髪を結う
食堂に乱入したときは男子の制服を着ていたが普段はきちんと女子の制服を着ている。
貴族であっても身の回りのことは自分ですることが義務付けられているから制服も自分で着る。
髪は束ねるか、そのままにする女子が多い中、アンネワークだけは違った。
「俺はいつも思うけどな。お前のその技術はどこで身に着けたんだ?」
「うん? アンネにはいつも可愛くいて欲しいから当たり前だろ?」
フーリオンはアンネワークを膝に乗せて髪を結っていく。
束ねるという簡単なものではなく、編み込みをして邪魔にならないようにし、それでいて歩くたびに揺れるという絶妙な髪形を作り上げる。
そこまでできるのは侍女くらいのものだが、フーリオンはアンネワークのために覚えた。
人前で膝に乗るというのは、はしたない行為とされているがアンネワークの幼い容姿とフーリオンの甲斐甲斐しい世話っぷりで年の離れた兄妹にしか見えなかった。
「よし、できたぞ」
「ありがとう! ふー」
「今日も可愛いよ」
「ふーは今日も恰好いいよ」
ほのぼのと会話をしているが授業中だということを気にしていない。
フーリオンは家庭教師によって勉強し終えた範囲であるし、アンネワークは本を一度読めば覚えてしまうから授業を聞く必要がなかった。
教室にいる他の生徒も似たり寄ったりだった。
聞いている生徒のいない授業を進める先生は職務を放棄することができず無心で進めていく。
「この遺跡から発見された祭壇の役割は豊穣を祈るものだとされています」
「はい!」
「ワフダスマ様」
「最近の研究では穀物が見つからず、花びらの化石が多数見つかったことから葬送に使われていた可能性が高いとなっています」
「えっ?」
「出典は、六十二世クラムスダ司教が見つけた手記です」
「じゅ授業はここまで」
生徒が聞かないのは教える内容が古く、今では定説が変わっているものも教えるからだ。
問題にならないのは担当している貴族クラスがすでに勉強を終えていて真剣に聞いていないからに他ならない。
「相変わらずアンネワーク嬢の知識はすごいな」
「そう?」
「一度覚えたものは忘れないんだろ?」
「うん、忘れたことないよ」
「なら俺は?」
「えっと、覚えてない」
クラスメイトの一人がアンネワークに声をかけるが名前を憶えてもらっていない。
理由は覚える気がないからだ。
「グリファンだよ」
「グリファン様」
「よろしくね? アンネワーク嬢」
グリファンは生徒会会計で公爵家の三男だった。
年齢は十五歳だからフーリオンのご学友ではないが、虎視眈々とその座を狙っているのは手に取るように分かる。
そのためにアンネワークに近づこうと何度も声をかけていた。
「・・・毎日ご苦労なことだな」
「ウォルトル様」
「オーリエン様のご学友に選ばれなかったということで諦めたらどうだ?」
歯ぎしりをして悔しそうな顔でグリファンは席に戻った。
三男ということで婿に出されることになっているが学力も普通ということで伯爵家に婿入りするのが精一杯だった。
そのために王子もしくは婚約者たちの友人という立場を欲していた。
「あそこまであからさまだと清々しいな」
「だから伯爵家に婿入りなんだけどね」
貴族令息としては感情を表に出しすぎる。
これでは公爵家や侯爵家では困ることも多いから外交がない伯爵家になるのだが、それを本人は納得していない。
「そろそろ授業も終わるな」
「次は乗馬訓練か」
「フーリオン様、ウォルトル様」
「ジャクリーヌ嬢か」
「アンネワーク様をお借りしてもよろしいでしょうか?」
「あぁ頼む」
ジャクリーヌはオーリエンの婚約者であり、侯爵令嬢だ。
乗馬訓練のように着替えが必要なときには一緒に行動するようにしていた。
「アンネワーク様、お着替えに参りましょう。お手をどうぞ」
「ジャクリーヌ、ありがとう」
「今日も可愛い髪形ですわね」
「ふーが結ってくれたの」
「羨ましいですわ」
アンネワークも自分で着替えることはできるが、未だに第二王子の婚約者になったことを快く思っていない令嬢も多い。
そんな人から守るためにフーリオンから離れるときはジャクリーヌが一緒にいることにしていた。
「毛先をリボンでまとめておきましょう」
「ふーが今日はこのリボンだって」
アンネワークが身に着ける全てを用意しており、リボンひとつでも意匠を凝らした最高級品となっている。
ハンカチにも刺繍をしようとしたことがあったが、それはアンネワークの方が上手かったから諦めた。
「さぁ参りましょうか」
「うん」
何もないところで転ぶのがアンネワークだと分かっているから行きと同じように手を繋いで廊下を進む。
ジャクリーヌがいるからと言って完全に排除できるわけではなかった。