向ける目に敵意が籠っているのは見間違いではない。
教室の空気が一瞬にして変わり、息苦しさを感じた。
それに気づかないマリエルはフーリオンに詰め寄った。
「でも、私」
「・・・学院では身分をひけらかすことはしたくないのだがな。はっきり言わないと分からないか? 王族に気安く話しかけるな」
「だけど、そんなことをすれば、学院では孤立してしまうわ」
「君のように無遠慮に話しかける人間がいなければ、俺も孤立しないで済むのだがな」
マリエルはフーリオンの言葉に息を飲んだ。
その台詞は、フーリオンの好感度が低いときに選択肢を間違えると言われてしまう。
ゲームオーバーにはならないが、ここから挽回するのは難しいため、大抵はリセットボタンを押す。
「悪いが、失礼する」
「おい、授業は?」
「休む」
「待て待て待て、俺はお前の護衛なんだよ」
フーリオンがいなくなったことで教室の空気は温かさを取り戻した。
成り行きを見ていたジャクリーヌは茫然としたマリエルを席に座らせて忠告する。
「だから申しましたでしょう。フーリオン殿下を怒らせないでくださいと。あの方はアンネワーク様にだけ心を開いているのですから」
「あんな言い方」
「不躾に聞いた貴女にも非はございますわ。アンネワーク様は首を絞められたのですから」
「えっ?」
暴漢に襲われるイベントは多数存在する。
その中で、首を絞められるということがある。
「どういうこと?」
「あの日、本当に路地に入って行くアンネワーク様を見ましたの?」
「見たわよ。どうして?」
「あのときの暴漢は後日、捕まりました。そして取り調べで、アンネワークという伯爵令嬢を浚って人気のない路地で殺せと依頼を受けたと証言しましたわ」
もし暴漢がアンネワークを浚ったのなら、自分の足で路地に入って行くことはできない。
暴漢に担がれているところを見たのならアンネワークが浚われていると言うはずだ。
その小さな矛盾がマリエルを疑う大きな原因になっていた。
「暴漢が嘘を吐いているかもしれないじゃない」
「そうかもしれませんわね。ですが、フーリオン殿下は貴女の証言を疑っている。事実が明らかになるまでは話しかけない方がよろしいですわよ」
フーリオンに疑われているという事実にマリエルは言葉を無くし、残りの授業もうわの空だった。
マリエルの落ち込みにロチャードとグリファンも心配をして話しかけるが反応は弱い。
放課後になると生徒会室へマリエルを連れて行き、マルクスとカクタスにも事の顛末を話して聞かせる。
「フーリオン殿下のアンネワーク嬢の溺愛は貴族の中では有名な話だ。豊穣祭でのことで気を立たせているのだろう」
「だけど、私が犯人みたいに言われるのは納得がいかないわ」
「そうだな。証拠もないのに疑うというのは王族として好ましくはないが、少し様子をみよう。もし目に余るようなら父から進言していただくようお願いする。マリエル、それで納得してくれないか?」
「分かったわ」
交流会まで時間がまだあると言っても準備をすることは多岐に渡る。
マリエルも補佐として忙しくするようになった。
教室にはアンネワークもフーリオンもいない。
そして、オーリエンもジャクリーヌもウォルトルも。
授業を休んでも問題がないというのは、マリエルには権力を使っているようにしか見えなかった。
留学生が来るという日は授業は休みになり、大講堂で歓迎パーティが開かれる。
令嬢の中には制服ではなく、ドレスを着ている者もいて気合の入りようが様々だった。
「マリエル、悪いが、廊下の花の確認をお願いできるか?」
「いいわよ、ロチャード」
人気のない廊下に飾られた花瓶の花の向きを揃えながら進む。
奥の角から留学生を案内しながら歩いて来るルシーダを見つけた。
ここで話しかけて、きっかけを作ろうとマリエルは、ルシーダに駆け寄ろうとした。
だが、それよりも早く駆ける姿がひとつあった。
出遅れたマリエルは、立ち尽くすしかない。
駆け寄ったのは、制服を着たアンネワークだった。




